「あーーっ! 見ーーーつけたっ!!」
「!!?」
ある日の帰り道。
普通に歩いてた所に、大きな背のメイドさんがやってきて、私に声をかけてきた。
「白峰レイカちゃんだよね!?」
「…………ひ、人違いです……」
ミレニアムサイエンススクールにおいて、メイドさんとはただのメイドさんではない。
ミレニアムサイエンススクールに仕え、学園の治安維持のために「奉仕」し、敵を「掃除」する組織なのだとか。
………なんでそんな組織を一般生徒の私が知っているかって? 暴れすぎて目立ちまくり、だからもうみんな知っているんだよ。「ミレニアムのメイド=戦闘特化の組織」だって。
でも…そんな戦闘組織の一員が、私へ何の用なんですかねぇ……
「えーっ!嘘! あなたがレイカちゃんでしょ?」
「だ、だから違いますって……」
「商店街ですっごい音楽演奏してたのに?」
「っ!!?」
別人を装って知らないフリで誤魔化そうとしたけど、シャレにならない情報を聞いて、考えを180度変えた。
「な……ど、どうして知っているんですか!!?」
思わず叫んだ直後に、すぐ周りを確認した。
……幸い、誰もいない。商店街の音楽のこと、聞かれていないみたいだ。
そのリアクションに、目の前のメイドさんは、まるでいたずらが上手くいった大型犬のようにはにかんだ。
「やっぱり~!あなたがレイカちゃんなんだね! あのね、私が知ってたのは、その時商店街に来てたからだよ! 気付かなかった?」
「し、知らなかった……!!」
商店街って……「天弓天華オトハナビ」を演奏した時か! メイド服を着ているんならすぐ気付きそうなのに……飴屋のおじさんのこと考えてたから見落としたのか…?
「そ、それで……C&Cのメイドさんは、私に何の用なんですか?」
「アスナで良いよ! それでねレイカちゃん、歌を聞かせてほしいの!今、ここで!!」
「…今、ここで?」
「うん!!」
何を言っているんだろうこの人は。
私が嫌がっているの、わかりそうな物なのに……それでもこの人…アスナさんは、悪意をまったく知らないとでも言っているかのようにニコニコと返事を待っている。
警戒心ないのかな、この人。でも……そういうことなら、こっちにだって考えがある。
「……分かりました。ちょっと待ってください」
「やったー! ありがとうレイカちゃん!」
ギターを組み立て、アスナさんをしっかり見据える。
この人、きっと何も考えていないのだろう。曲を聞きたいのなら聞かせてやる。
―――ただし、貴方の財布の中身全部で、お代は払ってもらいますがね。
「―――『ファビュラス』でいいですか?」
「うーん、違うやつがいい!」
「え?」
「なんかね、その曲名はちょっと違う気がするの!」
「………知って、るんですか? ファビュラス…」
「ううん、知らないよ? でも何となく違う気がしてさ」
「えぇ………」
何なんだこの人。
まさか曲名だけで却下するなんて。普通なら「何でも良いよ!」って言うものじゃないのか?
