こういう展開が一番話を考えるのに困る。
ヴェリタスの部室にて。
マキが部室の扉を開けると、コタマが倒れていた。
眼鏡越しの両目からは涙を流し、鼻からは鼻血が流れっぱなしで、控えめに言って端正な顔が台無しになっていた。
「はぁ〜、またコタマ先輩が死んでる…」
だが、この異様な光景は日常茶飯事となりつつある。
黎毬神社の巫女に脳を灼かれてからというもの、コタマの奇行……情緒不安定さ……推し活は加速しまくっていた。
「失礼な。私はただ、レイ…巫女さまの音楽を聞いていただけですよ」
「絵面が事件なんですよ」
マキはため息をつき、ティッシュ箱をコタマに投げ渡した。コタマはそれを器用に片手でキャッチし、鼻血を拭いながら起き上がる。
「いつもの盗聴ですか?」
「えぇ。今聞いていたのはこの曲です」
ヘッドホンのコードを抜いた音源を再生すると、そこから聞いたことのないメロディが流れる。
それは、レイカが元会長を倒すために流していた音楽だ。マキとコタマには知る由もないのだが………その東方ボーカルの名こそ、『Unprivileged Access』だった。
あたかも人間の最も醜い原感情を暴き立てるようなエレクトリック・ビート。激しく、黒く、惨憺とした歌詞の数々。
曲名すらも分からない二人だが、これを聞いた者は、何かしらが残る。
そんなメタルチックな音楽を聞いたマキは、音楽に酔いしれるように聞くコタマに言う。
「なんというか、ちょっと不安になるような曲ですね」
「でも、よく聞くとリピートしたくなるような中毒性があるでしょう?」
「そうですけど………それ、鼻血流しながら言うとやばい人ですよ、完全に」
「ですが……問題は、この音源です」
コタマは、鼻血を拭き終えたティッシュをゴミ箱に投げ入れた。その表情は、推しへの熱狂だけではない、分析者としての鋭い視線を帯びている。
コタマがスイッチを押す。やがて音源が流れ出す。耳触りの良いポップスだ。しかし………マキが音楽に圧倒されることも、コタマの表情が和らぐことも無い。
「………なんですか、これ? さっきの曲とテイスト違うような……別のアーティストさんですか?」
「…これは、ある中学校がかつて使っていた、広報の曲ですよ」
その曲は、毒にも薬にもならないような、普遍的な曲調。
先程の曲とは、メッセージも心に訴えかけてくるものもその熱量も違い過ぎる曲に、マキはそう感想を述べた。
「これと先程の曲のクオリティのあまりの差……私も最初はそう思ってました。ですが……どうやら話は違うようです」
コタマがこの曲を知ったきっかけは、レイカと元会長のやり取りの盗聴である。任務から帰ったあと、密かに1人で2人のやり取りの録音を聞いて知ったのだ。
当時、クオリティの差が明確な2曲をレイカが知っている事……特に、低クオリティのデモ音源を持っていることに違和感を覚えたコタマは、すぐに調べたのだ。
すると、すぐにある中学校の名前が出た。
私立シューメール女子中学校。ついこの間、統合が決定したばかりの、無名の中学校であった。
調べていくと、一時期この中学校は音楽による広報で学校を盛り上げようとした事があったらしい。
MVが上がっていたこともあったらしいが、現在は公式ホームページではすべて削除されており、見ることが出来ない。
………のだが、魚拓を取っているサイトがあり、コタマはそこからMVを見つけてきたのだ。そして照合した結果……レイカの持っていた音源とシューメールの広報のデモ音源が一致したという結果が出たのだ。
「え、つ、つまり、レイカって、シューメール女子中の出身ってこと?」
「それだけではありません。これを見てください」
コタマは、魚拓サイトで見つけた別のMVをマキに見せた。
そこに流れる動画から、心が揺さぶられるような音楽が流れる。そして、クレジットには『作詞・作曲:白峰レイカ』の文字が記されていた。
「―――えっ!!? ってことは、レイカって音楽できたの!? こんな曲も作って…!」
「同姓同名の偶然でもなければ……しかし、このMVは、先程の普遍的なデモよりも発表日は前……つまり、この神曲の後に、あのクオリティが落ちた曲がリリースされたことになる」
「えーっと…最初だけヒットして、それ以外は鳴かず飛ばず……って線もないですよね」
「はい。それで片付けるには曲の構成が違い過ぎる」
コタマは、眼鏡を押し上げ、タブレットの画面に表示されたシューメール女子中学校のアーカイブされた広報MVの履歴をマキに示す。
