【完結】オーバードーズ・ヒロイズム 〜時限能力獲得ドラッグ中毒TSヒーローちゃん〜   作:相竹空区

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21話 ユーフォリア

 

「ただいま……」

 

 リュックサックを下ろしながら、レイモンドは恐る恐る帰宅を告げる。

 なにせもう陽の落ちた時間。

 今日学校であった事を考えると、この帰宅時間は相当マズイだろう事が容易に想像出来たからだ。

 だがしかし、今日はレイモンドを咎める声は聞こえず、部屋も暗いまま。

 

「……叔父さん?」

 

 と、思わずレイモンドの側から声を上げてみたものの、やはり返ってくるものはない。

 

「そっか、学校であんな事があったんだし、叔父さんも忙しいよね」

 

 てっきり怒られるかと思って心を備えていたものだから、レイモンドは反動で、思わず声に寂しさが乗ってしまった。

 怒られると恐れつつも、それが無くて安堵しつつも、心というものは不思議なもので、レイモンドは怒られなかった事に孤独を感じていたのだ。

 帰宅して出迎えたのが暗い部屋であった事や、自分の声ばかりが耳に残る現状。

 昼間が輝かしいものであった分、孤独な夜がより濃く見えた。

 

「……叔父さんが忙しいって事は、やっぱりこの街は今大変な状況なんだ。僕がなんとかしなきゃ、ヒーローが必要なはずだから」

 

 己の孤独を力に変えて、ヒーローである事を自らに課す。

 レイモンドを消し去り、ブリンクになる。

 今日もそんなひと仕事終わったと、自室へ戻って扉を閉めて、リュックサックは椅子に放り投げてベッドへ飛び込もうとし──

 

「う──あ、ぇ?」

 

 パタリと床に倒れ込む。

 受け身も取れず、顔を強打したがレイモンドの頭の中にはそんな痛みを感じる余裕は無かった。

 代わりに存在するのは、とてつもない頭痛。

 以前展望塔で感じたそれの、数段強いもの。

 ドラッグ使用時の変身ですら耐えられるレイモンドが、あまりな痛みに目を回す。

 

「んぎっ!?が、うぁ!?」

 

 呂律が回らなくなり、四肢は脱力してタコのようにうねる。

 頭を抑えようとしても身体は言う事を聞かず、止めどなく流れる涙、涎、汗が顔を濡らす。

 

「ひっ……ひぃ……」

 

 恐怖で喉を引き攣らせて、それでも何も変わらない。

 痛みは頭の中で暴れ続け、割れるような裂けるような焼けるような弾けるような、そんな主張をする。

 殆ど一晩中、レイモンドが気絶しては目覚めてを繰り返し……陽が昇る頃にようやく、硬い床から起き上がる事が出来た。

 

「ぅ……なんか……」

 

 手や脚を引き摺りながら立ち上がり、カーテンの隙間から差し込む陽の光を浴びる。

 レイモンドは寝ぼけ眼を擦り、縮こまった身体を伸ばしてひと息。

 

「ふう……凄く調子いいかも!」

 

 急に倒れて長い時間頭痛に苦しんでいたとは、とても思えない活力に満ちた状態で、レイモンドはカーテンを開け放つ。

 朝日を浴びて気分上々、深呼吸して晴れやかに。

 

「ああでも汗気持ち悪い!シャワー浴びないと!」

 

 一晩中かいた汗が染み込んだ服を不快に思い、バスルームに飛び込んだレイモンドはやけに高いテンションで服を脱ぎ捨てる。

 汗で肌に張り付いて、なかなか脱げない服を強引に引っ張って引き裂きながら。

 

「ふう!開放感あるなあ!……あれ」

 

 と、舞い上がっていたレイモンドはふと止まり、鏡の前で自分の姿を見つめる。

 そこに映るのは上裸の少年。

 痩せた、不健康に青白い、そして……胸が膨らんだ姿。

 

「薬……まだ抜けきってない?」

 

 声も微妙に高く、全体的にチグハグな状態。

 服を脱いで全身を調べてみれば、痩せてはいるものの尻や太ももに脂肪が感じられる。

 そして下を向けば、胸以外にも見えるものが。

 

「小さくなってる?」

 

