世界を守って死んだ(事になっている)最強騎士は自分の影響力を知らない 作:城之内
レオハルトは一人で五つの街を救っているらしい。
到着するまで時間がかかるとかで、アレンは用意された客室でもてなしを受けた。
まずは食事である。
宅の上に用意された食事にアスモデウスが目を輝かせる。
保存食である山菜やキノコの漬物に、街の名産品だという雪猪という野獣の肉を使った熱々のシチュー。
そしてトロトロのチーズがたっぷり上に乗ったトースト。
レオハルトと会う緊張で食事どころではないと考えていたアレンだったが、椅子の上に立ったアスモデウスがトーストのチーズを天井まで伸ばしながら食べる様を見て、盛大にイラっとしつつ食欲が湧いてきた。
「なんじゃ。お主も食うのか?」
「……ログ村ではフラヴォリスが暴れた直後という事もあって歓待を受ける暇はなかったから。そういえば盛大に腹が減ってるなって。というか何で君は剣なのに食欲があるの?」
「だから、わらわは剣じゃなくてこの姿が本当の姿なのッ」
ほっぺに手を当て、トーストを美味そうに頬張るアスモデウスは随分と呑気で羨ましい。
「……もしレオハルトに正体がバレたりしたら何て言われるか……共闘する上で、実質俺はアスモデウスの力――〈
「わらわの有難みを知る良い機会じゃな」
「俺の身を心配してくれ」
「……誰がお主の心配なんぞするか。というかどうせもう使えんぞ。ログ村の人妻相手にハグや手の甲へのキスで生じた性的興奮は雪山で遭遇した人工英雄に対して使った事で消費され、もう使えんし」
「……それはそうだけど」
ちゃっかりファンサービスの最中に興奮していたアレン。
相手から来たので別にセクハラではないし、そもそも同意の上の行動だ。
だが何となく気まずいので、彼は食事に集中する事にした。
仮面を傾け、口元だけ露出してシチューを口に運ぶ。
温かくて滑らかな味わいが口の中にじんわりと広がり、身体の芯に染みわたる。
美味い。
「そもそも
「……いや、でもあれ反則過ぎて申し訳ないというか」
「アレン」
再びチーズを天井まで伸ばして遊びながら、アスモデウスは酷く真面目な表情で続けた。
「この街の首長は三人の人工英雄が王都に侵攻していると言ったが、皇国の目的は王都ではない。レオハルトの身柄じゃ。王都を攻める事で、レオハルトをおびき寄せるつもりなのじゃろう」
「……つまりはこのままだと皇国の思うつぼだと?」
「うむ。もし三人を倒しても、決して気を抜くな。リグアクアの騎士が言っていたじゃろう。討伐隊の長はヘルミスだと。奴が今どこで何をしているのかは分からん。だが少なくとも奴を倒すまで獣王国の危機は終わらない」
アレンは仮面の下に手を突っ込み、頬を掻いた。
倒すのは恐らく可能だ。ヘルミスが世界騎士にならなければアレンが負ける可能性もあった。だが、なった時点で負けない。
意味が分からないと思うが、そういう能力なのだ。
そしてもし倒したら、一応王都を救ったという事になるので獣王とも会うだろうし、姫君や王子達とも対面してしまう。
アレンはため息を吐いた。何だか最近、世界騎士時代と同じ程度に頻度が増えてきた気がする。
いつになったらニートになれるのか。職業:英雄をいつになったら辞められるのか。
このままノワールとしても名声を上げ続ければ、今度はノワールが世界騎士に選ばれかねない。
そんな未来を想像して、アレンは再びため息を吐いた。
アレンがどれほど嘆いても時の流れは止まらない。
夜になり、満天の星空が広がっている。
街人総出で出迎えたのは、黄金の体毛を持つ獅子の身体に鷲の翼と頭部を持った王たる獣、グリフォンである。
雲の隙間から、月明かりに照らされて見えた瞬間、歓声が巻き起こった。
翼をはためかせるだけで、地上にまで風圧が届く。
鋭く尖った隻眼のグリフォンの背には全身に甲冑を纏った戦士が乗っていた。
