世界を守って死んだ(事になっている)最強騎士は自分の影響力を知らない 作:城之内
小人族は最弱の種族として常に侮蔑の対象だった。
平均して人族の子供――十二歳前後の身長で、容姿もまた成人しても変わらない。
妖精族のように魔力量に秀でていないし、巨人族のようにとんでもない腕力も持っていない。獣人族のように五感が優れているわけでもない。
人類六種族の盟主である人族は全てにおいてオールラウンダーで隙がない。
六種族最弱。それが小人族である。
その汚名を払拭する為にノーゼスには小人族の誰もが期待をかけた。
何故なら彼は英雄の資格を持って生まれたから。
この世界の生物全てが持つ
魔法や
一般的に
それぞれの
そしてノーゼスを含めて、【世界騎士】の全員が
本当にごくまれに固有の
歴代の【世界騎士】は全員、
だからこそ二十二年前、赤子の時点でノーゼスの未来は決まった。
彼は小人族の国――レミュエル王国の平民階級に生まれたが、程なくして王宮に引き取られて英才教育を施された。
母子家庭だったノーゼスは大好きな母と五歳で別れた。
『良いか、ノーゼス。お前は必ず世界騎士になるのだ。小人族だからと見下される世の中を変える為に、お前は必ず英雄になれ。それがお前の存在意義だ』
『……あの、母に会いたいのですが……』
『そんな暇があったら鍛錬できるだろう』
『種族の悲願がかかっているのだ。お前の出来で、これから小人族が差別されなくて済む未来がやってくるかもしれない』
ノーゼスの母は難病に罹患していた。
身体が徐々に金属化していく病。
原因は不明であり、現在では延命治療しかできない難病だった。
しかし、ノーゼスはただの一度も母と会う事を許されなかった。
それでも彼は腐らず、母のために自分にできる事をしようと頑張った。
彼が施された英才教育は剣術や槍術等の武術だけではなく、あらゆる学問も習った。
その中に錬金術はあった。
彼は齢十歳にして難病を癒す薬を次々と開発していった。
ただ結局、彼の母は薬ができる前に亡くなってしまったが。
それでも多大な功績は認められた。
小人族の【
人格、功績が認められ、世界中の国々の王達から過半数の支持を獲得した事でノーゼスは史上最年少の十二歳で【世界騎士】に任じられた。
それから五年後、魔族との戦争が起きた。
魔王軍が侵攻してきた事で、ノーゼスは活躍を期待された。
しかし魔族は強かった。まるで歯が立たなかった。
元々彼が傾倒していた錬金術は敵を倒す術ではない。
物を作る力。
だから手柄を上げるのは、いつだって他の【世界騎士】。
アレンだった。ユーファリアだった。ガヴリールだった。ラヴィリアだった。レオハルトだった。
魔将を討つのは、いつだって彼らだった。
(僕は所詮英雄の器じゃないんだ。元々僕はしがない錬金術師。本当は英雄になんかなりたくなかった。ただ僕は母の病を治したかっただけなんだ)
いつしか小人族総出で向けてきた期待の目が失望の眼差しへと変化している事に気付いた。
『ノーゼス、我々レミュエル王国が人類連合国内で発言権がないのはお前のせいだ。しっかりするのだ』
『最弱の世界騎士だと笑われているぞッ、悔しくないのか!』
『聞いたか? 人間族の【世界騎士】アレンの話を。奴は八魔将の一人、【反魂】を捕えたそうじゃないか。それに比べてお前は此度の人魔大戦で何の成果もあげていない。情けないと思わないのか?』
『もう無理だと? ふざけるな! お前の育成費にどれだけつぎ込んだと思っているッ、どれだけ失望させる気だ、ノーゼスッ』
他の世界騎士に並び立つ為に。
種族全体の期待が重圧となってノーゼスにのしかかる。
母を失い、既に生きる意味を見失っていた彼は最後の手段に出た。
自らの身体を錬金し、人の身体を捨てたのだ。
身体の全てを流動的な液体金属へと変えた。
それによって彼は強くなった。皮膚は鉄以上の硬度を誇り、それでいて貫かれても叩かれても死ぬ事はなくなった。
魔力さえあれば、身体が細切れになっても再生できる。
