付け加えるなら、彼女は音楽の天才です。
彼女のいるキヴォトスでは、少なくとも一人の生徒の人生が狂います。
―――これは、そんな生徒のお話。
音瀬コタマに、自分自身の人生を語らせる時、彼女は胸を張ってこう言ったのである。
『私の人生には2種類あったのです。“黎毬神社”に出会う前と、後です』
『黎毬神社に会う前の私の人生は、色褪せていた……いえ、人生が色褪せていること自体に気付けませんでした』
『いわばあの人―――黎毬神社の巫女さんは、私の人生に色彩をくれた人なのです』
こんなことを聞いた知人は思ったことだろう。
おい黎毬神社の巫女とやら、コタマに何をした、と。
巫女こと白峰レイカの名誉の為に言っておくが、彼女はコタマに対して何もしていない。
というか、白峰レイカは音瀬コタマのことを知らない。いくらレイカが転生者だと言っても、前世のレイカは「ブルーアーカイブ」を知らなかったのだ。その登場人物の名前など、知るはずもない。ゆえに、コタマ個人を探し出し何かした、といった意図的なことなど出来るわけがないのだ。
ではここで、コタマと『黎毬神社の巫女』の出会いをしばし語らせてもらおう。
彼女と巫女の出会いは偶然だった。
広大なネットの海をサーフィンしていた時に見つけた音源から始まった。
何の気なしに開いたリンク先の動画で聞いた音源こそ、『黎毬神社の巫女』が作曲した音楽だった。
『』ダバーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『先輩!?!?』
『ちょっ、コタマどうしたの急に泣き出して!!!?』
その一曲で、哀れ音瀬コタマの脳は焼き尽くされた。
この曲のことを、今でもコタマは鮮明に覚えている。
穏やかなピアノの導入に始まり、繊細なストリングスが徐々に心の奥へと降りていく――まるで“自分”という存在の形を、そっと掬い上げてくれるような、静かで、それでいて芯のある旋律だった。
人間と神の間にいるかのような音。己の魂はこうなんだ、と訴えかけてくるような旋律。その情熱を、必ず届けてやる、という強い意思。
その儚く、美しく、しかし確かなものを感じた。
最初に聞いたとき、彼女の脳裏に浮かんだのは「神と巫女」だった。
神事と音楽が一体になったような、祈りにも似た歌唱。まるでその場で“音楽”という神に捧げる舞が展開されているかのようで――
『この人は絶対、普通の人じゃない……!』
胸が、ぎゅっと締め付けられる。震える指で動画の再生回数や投稿日、チャンネル名を見て、彼女はようやくその名を知った。
《黎毬神社》。
《黎毬神社の巫女》――その名で活動していた、正体不明の音楽制作者。
以降、コタマは片っ端から黎毬神社の楽曲を漁った。ネットの片隅にひっそりとアップされた十数本の動画。どれも再生数は数百万を優に超えていて、内容はどれも一貫していた。
本人が歌う映像はなく、音声のみ。まるで彼女の存在そのものが「音の中にしかない」かのようだった。
華やかではない。むしろ古風で、どこか祈りに近い旋律。
でも、光るのだ。心の底に届いて、涙が止まらなくなる。
『この方は、どのような……お方なのでしょうか』
コタマはその日から、“黎毬神社の巫女”に心を奪われてしまった。
その曲に宿る精神性に、思想に、感性に。
あまりに深く、鮮烈で、言葉にできない何かに触れたような気がして。
調べても、何も出てこない。公式の情報は一切なく、ファンの間では「正体不明」「アカウントは停止気味」「というか……もう、活動してないのでは」とささやかれていた。
『…………そんな』
『……もう、新曲は、ないのでしょうか』
いくつかの掲示板では、数ヶ月前に上がったスレッドがあった。
『【悲報】黎毬神社の巫女、半年以上更新なし。死亡説濃厚か?』