「見てください、マキ。このMVのバージョン履歴です。この『神曲』が公開された後、一ヶ月ごとに細かな変更が加えられています。」
マキは流れる音源の波形解析データに目を凝らす。
「リズムが単純化されてる……。歌詞のメロディラインも、だんだん『修正』されていってますね」
「えぇ。それも……単純に、普遍的に……面白みのないものへと、です」
コタマの表情が険しくなる。彼女は、技術者として、そして推しとして、この改悪の軌跡が何を意味するものなのかを理解した。
「まるで、誰かの意思によって………才能を抜かれていくような過程が、音源のバージョン履歴として残っているのです。私が盗聴で聞いたデモ音源も、この魂を抜かれた後の、最もつまらないデータでした」
「え、ちょ、ちょっと待ってよコタマ先輩!それって……」
コタマは、最後に残った「毒にも薬にもならないデモ音源」を再生した。その音は、先ほどの「神曲」とは似ても似つかない、無機質な響きしか残っていなかった。
マキは、レイカが受けた仕打ちをなんとなく想像できてしまった。
己が心血注いだ傑作が、己以外の第三者によって作り替えられ、他者の物として所有権を奪われる。
創作者として、何かを生み出す者として……最も忌むべき罪。
その賤しい所業の名を―――
「盗作じゃん!? レイカ、盗作されてたって事!!?」
「この音源が、本人の許可を介していなければ、恐らくそうなりますね……」
―――盗作という。
本人の許可を介していなければ、と付け足したが、己の血肉を分けるに等しい、作曲したものをわざわざ劣化させる事を望む作曲家がいるとも思えない。答えは、自ずと明らかであった。
「(自らの血肉を注いだ曲が、あの学園の誰かに、徐々に殺されていく様子を、目の前で見せつけられていたんだ……! これがレイカさんの、巫女さまの、傷跡…!)」
「許せない……!」
「コタマ先輩…」
コタマの拳が、強く握られた。
黎毬神社のファンでもある彼女は、この時期に活動が活発になった理由も自ずと察したのだ。
すべて……この、中学校による
黎毬神社の巫女であるレイカが受けた屈辱に、ファンとして、技術者として激しい怒りを覚えた。
「更に、無視できない事態も起こっています」
「どういうことですか?」
「このログを見てください」
コタマは、この魚拓サイトを見つけ、レイカのMVがあるのを発見してからすぐに、魚拓サイトのオーナーに連絡を取り、技術的な名目でアクセスログの提供を依頼していた。その際に手に入れた、サイトの膨大なアクセス記録が、ヴェリタスの大画面モニターに表示される。
「うわ……これ、全部同じIP帯じゃないですか。しかも、アクセス元がミレニアムの学外ネットワーク…?」
「はい。情報収集ボットによるものです。そして、これを追ってみると………」
キーボードを叩いていく。
すると、ある企業のホームページが出てきたのだ。
それは、小さなPMCのもの………明らかに音楽とは関係ない企業が、何故かシューメールの魚拓の……しかも、レイカのオリジナル版のMVに数十回もアクセスしている。
コタマの指が、キーボードを打つ手を止めた。
「PMC、ドミネイト・セキュリティズ。表向きは情報セキュリティと護衛を請け負う会社ですが、裏では、非人道的な兵器開発に関与しているという噂があります」
「ドミネイト・セキュリティズ……。そんな会社が、なんでレイカの過去のMVを?」
マキは顔をしかめた。
「MVではありません。彼らが求めているのは、MVに込められた『ボーカルデータ』………つまりレイカさんが持つ『音響特性』でしょう」
コタマは、レイカの情報収集と黎毬神社の最新の音源解析で得た結果を思い出す。レイカが歌や音楽を奏でる度、周囲で起こっていた現象、精神状態の変化、その全て。それは、人間の可聴域を超えた高密度なデータ構造。単に『卓越した音楽の才能』の一言で片付けて良い問題ではなかった。
「彼らは、レイカさんの歌声が持つ『精神操作』あるいは『現象変化』のような力に気づいた。そして、その能力が最も純粋な形で込められていた『改悪前の原曲』を、兵器化のためのトリガーとして解析している……!」
マキは息を呑む。レイカの音楽家としての魂を、かつての中学校が殺そうとしていたように、今度は外部の企業が「兵器」として利用しようとしている。
「つまり、レイカの能力の情報が、ここのサイトの痕跡から、この企業に漏れたってことですか!?」
