世界を守って死んだ(事になっている)最強騎士は自分の影響力を知らない   作:城之内

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第17話 本気を出さざるを得ない

 

 

 

 フラヴォリスは随分と殺気立っている。

 

 幼体を殺された事に激怒しているようだ。彼――または彼女の背から六つある剣のような鋭い突起が勢いよく伸びて、鞭のようにしなりエイモンの屋敷を貫く。

 

 破砕音と強い揺れが室内にいる二人を襲う。

 

「……ブランフォード。この村は……我々が育った村は、どうなるかな……」

 

 諦観が表情に滲むエイモンが寂しげに見つめてきた。

 

「できる限りの事はしよう……!」

 

 元騎士は震える拳に力を入れ、力強く頷く。

 窓から飛び降り、背中にあるバスターソードの柄を握る。

 

『……うふふ、たった一匹であたしに楯突こうなんて……あら?』

 

 フラヴォリスは途中で言葉を止め、頭部から生えた触角をゆらゆらと左右に振った。

 

『覚えているわ、貴方の事。確か蒼剣騎士団の団長ブランフォードよね? 何故こんな辺境の村にいるのかしら』   

 

「……この村は私の故郷だ……! そんな事より、何故お前が生きている……⁉ お前はレオハルト様に討たれたはずッ!」

 

 フラヴォリスは鎧のような甲殻に包まれた腕で四つの複眼のうちの一つを撫でる。  

 

『そうね……レオハルト……あの憎き女のせいで……こんな怪我を負い、辺境まで逃げてくる羽目になった……成体の寄殻族はほぼあたしと見分けがつかないの。一太刀でぺしゃんこになっちゃった子供達の死体に紛れたおかげで、あたしだけは助かる事ができた』

 

 こうして地中を掘ってと、フラヴォリスは背中の突起を地面に勢いよく突き刺す。

 

『【黒曜の騎士】のせいで魔王様は討たれ、更には八魔将の【断界】も死んで、あたしたち魔族は魔大陸へ帰る事もできなくなった。でもね、あたしはまだ諦めていないの。誰にも気付かれない辺境で、ひっそりと戦力を整え、魔王軍を再興してみせる。その邪魔はさせないわッ』

 

 一呼吸の内に、フラヴォリスが目前に迫っていた。

 巨体に反して、恐ろしく俊敏だ。

 

戦技(スキル)〈覇斬〉!」

 

 魔力を込めた全力の一刀は、しかし甲殻に包まれたフラヴォリスの腕に弾かれる。

 僅かに傷がついた程度で、恐ろしく硬い。

 

『怪我を負っていても、たった一人の人間に負ける程弱くはないわ』

 

 愛剣を弾かれ、体勢が泳ぐブランフォード。

 彼の頭部付近に、フラヴォリスのひし形の口が迫る。

 食おうとしているのだ。

  

戦技(スキル)〈疾風走破〉」

 

 髪が何本か食われるが、すんでのところで脚部付近に魔力を集中させ、足裏から勢いよく放出。

 

 一時的に自分が出せる限界以上の速度を出し、回避したブランフォードだったが、

 

『残念、逃げられないわよ』

 

 フラヴォリスの背中から再び伸縮自在の剣状の突起が勢いよく伸びてきた。

 尖った先端は風を切り裂き、ブランフォードを追って向かってくる。

 

 その六つの刃に対して、

 

「――戦技(スキル)〈八刀連断〉」

 

 一瞬のうちに繰り出す八つの斬撃によって、フラヴォリスの攻撃を何とか軌道を逸らして弾く。

 

 しかし本来は寸断する戦技(スキル)にも関わらず、尽く甲殻に阻まれて肉に届かない。弾くのが精一杯だ。

 

 剣とぶつかり合う敵の甲殻。

 

 火花が散り、剣の方が欠けていく。それに反して相手は無傷。

 

(怪我を負っていて……これなのか⁉)

 

 呼吸する暇もなくなっていく程に、フラヴォリスの攻撃は苛烈さを増す。

 

 伸縮自在の突起をしならせ、高速回転させてブランフォードに何度も振り落とす。

 

 頬に掠って血が吹き出る。脇腹が抉られた。剣を握る手が痺れてくる。握力が持たない。

 

『まあまあ粘ったわね』

 

「ぐはッ」

 

 フラヴォリスが攻撃して、ブランフォードが必死に弾く。その膠着は長くは続かなかった。

 

 ついに大剣が弾き飛ばされ、無手になってしまう。

 

『流石は一国の国軍のトップ。人類の中ではよくやった方よ』

 

 フラヴォリスは鋭く長い爪を持つ腕を無造作に振るった。

 その爪がブランフォードの首を刎ねる直前、

 

「――間一髪だったな」

 

 どこからともなくやってきた仮面をつけた傭兵が、フラヴォリスの腹部にある古傷めがけて背後から刺し貫いた。

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 村に侵入して早々、アレンが目にしたのは魔族と戦うブランフォードの姿。

 

 しかもその強さは並みの魔族ではない。

 世界各国を侵略していた魔王の腹心――八魔将についてまとめた資料を世界騎士は全員渡されている。

 

 その資料の中にいた一体と、目の前の魔族の姿形は非常に似通っている事を思い出した。

 

(……我が弟子ながら詰めが甘いよ、レオハルト。楽勝だったって言ってたけどさ、ちゃんと死体は確認しよう……)

 

 考えられる限り最悪だ。

 

 自分はただニートになりたいだけなのだ。

 田舎の村で、悠々自適に静かに暮らしたいだけだ。

 

