【完結】オーバードーズ・ヒロイズム 〜時限能力獲得ドラッグ中毒TSヒーローちゃん〜   作:相竹空区

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9話 逃避/アウェイク(下)

 

「あれ……銀行強盗?」

 

 和気藹々と、トークとブリトーを楽しんでいた2人の間に緊迫したものが走った。

 それが冗談ではない事は、まだ短い付き合いのレイにも分かる。

 ルミナスは一点を見つめたまま動かず、真剣な表情のまま一言も発しない。

 普段の明るく柔和な印象からはかけ離れたそんな様子に、レイは息を呑んでルミナスの次の言葉を待つしかなかった。

 

「人質も居る。強盗は5人……銃を持って、金庫室に向かってる」

「た、大変だよそれなら今すぐ──」

 

 このまま口を動かせば、続く言葉は助けを呼ばなきゃ。

 レイはそう言葉を発しながら、脳裏に浮かんだのはまた別の言葉だった。

 

(──もし、僕が解決出来たら?)

 

 そんな、ふとした思い付き。

 助けを呼んでやって来るのは警察か、あるいはヒーロー。

 それならば自分が解決しても同じではないか?

 良い事をしたいと思うレイではあるが、それと同時に認められたいという思いも強い。

 それについ先日、ルミナスから背中を押されたばかりだった。

 

(もし、僕が人質を救って銀行強盗を捕まえたら……誰も僕の事を疑ったりしない。僕には人を助ける力があるんだって、認めてもらえる)

 

 些細な、不意に浮かんだ考えは、一瞬の間にどんどんと膨らんで、レイの頭はひとつの考えでいっぱいになっていた。

 そんな承認欲求に胸が一杯になっているレイに気付かず、ルミナスは銀行の様子を注視して悪態を漏らす。

 

「っ!強盗が人質を殴って言う事聞かせてる。誰か撃たれてもおかしくないかも」

「それはもう大変だよ!」

「うん、流石にウチの手には負えないかなぁ……誰か先輩に来て貰わないと」

 

 ヒーローには格というものがある。

 だがそれは決して不健全なものではなく、むしろヒーローと市民を守る為のランク制。

 そのヒーローに対処可能な事件を見定め、即座に適した能力を持った別のヒーローを呼ぶ為の仕組み。

 それに基づけば、この事件はルミナスの格では荷が勝ち過ぎる。

 銀行という厳重警備の場所を襲う強盗などは、殆どの場合武装しており、更には人質を取るだろう。

 それを解決しようとすれば、問題解決能力と共に人手が必要になる。

 そして今、幸か不幸かこの場にはそれらを覆す選択肢が存在してしまっていた。

 

「僕が、やるよ」

「……レイが?」

「僕なら今すぐに行って、全員助けられる」

「うーん……ダメだよ、危ないもん」

「でも人質が危ないんだろ?なら僕が助けるよ。テレポートなら一瞬だから!」

「いや、でも……」

 

 ルミナスはあくまでヒーロー。

 このような状況の正しい判断を学んでいるし、自分の力量も把握している。

 レイの存在を個人としては黙認する事と、武装した強盗が取った人質の救出に送り出すのとでは訳が違う。

 躊躇うのも当然ではあったが、それと同時に僅かにレイの能力ならば、人質をこれ以上傷付けずに救出出来るのではないか、という考えもルミナスの中に微かに存在する事を、レイは知らずのうちに煽って熱り立つ。

 

「なら僕ひとりでもやれる!せっかく助けられる力があるのに見捨てちゃ悪人と同じだ!人を助ける心持ちこそがヒーローなんだろ!?なら僕はあの人達を助けてヒーローになる!」

「あぁ、ああもう分かった!人質を助けるだけ!相手は銀行強盗で、アサルトライフルで武装してるんだからね!?ウチが見つからないように指示を出す!……まったくもう、これでいい?」

「いいよ、ルミナスのヒーローらしいところ初めて見たかも」

「失礼だなぁ、ウチだってやる時はやるからねぇ」

 

 レイをひとりで行かせるよりはと、半ばヤケクソで不敵に笑ってみせるルミナスは、スマホを取り出しレイへと差し出した。

 

「なに?」

「連絡先交換しないと。どうやって中の状況教えたらいいのって話」

「連絡先……」

 

 レイは隠す事も出来ない程度には、躊躇と抵抗感を露わにする。

 それも当然、レイはルミナスら体制側(ヒーロー)から追われる身。

 この連絡先からレイモンド・クロスへと辿り着く可能性を考えれば、躊躇うのも当然と言えた。

 そしてその内心を、ルミナスは理解して胸を叩く。

 

