あともう数話で完結かも。
瞬間に、全員が一斉に、幻覚を見た。
それは、レイカの背後に見えた、門のような扉。閉じているのに、圧倒的な威圧感が瞬間的に見えた。まるで……開いたら、ろくなことが起こらないと知っているかのようだ。
そしてすぐに、音楽が流れ始める。それは、先ほどの『亡き王女の為のセプテット』のような威厳あるワルツではなかった。
始まるや否や、空間は激しい電子ノイズに包まれ、レイカのヘイローから放たれる紫の光は、狂ったように明滅し始めた。激しく、古めかしいロックサウンドに乗って、レイカの周囲に巻き起こる現象は、先ほどの茨やコウモリといった具現化された恐怖とは質が異なっていた。
「なに、これ……! 頭が……痛い!」
モモイが頭を押さえた。それだけではない。
その場にいた全員に、激しい頭痛が襲い掛かる。脳が不規則に振動し、頭蓋骨の内側にせわしなくぶつかってくるかのようだ。
「チッ、今度は精神攻撃かよ!」
ネルが歯を食いしばる。
もう誰も信用できない。
レイカの奏でるメロディは、彼女の内面の譲れない誇りと激しい疑念を、極大の情報量に変えて叩きつけていた。
先程までのセプテットが「近づくな」という物理的な拒絶だったなら、この曲は「信じられない」という精神的な破壊だった。
特に苦しんだのは、モモイとコタマだった。
「あぁ…やめ、やめろぉ……私の…私のアイデアを、盗らないで…!!」
モモイの脳裏に、欺瞞で塗り固められた笑顔たちが流れ込む。
かつてレイカが味わった、公共性を大義に行われた搾取……それを、ゲーム開発部のゲームで行われるとではないかという強烈な不信感が、襲っていた。
「ぐぅ……巫女さま……私のこの気持ちも、狂気に汚されていただけ……!?」
コタマは、レイカの音楽を聴くことで得ていたはずの愛と夢が、「世を揺蕩う噂」によって汚され、全てが虚妄だったかのように感じ始めた。彼女の信じてきた絶対的な美が、今、レイカ自身によって否定される激痛に苛まれている。
「“みんな、落ち着いて!気をしっかり! 今ここで、負けたらダメだ!”」
先生は叫ぶが、レイカから放たれる狂騒的な旋律は、背中を激しく引き裂くような拒絶の衝動を伴っていた。
チヒロやネルといった理性の強い生徒ですら、「この場にいるのは間違いだ。すぐに引き返し、この危険な存在から離れるべきだ」という冷たい判断に思考を誘導されそうになる。
「ダメ……! レイカが自分自身を追い詰めている! 誰か、ギターを止めないと…!」
頭を振って冷たい選択肢を追い出したチヒロはそう叫ぶ。
だが、彼女たちの前に、広場の地面が奇妙にひび割れ、赤い閃光を放ち始めた。レイカの感情の爆発が、周囲の電子機器だけでなく、大地そのものを不安定化させている。
「アリスちゃん、どうしよう……このままじゃ…!」
ミドリが震える声でアリスに尋ねた。
アリスは、レイカをまっすぐに見据えた。
レイカは、先程の銀色の髪に深紅の瞳とは全く違う———だんだんと伸びていく金色の髪に、全てを反射するかのような黄金の瞳を持つ———姿になっていた。
「こ、れは……!ターニングポイント、です…!ここで、退いたら……確実にバッドエンドになってしまいます!」
アリスは、レイカの音楽を重要な分岐点と解釈した。
レイカは今、心を閉ざしてしまっている。このまま引いてしまったら、確実に二度と戻ってこない。
そんな終わりは誰も望んでいない。そのハズなのに―――なかなか、足が前に進まない。
アスナも、カリンも、ユズも、ミドリも………モモイやネルでさえ、レイカの方へ進まんとする足取りは芋虫のように緩慢だ。確実に、レイカの音楽に蝕まれていた。
レイカはギターを弾きながら、歌い続ける。