『マジかよ、あの神曲の数々がもう聞けないのか…』
『引退だろ。まさか本当に死んだとか?』
『誰か居場所知らないの?捜索隊組もうぜ』
涙が出そうになった。
まるで冷水を浴びせられたような気持ちだった。
たった今、自分の人生に色彩を与えてくれた存在が、もういないかもしれないという事実。希望が、絶望へと変わる瞬間だった。
『そんな……!嘘です!絶対に、生きていらっしゃるはずです!』
コタマは、震える指でキーボードを叩いた。ネットの隅々まで探し、あらゆる情報を網羅しようと試みる。それでも、巫女の痕跡は、途絶えたままだった。
諦めかけた、ある日のこと。
きっかけは偶然であった。
ヴェリタスの部室でいつも通りに情報収集―――と称した盗聴をしていた際、普段は記録のない隅の空き教室の記録があると通知が来たのだ。
一体何だろうと思い、再生してみたのだ。
カチリと音がして、音声が流れる。
《え、えええええええええええええええっ!!? いいの!!?》
《いいも何も、聞かなきゃ判断できないでしょ》
――録音されていたのは、空き教室での会話だった。
その声は、確かに軽やかだった。モモイとミドリの興奮が、音の向こうに響いている。
しかし次の瞬間、コードの音が空気を切り裂いた。
ギターのイントロ。淡い歪みと共に、あの声が響いた――
その瞬間、全身の血が逆流した気がした。
『こ、これは……っ!』
『嘘……そんな……まさか、こんなところで……っ』
コタマは机の上の端末を押し倒しそうになりながら、身を乗り出して再生を巻き戻す。確認。再生。確認。再生―――
口元を手で覆った。ヘッドホンから流れるその歌に、震える指が止まらない。
聞いたことのない曲だった。アップテンポなリズム、ダークな歌詞、訴えかけてくるメッセージ………しかし、歌い手はコタマも知っていた。いや、知っていると確信した。
全身の神経が研ぎ澄まされる。何度も何度も聞き直す。歌詞、音色、声の揺れ。その全てが、黎毬神社の巫女のものだった。
いや、ただの偶然ではなかった。コタマには分かってしまった。
『本物……っ! 本物の、巫女さまです…!!』
録音された音源には、歌だけではなく、複数の女子生徒の声が記録されていた。
『……声紋、照合……っ』
震える手で、端末の機能を起動する。歌っていた少女の声を、データベースと照合させた。結果、名前の候補が一つ、浮かび上がった。
《白峰レイカ》―――。
画面に表示されたその名前に、コタマは凍りついた。
そして……それが意味することを理解する。
『白峰……レイカ、さん。
まさか……貴女が……巫女さまで……』
胸を押さえて、膝が床につく。
とめどなく流れる涙が、温かく感じる。
生きていた。
そして、すぐ近くにいたのだ。
私の人生を変えたあの人が――同じミレニアムの中に。
それから数日間。
コタマはレイカの周囲を、それはもう挙動不審といった様子で、うろちょろしていた。
廊下ですれ違えばピーンと直立して黙って道を譲るし、購買等でレイカの姿を見かければ、盛大にずっこけながらどこかへ走り去っていく。
ハッキリ言ってストーカーである。
もちろん、本人にそんなつもりはない。
ただ、ただ――会いたかったのだ。話がしたかった。
あの音楽が、自分の世界をどう変えたか。その感謝と尊敬を、どうしても伝えたかった。
けれど、いざ目の前に“本人”が現れると、足がすくんでしまう。
(……どうすれば、いいんでしょう……)
教室のドアの隙間からそっと覗く。
今日のレイカは、静かにノートを開いて何かを書いている。髪の間から見える横顔は、物憂げな静けさを帯びていて――その姿にまた、コタマは胸を撃ち抜かれる。
(ああ……近づくのも、恐れ多い……!)
(でも、言わなければ……このままでは、神託の機会を永遠に失ってしまいます!)
