連邦生徒会の特別捜査部「シャーレ」に私が入ったのは、その顧問となった人物が、一段と目を引いたからである。
———シャーレの先生。
キヴォトスには非常に珍しい……大人の男性だったからだ。
この世界で15年生きてたから忘れかけていたが、この世界では、人の姿をした大人……特に男性がまったくといっていいほどいない。
前世の感覚からすれば、人のように考え動き、生活を営む動物やロボットなどファンタジーの世界だ。キヴォトスってすごいね。
………そんなことはさておき、私が初めてシャーレに来た時に出会ったその人は、物腰の柔らかい男の人だった。
「初めまして。白峰レイカです。貴方の事を知りたくて入部しました。よろしくお願いします」
「“こちらこそ、初めまして。シャーレの先生です。よろしくね”」
こうして、私と先生の交流が始まった。
ここで働くようになって気付いたことは、ミレニアムの人や、他学校の人々も結構な頻度で先生のお手伝いに来ているということだ。
「…あなたが新しい当番?」
「えっ?………あっ、はい! 白峰レイカ、1年生です!」
「砂狼シロコ、2年生。よろしく、レイカ」
「は、はい!!」
「あら?レイカじゃないの」
「ユウカ先輩!!? なんでここに!?」
「私もシャーレのお手伝いに来たの。先生、一人にしたら絶対死んじゃいそうだし…」
その中で、同じミレニアムの先輩であるユウカ先輩―――早瀬ユウカもいたことに驚いたけど。
それでもシャーレの中では、楽しく過ごすことが出来ていた。
書類の整理は得意な方だった。元社会人だ、チェックや添削など慣れていた。
こういう仕事をしていると……前世を、東方ボーカルを愛して追いかけていたころを鮮明に思い出す。忙しかったが、それはそれで楽しかったし、思い出はいっぱいあった。
だからだろうか。先生に指摘されるまで、『それ』に気付けなかった。
「~~♪」
「“レイカ”」
「“!?」
「“その音楽は、何の曲?”」
つい鼻歌で出てしまっていた東方ボーカルを、先生に聞かれてしまったのだ。
「え、えぇと……」
「“はは、話が急すぎたかな?”」
ま、マズい。
先生に気を使わせるわけにはいかない。
しばらく考えたのち、私は教えることにした。
「誰にも言わないで欲しいんですけど……T〇N〇B〇T〇さんの『黄金航路』って曲です」
「“へぇ……黄金航路”」
私自身、音楽は嫌いじゃない―――というか好きだ。
東方ボーカルも大好きだ。だから、この人に聞かせるくらいはしてもいいと思った。
「私、この系統の音楽が好きなんです。まぁ……実際に聞いた方が早いかと」
「“え、レイカ、音楽できるの?”」
「趣味の範疇で宜しければ」
私は、仕事の手を止めて「休憩にして、レイカの音楽を聴きたいな」という先生を前にギターを組み立てて、ピックを持ち演奏を始めた。
深呼吸をひとつ。…………大丈夫、動く。『ファビュラス』や『天弓天華オトハナビ』の時もそうだったけど、東方ボーカルは私に音楽を弾く力をくれる。
やっぱり、この曲たちはすごいや……東方ボーカルの作者の皆さんや、その原曲を作った神主さんには頭が上がらないな。
心の中でよし、と覚悟を決めた私は、ギターを弾き始めた。
最初に紡ぎ出されたのは、夜明けの海を思わせるような、澄んだギターの音色だった。
それはまるで、遠い異国の地平線から昇る朝日を、静かに見つめるような幕開け。