 偶々辿り着いた村が、偶々生きていた八魔将に支配されている確率はどれ程なのか。

 不運なんてものではない。

 

『きゃあああああああああッ⁉』

 

 アレンの奇襲に対して、女の子のような甲高い悲鳴を上げる虫の化け物。

 

 はっきり言って気色悪い。

 腹部から血が垂れるが、それだけでは死なない事はアレンも知っている。

 

 間髪入れずに背にある鋭く尖った突起がアレンに向けて振るわれる。

 

 剣を引き抜きつつ転がって避けると、代わりにそれは地面に深々と突き刺さる。

 

 アレンはすぐに立ち上がり、呆けているブランフォードの首根っこを掴んで距離を強引に引き離す。

 

「――来てしまったか……命知らずな若者だな」

 

 どこか呆れた様子のブランフォードは、血が滲む脇腹を抑えながら苦笑した。

 

「ノワール殿、命を救って頂き感謝するが……直ぐに離脱すべきだ! 貴殿は八魔将【寄喰】が生きていた事を今すぐ中央都にまで知らせて欲しい」

 

「……やはりアレは魔将なのか」

 

「ああ、そうだ。私が何とか押さえておくから、貴殿はその時間を有効に使ってくれ。このままでは共倒れだ」

 

「……いや、ブランフォード。諦めるな、古傷を狙え。お前なら勝てる。奴を倒せる」

 

 必死に言い募るアレン。

 このままブランフォードが倒してくれないと困る。

 

 アレンが本気を出したら正体がバレる。それだけは嫌だ。それだけは嫌だからこそ、彼に倒して欲しいのだ。

 

 しかし、

 

「いや、私には無理だ」

 

 ブランフォードは悔し気に唇を噛んだ。

 どくどくと血が流れる脇腹に視線を向け、アレンも仮面の下で同じ表情をする。

 

『もう許さないわッ、なぶり殺しにしてやるッ! 集え、あたしの可愛い可愛い子供達よッ!』

 

 号令に従って、村に住む全ての者が家を出て、アレン達が戦っている広場へと向かってくる。

 

 皆、白目を剥いて、幽鬼のような足取り。

 だがその瞳からは例外なく、涙を流していた。

 

「……え、どういう状態?」

 

 思わず素になるアレン。

 

 ブランフォードは簡潔に説明した。

 

「フラヴォリスの幼体に身体を乗っ取られているのだ……ああなってしまったら、寄生している幼体ごと村人を殺すしかない……」

 

 アレンは周囲に視線を走らせる。

 

『……まだ仲間がいたなんてね。英雄ではない、ただの凡人にあたしが傷をつけられるなんて』

 

 忌々しそうに、腹部の穴をフラヴォリスは撫でる。

 その穴は徐々に白煙を上げながら治癒し始めていた。

 

 八魔将クラスの敵には、古代遺具(アーティファクト)を用いた攻撃でないとほぼ通らないのだ。

 

『まあいいわ。お遊びはおしまい。さあ、我が子供達よ。寄生先を操って、こいつらを殺しちゃって』

 

 四方を村人に取り囲まれ、目の前には余裕綽々の魔族。

 

「……私が少しでも時間を稼ぐから……! だからノワール殿、貴殿は逃げろッ――」

 

 必死の形相で前に出たブランフォードの肩にアレンは手を置く。

 

「何をしているッ、ノワール殿ッ! 急ぐのだ‼」

 

 アレンはため息を吐いた。

 

 ブランフォードも村人達も、このままアレンが何もしなければ殺されるだけだ。

 

 魔族は生き残り、再びどこかの街を強襲して悲劇を生む。  

 

 そんな未来を止めるには使うしかない。もはやアレン・ノーシュとしての力を。

 

(何より、弟子の不始末は師である俺の責任だ)

 

「――ブランフォード。そしてこの村に住まう者達よ。これから起こる事一切の口外を禁ずる」

 

「……?」

 

 ただただブランフォードは困惑した。

 村人達も幼体に操られつつ、意識はあるので内心首を捻るばかり。

 

 フラヴォリスは小馬鹿にするようにクスクス笑い、

 

『ただの傭兵風情が何を粋がっているのかしら』

 

「……粋がっているのはお前の方だ」

 

 いつの間にか、アレンの傍には紫紺の髪の可愛らしい幼女、アスモデウスがいた。

 彼女はくすりと笑い、アレンと手を繋いだ。

 

 瞬間、彼女の身体が光の粒子と化す。

 彼の手の中に、剣の形となって粒子が再構築されていく。

 

『な、何……? 人が剣に――』

 

「……大罪兵装を、お前は見た事があるか?」

 

 アレンが不敵に微笑んだ。

 顕になったその剣を見て、フラヴォリスはたまらず後ずさる。

 

『……な、なんで、なんであんたがその剣を……⁉』

 

 それは【雷殲剣アスモデウス】。

 刀身が紫紺に染まる美しい長剣。

 

 片膝をついたブランフォードが言葉を失う。

 

「……ま、まさか……貴殿は……いや、貴方様は……」

 

 【大罪兵装】と呼ばれし七つの兵器。

 

 その中の一振りを従え、振るうのは世界騎士第一席、【黒曜の騎士】と謳われる英雄アレン・ノーシュ。

 

 良く映える月に分厚い雲がかかり、雷鳴が轟き始める。

 

『ま、間違いない……! 紫電を操るその剣を……何故あんたが……⁉』

 

 後ずさり、足がもつれて尻もちをつくフラヴォリス。

 皆がアレンに対して瞠目する中、英雄はただひたすら自分が生きている事に対する言い訳を考えていた。

 

 

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