この反応は流石に予想外だ。
「(ならまぁ、別の手で行くか)」
どうせこの人は、『ファビュラス』の効果も歌詞も、どんな曲かすらも知らない。
別の曲名を出しながら、『ファビュラス』を引いたって、嘘をついたなんてわかるわけがない。
内心で舌を出しながら、軽くギターを構え直した。次の瞬間、私の指先が弦に触れる……はずだった。
「……ん?」
違和感があった。何度か試すも、特定の弦のチューニングがどうにもおかしい。
いや、おかしいというより、固まって動かない。まるで接着剤で固定されたかのように、指が滑らないのだ。力を込めて弾こうとすれば、ミシミシと嫌な音が鳴り、弦が切れてしまいそうだった。
「(な、なんで!?こんなこと、今まで一度もなかったのに……!)」
普段なら完璧に調整されているはずの愛器が、まるで私の企みを見透かしたかのように、反抗している。
今お前が弾くべきはその曲じゃない……と言われているみたいで、焦りが胸に広がる。よりによって、こんな時に。
「レイカちゃん、どうしたの?弾けないの?」
アスナさんが、心配そうに首を傾げた。その瞳は、純粋な好奇心と、少しの不安を湛えている。
私は一瞬、顔を背けそうになった。普段の自分なら、ここで「このギターじゃ無理みたい」とでも言って、適当な理由をつけて逃げるだろう。
けれど、アスナさんのまっすぐな視線と、彼女が持つ不思議なオーラを見ていると、そのような行いが許されないような気がしてきた。
「い、いえ……そんなことはありません」
なんとか平静を装って答える。内心の動揺は隠しつつ、私は思考を巡らせた。このままの状態で、『ファビュラス』を弾いたとして……それは私の望むものに…リスペクトのある演奏になるだろうか。いいや、なるはずがない。やるならチューニングがちゃんとした状態でやるべきだ。
もし、このままのチューニングでも弾ける曲があるのなら……。
「……いくつか、このままのギターの状態でも弾ける曲はあります」
そう言うと、アスナさんの顔に、ぱっと明るい笑顔が戻った。
「ホント!?やったー!」
その無邪気な喜びが、私の心を揺らす。
こんな、素直な人相手にずる賢くお金を巻き上げようとしていた自分への、ささやかな罪悪感のようなもの。
しかし、同時に、これしきのことで諦めるほど、私は甘くない。
「……では、この中から、あなたが聞きたい曲を選んでください」
私はスマホを取り出し、いくつかの曲名を記したリストをアスナさんに見せた。そこには、いくつかの東方ボーカルがあるのみだ。
「好きなのを選んでくれていいですよ」
「わーい!本当に? ありがとうレイカちゃん!!」
アスナさんは、目を輝かせながらスマホの画面を覗き込んだ。そして、指を滑らせ、いくつかの曲名に目を通していく。
正直、アスナさんがどんな曲を選ぶのか、内心興味がある。この人の好みからすれば、きっと可愛らしい曲か、明るいタイトルだろう。
曲名を選ぶ指が止まった。
「じゃあ、これ!これがいい!」
アスナさんが屈託のない笑顔で指差した先には、『無生命サーフェス』の文字がはっきりと見えた。
「(……え?)」
一瞬、自分の目を疑った。なぜ、この曲を……。
頭の中に、あの狂気じみた旋律と、地獄を肯定するような歌詞が蘇る。
まさか、この天真爛漫なメイドさんが、そんな曲を選ぶとは。
アスナさんは、そんな困惑しまくる私の内心をよそに、満面の笑みを浮かべていた。
でも、今更後には引けない。自分で「選んでいい」と言ったんだ。何を選んできても、ちゃんとやらなきゃ。
ギターを抱え直して、乾いた笑みを浮かべた。
「……そうですか。分かりました」
こうなったら、腹を決めよう。
どうなるかは分からないけど、歌うなら―――全力で。
どうせ、相手はミレニアムの戦闘軍団の、頼もしいメイドさんだ。大抵のことは、きっとなんとかするに決まっている!!