結果、距離はいつまで経っても縮まらず、放課後の下駄箱でまたも背後から声をかけようとして、返ってきたレイカの「ん?」という一言で腰が砕け、逃走することとなる。
そしてその夜、布団の中で叫ぶのだ。
「くぅぅぅ~~!神に不敬を働いてしまいましたァァァア!!」
―――ここ数日間、私の近くに誰かいる気がする。
いや、最近「気がする」じゃないな。なんか、確信が持てるようになってきた。
丸眼鏡をかけた、色素の明るい髪の生徒。
私の事をじっと見ていて、声をかけたり近づいたりしようとすると、逃げ出してしまう。そんな事を繰り返されれば、いくら私でも気が付くというもの。
………彼女は一体、何なのだろうか。
こっちから話しかけてみる? でも、かけられた声に返事をしただけで逃げだしてしまうような人と、会話など出来るのかな。
「おはよ〜レイカ〜」
「マキ。おはよう」
「なにさ、そんな難しい顔して。悩み事?」
「…そんなところ。ねぇマキ、声かけられたのに返事しただけで逃げちゃうような人とどうやったら会話出来ると思う?」
「なにその特殊なシチュエーション」
考えても埒があかないので、たまたま来たクラスメイト……小塗マキに相談することにした。
最初は面白半分に聞いていたマキだが……私の話を進めていくたび、その表情が固まっていく。
「ねぇ、その眼鏡の人……ヘッドホン首にかけてなかった?」
「え、良くわかったわね?」
「絶対コタマ先輩だ……何やってるのあの人………」
「なに?」
「えぇと、なんて言うべきかな…」
言葉を選ぶように迷いながら、マキは言った。
「コタマ先輩、最近ちょっと様子おかしいんだよね…」
「そ、そう…というかマキ、その人知ってるの?」
「多分、部活の先輩」
マキが言うには、その人はハッカーの部活動…ヴェリタスの先輩なんだって。
音瀬コタマ先輩といって、ハッキングの腕もあるとか。
でも仮にそうだとしたら、そんな先輩が私に何の用なんだろう?
「この前なんて音楽聞きながら超号泣してたんだよ? 無表情で」
「やばい人じゃん」
「いや、これまではヤバくはなかったんだけどな…*1その事も、新たな推しの音楽ができたとか言ってたし」
「…その人、ほんとに大丈夫なの?」
「大丈夫……だと思う! 気になるなら会いに来なよ!なんなら、私が紹介しよっか?」
「まぁ………マキと一緒なら」
こうして、私はそのコタマ先輩と会うことにしたのである。
逃げられないように、マキがとりなしてくれるだろうし。
私は、授業を終えた後、マキに教わった通りの場所へ赴き、ヴェリタスの部室前で待っているマキと合流。
「私が先に入るから、呼ばれたら入って来てね」
そう言って入っていったマキ。
何かしらの話し声が始まってからしばらくして、「入っていいよ~!」とドア越しにマキの声が聞こえてきたので、遠慮なくドアを開けて入ってみる。
「お邪魔―――」
します、という前に。
がらがらがっしゃん、と盛大な音が聞こえた。
その方向を見ると、何やらよく分からない機材が、雪崩のように倒れている。その下で、誰かの腕がピクピクと動いていた―――って!
「ちょっと、大丈夫ですか!!?」
「あぅぅ……申し訳あり―――」
機材の中から腕を引っ張る。
そこから出てきたのは、ずっこけた眼鏡をかけ直しながら、こちらを見る………例の、私のことをずっと見ていた生徒であった。
「――――――」
私と目が合ってから、この人は呆けていた。
まるで、欲しがっていた何かをようやく見つけたかのように。
「あ、あの……?」
「い、いえっ!!? も、もも申し訳ありません…! ご、ご尊顔をじろじろ見てしまい!」
「ご尊顔?」
何を言っているんだろうこの人。
やっぱり変な人じゃないか……でも、マキがここまで紹介してくれたんだしなぁ。
でも何を言えばいいんだろう。助け舟を期待する気持ちでマキの方を見た。
「もー、コタマ先輩ったらおっちょこちょいですねー!」
「う、うるさいですね…!」
「ほらレイカも、先輩の手前自己紹介しちゃいな?」
「あ、あぁそうだった。白峰レイカです…」
「お、音瀬コタマといいます……よろしくお願いします…!」
無難に自己紹介を終えたが、この後の会話デッキなんてわかるわけがない。
まさか、「この前ついて来てたのは何?」なんて聞くわけにもいかないしなぁ。超聞きづらいし。
「コタマ先輩は音関係のスペシャリストだよ。この前もさ、推しの曲できたんでしょ?」
「!?!?!?!?」
「ほ~ら、レイカに紹介してくださいよー!」
「な、な、なっ!? よりにもよって、この人にですか!!!?」
マキが切り出した話題に、コタマ先輩が飛び上がった。
えっ、なにこの空気。なにそのリアクション。
コタマ先輩、後輩1人に推し歌教えるだけですよ? そんなにかしこまってビビる程ですか…?