 嫌悪するところの男性性の象徴の縮小に、俄かに喜びを湧き上がらせるレイモンドは、更にその先にまで想像を働かせる。

 このような変化が続けば、このように薬が抜けきらなければ。

 

「もしかして、このまま薬を使い続けたら……ずっとブリンクで居られる?」

 

 それはレイモンドにとって、途方もない希望だった。

 あのドラッグへどんなに縋ろうとも、尽きてしまえばそこで終わりだと思っていたのだ。

 それがまさか、時間限りの偽物ではなく、これからずっとその姿のままの本物(・・)になれるとなれば、話は別。

 だが、それでも。

 レイモンドは喜ぶよりも、悔しさや悲しさを強くしていた。

 何故ならば……

 

「薬の残りはあと4回分。もっと……もっと、あのケースの倍はあれば良かったのになあ」

 

 希望を見せられても、それは遥か彼方。

 そこに辿り着く事はないというのに、そんな希望を見せられては、ただただ辛いだけだった。

 

「最後のひとつは、お母さんに会いに行くのに使おう。それで……」

 

 どうするか、受け入れられるか拒否されるか。

 口にしたものの恐ろしくなり、溢れてきた涙を流そうとシャワーを浴びる。

 

「同じだけの量、薬を買おうとしたら……きっと凄いお金が必要になる。だからって、お金を盗んだり薬を奪ったりしたら、そんなのヒーローじゃない……」

 

 己の為に力を使うなど、それはまさしく無法者。

 今までヒーローを自称したブリンクの根底を揺るがしてしまう。

 倒してきた悪人と同じ存在には、決してなりたくなかったのだ。

 レイモンドの善性は、まだここにある。

 悪人と呼ぶ存在への暴力などを許容しつつも、譲れないものが確かにある。

 そこが取り払われれば、レイモンドは堕ちてしまう。

 そんなボーダーラインが。

 

◆◆◆

 

 今日もブリンクは、なんでもないようにいつもの屋上へ顔を出す。

 これもまたいつものように、ルミナスもそこに居た。

 

「おはよーう!なんかルミナスと会ったの久しぶりかも!」

「おはよう……?そっちこそなんか、テンション高いねぇ」

 

 手を振り回し、やけに笑顔でやって来たブリンクにルミナス少し引き気味。

 

「なんか凄く調子良いんだよね!それでもう居ても立っても居られなくてさ!」

「そっかぁ……調子良いならまぁ、気にしないけどねぇ」

「うんうん!そういえばさ、この前ケイナインを助けて──」

「私を呼び捨てにしないで」

 

 と、いつの間にか背後で苦言を呈しているケイナインだったが、舞い上がったブリンクには話し相手が2倍で嬉しい、程度のものだった。

 

「わあ!驚いた!じゃあケイとか?ヒーローネームを呼び捨てなんて普通じゃない?」

「なんでより馴れ馴れしくするのよ……呼び捨てが嫌なのは、警察犬と混同するからよ。無線でケイナインを呼んだ時、警察犬なのか私なのか分からないの。犬が必要な時に私が行ってしまって、気まずい思いをした事が何度もある……」

「お仕事した後、ちゃんと褒めて貰いました〜?」

「警察犬用のおやつを貰った事がある……」

「僕もおやつ用意した方が仲良くなれるかな」

「仲良くならなくていい……!貴女は脚を洗って真っ当な生き方をしなさい」

「えー」

 

 素直に不満を口にして、明るく会話を楽しむブリンク。

 それはまるでレイモンドが理想とするような、そんな存在。

 しかし急にそんな変化を起こされると、不思議に思うのも無理はない。

 その好意を急に寄せられたケイナインは、不気味に片脚を突っ込んだ違和感を抱いていた。

 

「ブリンク……貴女、急に馴れ馴れしくなった。あれ程私に反発していたのに……なんの心変わり?

