【完結】オーバードーズ・ヒロイズム 〜時限能力獲得ドラッグ中毒TSヒーローちゃん〜   作:相竹空区

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26話 トリップ

 

 時刻は昼過ぎ、閑静な住宅街は静かなもの。

 通勤通学の家族を見送り、家事や在宅の仕事をこなす人々が各々の生活を行う程度の音はそう気にならない音量だ。

 大きいものでもスプリンクラーが水を撒き、庭の整備をする程度。

 そんな静かな空間に、太く低く、空気を叩く音がした。

 

「大丈夫、大丈夫……僕は今凄く良い(・・)状態なんだから、3本使ったんだよ?へへへ、これなら完璧だって……」

 

 音と共に現れたブリンクは俯き、しきりにひとり言を呟いている。

 リュックサックを背負い、一般的な普通の服の下には、特殊素材のスーツを着ていた。

 だが着ている人間の事を考えれば、それをヒーロー(・・・・)スーツと呼ぶのは不適当だろう。

 

「うるさいうるさい……!」

 

 幻聴に言葉を返しながら住宅街の中の一軒に、何の変哲も無いその家に目的意識を持って歩いてゆく様子は不自然そのもの。

 しかし誰も見ていなければ、これから行おうとしている事を咎められずに済ませられるだろうと考えていたのだ。

 

「おはよう、今昼だし。なら、こんにちは……ただいま?」

 

 緊張しつつも足取りは軽やかで、急く気持ちから少し早め。

 そうして玄関前で深呼吸して、インターホンを押す。

 電子的な鐘の音が鳴り、間髪置かずに「はーい」と家の中から女性の声が聞こえた。

 聞こえた声に表情を明るくして、ブリンクは扉が開く瞬間を今か今かと待ち侘びて──

 

「ただいま!」

 

 と、扉が開いた直後に、相手が言葉を発するより先にそう言ったものだから、家主は困惑を強くするのも無理はなかった。

 

「ええ、と?家を間違えたのね。貴女のお家はここじゃないわ」

「え?あってるよ。ここが僕の本当の家」

「違うわ、ここは私の家。ほら、この辺りは似た家が多いから、間違えたのよね」

 

 何度言っても相手にされず、ブリンクは不満を露わにするが、何度言っても埒があかない。

 

「間違えてなんかないよ。お母さんは僕のお母さんでしょ?」

「私の娘はひとりだけ。貴女を産んだ覚えはないの。これ以上何か言うようだったら、警察を呼びますからね!」

 

 そう言って、乱暴に扉を閉め切って鍵まで掛けられてしまっては、明確な拒絶が心に突き刺さる。

 ブリンクはやはり不満そうにして、その場から姿を消した。

 代わりに施錠された家の中へと。

 

「ねえ、僕の話を聞いてよ」

「っ!?いやあぁ!?どうやって入って来たの!?」

「テレポートだよ。僕の能力なんだ」

 

 家に侵入した不審者が、自身の能力を自慢げに披露し説明するなど、それは脅しとそう変わらない。

 生命の危険を感じるのに十分なそれは、人に逃走を選択させる……のだが。

 

「こっ……来ないで!」

「何処行くの?駄目だよ家を出ちゃ」

「ひっ……」

 

 何処向かって走ろうとも、その眼前にブリンクが現れる。

 やけにフレンドリーな笑顔を浮かべ、にじり寄って来る姿は、相当に恐ろしく見えるだろう。

 

「あ、貴女なんか知らないのよ……人違いなの……」

「本当に?子供は他に居ないのかな?」

「娘……娘がひとりだけ……」

「エレインそうだよね。僕の姉さんだ」

「なんで名前──!?」

「ケイナインって、ヒーローもやってる。凄いよね、姉さんは昔から僕にないものを持ってた」

 

 他人に明かす事のない、ヒーローの正体として娘の名前を挙げているとなれば、自分だけでなく娘まで人質に取ったようなもの。

 やけに上機嫌なブリンクが迫る中、恐怖ですくむ脚を必死に動かして後ずさるだけでも、相当な精神力が必要だろう。

 

「なに、何が目的!?」

「目的?じゃあ僕と話をしようよ。他にも、子供は居るよね

?」

「っ……い、居ない」

「ふーん……嘘を吐くのは、悪人のする事だよ」

 

 ブリンクは早足で一気に距離を詰め、更に追い立て恐怖を煽る。

 壁に追い詰め、テレポートで脅して逃げる方向を制御して、入り込ませたのはバスルーム。

 せめてもの抵抗に閉じた扉は、ブリンクが容易く蹴破ってしまったが。

 