他の【世界騎士】に引けをとらない強さになった。念願の八魔将の内の一体を単独で討伐してみせると、人々からは賞賛が贈られた。
だけど、何一つ気持ちは晴れなかった。空っぽの心は満たされない。
母を失って以来感情が死んでいた彼にとって、もはや種族の悲願などどうでも良かったのだ。
そんな枯れた心が再始動したのは、【黒曜の騎士】のおかげだった。
『何てことをしたんだッ、ノーゼス……そんな身体になってしまったらお前は……もう二度と元には戻れないんだろう?』
彼は自分の事のように涙を流した。
俯き加減で、金属化したノーゼスの下半身を見つめながら。
『……そう、だけど。僕も戦果を上げないと――』
『戦果だと? 何を言っているッ』
その時はただただ呆気に取られた。
ずっとその時まで、自分の事など歯牙にもかけていないと思っていた。
小人族であり、非力な自分は仲間としてみなされていないと。
『お前はその身体になる前から戦線を支えていた大切な仲間だ。お前が造る大量の回復薬に俺達がどれだけ助けられたか』
『……』
『お前だってずっと俺達と肩を並べて戦ってきたじゃないか。戦場に出るだけが戦いじゃない。敵を倒すだけが戦争じゃない。そうだろう?』
目に視える戦果を上げなくても、自分がやっていた事が評価されていた。
金属生命体になる前から、アレンはノーゼスを対等な仲間として見てくれていた。強さだけを求めていた同族の者達とは違って、初めて自分の価値を正しく認めてくれた人。
(……ずっと前から僕は……君に認められていたのか)
それが嬉しかった。
『僕は……ただの錬金術師のままで良かったの?』
『当然だろう。悩んでいるなら、相談してくれれば良かった。気付かなくて済まない、ノーゼス』
深々と頭を下げた黒衣の騎士の姿は、もう過去の中にしか存在しない。
ノーゼスが尊敬する友人は帰ってこなかった。
『――世界を頼む』
この世で唯一、母以外に心を通わした友人の最期の頼みをノーゼスは何を犠牲にしても叶えるつもりだ。
親友が望むより良き世界の為に、この身を捧げるだけだ。
* * * *
【黒曜の騎士】と謳われた青年の拠点は神聖皇国の首都ホワイトワースに置いて、国を治める皇王が住む居城よりも目を惹く。
漆黒の外装に覆われた天をも突く塔――通称【静寂の塔】。
人間族の英雄である
他種族の英雄達は多くの配下達に囲まれて生活している中、彼だけは傍に配下を置かなかった。
それはアレンが他人に傅かれるのをあまり好んでいないからだと言われている。
「……アレン様……」
それも一部あるが、真相はそれだけではない。
全ては一人の少女を保護する為だと、少女自身は知っている。
世界最強の英雄の為に用意された豪華な室内。
各国からの褒美の品や宝箱は部屋の隅で埃を被っており、手付かずで山のように積まれている。
もう何日も使われていないベッドのシーツを整え終わり、ドレスを着た紫紺の髪の少女は物憂げに熱い息を吐き出した。
肩口で切り揃えられた髪と理知的で怜悧な美貌は非常に整っており、ドレス姿も相まって使用人というよりは一国の姫君のようである。
かけていた眼鏡を外して、何度も鼻をすすりながら少女はとめどなく溢れる涙を拭う。
そして気付けばいつも、【黒曜の騎士】が残した手記の表紙に手を置いていた。
「……一度も手を出さなかったくせに……本当に卑怯です……アレン様……」
手記の中には、アレンが少女の事をどのように想っていたか細かく書かれている。
少女自身は返しきれない恩を感じていたので、いつこの身を捧げても良かったのに、彼は一度も手を出さなかった。
亡くなった後で、告白紛いのような言葉を目にするのはただただ辛かった。
「――アリアーネ皇女殿下」
彼との思い出ばかりが脳裏を過ぎる中、誰もいないはずの静寂に包まれた塔内で名を呼ばれて少女――アリアーネは背筋を震わせて竦み上がった。
「……っきゅ、急に話かけないでください。ノーゼス様っ」
背後に立っていたのは同じ眼鏡仲間――丸眼鏡をかけた小人族の英雄であるノーゼスだ。
「いや、本当は十分以上前からいたんだけど、ずっと泣いていたから声をかける隙がなくてね」