「そうかな?」

「ケイナインさんと仲良くなりたいんですよ〜ねぇ、ブリンク〜?」

「そうそう!こうやってお喋りするの、楽しいし!もう10年ぶりくらいな感じ!」

「うぅん……10年かぁ」

 

 それはレイモンドが姉のエレインと最後に話してからの期間。

 本人的には向ける先のある意味を持った数字だが、それを知らなければ10代の少女が出した、妙に現実味のある数字に暗澹たる境遇を想像してしまう。

 

「普段、人と会話は?」

「あんまり……?最近は家にひとりな事が多いし、ルミナスと話す事が1番多いかも」

「ぅえっ!?ウチと!?確かにブリンクとはよくお話しするけど、そんなに長時間じゃないよね!?」

「でもそれくらいだから」

 

 ヒーロー活動をした後、家に帰って何をしているかは分からない。

 想像してみても、家族と過ごすなり友人とコミュニケーションを取るなり、それぞれの生活があるのだろうと考えるくらいなもの。

 それがブリンクには無いとは、流石に予想だにしていない事だった。

 

「ウチ、これからいっぱい通話するしメッセージ送るからね……!」

「もういっぱい送ってない?僕のスマホの通話履歴、ルミナスしかないよ」

「ケイナインさん!出番ですよぉ!」

「仕事とプライベート切り分けたいから」

「ブリンクを捕まえる〜とか言っておきながら、こうして楽しくお喋りしてる人のセリフとは思えませんねぇ。来週には交換出来るかもよ?」

「そうなの?」

 

 ルミナスの揶揄う視線と、ブリンクの希望を含んだ視線に晒されて、ケイナインは困り果てて肩を落とす。

 

「私はそこまで絆されやすく見える?いえ、見えるのでしょうね……正直に言うけれど、私は貴女に同情している。言葉で正しい方向へと導こうと思った。でも、貴女を無理矢理にでも捕まえて、道を正す方が良いのかもってね」

「ウチは乱暴な事するより説得する方がヒーローらしいと思うなぁ。ねっ?ブリンク〜?」

 

 ルミナスのその振りは、ブリンクが捕まる事がない現状を維持したい思いから来たものだった。

 ブリンクならば当然、自分に同調してくれるだろうと、疑う事なく問い掛けてみれば……

 

「じゃあ……辞めるよ」

「──は?」

「え?えぇえっ!?」

 

 ビルの屋上にルミナスの素っ頓狂な叫びが響き渡り、ケイナインも声を出しはしないものの、あれだけ頑なだったブリンクを相手に、あっさりと目的が達成されそうで驚きを隠せなかった。

 

「辞めちゃうのぉ!?ヒーローあんなに頑張って、頑張るって言ってたのに!」

「もともと長く続けられないものだったし……」

「そうだ!ヒーロースクールに行きなよ!ウチの後輩になっちゃってさぁ!」

「無理なんだ、ごめんね」

 

 弱々しく笑うブリンクに、ルミナスは肩を掴んでまでにじり寄る。

 そんな素振りを見せていなかったのだから、当然周囲には唐突なものに見えるだろう。

 ブリンク自身、終わりを直視しないようにしていたという理由もあるのだが。

 

「それは、貴女自身の選択?それとも、環境によってそうせざるを得ないのかしら」

「僕が悪いから……もっと、続けられたら良かったのに」

 

 悔しさや悲しさからブリンクの瞳が潤み、本人も思ってもいない感情の発露に隠そうとするが、溢れるそれを見過ごすルミナスではなかった。

 

「ねぇブリンク、ヒーロー辞めても遊んだり出来る?ウチと遊びに行ったりした事ないよね?」

「それも無理かな。たぶん……きっと」

「え〜じゃあ、じゃあ──」

「ルミナス、貴女もヒーローならば発言には気を付けなさい。それは非合法な活動の後押しになる」

 

 ケイナインに指摘されても、ルミナスは諦める事なくうんうん唸って考える。

 ブリンクに……友達に何かをしたいと、そんな素朴な善性に突き動かされて。

 

「だったら!じゃあ遊びに行かないとダメだよぉ!みんなで!」

「みんな、には私も入って──」

「います!みんなで!遊びに行きましょ〜!」

「僕の意見も聞かないんだ……」

「嫌だった!?ウチは遊びに行きたいなぁ!」

「ええ……じゃあ僕も……」

「いよぉし!決まり決まり!やるなら早く!明日ね!」

「いくらなんでも早すぎないかな?僕は良いけど……」

 