だが、次の瞬間、その静寂は力強いドラムとベースの響きによって打ち破られる。
無論、誰もベースやドラムを鳴らしていない。なのに、どこからか聞こえてくる音。ただの幻聴ではない。まるで、一つの楽器から複数の楽器の音が発されているかのようだ。
弾き語りにも関わらず、歌と伴奏が重なると、どこからともなく煌びやかなストリングスが加わり、波間を駆ける帆船のように壮大な音の波を作り出す。この指が弦の上を滑るたびに、シャーレの執務室の空気が変わっていく。
レイカの歌声は、航海の羅針盤のように力強く、しかしどこか郷愁を帯びていた。「進むんだ」「見つけるんだ」と語りかけるような、未来への希望と、過去への未練が入り混じったメロディ。荒波を乗り越え、未知の世界へと突き進む冒険者のような、迷いなき決意が歌声に乗って響き渡る。
歌詞に直接はないが、その歌声には、困難を乗り越え、目指すべき場所へ到達しようとする強い意志が宿っている。まるで、何かに導かれるかのように、あるいは何かを追い求めるかのように、その旋律は希望の光を指し示す。
先生は、静かに目を閉じてその音に聞き入っていた。彼の表情には、驚きと、そして深い感動が浮かんでいるように見えた。私も目を閉じて、この曲のモデルになったものたち―――かつて心奪われた物語のひとつ、『東方星蓮船』で空を泳いだ天空の船と、それを導いた村紗水蜜を思い浮かべていた。
そして、目を開いた次の瞬間。
シャーレの無機質で現代的なオフィス内が一瞬、黄金の箱舟のように見えた。
壁に飾られた無機質なボードが、深海に眠る財宝の地図のように輝いて見え、窓の外のキヴォトスの街並みが、遠い航海の目的地へと誘う幻のように、きらめきながら揺らめいた。空間全体が、音楽の持つ力に染め上げられていっているのがわかった。
ここまで美しいものがあっただろうか。
嗚呼、村紗はこんな光景を見ていたのか。聖を封印から解き放つために、この船に希望を載せて、自由に操っていたというのか。
霊夢は、魔理沙は、早苗は、異変解決の為にこの船に乗ったのだろうな。
そんな、きっと誰にも分からないだろう感動をひとり噛みしめながら、胸の中の温かい篝火を灯して歌いきった。
最後のコードを鳴らし終え、ギターの残響が静かに消えていく。
執務室に満ちていた幻想的な空気は徐々に薄れ、元の日常的な空間へと戻っていく。
しかし、その場に残された余韻は、確かに何か特別なものが存在したことを物語っていた。
「“……レイカ”」
そっとギターを置くと、先生はゆっくりと目を開けた。
キヴォトスでは滅多に見なくなった、黒曜石のような真っ黒な瞳には、まだ演奏の余韻が宿っている。それをまっすぐ私に向けてくる。
あの瞳は、私の演奏をただ聴いていただけじゃない。何か、もっと深いところまで見ていたような気がして、一瞬だけ息を呑む。
「“素晴らしい演奏だった。想像以上にね。趣味の範疇って言っていたけど、きっとそれ以上じゃないかって、私は思うよ”」
……それは、どこか照れくさくなるほどに、真っ直ぐな褒め言葉だった。
言葉自体は飾り気がないのに、その一言一言に、私の音を丁寧に受け止めてくれたという実感がこもっている。
「ありがとうございます」と、自然と声が漏れる。
先生に褒められるのは、どうしてこんなに……うれしいんだろう。
私は、15歳の身体で生きているけど、精神年齢はきっと貴方以上のおばさんだぞ?
