世界を守って死んだ(事になっている)最強騎士は自分の影響力を知らない   作:城之内

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第3話 魔族を許さない

 

 

 

 巨人族の英雄ガヴリールは鮮明に覚えている。

 

 彼は最初、アレン・ノーシュと敵として出会った。

 

 あの時、宵闇と共に降りてきた青年は死神のようだったが、今考えるとガヴリールにとっては光をもたらす天使でもあった。

 

 数年前、頑強な巨人族という種族由来の力を持って他者を殺し、金品を略奪して回っていたガヴリールは【黒曜の騎士】に歯牙にもかけずに負けた。

 

 様々な種族が集まり、結成された世界最強最悪の盗賊団【エニグマ】。

 

 ガヴリールは赤子の時、金を欲した両親に売られて組織に入った。

 巨人族という近接最強の種族にして、英雄核(ブレイブ・コア)を宿していた事が災いした。

 

 この世界の全ての生き物には魔力核(マナ・コア)と呼ばれる特殊な器官がある。

 魔力が溜まる貯蔵庫であり、様々な形の違いによって戦い方や能力が変わる。

 

 戦闘に置いて最重要とも言える器官である魔力核(マナ・コア)の中でも、英雄核(ブレイブ・コア)は特別でより強力な力を持つ。

 

 誰しもが持って生まれるわけじゃない。

 

 選ばれた者のみに与えられる極めて強力な力。

 

 現世界騎士(ワールド・ナイト)の全員が英雄核(ブレイブ・コア)持ちである事から、英雄への切符とも言われている。

 だから、ガヴリールは高値で売れた。

 

 閑話休題。

 

 ガヴリールが初めて人を殺したのは三歳の時だ。

 頭目には力こそが正義だと教えられた。

 

 ガヴリールはその教えを成人するまで信じ、五年前のあの日も自領を魔王軍に滅ぼされ、領民達と逃げる神聖皇国の貴族を襲撃した。

 

 しかし、そこで奇妙なものを目にした。

 

 その壮年の貴族には娘がいた。彼は娘と領民を逃がすと、死にもの狂いで抵抗してきた。

 両腕を捥いでも貴族はガヴリールの首に噛みついてきた。歯を叩き折ったら、今度は頭突き。

 

 明らかに致死量の傷を受けているのに、その貴族は倒れなかった。

 

 それでも実力差は明白。必死の抵抗の甲斐なくガヴリールに傷はなかった。

 だが、何故だかその時の貴族の表情が脳裏にこびりついて離れない。

 

 自分の死は確定しているのに、娘や領民達が逃げるその姿を瞳に映し、満足そうに笑ったその顔が。

 

 初めて、ガヴリールは逃げる娘や領民達を追わなかった。

 しかし盗賊団の仲間達は違う。

 

 殺しに行こうとする仲間達の足は止まらない。直ぐに追いつき、聞こえる悲鳴から何となく目を背けていると、肌にそよ風を感じた。

 

 数秒後、それは暴風になり、竜巻になった。

 そして竜巻の中心から漆黒の竜が降りてきた。

 

『……遅かったか』

 

 竜の背には黒衣の騎士が乗っていた。

 

 目を伏せ、悲しみを宿したその双眸。傍目からは弱々しく見えるが、その佇まいは鳥肌が立つ程隙がない。

 

 仲間達は彼に挑んだ。

 

 そしてなすすべもなく皆が血の海に沈んだ。小さな街なら滅ぼせるレベルの犯罪者達が一人の騎士を相手に何もできなかった。

 

『降参ダ……』

 

 それを目にしたガヴリールは戦わずに潔く首を差し出した。

 

 黒衣の騎士、アレンは剣を腰の鞘に仕舞い、何とガヴリールを殺さなかった。

 

『何故殺サナイ?』

 

『……嵐巨獣(ベヒーモス)。そう呼ばれるお前の経歴を知っている』

 

『……』

 

『お前は生かす。これから感情を知って、人の為に戦え。今まで奪ってきた数以上の命を救え。それが、お前に対する罰だ』

 