「約束する。ウチは絶対に、ぜっっっったいに!これをレイとの連絡以外に使わないし使わせない!」

 

 信じて欲しいと、力強くレイの瞳を見つめて手を握る。

 視線からも、手からも伝わる熱に絆され、流されやすいレイはコクリと小さく頷くしかなかった。

 

「分かった……」

「よし!ちゃっちゃと済ませるよ〜!」

 

 レイがどうして良いか迷っていると、ルミナスは手際良く慣れた様子で連絡先を交換し、通話を繋げて耳元のインカムを操作する。

 

「これでバッチリ!ウチが完璧にナビゲーション致しましょう〜」

「う、うん……連絡先交換したの、初めてだ」

「えー?ウチが初めてかぁ。お話したい時はいつでもお気軽に!時間空いてたら話そうねぇ」

「なんか、スマホが重たくなった気がするよ」

「気のせい気のせい!ほら、早く助けないと!レイはインカム持って……ないか」

「それっぽいのなら──」

 

 レイはポケットから小さなケースを取り出し、その中のイヤホンを見せる。

 隠されたリュックサックを探した際に続いて、今日2度目の活躍だった。

 

「──ハンズフリー通話対応イヤホン。この機能初めて使うけど……」

 

 髪を掻き分け、片耳だけ装着したイヤホンがスマホと接続すると、レイは頷き合図を送る。

 するとルミナスは咳払いし、ひと言。

 

『テステス、聞こえますかぁ?』

「おお、こうやって通信すると凄いヒーローっぽい!」

 

 目の前とイヤホンから、二重に聞こえるルミナスの声に、レイは俄かに舞い上がる。

 

「これでウチが指示を出すからねぇ、レイは強盗に見つからないように人質を救出して、そして逃げる。分かったかな?」

「分かった!大丈夫、僕ならパッパッで終わるからね!」

 

 レイは些か舞い上がりすぎで、ルミナスの話を聞いているというよりも、早く現場に行きたいから威勢の良い返事をしている、というような様子だったが状況は切迫している。

 

「うぅん……とにかくウチの言う事ちゃんと聞いてよ!」

「任せて!じゃあ行ってくる!」

「あぁ、もう早いぃ……」

 

 勇足でビルの屋上から飛び出したレイは、ルミナスがへりから身を乗り出してレイの行方を追った時には、既に姿を消していた。

 一瞬にして、レイは銀行の向かいの建物の屋上へ。

 銀行内の様子を伺おうとしての行動だった、が。

 内部はカーテンが下げられており内部の様子を確認出来ず、結局レイは何も見えない窓へ向かって無駄に目を凝らす程度しか出来なかった。

 

「何処に居るんだ……?」

『ウチの言う事、き・い・て・ねぇぇぇ!』

「うぇっ!?ご、ごめん……」

『強盗はひとりを残して今、金庫室でお金を詰めてるから、その間にレイは人質をサッと助けて来て!』

「了解……今のヒーローっぽくない?」

『集中!レイが1番危ないんだからね』

「危なくなったら逃げられるんだな〜僕なら!」

 

 今から武装強盗の目を掻い潜り、人質を救出しようとするレイへの忠言だったが、当の本人は浮かれて話半分にしか聞いていない。

 とはいえそんな状態であれ、ルミナスの能力ならば銀行の内部の様子ははっきりと確認出来る。

 安全に侵入して、人質を連れて戻って来るだけの隙を見つければ、レイが危険に晒される可能性は限りなく低くなるだろう。

 

『いい?人質には見張りがひとり、ずっとついてる。遠くで物音立てて気を逸らしてる間に、ササッとテレポートで人質を連れ出せないかなぁ?』

「たぶん出来る……なんなら相手がひとりなら、僕が無力化しても──」

『ダメ!』

「分かったよ……ちょっと言っただけじゃん」

 

 ルミナスからの指示を待つレイは、面白くなさそうに口を尖らせてひとりごちる。

 レイにとっては待機の時間は退屈なものだが、ルミナスからすれば友人を死地に送り込むかもしれないのだから、緊張は天井知らずだ。

 輝く双眸を必死に見開き、送り出すべきタイミングを探り……

 

『まずは建物の中に入ろう。ちゃんと指示に従ってね』

「了解!」

『最初は2階!跳べる?』

「カーテン締まってるけど……」

『あっ、目視しないと跳べない感じかなぁ?ウチも何でもかんでも透かして見える訳じゃないもんねぇ』

「跳べる、けど何かを巻き込むとこう……僕がそこにある物を押し除けちゃうんだ。前にそれでビル壊したし……」

 

