世界を守って死んだ(事になっている)最強騎士は自分の影響力を知らない 作:城之内
転移する直前の仲間達の表情を思い出すと、アレンは良心が痛んだ。
彼らは皆、アレンにとってかけがえのない友人達だ。
思い出には事欠かない。
世界騎士団第二席、ユーファリア・オベイロン――ユーファは人類連合加盟国の一つ、妖精国の王女様だ。
長命種である妖精族ながら、齢十六歳の年若い少女。その年齢で並ぶ者なしの魔法の麒麟児である。
彼女は魔法が使えないアレンに様々な魔法を見せてくれた。
アレンが驚いたり感心したりすると、普段は無表情な彼女の口角が僅かに上がり、誇らしげに胸を張る姿が可愛らしいのだ。
ただそこまで懐くには随分かかった。
(……必死に説得して何とか事なきを得たが。あの時は思いとどまってくれて本当に良かったな)
少々危うい一面を持っているが、根は善良な子だと思う。
次に脳裏に浮かぶのは世界騎士団第三席、巨人族の英雄ガヴリール。
(ガヴリールとは打ち解けるまで本当に苦労した)
今でこそ巨人族最強の英雄として輝かしいばかりの名声が轟いているが、そんな彼の経歴は異質そのもの。
元々、ガブリールは各国で最重要指名手配された悪逆の限りを尽くす盗賊団の一員だった。
他人の命を奪う事に何の躊躇も持たず、頭目に従うだけだった殺戮人形の彼に感情を覚えさせるのは酷く苦労した。
殺した人間にも愛する家族がいる事を教え込み、最後はガブリール自身の意思で頭目に反旗を翻し見事討ち取った。
罪の意識に苛まれる彼を助命させたのは本当に偶々である。
(……あの盗賊団の中で唯一投降してきたから生かしただけで、深い意味はないんだよね。感情を取り戻してからは何やら俺の知己の貴族を盗賊時代に殺してしまった事を謝っていたが、その貴族は夜会で会う度に難しい政策を語ってくる人だったから苦手だったんだ)
結果から言えば、彼を生かした事で多くの国々が救われたはずだ。
続いて思い出すのは世界騎士第四席、深紅の髪を持つ煽情的な肢体の褐色美女。
(ラヴィリアは
女しか生まれないという何とも不思議な種族特性を持つが、その気性は荒く激しい事で有名で三度の飯より闘争を好む。
テミスキュラ闘国。種族繁栄の為に連合王国側に男を所望する代わりに、傭兵のように武力を提供している国家だ。
血統は関係なく、最強の者が女王になる。
そして世界騎士の一員のラヴィリアは現女王であり、刀術の天才だ。
その類まれな武力で彼女は女王の座を確実なものにした。
しかし、戦いは本人曰く好きではないらしい。
アレンが闘国に任務で来訪した時は、将来の夢はお嫁さんという何とも可愛らしい未来を思い描いていた少女だった。
同族からは散々軟弱だと馬鹿にされ、虐められていた。
ただアレンの眼には種族では異質とされる彼女こそが平凡に映った。
(……逆に大半の
男は弱い生き物。種族繁栄の為の道具でしかない。そう遺伝子に刷り込まれているのだろう。
意見は全く聞いてくれないし、手を貸そうとしても『男の力等いらん!』と全力で拒否される。
それに比べればアレンと普通に会話してくれるラヴィリアは天使に見えてくる。
余談だが数か月前に任務で一緒になった時、その街の領主の館でトマの実という紅い果実を使った料理を食べ過ぎて吐いたところを見られてしまい、それ以来何となく気まずい関係になった。
彼女は泣く程酷く動揺していた。恐らくは体調管理もできないのかと幻滅したのだろう。
アレンは【世界騎士】のリーダーとして、情けない姿を晒してしまった事を後悔していた。
四人目に思い起こす仲間は
薬の匂いを常に纏わせた小人族の姿だ。
ノーゼス・メギストス。
彼は錬金術の天才である。
『小人族は非力だから、このくらいやらないと君たちには並び立てないんだ』
そう言って自身を実験材料に使い、身体を金属生命体に変えた彼の覚悟には驚かされた。同時に取り返しがつかない事をした彼をアレンは本気で嘆いた。