「居ない!居ないのっ!許して……」

「うーん……やっぱりレイモンドは偽物だから、違うんだ」

「レイモンド……?あ、アイツの事を聞きに来たの?知らない!アレが大勢殺したって警察が来たけど……私も娘も、もう関係ないの!」

「なるほど!やっぱりそうなんだ!あはは、なら良かった!」

 

 突然声を大きく、更に上機嫌になるなど人質からすれば恐ろしいだろう。

 バスタブに身を屈め、せめてもの防御として縋る程度には、恐怖に震え上がっている。

 ただ本人に痛め付ける意図はなく、ただ致命的に客観視が出来ないだけではあるのだが。

 ブリンクは今、最高の多幸感の中に居た。

 

「僕は本物になったんだよ!テレポート能力だってあるし、女の子が良かったんでしょ?」

「な、なに……?」

「いやー、良かった!これで僕はお母さんの本物の子供になれたんだね!」

「意味が分からない……」

 

 ブリンクの頭の中では素晴らしく筋の通った論理だが、聞かされている方からすれば狂人の喚きにすぎない。

 バスルームという大声が反射する場所で、そんな言葉を聞かされては堪ったものではなかった。

 

「分からない?なんで?レイモンドが消えて、僕はお母さんが望んでた良い存在になったのに?」

「レイモンドは今警察に追われてる……」

「だからー!僕はお母さんの子供なの!能力を持った女の子!レイモンドなんかじゃなくて、こういう子供が良かったんでしょ!?」

 

 恐怖で鈍化した思考の中、ブリンクの母はようやく目の前の少女が、自身の捨てた息子なのだと微かに思い至る。

 信じきれずに、疑問混じりではあったものの。

 

「あ、あなたが……レイモンド?」

「もうレイモンドじゃないけどね!アレはもう、こうして消せたんだ!」

「頭おかしいんじゃないの……?人を殺して、次はなに?アンタみたいなサイコパス、やっぱりエレインと引き離して正解だった」

「そうだね!僕も魔法の薬でレイモンド消せてスッキリしてるよ!」

「違う……!アンタはレイモンド。父親と同じ殺人犯で、魔法の薬?ハッ!単なる薬中じゃない……そして気が狂った男」

「ええ……?なんで分からないかな……じゃあ、ほら見てよ!」

 

 ブリンクは下衣をずり下ろし、下半身を露出する。

 行動自体は変態的であるが、ブリンクは至って真面目。

 当然ながら露出したそこは女性のそれで、ブリンクには何よりそれが重要。

 

「見てよほら!僕は男じゃないし、火傷の痕が消えたんだ!本当に痛かった……でも悪いものだから仕方なかったんだよね?分かるよ。だから僕も消そうと思ったんだ……あの薬で!そうすれば女の子になれるし!傷も無い!胸だってあるんだ!この前は薬のおかげで叔父さんだって救えた!僕は!もう僕は──」

 

 不意に、ブリンクの身体がブレる。

 テレポートではなく、瞬間的に方向への強烈な力が加わり吹き飛んだ為。

 激しい音を立て、壁に叩き付けられ項垂れる。

 それを行った者は、いつの間にかバスルームに現れたまさしくヒーロー、ケイナイン。

 

「母さん!」

「ああエレイン良かった……」

 

 安堵の声と共にバスタブへ、後ろ手に隠したスマホが音を立てて落ちる。

 ブリンクが意気揚々と喋る間に、母はただ怯えているだけではなかった。

 

「母さん大丈夫!?コイツ……ブリンク?レイモンドじゃない──ッ!?」

 

 母からのSOSに応えたケイナインだが、状況は予想とはまるで違うもの。

 大勢殺したレイモンドが、母親への復讐に現れたのかと思っていたのだが……そこに居たのは別の見知った顔。

 そんな戸惑いを見逃さず、ケイナインの腰に向かってブリンクが飛び付いた。

 

「邪魔を……!邪魔をするな!」

 

 叫びと共に景色は代わり、2人は上へ。

 取っ組み合いの形になった2人がテレポートしたのは2階部分、ケイナインの部屋だった。

 高速で動けるのをいい事に、乱雑で物の多い、しかし写真などの思い出の多い部屋。

 

「邪魔!?何をしようとしていた!何故母さんを!」

「この部屋……この部屋で、いつも閉じこもってた」

「何を……」

「姉さんは!ボクが幾ら叫んでも扉を開けないで!母さんに何度も殴られてた時も!バスルームに引き摺られた時だって助けてくれなかったっ!」

 

 ブリンクはマウントをとり、一方的に拳を振り下ろすがその動きは稚拙なもの。

 怒りに任せた攻撃は子供の癇癪と大差なく、構えたガードに容易く防がれる。

 単調な動きを見切られて、逆転されそうになればテレポート。

 辿り着いた場所は埃っぽく、家財が積まれた物置のような部屋。

 だがそこが、己の部屋であった事をブリンクは即座に理解した。

 