 レイのテレポート能力は、レイが優先される。

 到着地点に何があろうとそこはレイの為に空けられるのだ。

 以前スカイセイルから逃げる際にビルの一部にテレポートの到着地点が重なったが、レイはビルと一体化するような事にはならず、代わりに障害物の方が砕け散った。

 このテレポートの巻き込みには、レイのベッドの支柱も犠牲になっているので、レイはそれが人であったらどうしようかと恐怖しているのだ。

 万が一、事が起こってしまえばレイはそれをゼロ距離で直視して、その罪を自覚してしまうから。

 

『なら跳ぶ場所はウチが指示する。ウチの眼ならそこが安全だって確認出来るもんね。どう?』

「が……んばってみる。ヒーローになるんだ、頑張ってみるよ。信じてるからね?」

『信じて信じて!じゃあまずは──』

 

 ルミナスは指示をして、レイは目を瞑ってその場所へと意識を向ける。

 やり方はいつも通り、普段は視界の一点に行う集中を、ルミナスに指示された視界の通らない場所へと行うだけ。

 

「とっ……んだ!銀行の中に入ってるよ!」

『静かに……!バレないように動くからね!』

 

 状況を文字通り俯瞰し、見透すルミナスの指示は的確だ。

 このような作戦(・・)を経験した事のない素人のレイであっても、それに従うだけで見つからずにすんなりと人質の姿を確認する事が出来た。

 

「それで、もう行っていい?」

『まずは人質の監視をしてる強盗の気を逸らそうかなぁ。いやでも……うーん』

「相手ひとりだし、サッと行って倒しちゃえば良くない?」

『ちょっとちょっと、変な事をしないでよねって──』

 

 ルミナスの言葉を待つ前に、レイは瞬く間に強盗へと距離を詰め、その身体能力を存分に活かした一撃を顎先に喰らわせる。

 時間にして1秒程度、ノックアウトされた強盗ですら何が起きたのか分からないままの早業だった。

 

「終わったよ!人質の人達は外に出せば良いのかな?」

『お願いだからお話聞いてねぇ!』

「ヒーローなら全員助けて、全員倒さないと。そうじゃないと意味が無いよ」

 

 遠く離れたビルの屋上にて、ルミナスは緊張に胸を抑えて早鐘を打つ心臓と戦っているのだが、1番危険な場所に居るレイ自身はそんな事をつゆ知らず、倒れ伏した強盗と状況を飲み込めずに呆然としている人質を見て満足げに頷くのだった。

 

「皆さーん、今から助けるので静かにお願いしまーす」

「助かった……のか」

「あぁ、良かった。ヒーローが来たんだ!」

「でもスーツ着てないぞ……?」

「助けてくれるならもう誰でもいい!」

 

 後ろ手を結束バンドで拘束された人質を宥め、レイはその人数を確認してひと息吐いて気合いを入れる。

 

「ねえルミナス、このまま強盗を倒しちゃえばよくない?」

『それは絶対に駄目!この人達を逃す事にだけ集中!』

「はーい。じゃあ表に出しておけば良いよね」

『オッケー!』

「ん?なんだ、何をする──」

 

 困惑する人質の肩に手を置いて、レイは一瞬にして銀行の外へ。

 

「──んだ?」

「はい、他の人も連れて来るから離れて待っててね」

「あ、ああ……助かったよ」

 

 それを数度繰り返し、全員を避難させるのにもそれ程時間は掛からない。

 移動という過程を飛ばす事の出来るレイの能力は、あらゆる場面で強力に作用する。

 例えこのような事件に対処するプロであっても、素人のレイが能力を使って行う救助に時間の面では敵わない。

 

『さっすがレイ!全員救助で気付かれて……ひとり伸びてるけど、完璧だよ〜!』

 

 そのようなプロの現場を見た事があるルミナスですら、素直な賞賛の言葉を述べる程度にはレイの能力は確かなもの。

 だがしかし、レイは素人だ。

 そしてまだ子供。

 強力な能力に並び立つ、強い承認欲求も持っている。

 

「──完璧なら」

 

 レイモンドの能力とは、決して届かぬ場所へと手を伸ばす為の能力だ。

 

「特別なら、もっとやれなきゃ」

 

 本来ならば、このようなヒーローごっこなど出来はしない。

 それをドラッグによって得た能力で、事件の解決を行い承認欲求を得る。

 こうもスムーズに救助が出来たのは、目覚めた能力が強力だったから。

 

「僕はそれが出来なきゃ」

『レイ?何言ってるの?』

 

 レイのか細い呟きは、耳に付けた集音能力の高くないワイヤレスでは拾えなかった。

 

『強盗が動いた!お金を持って金庫室から出て来たよ!レイ、早く逃げないと!』

「でも僕なら……?」

 