 ルミナスは早速スマホに予定を登録し、ニコニコと笑ってそれを見せる。

 ただケイナインはそれを見せられて、困惑を強めていたが。

 

「それで、私も巻き込む気?」

「ブリンク次第!どうする〜?」

「ケイナインさんが良いなら、本当に行けるなら、一緒に行きたいかな」

 

 それは昔みたいに、と続く言葉だったが胸の内に秘める。

 代わりに伝う涙よりは、控えめに浮かべた笑顔の方が素直な内心を示していた。

 それに対して突き放すような真似が出来ない善性が、ケイナインにもある。

 即座に拒否せず、眉を顰めて腕を組み、考え込むようにしているのはある程度期待に応えたいと思うから。

 ルミナスなどはその内心を能力でなく見透かして、ニヤニヤと笑っているが。

 

「……笑うくらいなら、何か言ったらどう?」

「別にぃ〜なんでもないんですけどねぇ〜」

「ブリンク、何故私が着いて行かなければならないのか、説得してみせなさい」

「えっ……と、その。僕が嬉しい……です」

「そう」

 

 と、ケイナインはひと言だけ残して、いつの間にか踵を返して屋上を後にしていた。

 

「ルミナス、連絡先は貴女にだけ渡しておく。登録しておいたから」

「あぁ!ウチのスマホ勝手に弄ったぁ!」

 

 背中越しに返答を残して、ケイナインは高速で立ち去ってしまう。

 それでもルミナスのスマホに登録されたケイナインの名前が、なによりも彼女の返答を示している。

 

「なんか……ごめん」

「何が?ウチが言い出した事だもんねぇ。謝られる筋合いないってもんよぉ!ウチにぜーんぶ任せちゃって、明日楽しむ事だけに集中して欲しいかなぁ」

「じゃあ、へへ。友達と遊びに行くって、初めてだ」

「嘘ぉ!?なら余計に力を入れなくちゃじゃん!やりたい事ある!?」

 

 ブリンクは遠慮がちにルミナスの顔色を窺いながら、小さな声でポツリと言葉を溢す。

 

「歩いたり……?」

「そりゃ歩くよぉ。他には?」

「ご飯を食べる……?」

「ランチしようねぇ。他は?」

「……映画。観たいかも」

「いいじゃ〜ん!そういうのだよぉ!どんな映画観る!?恋愛映画とか?」

「アクション……だめかな」

「良いに決まってるよぉ!チケット取っておくからねぇ〜」

 

 提案が受け入れられて、ホッとひと息。

 ブリンクが安堵していると、その顔をルミナスが覗き込む。

 

「僕、なんか駄目だった……?」

「いやいやまさか〜ただ、ウチが強引過ぎたかなって」

「僕は……嬉しいよ。ただ、そんな嬉しい事が起きるって不安だから」

「何も不安なんてないって、ウチが言い切れたら良いのになぁ……ウチに出来る事があるなら、いつでも言ってね。なんてったってウチだってヒーローなんだから、友達を助ける為に頑張っちゃうよ」

 

 ルミナスは純粋に友人を思いやり、その助けになりたいと信頼の下、こうして寄り添っているのだ。

 だが反面、ブリンクはどうだろう?

 ブリンクは、ルミナスに嘘を吐いている。

 ヒーローなんて名乗れる存在ではなく、彼女が思うようなレイという少女ですらない。

 それを明かさないのは、彼女を信頼していないという事。

 

「あの……!僕、僕は──」

「なぁに?」

 

 だが、それは本人ですら直視したくはないもの。

 罪深いもの、悍ましいもの、そう思えば……明かすわけにはいかなかった。

 

「明日、貰った服着るね」

「おぉ!じゃあスカートね〜!」

「ルミナスが決めるんだ……分かった」

 

 あくまで少女を装って、ブリンクはいつも通りにビルのヘリに立つ。

 緩やかに重力へ身を任せ、ビルから身を投げる。

 

「ブリンク!また明日!」

「うん、また明日……僕はヒーローだよね?」

「ヒーローだよ!人助け頑張れ!」

 

 手を振るルミナスに見送られ、ブリンクは跳ぶ。

 いつも通り、街のパトロール。

 ヒーローらしく、そんな風に装って。

 

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