「じゃあ行きます。―――ロックンロール」
一抹の不安と、抗いがたい期待を胸に秘めて、歌い始めた。
私の指が、狂気じみた重さで弦を捉えた。
チューニングが狂っているはずなのに、なぜかそれが、この曲には完璧な響きをもたらす。
まるで、このギター自身がこの曲を奏でたがっているかのように、軋む音がむしろ不協和音の中に溶け込んでいく。
アスナさんは、目を輝かせながら私の歌に耳を傾けている。
彼女の純粋な好奇心が、私の胸の奥底に眠っていた、あの澱んだ感情を揺さぶり起こすようだった。
彼女の表情には、何の疑念も、何の戸惑いもない。ただ純粋に、私の音楽を受け止めようとする、無垢な喜びだけがそこにあった。その姿を見ていると、私の心の中で、奇妙な化学反応が起こるのを感じた。
―――思い出すのは、あの
私らしさを否定され、個性を糾弾され…それはまさに、「味もニオイもしない」無機質な世界だった。
あの、胸を締め付けるような不条和音が、今のギターの音と重なって、まるで私自身がこの歌を体現しているかのように思えた。
「―――♬」
そんな無垢なアスナさんの前で、私は躊躇なく、この狂気めいた歌を紡ぎ続ける。
まるで、自分の中の最も暗い部分を、彼女にすべてさらけ出しているかのように。
私の音は、アスナさんの周囲の空気を歪ませ、景色を揺らがせる。普段なら恐怖に駆られて逃げ出す人もいるだろう、幻覚的な現象がゆっくりと彼女を包み込んでいく。
しかし、アスナさんは微動だにしない。いや、むしろ、その表情はさらに興味深そうに、楽しそうに変化していく。彼女の瞳には、私の音が生み出す「狂気」が、まるで色鮮やかな絵画のように映っているのだろうか。
「―――♪」
これは、この歌は、私の叫びだ。
あの頃の私が……アイツの「正気」という名の支配に対して、心の奥底で叫んでいた言葉。
私が信じてきた「東方ボーカル」の世界を否定され、孤立したあの時の、行き場のない怒り。
それが、チューニングの狂ったギターの音色に乗って、アスナさんの周りに広がる。
私の歌声は熱を帯び、感情が剥き出しになっていく。
アスナさんの周りの景色が、まるで熱で揺れる陽炎のように歪んで見えた。
彼女の足元に、色とりどりの花が咲き乱れ、かと思えば、次の瞬間には不気味な影が蠢き始める。
幻覚はますます鮮明になり、視覚だけでなく、聴覚や嗅覚にも訴えかける。
しかし、アスナさんは一切の動揺を見せず、ただひたすらに私を見つめている。彼女の頬には、ほんのりと紅潮が差していた。
「地獄よりひどいじゃないか、単に死んでないだけじゃないか!」
歌はクライマックスを迎え、私の声は魂を削るかのように響き渡る。
体中の細胞が、この狂気の歌に合わせて熱を帯び、共鳴する。私の内側から湧き上がる「狂気」が、今、アスナさんの目の前で、存分に解き放たれていく。
歌い終えた瞬間、私のギターの弦から、パーンと軽い音がした。
張り詰めていた弦のどれかが、今、完全に切れたのだ。
そして、それと同時に、アスナさんの周囲を彩っていた幻覚の全てが、まるで泡のように弾けて消えた。
息を切らし、残響の消えた空間でアスナさんを見つめる。彼女は、目を大きく見開いたまま、しばらく呆然としていた。
……やはり、やりすぎたか。
この子も、私を「化け物」を見るような目で見るのだろうか。
「自分の音楽は人を壊す」―――あの時植え付けられた、深い絶望が再び胸に去来する。
しかし、次の瞬間、アスナさんの顔に、それまで見たことのない、とびきりの笑顔が花開いた。
「レイカちゃん!今の、すっごく良かった!!」
彼女の声は、今まで以上に明るく、弾んでいた。
その瞳には、狂気に対する恐怖も、不気味さも、一切宿っていなかった。
まるで、とんでもない傑作に出会ったかのような、純粋な感動だけがそこにあった。
私の目の前に広がる、澄み切った青空。そして、アスナさんの屈託のない笑顔。
私は、ただ呆然と、その光景を見つめるしかなかった。
「あ…アスナ、さん……貴方、ほんとうに」
何ともないんですか。
そう聞こうとした瞬間、近くで爆音がした。
何事かとそちらを向くと、そこでは工場ヘルメットを被った奴らが、武器を持って暴れていた。彼らの顔は紅潮し、目は血走っていた。まるで、何かに憑りつかれたかのように、異常な興奮状態にある。
「あははははは!なんか今の曲聞いてたら楽しくなってきたぞ!!!!」
「暴れよう!暴れよう!!暴れよう!!暴れよう!!!」
「そうだ!温泉開発のためだから!隠密なんてどうでもいい!!!」
「ぎゃはははははははははははははははははは!!!!」
「…………は?」
状況が飲み込めない。
なにこれ。まさか、私の歌を聞いたから?