アリアーネは手巾で目元を拭い、ジト目を向けながら口を開いた。
「……あの、アレン様のご友人にこんな事を言うのは気が引けますが……正直気持ち悪いです」
「それはごめん」
ノーゼスは爽やかに笑いながら謝罪した。
とりあえず謝っておけば良いだろうの精神で言われた全く悪いと思っていない態度に、アリアーネはため息を吐いた。
「……何の用ですか?」
「皇室から除籍されたとは言え、貴方は皇女だったお方。皇王に少なからず情があるかもと思って、予め断っておくことにしたんだ」
「……何をですか?」
要領を得ない言葉に、彼女は訝し気に首を捻る。
しかしノーゼスはアリアーネの疑問をはぐらかし、また別の問いをもたらした。
「アレンは貴方を大切に思っていた。だから貴方を悲しませたくはない。率直に言って、皇王をどう思う?」
「……好きではありません……皇族から除籍された身ですから。とは言え、魔力をほとんど持たない私が皇族として相応しいかと言われたら首を捻ります。だから、今は嫌いでもありません」
「つまり無関心と」
「……何が言いたいのですか?」
「……近々世界会議が行われるらしい。その議題内容を知っているかい?」
「……私は外に伝手がありませんから知りません」
世界会議とは、人界大陸にある国々の王達が様々な議題について話し合う重要な会議だ。
各国の軍隊や騎士団で対処できない問題が発生したら、その国の王は世界騎士への任務要請ができる。
そこで王達の過半数の票が入れば世界騎士を動かせる。
晴れて出動という形になるのだ。
つまり英雄達への任務内容も決まる会議である。
加えて、新たな世界騎士の推薦や選定も議題に上がる。
もしかしたら第一席たるアレンの後任――人間族の新たな世界騎士の選定が行われるのかもしれない。
「今回、話し合われるのは魔大陸への逆侵攻の可否についてさ」
「……は?」
しかし、全く予想だにしない議題内容を告げられ、アリアーネは硬直した。
「僕達が……いや、アレンが命を賭して作った平和を皇国は壊そうとしている。それを僕は看過できない。人魔大戦でどれだけの犠牲が出たと思っているのか」
「……本当なのですか?」
各国の騎士団は魔王軍との激しい争いで疲弊しきっている。
つまり、他国の王達が魔大陸侵攻へ戦力を提供できる見込みは限りなく薄い。
アレンの犠牲を声高に訴えても、そこは変わらないだろう。
しかしもしかしたら、皇国は他の国々を説得できるだけの材料を持っているのかもしれない。でなければこのような議題を提出しないはず。
「……登城したガヴリールから直接聞いたからね、本当のようだよ。でも、アレンは流石だ。きっと彼は自分の死後、皇国が世論をどんなふうに持っていくのか分かっていたんだろう」
ノーゼスは眼鏡を押し上げながら敵わないとばかりに肩をすくめた。
彼は『この世界を頼む』と、仲間達にそう言って散っていった。
恐らくアレンはこの状況を見通し、世界騎士の仲間たちに頼んだのだ。
自分の死をプロパガンダに利用する皇国の企みを止めて欲しいと。
だったらノーゼスは、彼のその願いを命を賭して叶えるだけだ。
「……ガヴリールとはもはや相入れない。仲間同士で殺し合う事になるだろうが、仕方ない。平和を乱す者は……英雄だろうと
「……何をおっしゃっているのですか、ノーゼス様」
恐ろしい事を真顔で呟く童顔の少年にしか見えない小人族の英雄に、アリアーネは鳥肌が立って腕を摩った。
「……無関心の者が死んでも、心は何ら痛まないよね。話せて良かった、皇女殿」
「お待ちをっ、ノーゼス様――」
思わずアリアーネが伸ばした手は空を切った。
背を向けたノーゼスの身体がどろりと溶けて液体状になり、天井にぴたりと張り付いた。
そして隙間にどんどん入り込んでいく。
分身を液体状にすれば、どこにでも侵入できてしまう。
改めて彼の人外の能力に戦々恐々としつつ、アリアーネは疲れた様子でベッドに座り込んだ。
(……これから世界は……どうなっていくんでしょうか……)
アレン亡き世界が、どのように変わっていくのか。
元皇女はただただ恐ろしかった。