 レイにとっては渡りに船。

 テレポートで離脱せず、銀行の内部深くへと歩みを進めたその様子は、当然ルミナスの視界に入っていた。

 

『ちょっとレイ!?何するつもり!?』

「だって今なら捕まえられる……!」

『約束と違うよねぇ!本当に危ないんだから、何よりもレイ自身が!今すぐ帰ってきて!』

 

 懸命なルミナスの言葉は、ヒーローを自らに課すレイには届かず。

 それはもはや使命感、強迫観念にも近い衝動によりレイは脚を動かした。

 強盗が居るという金庫室、そこへ向かって足音を殺して移動を続ければ、段々と殺気だった声が聞こえてくる。

 数人の荒くれた男達のくぐもった声が耳に届いた瞬間、レイは素早く飛び出した。

 

「お金を置いて投降しろ!」

「なんだ──子供!?」

 

 急に現れたレイに驚き、強盗達は咄嗟にアサルトライフルを構えるが、それこそレイの想定通り。

 自分に注目を集めたその瞬間には、テレポートにより真反対の方向に移動する。

 

「まずはひとり!」

「ぐぁ!?」

「ヒーローか!?クソ!」

「オイ!銃を振り回すんじゃねぇ!味方に当たるぞ!」

 

 と、強盗が怒声を上げるもレイの攻撃は神出鬼没。

 ひとり、またひとりと倒れていく中で、強盗のひとりが焦って引き金に力を込めてしまう事故も起きる。

 床に向けていた銃口が発射の反動で跳ね上がり、レイに当たらず仲間の強盗へと向かい……

 

「バカ野郎!どこ撃ってんだボケが!」

「す、すまねぇボス……」

「え……?今当たったよね?」

 

 弾はすり抜け、壁に命中。

 銃声の反響が残る中、レイは困惑し強盗らはなんでもないように怒り、謝る。

 

「もういい!逃げるぞ!」

「コイツらはどうしたら……」

「鞄だけ拾え!通り抜けるぞ!」

 

 と、レイが呆気に取られているうちに、ボスと呼ばれた強盗を中心に3人の強盗が腕を組み、両端の強盗が倒れた者が持っていた鞄に手を掛ける。

 

「あばよヒーローのお嬢さん。年の功に負けたな」

「っ!逃げる気か!」

 

 強盗のボスがバクラバ越しにニヤリと笑うその瞬間、レイは地面を蹴り込み接近するも、指先が金の入った鞄に引っ掛かった程度で取りこぼす。

 そうして3人組は降下(・・)する。

 沼に沈み込むように、3人が床へと吸い込まれてゆく。

 

「これ、能力か!」

 

 その現象を起こしたものへと考えが至った時には、強盗はあっという間に床へと消えていた。

 追い掛けて床に這いつくばってみるものの、そこに残るのは弾痕と散らばる薬莢。

 更にはこうして取り逃した事に悔しさを感じるより先に、外が俄かに騒がしくなりサイレンが聞こえてくる。

 

「警察!早く逃げないと僕が撃たれちゃう感じかも!?」

 

 慌ててレイは自身の直上、建物の屋上よりも先の何もないであろう空中へと意識を集中させ、跳ぶ。

 

「──離脱成功!って、凄い量のパトカー……」

 

 空中からだと集まった警察がよく見えた。

 まだ陽が高い時間だというのに、回転灯の灯りはギラギラと輝いてとても目立つ。

 レイとしては、その光は自分を追う存在の証なので、テレポートを繰り返してその場を早々に去るのだが。

 

「はぁ、助けた時に名乗るカッコいい名前があれば良かったのに」

 

 逃走は気を抜いていても容易だ。

 レイは適当にテレポートを繰り返し、自己プロデュースについて考えていると……

 

『レイッ!』

「うぉうわぁ!?何!?」

 

 ポケットから大きな声が聞こえてレイはテレポートした空中で慌てふためく。

 音の発信源であるスマホを持とうとするものの、空中で取り落として転移してしまい、慌てて回収するその間にも絶えず声は鳴り響いていた。

 

『何はこっちの台詞!急に何も聞こえなくなって本当に心配したんだからね!?』

「でも見えてるでしょ?」

『見えてても、声が通じなくなると不安になるの!』

「ごめんごめん、イヤホン外したからさ」

 

 軽く謝るレイの耳に、イヤホンはない。

 スマホはスピーカーモードに、転移しながら適当なビルの屋上に辿り着いたレイはその場に座り込んでひと息吐いた。

 