 ガヴリールはその日、もう一度生まれた。

 これが自分を殺戮兵器から、人に戻してくれた恩人との出会いである。

 

 後々、ガヴリールが殺した貴族は()()()()()()()()()()()()だった事を知り、初めて涙を流した。

 

 夜会で会ったら必ず親しげに話していた、そう風の噂で聞いた。

 

 友を殺した相手をアレンは生かしたのだ。憎かっただろうに、私情を捨て改心する機会をくれた。

 

 公平で寛大。

 アレンこそが騎士の中の騎士なのだと、ガヴリールは理解した。

 

『――後は俺一人で十分だ』

 

 崩壊した邪眼城で、倒れ伏す仲間達を背後に。

 

 憧れの騎士は、魔王に臆する様子を微塵も見せずにそう告げた。

 

 罪を償う機会をくれた、自分を人間に戻してくれた恩人は、自分を助ける為に魔王城に一人残った。

 

 彼に全てを与えてもらったのに、自分は何一つ返せなかった。

 

――何デ一緒ニ死ナセテクレナカッタンダ、アレン。

 

 その言葉を何度胸中で反芻しただろう。

 

 

*  *  *

 

 

 

 

 

 神聖皇国の王たる皇王が鎮座する玉座の間。

 

 そこに隻腕となった巨人族の戦士は足を踏み入れた。

 

 巨大な騎士の彫刻が二体並べられた間には深紅のカーペットが敷かれた階段がある。

 

 その大階段の上に設けられた黄金の玉座には、一人の老人が座っていた。

 白髪を肩口まで伸ばした長髪の老人だ。顔は皺だらけで、齢八十を超えてそうだが、妙に覇気がある。

 

 白き祭服を纏い、頭部には王冠を乗せているその老人こそが、人類連合の盟主国たる神聖皇国の王だった。

 

 王の傍らには神官服とドレスを合わせたような衣服を着た絶世の金髪美女と白い制服姿の帯剣した無表情の青年が控えている。

  

「――その腕、本当に治癒しなくてもよろしいのですか、ガヴリール様」

 

 皇王ではなく、喋り出したのは傍にいる女性だった。

 彼女は聖霊庁長官という神聖皇国に置いては宰相のような立場に任じられている人物、名をアデルマリアという。

 

 皇城は聖霊庁舎も兼ねており、この国の内務のトップだ。

 

「……コノママデイイ」

 

 ガヴリールは包帯が巻かれた左肩を右手で撫でた。

 肘から先がない自らの左腕。

 

 治す事もできるが、ガヴリールは隻腕のままで過ごす事を選択した。

 

 自分の無力さを忘れない為に。

 

「……そうですか。であれば、これ以上何も言いません。それにしても他の【世界騎士】の方々にも目覚めたら一度皇王陛下の元へ来るよう各塔へ遣いを出しましたが、素直に従ってくれたのは巨人族の英雄たる貴方だけのようです」

 

「……」

 

「どうやら皆様、アレン様の死を受け入れられないご様子。まあ無理もありませんね。魔王討伐を成し遂げた偉業を喜べばいいのか、もう彼に頼れない事を嘆き悲しめばいいのか。国民達も、そして我々も感情が追い付いておりません」

 

 憂いを帯びた眼差しを細め、アデルマリアはため息交じりに告げた。

 その様子にガブリールも視線を下げ、己の一際巨大な拳を眺めた。

 

「……俺モ同ジダ。コノママ何モセズニイルト死ニタクナル。新タナ任務ヲクレ」

 

「……なるほど。要請に素直に従い登城した目的はそれですか」

 

「ソウダ」

 

「やれやれ。一言人類を代表して皇王陛下から此度の人魔大戦の勝利を祝い、お礼の言葉をお送りしたかったのですが、英雄達は微塵も必要とはしていないようです」

 

 肩をすくめたアデルマリアが皇王を一瞥すると、老人は僅かに唇の端を不快そうに曲げた。

 