アスナさんは大丈夫だったけど、他の人達は違うっての?
中学時代のあの日の出来事が蘇る。あの時のように、私の歌が、人を———
「レイカちゃん、そこで待っててね!」
私の思考が停止している間に、アスナさんは既に走り出していた。その背中は、迷いなく、一直線に暴徒と化した不良たちに向かっている。
「えっ? アスナさん、何する気———」
「大丈夫!私けっこー強いから!!」
そんな事を言って不良達に突撃していったアスナさんは……数分のうちに、瞬く間に不良達を鎮圧してしまった。
彼女の動きには無駄がない。滑らかな動きで、敵の弾幕を掻い潜り、あっさりと敵を地面に転がしていく。
…………流石はC&C。あんな大暴れしてた不良の相手はお手の物ってこと?
アスナさんは、ぐったりと倒れ込んだ不良たちを、慣れた手つきでテキパキと縄で縛っていく。その手際は、まるで日常の家事をこなすかのようだった。私もそろそろ動き出そうと、アスナさんの元へ歩み寄る。
「はい、おしまい! レイカちゃん、待たせちゃってごめんね!」
アスナさんは、笑顔で振り返った。その顔には、先ほどの激戦の痕跡など微塵もなく、汗ひとつかいていない。まるで、遊び疲れた子供のような、清々しい表情だった。
「いえ……」
私が言葉を詰まらせていると、ちょうどそこに、C&Cの他のメンバーらしきメイドたちが数名、手押し車を引いて現れた。
「アスナ先輩、ご苦労様です!」
「不良どもの回収は私達が!」
流れるような連携で、不良たちは次々と手押し車に乗せられていく。その光景は、あまりにも手際が良すぎて、私には現実感がない。
「それじゃあ、レイカちゃん、私もう行くね!」
アスナさんは、最後に私にパッと笑顔を向けた。その眩しいほどの笑顔に、私は思わず目を細める。
「またね、レイカちゃん!今度はもっといい曲聞かせてね!」
そう言い残すと、アスナさんは他のメイドたちと共に、騒音の原因だった不良たちを乗せた手押し車を押しながら、あっという間に去っていった。彼女の後ろ姿は、夕暮れの光の中に溶け込んでいく。
「……………あ」
アスナさんの背中が完全に視界から消えた瞬間、私はようやく我に返った。
「口止めするの忘れてた」
私の独り言は、風に虚しく吸い込まれていく。
あの人が、今回の出来事を誰にも話さず黙っている可能性は、限りなくゼロに近いだろう。あの天真爛漫さからして、悪意を持って広めるはずがない。しかし……彼女が今回の奇妙な体験を「面白い出来事」として、無邪気に誰かに話してしまう可能性は否定できない。特に、先生のような信頼できる相手に。
私は、手に持ったギターをそっと見下ろした。切れた弦が、私自身の戸惑いを象徴しているようだった。
私の音楽は、やはり人を「壊す」のか。
しかし、アスナさんは、なぜ……。
この日、私の心には、新たな疑問と、そして説明のつかない奇妙な希望が芽生え始めていた。
白峰レイカ
アスナに対して奇妙な警戒心と信頼を得た転生者。アスナが超が100億個くらいつく天運の持ち主だと知らない。
「メイドのアスナさん、かぁ……」
一ノ瀬アスナ
ご存知ブルアカの大型犬。ファビュラスのリクエストを避けたのもなんとなくだし、レイカのギターのチューニングが固まったのもアスナがいることによる全くの偶然だし、『無生命サーフェス』を選んだのも「これが良いと思ったから」だし、最後に鎮圧した不良…及び温泉開発部もセミナーの依頼で鎮圧を頼まれた連中である。
「ねーねー部長!アカネちゃん!カリンちゃん!聞いて聞いてー!!!」
好きな東方ボーカルは?
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