『なーんで外しちゃうのかなぁ!?連絡手段が無くなるとすっごく困るんですぅ〜!』

「僕のイヤホンって追跡機能が付いてるんだよね」

『だから何!?パパもお兄ちゃんもするけど、ガジェット自慢ってウチ全然分かんない!』

「強盗が逃げる前に、お金が入った鞄にイヤホンを入れといたんだ。これで何処に逃げたのか分かる」

 

 レイがスマホを操作して追跡アプリを開けば、銀行から距離を取るイヤホンの現在位置がリアルタイムで把握出来る。

 刻一刻と変わるその位置は、人気の少ない場所を目指しているようだった。

 

『レイってば天才じゃん!』

「でしょ?なくした時とか、奪われた時に探す用って思ってたけど、思わぬところで役に立ったもんだよ」

 

 元はイジメ対策の追跡機能だったが、銀行強盗を捕まえる為に利用するとは思わぬ躍進だ。

 レイ自身が誰より驚いている機転が、強盗逮捕への確実な一手となっている。

 

『でも危ない事しちゃダメだよ?ウチホントに心配したんだからぁ〜』

「僕は大丈夫だよ。それより早く捕まえないと」

『ちょっとぉ!?まだやるつもり!?』

「当然!捕まえたら場所教えるね!」

 

 そう言って、レイは通話を切ってアプリを頼りに強盗を追う。

 テレポートであれば追跡にそう時間は掛からず、むしろ追い付いて不審に思われないよう、距離を取って相手が止まるのを待っていた。

 

「遅いなー。早くアジトに着いてくれないかな……っと、アラームアラーム」

 

 レイの左腕で腕時計が電子音を鳴らす。

 普段からレイは薬の効果時間内に家に帰るようにしており、このアラームはそのマージンを示すもの。

 逼迫した状態ではないものの、普段ならば帰る時間を告げる音だ。

 

「うーん……いつもなら、帰る。でもここまで追いかけて、今更引き返すのもな……うん。またサッと行って、サッと解決して、ササーっと帰ればいいか。これも強盗の逃げ足が遅いせいだよ、もう」

 

 腕時計を見て文句をぶつくさと。

 危機感の欠如ともとれる発言ではあるが、それもレイの類稀な能力故の事。

 驕りか、実力に裏打ちされた余裕か。

 アプリに表示される現在位置が、人気の少ない古びた工場で停止した事で、それが分かる時は近いと言えた。

 

「ようやく到着?うーん……銀行を襲って、ボロの工場へ逃げ込む。いかにもって感じ」

 

 レイはテレポートで近付いて工場2階の窓からそっと内部を覗き見れば、銀行から逃げ果せた3人組がバクラバを外して落ち着いている。

 埃を被った工場とは似つかわしくないピクニックテーブルの上に、戦利品の札束を広げているのが目に入った。

 

「いやぁ、大儲けじゃないすか!写真撮っちゃお」

「これで例の薬に金掛けた分回収出来ると良いがな……」

「どっかの誰かが薬落とすからもう……本当ならオレらもスーパーパワー使える筈だったのになぁ」

 

 鞄から札束を取り出し、それぞれの分け前を計るこの作業。

 映画やドラマのような光景に、レイは思わず息を呑む。

 

「でも今回のを元手に薬仕入れたら!更に銀行襲えるんじゃないすか!?ボスのすり抜けだけじゃなくて他のパワーもあれば!」

「バカ野郎、この街からはすぐにずらかる」

「えぇー!?なんでですか!?」

「同じ事考えた犯罪者連中とのパイの奪い合いになるだろうが。早めに金を手に入れたオレ達はファーストペンギン。ちょうど良く、儲けを分ける頭数も減った事だ。アガリとしては上々よ」

「ペンギンがなんすか?」

「ボスって学が有るから、たまに何言ってんのか全然分かんねぇ」

「ちったぁ勉強しろクソガキどもめ」

 

 会話が終わり、ひと息吐いたその瞬間。

 レイは跳んだ。

 

「悪い事したら捕まるって、君達も勉強したら!」

「ぐべぇ!?」

 

 札束が積まれたテーブルの真上、そこへ跳んだレイの蹴撃が強盗の顔面に突き刺さる。

 真正面から受けた衝撃に吹き飛んだ強盗は一撃でノックアウト。

 残るは、2人。

 

「追ってきやがったのか!」

「ボ、ボスどうしたら!?」

「やるしかねぇだろうが!」

「やらせない……!」

 

 と、戸惑う時間にもレイは動く。

 銃を構えようとした強盗へと飛び付いて、テレポート。

 跳んだ先は札束が積まれたテーブルの上。

 その更に上。

 

「な、なんだぁ!?」

「落ちて反省するんだね!」

 