「…………分かりました。マキもいるし教えましょうか。これですよ」
そういって、コタマ先輩は震える手でパソコンから動画サイトを開き、あるリンクを開いた。
そのリンク先の動画は………ってこれ、私が作った曲じゃないの!!?
まさか……この人、私のファン!!?
「…流しますね」
その合図とともに、ヴェリタスの部室に曲が……私が作った曲が流れ始める。
これは…………私が、中学時代に
東方風ではあるけど……この世界、キヴォトスに生まれてから私が一から作ったオリジナル曲のひとつ。
曲名は『I like you』。
黎毬神社の代表曲で、和風のメロディと切ない歌詞が有名だ。もう二度と会えない愛しい人への手紙のような歌詞が、ファンの人々の心を打ったという。
……いやアレ私の東方ボーカルへの愛を歌った曲だけどね。分かりづらくした自覚はあるし、別に解かないと困る誤解じゃないからそのままにしてるけど。
「こ…この曲は……」
「綺麗な曲だよね~。誰が歌ってるの?」
「それこそ、黎毬神社さんです。神社にちなんで巫女さんと呼ばれてる彼女は、他にもいい曲をリリースしててですね……」
水を得た魚のように解説し始めるコタマ先輩。ホントに、私の曲が好きなんだ……。他にもこの曲はこれがいいとか、こういうメッセージがあるんだとか語りだして止まらない。
な、なんか……そのつもりはない筈だろうに、まるで告白されたみたいな気分になってくる!
も…もし、この人が…私が黎毬神社だと知ったらどうなるんだろう?
努めて冷静に、声が震えないようにして、コタマ先輩に問いかける。
「あの…」
「?」
「お好きなんですね。れ…黎毬神社さんのこと」
「もっ、ももも勿論です…!
こ、この方の曲は、私に色をくれたものですから!!!」
「めっちゃ気に入ってるじゃないですか」
「まだまだありますよ」
い、色をくれたって、そこまで言う!?
でも……そうなんだ。私の曲を、ここまで愛してくれる人がいるなんて。
あの時の…中学時代の思い出は………辛いものだったけど。それでも、曲を作って良かったのかもしれない。
コタマ先輩とマキが話してる間も、そんな事を考えていた。
「あ…あの……コタマ先輩」
「なんですか?」
「ま、また………紹介してくれますか?」
「……!!!! 勿論です!!」
嬉しそうに手を握って握手をしてくれたコタマ先輩。
この、私の大ファンはきっと……私の新曲望んでいるんだろうな、ってなんとなく分かってしまう。
そして……その期待に答えられない自分が、心苦しくて、辛くて、たまらなかった。
二人と別れた帰り道も、やはり気分は沈んでいて。
でも……なにか、新しい曲を作る気にはなれなくて。
私なんかの作る曲よりも……私の愛する名曲達を、あの人達にも愛して欲しくて。
「聞こえてる〜? この旋律〜♪」
―――なにかを誤魔化すように、私の知る東方ボーカルを、
白峰レイカ
「中学時代」と「新しく自分のオリジナル曲を作ること」にトラウマがある。ブルアカはミリ知らなので、コタマが盗聴した可能性に微塵も至っていない。
「
音瀬コタマ
憧れの黎毬神社と知り合えて終始興奮している。レイカの前では普段の様子を取り繕うので精一杯。この世界線では先生のストーカーになる前にレイカに脳を破壊されたのでのちにレイカのストーカーになる。
「…この声、やっぱり間違いありません…!!!…でも、この事は秘めなければ……巫女様に…神にこれ以上不敬を働くわけには……」
小塗マキ
普段と様子がおかしいコタマを珍しがりつつ、レイカと一緒に黎毬神社の曲を楽しんだ。
「コタマ先輩、今日めっちゃキョドってたな……それはそうと、黎毬神社だっけ。後で調べよ〜っと」
「聞こえてる? この旋律」
東方ダンマクカグラの神曲。無論レイカは知っている。スマホ版のサ終で泣き、ファンタジアロスト発売で更に泣いた。
好きな東方ボーカルは?
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幻想に咲いた花
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Bad apple!!
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月に叢雲花に風
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HANIPAGANDA
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ファビュラス
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Help me, ERINNNNNN!!
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ウサテイ
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23145EASONS
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Spring of Dreams
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天狗ノ華
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Paranoia
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鬼畜最終妹フランドール・S
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