(英雄としての力を得る事と引き換えに、彼はエッチができない身体になってしまったんだ。もう子孫を残せない。いや、金属生命体だから分身はいっぱい残せるけど。でもエッチはできなくなったんだ。インポテンツとかの次元じゃない。本当に悲しくなった)
もう彼の前では下ネタが使えない。いや、元々そんな話をするつもりはないが。
とにかくそこまでして力が欲しかったのかと。その苦しみに気付いてあげられなかった自分が情けなかった。そう言うと、ノーゼスは眼を見開きながらいつまでも呆けていた。
そして最後。記憶を思い返す時間はこれで終わりだ。
世界騎士団第六席。獣人族の英雄レオハルト。
全身、鎧に身を包んだ白銀の騎士。
彼女との日々はより鮮明に思い起こせる。
アレンが名付け親になった愛弟子。
出会った当初は少年だと思っていたので、男らしい名前を付けてしまった。
しかし後々少女と判明して本当に申し訳なかった。
『……アレンも間違う事ってあんだな?』
純真な瞳と共に心底意外そうに言われた言葉を覚えている。
彼女の出身である獅子族は獣人族の王とも謳われる屈強な種族だ。
しかし、その生まれは決して上等なものではない。
彼女は親の顔を覚えていない。
とある街の貧民街で生活していた戦争孤児だったレオハルトは八歳の時に奴隷商人に捕まった。
売り飛ばされた先は非道な人体実験を行い、数々の事件を引き起こした魔導学者の元だった。
そこで彼女は悍ましい人体実験を受けた。
(だが、世界の全てを呪う憎悪に支配された子供が……今や立派な英雄だ)
五年前、任務で訪れた街でレオハルトと出会ってから、彼女はアレンにとって妹であり弟子であり、そして仲間となった。
昔とは打って変わって、その精神も成熟した。
もう自分の手を借りずとも生きていけるはずである。
仲間達はきっと、自分が死んでも変わらない。
今まで通り、この世界を守ってくれるはずだ。
(この魔王討伐を最後に、アレン・ノーシュの役目は終わる。俺は死ぬんだ)
絶対的な力の化身たる魔王を前に、アレンは既に覚悟を決めていた。
ただしそれは肉体的な死への覚悟ではない。
「――んじゃ、さっさと殺っちゃうね?」
『ちょ、ちょっと待てッ、頼むから待つのだッ、アレン⁉』
魔王の酷く重厚な低音から情けない言葉が紡ぎ出る。
見渡す限り瓦礫の山と化した邪眼城。辺りの地面からは高温で熱せられた影響で赤熱した瓦礫が溶け、蒸気が空へと昇る。
アレン以外の【
黒衣の騎士の前には両手両足を寸断され、芋虫のように地を這っている邪眼王ガイヴィスが転がっていた。
アレンは無表情で首を捻りながら愛剣を喉元に添える。
「待っても現実は変わらないぞ、魔王」
『……い、一瞬の事だった……我さっきまで圧倒的優勢であったはず』
「そうだな」
『何故こうなった? 何があったのだ?』
「見えなかったか。俺が本気で剣を振ったらこうなった」
『……?』
邪眼王は山洋の顔面に無数にある眼をパチパチと何度も瞬きしたまま硬直した。
『何を言っているのだ?』
「つまり俺は今まで本気じゃなかった。本気出したらお前はこうなった。理解できた?」
アレンの無情な宣告にガイヴィスの表情が引きつる。
『き、
「……どういう意味だ?」
その言い方だと人類国家の盟主国たる神聖皇国が魔王の強化に協力していた、そんな風に受け取れてしまう。
だがあり得ない事だ。何故五年間も戦争してきた魔族に協力するというのか。聞き間違いだろう。
『そ、そうかッ、分かったぞ! その絶大な力の源ッ、貴様寿命の大半を【雷殲剣】に注いだのだろう⁉』
その瞬間、アレンの表情が歪む。
『は、ははッ、やはりそうなのだな?』
「いや……その……」
『なるほど、そうなると我と共に貴様も死ぬ定めか。哀れな、やはり筋書き通りか。貴様さえ死ねば後はどうにでもなる。いつの日か必ず魔族の世はやってこよう』
得意げに口角を上げるガイヴィスに対して、アレンは口をへの字に曲げながら続けた。
「……まあ言ってもいいか。どうせ死ぬし」
『……?』