「この部屋……ッ!こうやって僕を見ないフリして!無理矢理髪を切られた時も!姉さんは自分の部屋で誕生日プレゼントのヘッドホンを付けてた!僕は髪と一緒に耳を切られたのに!」

「なんでそれ……レイ、レイモンド……?」

「この部屋で泣いてる時に僕はひとりだった!今も!昔からずっと!」

「嘘、ブリンクがレイモンド?ずっと、近くに……」

「姉さんは僕に無いもの、全部持ってるのに!」

「そんな……レイモンド、私は──」

 

 ケイナインは反撃を忘れ、ただ振り下ろされる拳を防ぐ。

 前腕が徐々に痛み出すものの、同時に降ってくる涙が反撃を躊躇わせた。

 

「なんで!なんで僕にはひとつもないの!レイモンドが消したら良くなるはずなのに!どうして全然上手くいかないの!?」

 

 子供のように泣き叫び、腕を振り乱す。

 姉に向かって不平不満をぶつけて喚く。

 これが生まれて初めての、姉弟喧嘩だった。

 

「それは、間違った考えよ……っ!レイモンドが消える事はない、あなたが私の弟なら──」

「違う!僕はっ!レイモンドを殺して!消し去って!綺麗にする!弟なんて居なかった!あんなの産まれてくる筈じゃなかったって!」

「そんな、そんな事はない!私は……一緒に自首しに行きましょう!ブリンクは、本当に良い子で……あの善性があるのなら、まだ償える!」

 

 不確かな言葉に頼り、ブリンクの説得を試みても無意味。

 ただ己の頭の中で渦巻く感情を口にしてばかりのブリンクには、自首や償うといった言葉は届かない。

 

「レイモンドを消し去らないと償えない……!そうじゃないなら全部ウソだ!ブリンクも!ヒーローも!」

「大丈夫!大丈夫だから!お姉ちゃんが着いてるから!もう見捨てたりしない!お願──っ!?」

 

 ブリンクの強い一撃が、ガードを抜けてケイナインに刺さる。

 脳を揺らされれば、屈強な肉体も床を這う。

 ブリンクが離れ、立ち去ろうとするその背に向かっても、腰に縋り付く程度しか出来はしなかった。

 

「ふう、ふう……うぐっ!?ぎ、いぃ!く、くすり……早く……ぅ!」

 

 頭痛に襲われたブリンクには、ドラッグこそが最優先。

 邪魔な虫でも払うように、ケイナインに腕を振るって引き剥がした。

 

「もっと、よくならないと。もっと、青いの足さないと……」

 

 ドラッグへの渇望を口にして、ブリンクは跳び去った。

 後に残るのは舞い上がった埃。

 ケイナインへと降り注ぐ。

 

「っ……痛」

 

 顎を抑えて仰向けに寝転がり、埃っぽさを気にする余裕もない。

 ただ少し、ケイナインには頭の中を整理する時間が必要だった。

 5分か、10分か、能力を使わずに落ち着いた状態で思考する時間が。

 

「あの学校、レイモンドが通っていたのね」

 

 思考をそのままに、マスクの内側でケイナインはひとりごつ。

 

「ドラッグの集積拠点にあった、数の合わない注射器に、厳密に管理された在庫のズレ。叔父さんが突如、誰も立ち入れないシールドを展開して傷を癒した事……」

 

 思考を纏め、自分に発破を掛ける為にひとり言を呟くところは、姉弟共通。

 ともあれそれを、両者が知る事はないのだが。

 

「やるべき事を、やる」

 

 ケイナインは端末を操作して、通信を繋ぐ。

 コールには即座に応答があり、真剣な声が。

 

『ウチの出番ですか?』

「ええ、犯人(・・)に追跡装置を付けた。追って」

『遭遇……して、取り逃した?』

「手厳しいわね、返す言葉も無い。挽回する為にも、追う」

『了解……ブリンクにも共有していいですか?』

「いえそれは……!いえ、大丈夫。既に知っているから」

 

 通信の向こうのルミナスに、ケイナインは情報を伏せた。

 言わない方が良いだろうという配慮だったが、それが短慮だったかもしれないと思って心臓を押さえるのだから、ケイナインはそのような慮る事に向いていない。

 結局通信を切ったあと、自嘲するのだ。

 

「嘘吐き……私はいつもそう。嘘吐きで、臆病で、逃げるのが速くて……レイモンドに追い付けない」

 

 そして十分に嘲れば、決意を新たに立ち上がる。

 少なくともヒーローであるからには。

 

「今度は逃がさない。絶対に、離さないから」

 

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