「“ところで……”」
先生がふいに視線を逸らし、窓の外へ目を向けた。
まるで何気ない雑談のように続ける。
「“さっき、一瞬、シャーレが別の場所に見えた気がしたんだけど……君は何か、特別な方法で演奏していたのかな?”」
——心臓が跳ねた。
一瞬で、指先から首筋まで冷たくなる。
……まさか。そんなこと、あるはずがない。
私は、ただ歌っただけ。誰にも知られないように。誰にも気づかれないように。
だけど先生の瞳は、優しさをたたえたまま、私の奥をじっと見ていた。
問い詰めるわけでも、疑うわけでもない。
ただ、何かを見ようとしている、静かなまなざし。
「(この人、まさか………ただの「先生」じゃない……?)」
「“いや、きっと気のせいだろう。でも―――”」
先生は言葉を切り、再び私の方に顔を向けた。
「“君の音楽は、人の心だけじゃなくて、見えている景色までも変える力があるのかもしれないね。素晴らしい才能だよ。……もっといろんな曲を聞きたいと思った”」
……どうして、そんなふうに言えるんですか。
今にも逃げ出したいくらい怖かったのに、その言葉で、心の奥まで温かくなってしまう。
そんなの、ずるい。先生って、ほんと、ずるい。
私はギターのストラップを外して、そっとケースに収めた。
蓋を閉じる音で、なんとか気持ちをごまかすように。
「……そうですか。私、ああいう歌、好きなんですよ。今度また、違う曲を聞かせますね」
「“うん。楽しみにしてるね、レイカ”」
言葉に乗せた想いが、嘘じゃないことだけは確かだった。
私の中で、もうひとつの音が、そっと鳴り始めていた。
「……信じられない」
この日、たまたま当番に来ていた早瀬ユウカは、言葉を失っていた。そして……先生にコーヒーを淹れようとシャーレの執務室のドアノブに手をかけたのだが、オフィスに入るタイミングを完全に失っていた。
その理由は………今の今まで、ドアの隙間から漏れ聞こえていたレイカの曲のクオリティにあった。
「(レイカって……ここまでの演奏ができる子だったの!!!?)」
ただ上手い、という音楽ならユウカにも聞いたことが無いわけでもない。学園祭で生徒が披露する演奏や、街角で耳にするストリートミュージシャンの歌、流行りのアイドルグループの音楽なども聞いている。
だが、ここまで心臓を揺さぶられる音楽は、今まで聞いたことが無かった。今まで聞いてきたそれらの音楽をはるかに超える、ここまで隔絶した………まるで魂に直接響くような、圧倒的な音の奔流は。
それに加えて、音楽が聞こえている間、シャーレの内装が宝石のように輝いていたのを見たのである。
一時的に、シャーレが宝船になったかのような錯覚は、ユウカの合理的な理屈を完璧に超越していた。データと数字で世界を理解する彼女の思考回路では、説明のつかない現象だった。
ユウカにとって、レイカは優秀でもなければ問題児でもない、至って普通の後輩であった。書類整理が得意で、要領もよく、少し物静かながらも常識的な子。
だが……こんな演奏を聞いてしまえば、普通の後輩として片付ける事などできるはずがない。
ユウカの中ではもう既に、レイカは「普通の後輩」から「とんでもない才能と謎の現象を引き起こす力を持った子」という見方に変わってしまった。一瞬で。
「……ノアは知っているのかしら、この事」
お盆の上のコーヒーの入ったマグカップが、カタカタと揺れる。
これが、どんな出来事を招くのか……今はまだ、誰も知らない。
―――なお、その頃ヴェリタスでは。
「嗚呼……また私の知らない音楽です……」
「コタマ先輩!!?」
「ちょ、チヒロ先輩ー!! コタマ先輩が!!!」
「はぁ? 今度は何をやらかし―――コタマッ!!?」
「巫女様が楽しそうに歌ってらっしゃる……尊い……」
「コタマ先輩!!しっかりー!!!」
約一名、レイカの様子を
白峰レイカ
人知らぬ天才。1話で「黎毬神社の情報管理はしっかりしている」と言ったが、それはあくまで“素人目線で”の話。スマホを使い分けるとか、アカウントを分ける、パスワードも脳裏に記憶しているなど基本的な対策はしているが、プロから見ればつけいるスキはいくつもある。多分。
「先生…ただの良い人じゃない。でも…きっと素敵な人。」
先生
安定のセンセイオンナタラシ。レイカの謙遜と、その裏にある自信のなさを見抜いており、彼女にはなにかあるともう予想をつけている。
「“黄金航路……検索には出てこない。歌手の名前も……どうしてあんな風に紹介したんだろう”」
音瀬コタマ
盗聴によって白峰レイカ=黎毬神社の巫女であることを知っている。普通に犯罪である。
「私が尊死したら……盗聴器と巫女さまの録音媒体も全部副葬してください……」
超天才病弱美少女ハッカー
ハッキングによって白峰レイカ=黎毬神社の巫女であることを知っている。普通に犯罪である。
「ふふっ……あんな天才を埋もれたままにするなんて、勿体ないと思いませんか? ……いくらミレニアムに咲く清廉な一輪の白百合のようなハッカーでも、歌の分野においては、彼女には一歩劣るようですね。これは認めるしかありません」
早瀬ユウカ
偶然レイカの歌の才能の片鱗を目の当たりにした。
「すごい……レイカって、歌…上手だったのね。ギターも、あんなに………」
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