「貴方の代わりなどいらない」と、友人であるはずの眼前の仲間たちを拒絶する。
「渡しそびれた殺意」を閉じ込めてしまえという、凶悪な自己否定のサウンド。
それらが、レイカを救いに来た生徒達の足を縫い付けているかのように威圧して、心を蝕んで離さない。
「“レイカ!もうやめて!!!”」
レイカの狂気に満ちたメロディに、先生は声を張り上げて抵抗する。
「“誰もいらないなんて嘘だ! 私たちはここにいる! 例えどれだけ拒絶しても、絶対に動かないから!”」
「―――っ、」
「“私達の話を聞いてほしいんだ、レイカ!”」
「そう……だよっ、レイカ!」
先生の必死の言葉に、モモイが、ユズが、ミドリが、アリスが……C&Cやヴェリタスの生徒達が続いた。
「私が保証する!私たちの作るゲームは、誰にも奪わせない!私たちは、レイカの音楽を盗むために来たんじゃない!」
「お姉ちゃんの言う通りだよ!私達は…私達の作るものに、胸を張っていたい!レイカもそうでしょっ!!」
「そうだよ、レイカちゃん。私だって、ずっと、私なんて要らないって思ってるんじゃないかって、不安だったけど……! 私たちにはレイカちゃんが必要だよ!」
「レイカは、アリス達の大切なバードです! この旅は、まだ続くんです!ターニングポイントで、勇者が撤退する選択肢はありません!」
「こいつ等がここまで言ってんだぞレイカ…!テメェだけの都合で、勝手に終わらそうとすんじゃねぇ!!!」
「戻っておいで、レイカちゃん!」
アリスが、胸を張って宣言した。
ミドリが、不安を押し殺しながら、精一杯に声を張り上げた。
ユズが、普段の気弱さを吹き飛ばすように、喉が枯れるほどに声を上げた。
ネルが、アスナが、ゲーム開発部の背を押すように、そして喝を入れるかのように叫びをあげた。
その時、レイカの瞳、黄金に輝く瞳が、一瞬、ゲーム開発部を、ネルを、アスナを捉えた。メロディの激しさは維持されたままだが、レイカの全身を走る狂気のノイズが、ごくわずかに乱れた。
―――その直後。歌を歌い終えたレイカが、ギターで間奏を弾きながらこちらを見上げた。
「―――るさい…!」
レイカの喉から絞り出されたその一言は、狂騒的なギターの音に反して、酷くか細く、悲痛だった。
「レイカ?」
「うるさい、うるさい、うるさい、うるさい―――!!!」
頭を振り上げ、かき上がった髪の隙間から見えた黄金の瞳は、怒り———否、それ以上の極度の恐怖と憎悪に燃え上がっているのが見えた。
「何なのよ、あんたらはッ!!
どうしてそんな、私に構おうとするのよッ!!
どいつもこいつも……
「“レイカ……”」
「なにを、言って…」
「あんたらみたいな化け物に―――私を好き勝手にされてたまるかァァァ!!!!」
絶叫。
これまでため込んでいた、自己否定、利用された屈辱、そして友人を傷つけた罪悪感といった、ありとあらゆる負の感情が、音の奔流となって吐き出された瞬間だった。
レイカが奏でる演奏が、耳が劈かれるほどに凶暴性を増し、広場全体が高周波のノイズの濁流に呑み込まれる。
すると次の瞬間、驚くべき変化が起こったのだ。
先程まで幻覚のように見えたり消えたりしていた……レイカの背中にあった扉が―――はっきりとした形を以て、現れた。
かと思えば、それが重厚な音を立てて開き始めた。扉の隙間から溢れ出したのは、闇そのものが形を成したかのような無数の手の形をした黒い霧。
そして……扉の隙間から、無数の手の形をした霧が、モモイたちに襲い掛かったのだ!
「なんか分からねぇが気をつけろ! 捕まったら、タダじゃすまねぇぞ!!」
ネルが叫び、真っ先に黒い手の群れに向かってサブマシンガンを乱射した。しかし、霧状のそれは、銃弾をすり抜け、生徒たちの手へ、首へ、手を伸ばす―――!
