まぁタイトルの時点で察してるかもだけど。
私・白峰レイカが音楽の練習をする場所はかなり限られる。
学校で練習するワケにもいかない。中学時代なら兎も角、ミレニアムでそんなことやったら、たちまち有名人である。
なら、どこで練習しているか。
まず、自分の部屋。ここが一番多いかな。防音加工された私の部屋なら、いくらギターをかきならし、歌声をあげても怒られないからね。
でも、それだけじゃない。気分転換したいし、ずっと部屋に籠もってたら参っちゃうから。なので、そういう時は外でも音楽を奏でる。…………もちろん、場所はかなり選んでる。
まずは、シャーレの空いている部屋。
先生にあの「黄金航路」を聞かせて以降、練習場所に困っている時に「使って良いよ」と許可を貰ったのだ。私からすれば嬉しい提案ではあったが、シャーレは他の生徒も出入りするし、ユウカ先輩をはじめとしたミレニアム生も来る。先生にも迷惑をかけ続けてしまうので、多用はできない。
なので、別の場所で練習する必要がある。
欲を言えば、ミレニアム自治区から離れ過ぎてないところで、ひと通りのない空き地がいい。シャーレに近くて、治安が悪すぎない所なら尚良しだ。
そう思って、空いた時間で探索に向かったのだが。
「おいおいおいおい、こんな所にミレニアムのエリートさんが何の用だァ?」
………まぁ、こうなる。
生まれた時からここで生きて分かったことだが……この世界、治安が終わっている。日本が天国だと思えるくらいだ。
今まさに出てきたヘルメットを被った不良が、私から強奪する気マンマンでこちらを凄んでくる。
「ビビッて声も出ねぇかぁ? 身ぐるみ全部置いてったら許さねぇでもないがなぁ?」
こういう時のために、キヴォトスの人は銃を持ち歩いているという。
かくいう私もそうだ。最初の頃は銃を持っているという事実が怖かったが……今では、そんなことには恐怖を感じなくなった。
え、このまま戦うのかって? 冗談じゃない。私の人生は音楽に捧げるものだ。こんな銃撃戦で暇を持て余している場合じゃない。
なら、戦わないように説得する? 馬鹿を言ってはいけない。この手の連中に、説得など不可能だ。
故に。私は、即座にスマホのシンセサイザーのアプリを起動して。
「うさうさうさ~♪」
「あっ、こら!逃げるな!!!」
名曲を歌いながら逃げるのだ。
「ウサテイ20XX」。
東方ボーカルの中でも結構有名なネタ曲だったけど、東方ダンマクカグラに実装されたことで、さらに注目を浴びた一曲だ。……この白峰レイカにとっては、キヴォトスで生きるためには必須の曲でもある。
ただの逃走用BGMではない。この曲を歌いながら逃げると、逃げ足が速くなるだけでなく、逃走中に
現に、今の不良から逃げる途中で、別の銃撃戦で起こった爆発に、偶然追いかけてきた不良だけが派手に巻き込まれ、逃げ切ることに成功したのだ。
…この曲も、逃走用以外で歌いたいなぁ。できれば、皆の前で、カバーしたい。
そんなことをぼんやりと考えていたからか。そこにある―――空地に気付いたのも、逃げ切った安心感に浸ったしばらく後だった。
「あった………」
周囲には人の気配がない。家はあるが、手入れされている様子はない。
ここなら、きっと……誰にも聞かれることなく、音楽ができる。
「よし」
ギターケースを傍に置いて、ふぅ、と一息ついたときだった。
草の間で、何かがカサリと動いた。
「ん……?」
音のした方に目を向けると、そこにいたのは、薄い三色の毛並みにくるんとした尻尾を持った、小柄な猫だった。
少し警戒しながらも、こちらの様子をうかがっている。耳をぴくぴくと動かしながら、まるで―――新しい演奏に期待しているかのように。
「……ふふっ、可愛いお客さんだね」
私は膝をついて、猫と目線を合わせる。そっと手を差し出してみると、猫は一瞬身じろぎしたが、逃げることはなかった。代わりに、差し出した指をくんくんと嗅いでからひとつ、軽く「にゃあ」と鳴いた。
「うん。今日は……君に、聞いてもらおうかな」
そう呟いて、私は静かにギターケースを開く。銀の弦が、夕焼けの光を受けて微かに輝いた。
風の音と草の匂い、そして遠くから聞こえる都市のざわめきが、やがて私の意識から消えていく。
静かに、ギターを抱え、指先を弦に乗せる。
「——じゃあ、いくよ」
猫が、そっと尻尾を丸めてその場に座る。その姿を見て、私は思わず笑みをこぼす。
折角だ、今回の選曲は、この子に良く似合う、猫の曲にしようじゃないか。
猫といえば思い出せる曲は、一つあるよ。「大吉キトゥン」のアレンジボーカル―――『LUCKY CAT』だ。
「ニャー!」
その瞬間、音楽が始まった。
どこからともなく響く、ギターに合わせるシンセサイザーの音。まるで鈴の音のように軽やかで、体が思わず跳ねるようなリズムを刻む。
私が歌声は、幸運の猫―――招き猫の愛らしさと隠されたしたたかさを秘めているかのように響き渡る。
三毛猫は、歌い始めた私を真ん丸の目で見つめ…楽しそうにぴん、と尻尾を立てた。表情は読めないけれど……あれは、きっと“気に入った”って意味だ。
それだけじゃない。歌が進むにつれて……草の間が、再び揺れた。かと思えば、もう一匹、別の猫が出てきたのだ。
