世界を守って死んだ(事になっている)最強騎士は自分の影響力を知らない 作:城之内
仮面から首筋を舐め終わり、続けて髪の毛を甘噛みし始めたライゼル。
甘噛みとは言っても、上位の精霊獣のそれは一般人だったら頭蓋骨を砕く威力がある。
このままではハゲるからやめて欲しいとは思いつつ、アレンは抵抗せず身を任せた。
涙を流して再会を喜ぶ彼女に罪悪感と嬉しさを半々ずつ感じる。
アレンもまた、久しぶりにふわふわの羽毛の感触と温かさを感じて癒された。
ただすぐにそんな場合ではないと我に返る。
「……何で泣いてやがる……何が悲しいんだ……」
呆然としながらも、レオハルトは近付き、ライゼルが溢す涙を手で拭う。
「クルル、クルルル!」
違うよ。悲しいんじゃなくて、嬉しいんだ。
器用に首を左右に振り、ライゼルは嬉しそうに鳴く。アレンの髪の毛をむしゃむしゃと噛んだまま。
「意味が分からねえ……今までライゼルが初対面でなついたのは……オレとあの人だけなのに……」
ヤバい。
(……あの人って完全に俺の事です)
アレンの背に冷や汗が流れる。
そもそもライゼルと最初に出会ったのはアレンなのだ。
世界騎士時代。アレンは魔王軍の相手をしながら、多忙な合間を縫って各国の王からとある任務を言い渡された。
任務内容を要約すると、【エニグマ】と呼ばれる組織が行なっている精霊獣の乱獲を止めて欲しいといったものだ。
各国の軍や騎士団が魔王軍相手に駆り出された結果、その分犯罪者達を取り締まる者がいなくなる。
だからこそ、人魔大戦中は犯罪数の増加も深刻な問題だった。
精霊獣は神聖な生き物だ。国によっては崇められている地域もある。
そんな彼らが静かに暮らす森に、密猟者が出入りしているとの報を受けて、駆けつけたアレンはそこで傷ついた一体のグリフォンと出会った。
弟子であるレオハルトと一緒に手当てをして、それから希少なグリフォンを捕らえようとする
だからこそ、ライゼルはアレンとレオハルトだけに心を許しているのだ。
「……驚きました。しかし少なくとも、力ある精霊獣が気に入るのは強さと善なる心を持ち合わせた勇者のみ。レオハルト様、ノワール様を信じられてはどうでしょうか」
目を丸くしたコハクが感心と尊敬を持ってアレンを見つめた後、優し気にレオハルトへ伝えた。
「それは……そうだが……」
言い淀んだレオハルトはライゼルの獅子の身体を撫でながら、
「……こんな奴になつくなよ、ライゼル……何で、そんな……まるであの人に会えた、みたいにッ……」
レオハルトは兜の部分に逆の手を添えた。
彼女の肩が震える。
泣いているのだろうか。
……恐らくアレンと同様、一体と二人で過ごした始まりの任務を思い出しているのだろう。
まだバレていない。
怪訝に思ってはいるが、そんなはずはないと心の中で否定しているギリギリの状況か。
そんな折、首長の屋敷前に降り立ったレオハルトを一目見るために集まった街人達の中から子供達が走り寄ってきた。
「レオハルト様、泣いてるの?」
「血だらけだし、どこか痛いの? 怪我したの?」
「レオハルト様をイジメないで!」
「仮面の騎士様、レオハルトさま泣かせた?」
子供達はレオハルトを取り囲む。子供の一人はアレンから守るように両手を広げて立ちはだかった。
「な、泣いてねえよ! オレが泣くわけないだろ‼︎」
レオハルトは酷く狼狽しながら邪険にするが、それでも子供達にくっつかれてたじたじになっている。
「――ノワール様。どうかレオハルト様をお願いいたします」
「……素直じゃありませんが、我々を守ってくれる優しいお方なのです」
集まった大人たちからも深々と頭を下げられ、アレンは頷きを返す。
レオハルトは先ほどまで随分と殺気立った様子だったが、今は抑えられている。アレンは獣王国の民に慕われている弟子の様子に心が温かくなった。
皇王を殺した彼女が獣王国に来たのは、この国なら無条件で匿ってくれると信じていたからだ。
この地の民はレオハルトを守り、そしてレオハルトもまた民を守ろうと尽くしている。
「……クルル?」
傍で、仮面を取ろうとしてくるライゼルを躱し、彼女の首をアレンはわしゃわしゃと撫でる。
すると、ライゼルは気持ちよさそうに目を細めた。
「――つうか早く行かねえとッ、おら、さっさと乗れよッ!」
「ああ。行こう」
返答しながら、アレンは覚悟を決めた。
皇国から、この国の民を。そしてレオハルトを守り抜くと心の中で誓う。
例えその結果、自分の正体が露見したとしても。
本日二度目の空の旅。
今度は紫紺の髪の幼女とではなく、獣人族の英雄とである。
空を流星の速度で進むグリフォンは黒竜ジオフリード程身体が大きくないが、彼よりも乗り心地は良い。
硬い鱗ではなく、フカフカの獅子の体毛なのだから当たり前だ。
ただ、気まずい。激しく気まずい。
「……おい、あんまりくっつくんじゃねえッ、この境界から先がオレが座るところで、尻の部分がてめえだ」
「……いや、狭すぎる。落ちるから俺」
ライゼルの周囲は風の膜で保護され、然程風圧を感じない。
とんでもない速さで飛行しながら会話に支障はなかった。
ただ鞍がないため、乗っている者は自分の筋力と体幹で落ちないようにしなければならない。必然、乗る位置が重要になる。
「クルルルルルッ!」
喧嘩しないで。
まるで仲裁するように鳴き声を上げるライゼル。
「……何でこんなに好かれてんだよ……」
納得いかないのかブツブツ文句を言うレオハルト。兜の下は恐らく頬を膨らませている事だろう。
「……昔から、精霊獣には好かれる体質なんだ。俺もペットを一体飼っていてな」
アレンは懐から体格が良い蛙の精霊獣――ボヨちゃんを取り出した。
ボヨちゃんは意外と最近ペットにした精霊獣だ。
相棒であるジオフリードは仲間達どころか世間にすら知れ渡っているが、ボヨちゃんの存在は世界騎士の仲間達も知らない。
「……な、何だこのブサ可愛い蛙は!」
ボヨちゃんを前にして、レオハルトは明らかにテンションが上がった。
レオハルトは野獣や精霊獣が好きなのだ。
前に座るレオハルトは身体の向きを変え、アレンと対面になる形になる。
「ゲコッ」
レオハルトはボヨちゃんを両手で持ち上げ、身体を揉みこむ。
ボヨちゃんは迷惑そうにしているが、レオハルトは気にしない。
「尻も腹もボヨボヨしてるぞッ、食いしん坊なのか?」
「そうだな。
「へえ……便利な奴なんだな。というか揉むの癖になるな」
「そうだろう」
しばらくレオハルトは揉んでいたが、はっとした様子でボヨちゃんを突き返して再び前を向く。
「……てめえとはどうせこれっきりなんだ。慣れ合うつもりはねえからな」
「……」
散々揉んだ後、キリッとしても遅いなと思いながらアレンは仮面の下で苦笑した。
とは言え、ボヨちゃんのおかげで僅かに仲良くなった。
共闘する上で、少なくとも敵諸共に攻撃される事はなくなったかもしれない。