「うわぁっ!!?」
「お姉ちゃん!―――きゃあ!?」
「うわーん!振りほどこうにもこちらから触れません! チートです!」
「くっ…!?」
「“みんな!!?”」
それらは、モモイを、アスナを、ゲーム開発部を掴み上げる。抵抗するも、引き剥がそうとする手さえも霧をすり抜けてしまう。
「くそっ、離せ!」
ネルが怒号を上げ、黒い手の霧に覆われたモモイを掴もうとするが、霧に触れることはできない。
絶体絶命。しかし、そこで一人……動き出した者がいた。―――コタマだ。
「巫女…さま……レイカ、さん…!」
「!!」
「抵抗しない人しか…信じられ、ませんか…? なら…!」
コタマは、懐の銃を抜いた。
霧の手に抑えつけられるも、それに抗うように銃を持つ手をあげて―――
「は…?」
その姿を見たレイカの口から、あり得ないものを見たような声が漏れたのと、乾いた銃声が鳴ったのは同時だった。
一発自傷したコタマは、霧の手が緩んだスキに、撃った拳銃を傍らに投げ捨てた。
撃たれたこめかみからは一筋の血を流し……銃弾で丁番が壊れたのか、眼鏡が顔から滑り落ちた。視界がぼやけるのも構わず、コタマはまっすぐ、レイカを見つめて言った。
「私は……あなたの歌に出会ったその日から、貴方のファンです!! それは……今も、何も変わってません!!
例えあなたの歌にどんな力があっても……どれだけ傷つけても……あなたを推し続けます!!!」
「………へ」
その告白は、あまりにも唐突で、あまりにも異様だった。
レイカの指が、ギターの弦の上で、完全に止まった。
音楽が途絶した瞬間、全員を拘束していた黒い手の霧は、悲鳴のようなノイズを立てて急速に収縮し、レイカの背後の巨大な扉の中へ吸い込まれていった。重々しく閉じた扉は影も形もなく消え去り、先程まで広場を覆っていた狂気のノイズや頭痛も、潮が引くように消え去った。
解放されたモモイとミドリは、コタマの傍に駆け寄る。ネルは警戒を解かず、扉を凝視している。
モモイが心配げに叫んだ。コタマは血で濡れた顔のまま、首を振った。
「コタマ先輩! 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です。それよりも……」
彼女の視線の先には、金色の髪と黄金の瞳という姿のまま、ただ立ち尽くすレイカがいた。
「どうして……どうして、抵抗しないの?」
レイカは、ギターを抱えたまま、震える声で尋ねた。コタマの行動は、レイカの理解を超えていた。
キヴォトスの生徒は、銃弾を食らっても死なない「化け物」のはずだ。銃撃戦をなんとも思わない、異常な価値観を持っていたのではないか。なぜ、自ら傷つくことを選ぶのか。
「抵抗する、必要はないでしょう」
コタマは、血の滲んだ頬を拭いもせず、静かに言い放った。
「私が愛しているのは、巫女さまの歌です。その力がどんな形であれ、その歌を奏でるレイカさんという存在を愛しています。私が許せないのは……あなたが、自滅することだけです」
「あ…愛っ…」
「たとえ誰もが貴方を恐れても……私は、あなたを見捨てない!!だって貴方は―――私に、希望を…素晴らしい音楽の世界を、教えてくれたんですから!!!」
その時、先生がゆっくりと、レイカの前に進み出た。コタマの命がけの行動で開いた、奇跡的な沈黙の空間。今、この静寂を埋める言葉こそが、レイカの未来を決める。
「“コタマだけじゃないよ、レイカ。ここにいる皆は、君の音楽を『武器』として見ていない”」
先生は、レイカの手に握られたギターにそっと触れた。
「“君の音楽は、誰かを傷つけるための武器じゃない。ゲーム開発部の、君自身の、次の旅を彩るBGMなんだ”」
先生は、モモイたちに目配せをする。
「レイカ…!私達の、仲間になってよ!!ゲーム開発部の……仲間に!!!」
「レイカちゃん…私たちとゲーム、一緒に作ろうよ!」
モモイが、小さな体から力を振り絞るように叫んだ。