「実はアスモデウスに吸い取られるの寿命じゃないんだよね。性欲なんだよ」
『……は?』
「でも性欲を吸い取られて凄い力を引き出すってかっこ悪いじゃん? 寿命だとなんかかっこいいじゃん?」
『……』
「ごめん。お前と違って俺天寿全うできるんだわ。じゃ、そういう事で」
アレンが止めを刺そうと剣を振り上げた瞬間、魔王が必死に声を荒げた。
『ま、待て待て待てッ! というかアレン、貴様口調が変わってないか!?』
「今までは理想の英雄としてクールでミステリアスな騎士を演じてただけ。素は適当で面倒臭がりなただのイケメンだから」
それじゃあ遺言は受け取ったとばかりにアレンは躊躇なく剣を振り下ろすが、魔王は身を捩って角で何とか斬撃を受け止めた。
『おい、あっぶなッ、今殺す気だっただろ!? いいかアレン、この邪眼城には我が死ぬと天空で爆砕する暗黒呪法を仕掛けてある! その威力は我も想像を絶する――』
「それは良い!」
アレンは歓喜した。
逆にガイヴィスは全ての眼を見張る。
『な、何を喜んでいるのだ!? き、気持ち悪いッ!?』
特級の化け物に引かれて、ちょっとショックを受ける。
「いやだって、相打ちになった事にするにはもってこいの仕掛けなんだもの」
元々、アレンはこの戦いで自分の死を偽装する計画を立てていた。
だから仲間達がいる手前、本気を出さなかった。
(もう疲れたんだ。英雄で居続けるのは……)
常に期待され、頼られ、大陸の守護者であり続けるのは。
常に理想の騎士、英雄として皆の見本として振舞うのは。
式典の最中に突発的に尻が痒くなっても掻けない。
夜の街に遊びに行きたくても人の目があるから行けない。
夜会とかで貴族が政策に関する小難しい話をしてくる度に馬鹿がバレないかヒヤヒヤする。
そして何より休みがない。当たり前だが忙しいのだ。
清廉潔白、頭脳明晰、欠点のない完全無欠の英雄を演じ続けるのは疲れてしまった。
(俺なんて偶々戦いの才能を世界で一番与えられただけの一般人なんだよ。もう嫌なんだよ、塔と戦場を往復するだけの時間は)
アレンはまだ二十二歳だが、もう一生分稼いでいる。
辺境の小さな村にでも移り住んで、悠々自適な生活を送りたい。ニートになりたい。誰に何も期待されずに一日中惰眠を貪りたい。
世界征服を目指した魔王を倒したのだから、世界は平和になるはずだ。もう
「――お前を殺す事が俺の最後の任務だ。アレン・ノーシュはガイヴィス、お前と相打ちになってここで共に死ぬ」
『待てッ、我を殺しても平和など来ないぞ!? 戦争は決して終わらんッ、所詮、人類は古代の時代から領土の奪い合いを続けておるのだからな⁉』
「……何を言っているんだ。魔王を倒したら魔族達と争う理由なんてなくなるだろ。悪いけど、俺は何が何でもお前を殺さなきゃならない。師匠の仇だし、何より他の【世界騎士】じゃあお前を殺せないだろうしね。お前を殺して初めて俺はニートになれる」
『そんな理由で魔王を殺すの⁉ いや、待て! 本当に命だけは、命だけはどうか! 我には娘が――』
「ごめん、興味ない」
アレンは躊躇なく魔王の首を斬り飛ばした。
その最期は実に呆気ないものであった。
血を振り乱しながら呼吸を止めた山洋の怪物の首がぽとりと落ちた。
ぴくりとも動かない巨大な死体を見下ろし、アレンが愛剣を鞘に納めた数秒後。
その死体を中心に、突如として邪眼城全てを飲み込む程の巨大な漆黒の魔法陣が展開された。
「……苦し紛れの嘘ではなかったわけね。急がないとな」
魔王の言う通り、天空に浮かぶ邪眼城を支える大地が鳴動し始めた。
視界の全てが閃光に包まれる前に、アレンは邪眼城からの脱出を試みる。
魔法陣の規模から言って、その威力はとんでもない事になりそうだがアレンは呑気に笑みを浮かべていた。
この時、彼は未来に広がる新たな人生に浮かれて全く気付いていなかった。
仲間達がどれほど自分を慕っていたか。想っていたか。
英雄の死(偽装)が、新たなる大事件を次々と大陸に引き起こす事になるとは全く思っていなかった。