いや……もっといる。灰色の2匹目だけじゃない。3匹目は、キジトラの猫。その次に出てきたのは、白黒の猫。
次から次へと、姿を現す猫たち。まるで…私の声に招かれて、演奏を聞きに出てきてくれたみたいだ。
なんだか……私自身が招き猫になったみたいだ。
数多くの猫の視線を受けながら、彼らの期待に応えるかのように、声に少しだけ艶を混ぜる。
幸運を引き寄せるような、自信満々のメロディを奏でて。
サビに入り、「にゃんにゃん」と歌う度、ギターのストロークに合わせて、猫たちがひょいと首を傾げる。
まるで、音楽が“猫語”になったみたいだった。
音に込めた思いは、言葉よりずっと遠くまで届く。言葉が届かない存在にさえ、気持ちを伝えられる……そんな実感が、今この瞬間だけは確かにあった。
私は目を閉じ、最後のフレーズに心を込める。気まぐれで、ちゃっかり者で、どこか寂しがりな―――でも、そんな自分を愛せるようになれる歌を。
「「「「「ニャー!」」」」」
最後の掛け声が、小さな観客たちと重なった。
歌い終えた瞬間、猫たちは拍手の代わりに、それぞれのやり方で応えてくれた。
ひとりは伸びをして、ひとりはゴロゴロと喉を鳴らし、そして最初の三毛猫が、私の足元にすり寄ってくる。
まるで、舞台袖に花束を持ってきた観客みたいに。
私はそっとギターを置き、微笑んだ。
「ありがと、みんな」
最初の三毛猫を撫でていると、ぱちぱちぱち、と拍手の音が聞こえた。
「すごい演奏だったね」
声の主を振り返ると、そこに立っていたのは、知らない制服を着たひとりの少女だった。長い白と黒髪には微かに光沢があり、ヘアバンドで1対の角が生えている後頭部へと整えている。首元からはチョーカーが覗き、全体的にアンニュイな雰囲気を纏っている。
知的そうな涼しい目元が、まっすぐこちらを見つめていた。まるで、私の歌声の中に込めた「何か」を、もう拾い上げたような――そんな目。
「まさか…聞かれてたとは思わなかったな」
照れくささを隠しながらそう言うと、その人はほんの少しだけ目を細めた。
「音に誘われてね。まさか、猫に囲まれて演奏してる人がいるとは思わなかったけど」
「貴方…えっと……」
「鬼方カヨコ。呼び方は何でも良いよ」
「あっ、私、白峰レイカって言います」
「そう」
「カヨコさんは、どうしてここに……?」
「ちょっとした仕事。猫探しのつもりが、こんな場面に出くわすなんてね」
カヨコさんは、私の演奏で集まった猫たちの中から一匹、茶白の二色の猫を抱き上げる。
抱き上げられた子は、私の音楽でリラックスしていたのか、暴れる様子もない。その猫と目を合わせ、言い聞かせるような優しい眼差しを向けた。
「ほら、お前のご主人様が探してたぞ」
「可愛いですよね」
「……なに、悪い?」
「い、いやいやいや!! 私、猫大好きですから! ただ話しかけちゃうの、理解できるなーっていうか!」
「………まぁ、いいか。レイカも、猫に音楽聞かせてたくらいだし。見た目も猫っぽいし」
猫に話しかけてたカヨコさんに共感したら、ちょっと睨まれた。
……雰囲気は怖かったけど、猫が好きな人に悪い人はいない……はず。
「じゃあね、レイカ。また、ここで演奏するの?」
「うーん…」
一瞬だけ、どうしようかなとも考えた。
そもそも、ここに来たのだって逃げてきた結果の偶然だからなぁ、と。
でもそんな迷いも、脚に伝わる、心地いい毛の感触が振り払う。
「……ふふっ、たまにはここに来ようかな。
ここなら、また可愛いお客さんに出会えるかも」
「そ。次は、ご飯も買っておかないといけないよ」
「そうね。美味しい猫缶を調べとかなきゃ」
最後に、カヨコさんとモモトークで連絡先を交換する。
こうして私は、新しい友達と、可愛い観客たちと、新しい練習場所を得たのであった。
「………私、そんなに猫っぽいかなぁ?」
別れた後に出てきたそんな疑問と、たくさんの猫たちの「にゃあ」という可愛い声を残して。
「よくやったわ! お手柄よ、カヨコ!」
迷子の猫を捕まえて依頼主に渡した後、カヨコの会社の社長―――陸八魔アルがカヨコを褒めた。
「やったじゃん、カヨコちゃん~! これで、今月の事務所の家賃は払えそうだね♪ くふふっ」
「す、すごいです……私が、ただ地面を這いつくばっていた間に……」
他の社員もまた、独特な口調でカヨコの活躍を褒める。
カヨコが所属している企業―――便利屋68の日常風景である。
「ところでカヨコ、あの猫、いったいどこで見つけたの? 依頼主は『臆病で自分以外には慣れてない』って言っていたハズだけど」
アルの質問に、カヨコは空き地でのことを思い返す。
プロとして売り出していてもおかしくない演奏に、この世に舞い降りた天使のように透き通る美声をした少女。
そして……何拍か考えた末に。
「―――ただの偶然だよ」
すべてを誤魔化すことにした。
白峰レイカ
猫が観客のライブが超気に入った。
「またここで、なにか練習しようかな。猫缶を持って」
鬼方カヨコ
依頼中に偶然レイカに出会う。猫スポットも発見して内心嬉しいが、レイカの能力を知らないため、「三毛猫色の髪と猫耳」が変化後の姿だと知らない。
「すごい子に会っちゃったな…」
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