 工場の高い天井を使った上方へのテレポート、そして強盗を蹴って飛び退けば、自由落下が強盗を襲う。

 

「ひやぁあぁ!?」

 

 受け身を取る余裕もなく落下して、ただ積み上げられた札束とテーブルがクッションになった。

 盛大な破壊音を工場内に反響させて、強盗をひとりノックアウト。

 残るはボスと呼ばれた強盗、ただひとり。

 輝く金髪と筋骨隆々なその身体が、攻撃的に周囲を威圧する。

 

「それで?まだやる?」

「当たり前だクソガキめ。これはオレの年金だぞ。みすみす取り逃がして堪るかよ」

 

 ボスは大きな拳を握ってファイティングポーズ。

 レイは格闘技を学んでいないので、どうして良いか分からない手持ち無沙汰な両手を腰へ。

 舐め腐っていると、そう受け取られても無理はない。

 

「喰らえっ!」

 

 と、気合のひと声と共にレイが飛び出す。

 ボスは冷静にそれを観察し、待ちの姿勢を維持。

 レイは構わず勢いを付けてあからさまに拳を振り上げて……テレポート。

 ボスの背後、やや上に転移して体重を乗せた蹴りを1発放った。

 

「ガキは同じ手を使い過ぎる!」

「嘘でしょ凄い!」

 

 が、蹴りはしっかりと防がれる。

 掛けた体重も両脚を踏ん張って微塵も動かず、踏み切ったレイの身体は宙に舞う。

 

「社会も知らないガキのヒーローごっこに!オレの老後を邪魔される訳にはいかないんだよ!」

 

 レイは何度も攻撃を試す事が出来る。

 何度もテレポートして仕切り直せば、その度に新たな攻撃チャンスが生まれるのだ。

 しかし、喧嘩もまともにした事のないレイと、銀行強盗なんて手段を選べる程度には犯罪に慣れ親しんだ者の暴力とでは訳が違う。

 

「くっ……!なんで防がれる!?」

「単調なんだよ!喧嘩もした事ねぇ甘ったれが!」

 

 何度目かのレイの蹴撃。

 それが当たり前のように防御されたその時、レイの細い足首が掴まれた。

 ガッシリと、足首を一周して余りある大きな手に掴まれて、レイの肝は一瞬で冷え切る。

 

「マズっ──!」

 

 と思った時には落下の浮遊感が全身を襲う。

 背中から工場の硬い床に落ちる姿勢。

 拘束を振り解けないかと必死に脚を動かしても無意味。

 むしろ自分の身体が動く状態に自らの足首を掴む相手を見れば、その当人も一緒に落ちている。

 

(通り抜け──地面に沈める気だ!)

 

 レイの脳裏にあるのは、この強盗らが銀行から消えた時の事。

 そして先程盗み聞いた会話の内容。

 

(テレポートで逃げる……足首掴まれてる限りずっと落ち続ける!)

 

 足首を掴まれて冷えた感覚が全身に広がる。

 頭の中に浮かぶのは恐怖。

 更には生き埋め、という言葉。

 

(諦めるまでテレポートし続けて……あれ、今日薬使ってどれくらい経ってたっけ?あと、どれだけ時間稼ぎ出来るの?)

 

 テレポートという万能の解決策には時間制限がある。

 いつもはある程度時間に余裕を持って撤退しているが、今日は銀行強盗という大物の相手をして時間が掛かっていた。

 そしてその時間の消費を、猶予を示すように、レイの左腕で腕時計が残酷に電子音を鳴らし始めた。

 1度目を先送りにしての今回は、いよいよ逼迫し始めている。

 

「腐敗してガスが出れば、見つけてもらえるかもな……」

 

 首まで床に沈んだ強盗が、自らを引き摺り込みながらそんな事を言うので、レイは思わず身を竦ませた。

 ハイペースに鳴るアラームに、心臓の鼓動が近付いてゆく。

 

(どうなる……?どうなる!?この人の能力が僕と同じなら地面に置き去りにされても身体に地面が混ざる(・・・)ような事にならない筈だけど……)

 

 レイの能力はテレポートの到着地点にあるものを、全て押し除けてレイの身体や一緒にテレポートした人や物を配置する。

 この能力は、果たしてどうだろうか。

 不安に押し潰されそうになる最中に、レイは完全に床へと……沈み込む。

 トプン、と粘性の高い音がレイの耳を打ち、腕時計から聞こえるアラームはくぐもっている。

 

(ヒーローは……ヒーローならリスクを取って逆転のチャンスを掴まなきゃ。ヒーローなら、ヒーローみたいに……!)