「その可能性が高いです。レイカさんの過去の傷跡が、今、別の形で、レイカさんに襲いかかろうとしるのかもしれません」
コタマが口にした危惧から、マキは、コタマが何をしようとしているのかを察した。そして、ヴェリタスの出入口へと向かっていく。
「マキ…?」
「…ハレ先輩と副部長を呼んできます。もしも、先輩の思う通りだったなら……きっと、戦わないといけないですよね」
マキは、振り返って笑顔を向けた。
「レイカって、いいヤツなんですよ。
中心にいるってキャラじゃあないんですけど、いないと寂しいと言いますか。だから……行ってきます」
「お願いします」
そして、援軍を呼びに行く。
後輩のその姿が、その時のコタマには何より頼もしく見えた。
………なお、そうして呼び出された援軍は。
「…あのね、そもそも盗聴なんかするんじゃないわよ。何度言わせるの、コタマ」
「しかしですね、副部長。巫女……レイカさんの危機なんですよ?」
「いや、だからね。人様を勝手に盗聴するなって言ってるの! 盗聴されてたって知ったレイカとやらの気持ちは考えてないの!?」
至極当たり前の指摘を行い。
そうして、その時のシチュエーションを想像した結果。
『えぇ……コタマ先輩、流石に引きます。気持ち悪いです』
「ガフッ」
「コタマ先輩!!!?」
「巫女さまにそんなこと言われたら生きていけません…」
「コタマ先ぱーーーい!!!?
ちょっと副部長!! 何してるんですか!!!
コタマ先輩がまた死んじゃったじゃないですか!!!」
コタマは、盗聴にドン引くレイカをイメージしてしまい、トドメを刺され、盛大に吐血しながら死んでしまったのであった。
「はぁ!? バカ言わないでマキ!
私はただ、当たり前のことを言っただけでしょ!?」
「………どういうこと???」
ちなみに、チヒロとしては、ハッカー倫理上正しい事を言っただけである。
盗聴、ダメ絶対の倫理も、レイカを狙う悪意から守る精神もどちらも間違ってないが故に起きた、悲しい事故であった。
なお、何も知らない小鈎ハレ(16)は、ただただ状況が飲み込めず、戸惑うだけであったという。
◇◇◇◇◇
「…………成程、詳細はわかったわ」
コタマが復活した後、事情を聞いたチヒロはこう言った。
「レイカが狙われてるとは限らないわ。情報収集ボットが異様に動いていたのは認めるけど……」
「そ、そんな!」
チヒロが言っている事は冷静な意見だ。
現時点において、ドミネイト・セキュリティズがレイカを狙っているという決定的な証拠はない。
ただし………
「でも———ドミネイトは昔からトラブルを多く起こしてる。何かを企んでないとも言い切れないわね」
「さっすが副部長!」
その意見の後に出てきた言葉にマキは歓喜した。
火のないところに煙は立たないという諺がある。
手を打たない理由にはならない。それが、チヒロの結論だった。
「念のため、セキュリティを強化しておきましょう。
後は……ドミネイトの証拠集めね。各自、宜しく頼むわよ。但し!直接的なハッキングは最終手段だから使わないように!グレーな手段を使う時は、私に一声かけること!いいわね?」
「「「はい!!」」」
チヒロの号令のもと、パソコンを動かすヴェリタス。
ただ1人の推しへの愛が、いち部活を、ミレニアムのネット界を動かした瞬間だった。
………なお、盗聴は考慮していないものとする。
音瀬コタマ
レイカ(黎毬神社の巫女)の音楽の特異性と、それが「盗作と改悪」という痛ましい過去を生んでしまっていることを突き止め、強い義憤とファンとしての使命感に燃えている。
「もし、巫女さまを狙っている輩がいるのだとしたら、守らなくては……!!」
小塗マキ
コタマの解析により、レイカが過去に受けた「盗作」というクリエイターにとって最大の屈辱を知り、レイカの「いいヤツ」な面を守るために即座に動くことを決意。
「レイカ、大丈夫かな……変な事に巻き込まれてないといいけど」
各務チヒロ
ハッカーとしての倫理観を説きつつ、情報収集ボットの動きという客観的な証拠に基づいてPMCの危険性を認め、ヴェリタス全体を動員し、水面下での証拠集めと防衛の指揮を執り始めた。
「ドミネイトは前から怪しいとは思ってたのよ。まぁ……コタマの盗聴については後で説教ね」
小鈎ハレ
またしても何も知らない人(16)。なお、チヒロと同じタイミングでレイカの事を知った。
「今度、生歌を聞かせて貰いたいね」
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