世界を守って死んだ(事になっている)最強騎士は自分の影響力を知らない 作:城之内
ログ村を追い出された三人は一先ず草原の一角で焚火を囲み、野営を始めた。
既に日は暮れ、満点の星空が広がっている。
月明かりに照らされた村の様子を遠目に見ながら、ブランフォードが口を開いた。
「――ノワール殿、村人の様子は明らかに不自然だった! 身体の多くが欠損していたし、何か良くない事が起こっていると思われる‼」
「……そうだな」
アレンは仮面に手を添えながら考える。
ブランフォードの言う通り、ログ村は明らかに異常だった。
確かに目の前のおじさんは声がデカくて煩いが、それだけで武器まで持ち出すのはおかしい。
結局、村の中を確認するのが一番手っ取り早い手段だ。
「三人で潜入するべきじゃ。皆が寝静まった頃を見計らい、村を隅々まで調べる」
アスモデウスが最もな事を告げるが、ブランフォードは首を左右に振った。
「……いや、私一人で行って来る! ノワール殿や妹君を物騒な事に巻き込みたくはない!」
今度はアレンが首を振った。
「待て、俺が行く。あんたの方が待機だ。絶対そうした方が良い」
「……もしや私の身を心配して言っているのだな⁉ 大丈夫、私はこう見えて貴殿よりは強い!」
極々自然にマウントを取られた。
「いや……そうかもしれないが、それでも俺が行った方が良い」
「……会ったばかりの相手のために命までかけようとする貴殿の心意気は高潔で美しいと思う! だが貴殿がもし命を落としたら、幼い妹君はどうするのだッ! これは私の故郷の問題ッ、私が行かせてもらう!」
ブランフォードは息巻くが、別にアレンは彼が心配だから言っているわけじゃない。
(……その声のデカさで潜入なんて向いてないんだよ。絶対失敗するよ、このおじさん)
アレンだって面倒事に好き好んで首を突っ込みたくはない。
しかし生来の優しさから、目の前にある問題を無視するのも気が引ける。
「もし夜が明けても戻らなかった場合はリグアクア中央都にある蒼剣騎士団の屯所にログ村の危機だと伝えて欲しいッ! この短剣を渡せば取り合って貰えるはず‼」
そう言ってブランフォードは腰に差してある紋章入りの短剣を渡してきた。
浜辺に立つ美しい乙女が描かれている。
アレンは渋々受け取った。
勿論、中央都になど行きたくない。村でスローライフする為に殉職を装ったのに、何故事件の重要参考人にならなくてはいけないのか。
「では行ってくるッ‼ 無事を祈っていてくれッ‼」
もうその声が村まで聞こえていそうだ。絶対失敗する。
元騎士の大きな背が夜闇に紛れていく。
しばらくして、アレンは焚火の炎をぼんやりと眺めながら呟いた。
「「……
アスモデウスとぴたり声が揃った。
顔を見合わせ、苦笑し合う。
「……何が待っていると思う?」
「恐らくは魔族じゃな」
「……魔王軍の残党か」
「うむ」
それほど大物でもなければ、元騎士であるブランフォードなら倒せるだろう。アレンは適当に援護するだけで良い。
先に向かったブランフォードの後を追って、二人は真夜中、静寂に包まれたログ村へと向かう。
* * *
闇に紛れて、ブランフォードは近くの岩陰に身を潜める。
もはや深夜と言っても過言ではない時間帯ながら、門の側に建てられた見張り台には人影がある。
確かに村付近の街道には虫型魔獣がいたので、警戒するに越した事はないが、それにしては村が魔獣に襲われた形跡はない。
「
基本的な戦技で身体能力を強化したブランフォードはするすると見張り台の上に飛び上がり、
「お、お前は……!」
「当て身」
みぞおちに拳を当て、白目を剥いた村人の一人をそっと横たえる。
「……確か彼は私の初恋のレミラ姉さんと結婚した隣村の……!」
ブランフォードは言葉の途中で手で口を塞いだ。
慌てて見張り台から村の様子を眺める。
懐かしさと驚きから思わず声を上げてしまったが、まだ気付かれてはいない。村の中に点在する家々の明かりは点いていない。
視線を戻す。
気絶させた男は拳に包帯を巻いていた。
(一体何の怪我なのだ……?)
そんな折、包帯の内側がもぞりと蠢いた。
まばたきをしてから、眼を擦る。ブランフォードは再び目を凝らすが、今度は何の反応もない。
月明かりだけが頼りなせいだ。
見間違う事もあるだろうと、一先ずブランフォードは男をそのままに見張り台から降りて村の中へ侵入した。
足音を消し、ブランフォードは村長であるエイモンの邸宅に向かった。彼なら事情を全て話してくれるはず。
彼とは幼馴染の関係。騎士団の試験に受かった時も、彼は大喜びで祝福してくれた。
幼い頃は木剣を打ちあい、何度も夢を語り合った。
いつか世界騎士になってみせるなんて豪語していた事を思い出し、ブランフォードは力なく苦笑する。
記憶を辿り、村で一番大きな屋敷に辿り着いた。
時間も時間だ。寝静まっている頃だろう。明かりは点いていない。寝ているはずだが、屋敷からは苦しんでいるような声が聞こえた。
魘されているのだろうか。
「
ブランフォードは扉に身体をつけ、耳を澄ませる。
より音を拾う事に集中した。
『あ、ぐくッ、や、やめてくれッ……もうひと思いに殺してくれ……!」
『キュウ。キュウキュウ』
虫の鳴き声のような甲高い音と共に、男性の苦しむ声が耳に届く。
エイモンの声に安堵すると同時に、ブランフォードは既視感を抱いた。
一見、可愛らしい鳴き声。
思い出すのはリグアクアを襲った魔将――【寄喰のフラヴォリス】。
(ま、まさかな……)
確かめなければならない。自らの予想が当たっていたら最悪だ。
リグアクア王国の国軍、蒼剣騎士団でも手に余る。
それこそ世界騎士でも呼ばなければ解決できない事案だ。
ブランフォードは屋根上に登り、二階にある窓を覗いてみた。
「……何という事だ……!」
窓にかかったカーテンの隙間から見えた光景に、ブランフォードの全身に鳥肌が立つ。
木製のベッドで、身体を捩りながら苦しむ男性。彼の左腕に小さな虫が引っ付いていた。
身体は硬そうな殻に覆われ、ひし形上の口から無数の牙を生やしている。
その虫は男の腕をぐちぐちと噛んでいた。
赤い肉をそれはそれは美味しそうに。
「……レオハルト様が討ったはず……! 寄殻族の幼体……生きて、いたのか……⁉」
その声に反応して、小さな虫が窓越しにブランフォードを不気味な複眼で捉えた。