 

 レイは自分を追い詰める。

 ヒーローであれと、そうでなくてはならないと恐怖に抗う為の自分を作る。

 テレポートで上空に跳び、時間を掛ければこの拘束から抜け出せるかもしれない。

 だが、テレポートで帰るだけの時間を確保しなければならない。

 

(大丈夫、僕はレイモンドじゃない(・・・・)。僕は特別なレイなんだ。ヒーローで、人を助けて、特別で、女の子で……)

 

 落ち着こうと、落ち着こうと自分自身に言い聞かせ、理想とする姿を自らに課す。

 とはいえ、そんな事が完璧に出来る訳もなく、吐く息は細かく浅く、歯は小刻みに打ち鳴らされている。

 股間から広がる暖かいものすら認識しきれず、レイの脳内はただ待つ、という選択への恐怖でいっぱいだった。

 

(あ、そうだ……イヤホン回収しないと。あれ忘れたら身元が分かったりするのかな?高いし、ちゃんと取り戻さないと……)

 

 思考が現実逃避に入りかけたその時、レイの全身が全く動かなくなる。

 くぐもった電子音は更に聞こえづらく、息苦しさは今までの人生で感じた事がない程だった。

 

(テレポート!まだだ!バレないようにちょっと待つ!空気は!?狭い苦しいうごけない──)

 

 工場内に音は無い。

 ただ破壊されたピクニックテーブル、散乱する札束、ノックアウトされた強盗2人が転がる廃墟。

 埃の積もった床から、プールから上がるように這い出てきた強盗のボスが溜息を吐くのも当然と言える状況だった。

 

「手間取らせやがってクソガキどもが……コイツら放って持ち逃げしてやろうか」

 

 更には悪態を吐き、地べたに座って鞄をひっくり返し、札束を分け始めたボスの目に、ある物が止まった。

 

「ん……?イヤホン、だな。アイツらは使っていなかった……これで追跡されたのか?」

 

 レイの無線イヤホンを手に取って眺めるボスだったが、やがて興味無さげに投げ捨てた。

 

「ふん、どのみち死んだガキの持ち物だ。サツに追われないならそれでいい」

 

 再び分ける作業を始め、ガサガサと擦れる音ばかりが工場内で聞こえる音。

 気絶する2人を除けば、ボスだけがこの空間で音を立てる要素だ。

 そんな工場に、電子音が響く。

 

「──そのイヤホン!僕のなんだけど!」

「なっ……!?」

 

 慌てて立ち上がったボスが見たのは、自分が殺したと思った少女だ。

 オーバーサイズのパーカーは剥がれかけのダクトテープが巻き付けられ、更には汚れて酷い有様。

 恐怖で流した涙と鼻水が顔を覆い、さらにはそこに土埃が付着して汚らしい。

 剥き出しの脚には漏らした小水が伝って、どんな事を言おうと強がりにしか見えない。

 総じて酷く不恰好……だが、驚きもひとしおというもの。

 

「能力の検証をしないとこうなるのさ!勉強になったね!」

「この──!もう1回殺せばいい、シンプルだ!」

 

 再び相対した2人。

 暴力に慣れた側は拳を構えて脇を閉め、敵へ向かってはしりだす。

 未だ恐怖の余韻を残す心臓を抑えた側は、ゆったりと拳を握り、腰だめに構えて打ち上げる姿勢。

 彼我の距離はまだ空いている。

 明らかに拳の距離ではないにも関わらず、振り始めたその意図を、流石に察する程度は容易だ。

 

「──なら、膝だ」

 

 ボスがポツリと溢し、膝を曲げて僅かに姿勢を低くする。

 間合いの内側に迎撃の用意をする為に。

 その暴力の読み合いを、知ってか知らでかレイは拳を振り上げる。

 拳の先はまだ虚空。

 その先にあると決めた目標に向けてただ振り上げて──

 

「──今か!」

 

 ボスは膝蹴りを放ち、盛大な破砕音が工場に響く。

 砕け散る破片、そしてマトモに攻撃を受けた当人にのみ聞こえる激痛から来る耳鳴り。

 

「くぉ──?」

 

 それ全てレイの勝利を告げるもの。

 両脚を床にめり込ませる形でテレポートして、強烈なアッパーをボスの股間に叩き込んだレイの一撃が綺麗に決まった証だった。

 

「潰れろッ!」

 

 拳の先にくちゃりと潰れる感触を受けつつも、レイはテレポートしトドメとなる意識を刈り取る蹴撃を放つ。

 幸か不幸か、痛みを深く理解するより早く気絶したボスは、仲間と共に床に転がった。

 最終的に、工場に立っているのはレイひとり。

 

「これで、ゼロ」

 