「しかし任務が欲しいだなんて簡単に言いますが、貴方方【世界騎士団(ワールド・ナイツ)】は皇王陛下の家臣ではありません。動かす為には人類連合に加盟する王たちの過半数の支持が必要だという事は知っていますよね?」

 

世界騎士団(ワールド・ナイツ)】は一人一人が一国の軍隊を凌駕する超戦士達だ。

 

 彼らは人類の切り札。

 故に誰か一人の権力で動かせるようにできてはいない。

 

 そんな彼らの任務は人類種族と敵対している魔族や魔獣の駆除、はたまた国ですら捕らえられない重犯罪者の捕縛等多岐に渡る。

 

 世界の治安と均衡を保つ英雄達の自由は、例え人類連合の盟主国たる人間族の国、神聖皇国の皇王さえ縛る事はできない。

 

「ソウイエバ面倒ナ決マリガアッタンダッタカ。五年ニ渡ル戦争デ忘レテイタ。魔王ハ……アレンガ倒シタ。ダガマダ魔王軍ノ残党ニ困ッテイル国々ハ多イハズ。スグ用意デキルダロウ」

 

「……ふむ。という事はガヴリール様は【世界騎士(ワールド・ナイト)】をお辞めになるつもりはないと」

 

「……当然ダ……アレンハ言ッタ。世界ヲ頼ムト。俺ハイツカ死ヌソノ日マデ、困ッテイル誰カヲ助ケルダケダ。ソレガ……恩人トノ約束ダカラ」

 

 今にも決壊しそうな程、瞳に涙を貯める強面の巨人族の姿に、アデルマリアは薄く微笑んだ。

 

「……安心いたしました。貴方様まで辞められるのは困りますから」

 

「……マデ?」

 

「いえ、何でもありません。それよりも任務に関してですが、近々世界会議が開かれます。肝心の議題内容というのが――」

 

 アデルマリアはにこやかな表情で、恐るべき事を口にした。

 要約すると、()()()()()()()()である。

 

 世界騎士第一席であるアレン・ノーシュの死を利用して、世界各国に問いかける。

 

 魔族を野放しにしていいのか?

 

 その脅威を、永久に排除すべきではないのかと。

 

 大陸中の国々にアレンの名声は轟いている。子供たちは皆がそのヒーローの名を口にし、騎士ごっこに興じる。

 

 彼の死にただ悲しむだけではなく、魔族への怒りの声が方々で上がっている状況。

 

 だからこその魔大陸への逆侵攻。

 

「多くの国々が同意する所存です。アレン様は魔王と戦い、その命を燃やして勝った。歴代の【世界騎士】達含め、幾度も続いてきた魔族との闘争の歴史ですが、それを今回で終わりにするべきだと考えております」

 

「……待テ……戦争ヲ……続ケル、ノカ?」

 

「ええ。ですが、二度と魔族達が人界大陸に攻め込めないようにした方が未来で犠牲になる命は少なくて済むはず。そもそも、ガヴリール様は魔族が憎くないのですか?」

 

「……ッ」

 

 アデルマリアは豊満な胸元に片手を添え、ガヴリールに訴えかけた。

 

「アレン様を殺したのは魔王です。魔族が全て悪いのです。魔族が全ての元凶。魔大陸は我々の管理下に置くべきです。今こそ逆侵攻をかけるべき時」

 

「……」

 

「ガヴリール様を含め、他の【世界騎士】様方を動員して、魔大陸攻略を進めたいと考えております。魔族を殺せば殺す程、助かる命は増えるのですから。何より、アレン様の仇を討ちたいでしょう?」

 

 それは否定できない。

 

 アレンのように、公正で寛大な心をガヴリ―ルは持っていない。

 所詮、罪人。薄汚れた獣。

 

 心の中で、憎しみが膨れ上がる。魔族を許す事はできない。

 

「……後日、各国の王たちと協議し、過半数の票が取れれば逆侵攻と相成ります。その時は先頭に立って我々をお助けください」

 

「……ワカッタ、アデルマリア」

 

 ガヴリ―ルは淡々と首肯した。

 

 死に場所を求めて、巨獣は再び殺戮兵器に戻る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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