世界を守って死んだ(事になっている)最強騎士は自分の影響力を知らない 作:城之内
八魔将の討滅を完了したアレンはアスモデウスを鞘に納めた。
周りには言葉を失った村民達が一様に熱い眼差しでこちらを見つめている。
もはや正体はバレた。それも仕方ない。
彼らを救う為には、アスモデウスの力を使うしかなかった。
(アレン。今のでストックが尽きたのじゃ)
(……そう、分かった)
アスモデウスの力――〈
魔法が使えないアレンでも、ほぼほぼ魔法のような力を行使できる。
その代わり、代償に性的興奮が要求される。
世界騎士として数々の夜会に来賓として招かれた時、多くの美姫から踊りやエスコートを頼まれても、決して鼻の下を伸ばしたりせずに冷静でいられたのはアスモデウスのおかげである。その都度吸収してくれていたのだ。
(いや、今はそんな事はどうでもいい。問題はこの状況をどう切り抜けるか、だ)
「……ア、アレン様……」
ブランフォードが声をかけてきた。緊張しているのか、酷く神妙な面持ちで。
「……何だ」
「……ありがとう、ございます……この村を救って頂いて」
あの快活さは鳴りを潜め、随分と大人しい。彼はアレンの眼の前で片膝をついて、臣下のように畏まった。
その様子を見て、村民達がこそこそと話し合い始める。
「……やはり本物、なのか……?」
「……見たろう、あの美しい雷を」
「……でも、アレン様は……亡くなったはず……」
どうやら村人達の動揺は激しいようだ。
しかしアレンも負けじと動揺していた。
何故亡くなったはずのアレンが生きているのか。
これからたくさんツッコまれるはずだ。質問攻めされた時に、何と言えばいいか。
世界騎士辞めてニートになりたかったんですなんて絶対言えない。
冷や汗が流れる。アレンは今、魔王戦に挑む時より緊張していた。
(……ここは追及される前に煙に巻こう。うん、それがいい)
「……ブランフォード、ここにノーゼスから貰った薬がある。村民全員に配給するから手伝ってくれ。魔族に食われた手足や目なんかもこれで元に戻ると思う」
村民達からどよめきが起こった。
「……治るのですか!?」
「……ほ、本当に?」
「やった、やったねッ、お母さん!」
目を見張る青年や抱き合う親子、喜んで飛び上がる子供達に対して、アレンは静かに頷いた。
世界騎士の一人であるノーゼスは元々身体を液体金属化する前までは錬金術師として戦線を支えていた。
彼が作る
だからとんでもない量余っているのだ。
いつの間にかアレンの肩の上にいた精霊獣――
その姿にブランフォードは目を瞬いた。
「……気難しい精霊獣が……あんなにも従順に……」
「さあ、早くしろ、ブランフォード」
追求されだす前に、行動あるのみ。
「……か、かしこまりました! アレン様ッ、皆聞いた通りだ! 一列に並んでくれ‼︎」
そうして村の広場はたちまち人で溢れた。
瞬く間に、安堵と活気が広がった。
* * *
村人全員に薬を届け、五体満足の身体を取り戻すと笑顔が弾けた。
同時に、恐怖から解放された嬉しさからか涙が流す者が大勢いた。
その頃には朝日が昇り始める。
ブランフォードは瞳を細めた。
村の子供達が頬を上気させ、手を嬉しそうに太陽の光に照らす。
取り戻した手足で、元気いっぱいに駆けながら。
「俺、握手してもらった!」
「あたしもッ!」
「……かっこよかった、アレン様……」
「聞いて聞いて! 俺なんか今度剣教えてもらえる事になったんだぜ⁉」
昨夜まで、恐怖で震えていた子供達の顔色は明るい。
彼らがキャッキャと騒ぎながら、ブランフォードの前を走って横切った。
「喰らえ、スキル、せんはちじゅうはちとうれんだん!」
「ぐわーッ」
早速、木の枝を拾って剣に見立て、ごっこ遊びに興じている。
彼らの背が遠ざかっていくのを静かに見守る。
違う場所では婦人方が身体をくねらせていた。
「あたしなんか、手の甲にキスして貰ったわ……」
「えっ、ず、ズルい……わ、私も戻ってお願いしようかしら……いや、でも夫に悪いわよね……」
その他にもサインを書いて貰っただの、ハグして貰っただの。
皆、寄殻族から受けた傷を癒すためにアレンの元へ行ったはずが、何故か違う話題で村中が持ちきりだった。
それも仕方ない。
世界騎士とは人類の守護者であり、天下無敵の英雄だ。
その中でアレンは最も人気である。
御伽話はいくつも作られ、本として発売され。絵画になり、像が造られている。
簡単に言えば世界で一番有名なスターなのだ。
しかも魔王と相打ちになってまで世界を救ったのだから、その死後も人気は衰えるどころか上がるばかり。
いや、死んでいなかったのだが。
「しかし何故アレン様は……その、皇国に戻らないのか……」
「……何か深いお考えがあるのだろう……」
「……でも、世界騎士としての地位が……このままじゃあ違う人になっちゃうぞ。確かヘル何とかって人が次の候補だとか何とか……」
村の男手が話している内容は、ブランフォードも同じように疑問に思っている事だった。
生きていることを秘密にしてまで、世界騎士に復帰しないのは何故なのか。
「まあでも、良かったよ。こんな小さな村に世界騎士様は来てくれねえからな。偶々アレン様が立ち寄ってくれたおかげで――」
ブランフォードははっと目を大きく見開いた。
そんな折、村長のエイモンが背後からやってきて、ブランフォードの背を叩いた。
「……考えごとかい?」
「あ、ああ……エイモンよ、私はアレン様の大いなるお考えに気付いてしまった!」
今は村にある空き家で身体を休めている英雄を想う。
「アレン様のお考え?」
「ああ、そうだ。薬にしても準備が良すぎると思っていた。そして、世界騎士という立場では、世界会議で王達の承認がない限り出動できないのだ! つまり現制度は、その大きすぎる武力を十全に活かしているとは言えない状態だ‼」
危険度による出撃の可否。その最終的な決定は世界各国の王達の投票によって決まる。
それは一国の軍隊をたった一人で凌駕する超戦士達を自由にさせない為に、ある種の枷としての側面もあるのかもしれない。
「だからこそ、アレン様は立場をお捨てになったのだッ! この村のように、小さな村にも立場を捨てれば駆けつけられる……世界騎士としては救えない者達に手を差し伸べる為に……敢えて皇国には戻らないという選択をした!」
エイモンは目を大きく見開いた。
「……名声や……英雄としての地位を捨ててまで……弱き者達を助けようと……」
「ああ。だからこそ我々に口外を禁じたのだ‼ 生きている事がバレたら、再び世界騎士に復帰することを余儀なくされる。だから自分は死んだままで良いと……!」
熱が入ったブランフォードの声はほぼほぼ叫びであり、周りの村民の多くの耳に届いた。
生来の声の大きさが遺憾なく発揮される。
「何という事じゃ……やはりあの方こそ本物の英雄……」
老婆の一人がアレンが滞在する空き家に向かって祈りを捧げた。
「……アレンしゃま、しゅごい……」
「……魔王を討った後も尚、人を救うために……しかも無報酬でとは。どこまで人の為に生きるおつもりなのか……」
老若男女問わず、アレン・ノーシュの決断に驚き、涙した。
当の本人は今も空き家で言い訳を考えている事は誰も知らない。