 サッと解決とはいかなかったが、それでもレイは成し遂げた。

 酷い状態ではあるもののレイは無事で、強盗は床に転がっている。

 ボスは当分目を覚さないだろうし、その他2人もグッスリだ。

 レイは自分の戦いの成果を見て、満足そうに息を吐く。

 

「ふぅ、まったくなーんでこんな悪い事を──っ!?」

 

 レイの視線の先には倒れたボス。

 金髪に筋骨隆々の大きな体躯の強盗達のボス。

 その身体が、まるで風船の空気が抜けるように萎んでゆくのだ。

 それに合わせて輝く金髪からは色が抜け、ハラリハラリと落ちてゆく。

 筋肉が押し上げるハリのある肌は弛んで、顔には深い皺が刻まれた。

 

「こ、このお爺ちゃんも薬を使って、変身して、僕みたいに……」

 

 倒れ伏した老人を見て、苦労して追い掛けた強盗と自身の共通点を見出し、動揺が走る。

 

「そ、そりゃそうだよね。僕が女の子になったならお爺ちゃんが若返ってもおかしくないし……これも薬の効能、だよね?」

 

 レイは少女に、老人は若者に。

 共に肉体が──少なくとも当人にとっては──良い形に変化した。

 身体能力も向上し、特殊な能力も得る。

 望む形、特殊な力……それらを得て、老人は年金として銀行から金を手に入れようとし、レイはそれを止めた。

 これが今日、レイが奮闘していた事件の顛末だった。

 

「まあ、結局は悪い事をしちゃ駄目だよ。うんうん。せっかくの薬なんだから、良い事に使わないとね」

 

 レイも100%肯定される行いをしている訳ではないのだが。

 それでも銀行強盗に関しては、この場に逃げた犯人と奪われた札束が欠けずに揃っている。

 やはりレイは、これを見て満足そうに息を吐くのだった。

 

「さぁて忘れないようにイヤホン、イヤホン」

 

 放り投げられた片耳分と、鞄の中に残っているであろうもう片方を探すレイは札束の山を漁る。

 

「うはぁ……お金がこんなに……でもここまで山盛りだとゴミ箱漁ってるのと変わらないなぁ」

 

 漁って、漁って、底の方に手を伸ばせば、小さなイヤホンはすぐに見つかった。

 ワンセット揃ったイヤホンを耳に付け、レイのやる事はようやく全て完了。

 あとは薬の効果時間までに帰るだけ、という状況でふと視界の端に映るものが。

 

「あぁぁ〜このお金、ひと束でも持って帰れたら……今までアイツらに駄目にされた物と、これから駄目にされる物を全部賄えるのに……」

 

 誘惑に晒されつつも、レイはあくまで自らにヒーローを課している。

 断固として札束には手を伸ばさず、身体を傾けてみたり膝を曲げて手と札束の距離を近付けた程度で我慢した。

 誘惑を振り切る為にもテレポートで工場から離れ、電話をひとつ。

 

『もしもーし!レイ!今どこ!?』

「廃工場?そこに逃げた強盗が気絶してるから、早く捕まえてね。あと、ひとりはお爺ちゃんになったから」

『は!?え!?何?なんて??』

「SMSで場所送るね。僕はもう疲れたから帰るよ、それじゃあねルミナス。今日はありがとう」

『あ、うん!こっちこそありがとうレイ!良い夜を!』

 

 通話を終えて帰路に着く。

 そこでもやはり、レイは満足げに息を吐く。

 

◆◆◆

 

「はぁ……」

 

 バスルームにて、便器に腰掛けレイは深々と溜息をひとつ。

 

「漏らした……」

 

 ユニットバスの浴槽に濡れた下衣を放り投げ、残った分を正しく排出しながらうなだれる。

 

「うわー……出す時変な感じする……」

 

 身体の変化にまだ慣れず、捲り上げたオーバーサイズのパーカーをクッション代わりに抱えてスマホを見ると、ルミナスからのメッセージが。

 

「おっ……捕まえたんだ。良かった」

 

 セルフィーと共に送られてきたメッセージは万事上手くいった事を告げるもの。

 大量のパトカーを背景に笑顔とピースは些かアンバランスだったが。

 それでもレイは、このメッセージを見ていると自然と笑みが溢れて胸の内に温かなものを感じる事が出来たのだ。

 

「はぁ……疲れた……あれ?そろそろ薬の効果切れる筈なのに、なんで?」

 

 水音はまだバスルーム内に響いている。

 便座に腰掛けたその下、レイはピッタリと脚を閉じて見えない場所。

 溜まった水に流れ込む尿が、薄く……青白く光っていた事を、レイは知らない。

 




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