英雄の登場である。
首長の屋敷前に、呼ばれて駆けつけたアレンはコハクの隣で空を静かに見上げた。
いよいよ再会する。でも吐きそうだ。
とは言え、おくびにも出さない。内心の緊張を悟られないようにする。
グリフォンはゆっくりと着地し、その背から小柄な人影が降りた。
その姿を間近で見たコハクや部下達は出迎えの言葉も忘れて立ち尽くした。
銀色に輝いているはずの鎧が全身、血で真っ赤に染まっていたのだ。
激戦の痕を色濃く感じられる。
「……レ、レオハルト様……お怪我は?」
「ねえよ、全部返り血だ」
兜の奥から睨まれ、コハクは慌てて頭を下げる。
口調は乱暴だが、声は女性的で可愛らしい。
しかしアレンは彼女の雰囲気の変化を如実に察していた。
前はもっと柔らかい雰囲気だった。
まるで抜き身の刃のように常に殺気が漏れている。
「……てめえが英雄擬きを倒した傭兵か」
レオハルトがアレンに気付いてずんずん近付いてくる。
初対面の印象が肝心だ。意を決してアレンは口を開く。
「……初めましてだな。俺の名はノワール。リグアクア王国から来た傭兵だ。獣人族の英雄と共闘とは心強い。よろしく頼――」
握手のために持ち上げた手をレオハルトは手の甲ではたき落とした。
「誰もてめえなんか当てにしねえ。良く知りもしねえ奴に背中を任せられるか。だが、連れて行くからには役に立てよ。せめてオレの盾くらいになれ」
「ああ。勿論だ」
変声の仮面の影響で、声が変わっている事もあって全く気付かれていない。
安堵しつつアレンが即答すると、レオハルトはしばらくじっと眺めてきた。
全身甲冑姿の為、どこを見られているのかよく分からない。
「……レオハルト様、ノワール様は信用に値するお方です。この方は山一つを消し飛ばした人工英雄を無傷で倒されました。リグアクア王からのお墨付きもあります。我々の、そして貴方の味方です」
コハクが間を取り持つような言葉を並べるが、レオハルトは無視して背を向けた。
「……数分前に王都から連絡が入った。三人の英雄擬きは侵攻速度を急激に緩めたと。恐らく王都付近にある村に立ち寄っているのかもしれねえ。早く行くぞ。ただし、ライゼルは認めた奴しか背中に乗せねえ。足にでも掴まってろ」
「分かった」
のしのしと巨大なグリフォン――レオハルトのペットである精霊獣が近付いてくる。
彼女とも久しぶりの再会である。
隻眼のグリフォンは歴戦の風格を感じさせる。随分と厳めしい面をしていた。
確かに気位が高く、認めた相手しか寄せ付けないのはその通りだ。触ろうとした子供を威嚇し、泣かせた事は数知れない。
だがアレンは世界騎士時代、ライゼルを良く撫でていた。レオハルトと任務を共にした時はふかふかの羽毛に顔を埋めたり、獅子の身体を枕替わりにお昼寝していた。
そのライゼルがアレンを見下ろし、顔を近付けてくる。鋭い鷲の鉤爪がアレンに向けて横凪ぎに振るわれた。
「――はッ、どうやらてめえの事は嫌いなよう……え?」
「ちょ、え?」
次の瞬間、アレンはライゼルに抱き着かれていた。鉤爪をアレンの背に回し、ぎゅっと自分の羽毛を押し付けてくる。
ほぼのしかかられている状態だが、それは誰が見ても愛のある抱擁だった。
ライゼルの片方しかない瞳から大粒の涙がぽろぽろと落ちる。
「――クルルル、クルルルッ」
会いたかった。会いたかったよ。
そんな言葉が聞こえそうな程に強く抱きしめ、ライゼルは舌でアレンの仮面や首筋をペロペロ舐めてくる。
(ば、バレている……俺の完璧な変装が……バレているだと!?)
内心、アレンは酷く動揺していた。
精霊獣には分かるのだろうか。
良く分からないが、ライゼルには見事に正体がバレている。
凍り付いた空気。レオハルトは言葉を失い、コハクや彼の部下達も目を瞬かせている。
ライゼルだけが嬉しそうに鳴くこの状況。唯一、喋れないのが不幸中の幸いか。