ミドリも、涙声ながらも、少し背筋を伸ばして言った。
「レイカちゃんが……一緒にゲーム作ってくれるなら…きっと楽しいから…!」
ユズが続いた。
「アリスの冒険は、レイカのBGM無しでは進められません。これからも……アリス達のバードとして、一緒に冒険してくれませんか?」
アリスが、真っ直ぐにレイカを見つめた。
ゲーム。日常。約束。それは、レイカが「銃弾を食らっても死なない化け物共」から守りたかった、ただ一つのかけがえのない世界。
レイカの黄金の瞳から、熱い一筋の涙がこぼれ落ちた。
その涙が頬を伝うと、まるで魔法の解ける瞬間のように、レイカの身体を覆っていた金色の光が、急速に失われていく。
長く伸びた金色の髪は、夜風の中で揺らめきながら元の漆黒のショートヘアに戻り、全てを反射した黄金の瞳は、静かにいつもの紫の光を取り戻した。
「私……化け物だって……言われた……」
その言葉は、まるで何年も前に発せられたかのような、孤独な叫びだった。
「“違うよ、レイカ”」
先生は、優しく、しかし確信に満ちた声で答えた。
「“確かにアミは君の力を恐れたのかもしれない。でも…それは君の心を恐れたんじゃない。君は、アミを助けようとした、優しい生徒だよ。君の力は、私たちが一緒に、誰も傷つけない使い方を見つければいい”」
レイカは、膝から崩れ落ちた。そして、壊れたおもちゃのようにギターを強く抱きしめ、嗚咽した。
「私……私には……居場所がないって、思った……!」
その叫びは、夜のキャンプ場に、悲痛に響き渡った。
「“あるよ、レイカ”」
先生は、一歩踏み出し、レイカの肩に手を置いた。
「“君の居場所は、ミレニアムにあるよ。ここにいる、君を心配して駆け付けた、すべての仲間たちの隣に、必ず”」
その瞬間、ネルとC&Cのメンバーは、張り詰めていた空気が緩み、安堵の息を漏らした。チヒロもまた、レイカの見た目がもうすっかり安定を取り戻したことを確認し、深く息を吐いた。
そして、モモイが、涙を流しながらレイカの隣にしゃがみ込む。
レイカの冷え切った手に、モモイの小さく、しかし温かな手が重なった。
「レイカ……おかえり」
「ぅっ……うわああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」
モモイのその声で、堰を切ったかのように、レイカの両目からとめどなく涙が流れ始める。
レイカは、これまで溜め込んでいたすべての呪いを剥がすかのように、大声をあげて泣いた。
夜の帳が、一人の少女の孤独な逃避行の終わりを優しく包み込んだ。
白峰レイカ
自分を信じてくれるファンの自傷姿を見れば、疑心暗鬼なんて吹き飛ぶ。そんな風に傷つけてしまっても、自分を押し続けてくれるファンには、申し訳なさもあるが…それ以上に、自分を恐れないその姿に救われた。
「うわあああぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああぁぁぁぁーーーーーー!!!!」
レイカ(摩多羅神のすがた)
凶悪な能力を一部再現できる。摩多羅隠岐奈が障碍の神、星神、神楽・能楽の神(音楽…というか歌って踊るアイドル系に通ずる)とさまざまな要素を内包している為、レイカの神秘と多少掠っていると言っても過言ではない。
音瀬コタマ
こめかみを撃ち抜いて無抵抗を証明。銃を捨ててまで、己の推しへの愛を表明したガチ強火ファン。余談だが、この後泣いているレイカの姿と立ち直ったレイカの姿が希少すぎて限界化して死ぬ。いい所を見せたのに…
「私は―――最推しを救えればそれでいい(即死)」
先生
センセイ(ry。レイカの音楽を、「君自身の旅を彩るBGMなんだ」と言ってのける。兵器として見る悪しき大人達と出会った後でコレはかなり心に来た。決定打になったといってもいい。
「“良かった…!”」
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