世界を守って死んだ(事になっている)最強騎士は自分の影響力を知らない   作:城之内

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第5話 戦士の国の女王は涙を隠す

 

 

 

 もっと違う未来があったのではないか。

 

 あの時、ああすれば良かった。こうすれば良かった。

 そんな想いが溢れて、失ったものの大きさに何度も気付いて絶望する。

 

 ラヴィリア・シギドは闘女(アマゾネス)族の女王であると同時に世界を守る英雄の一人である。

 

 【世界騎士】に任命された者の中では一番責任感があり、非情な選択も時には必要だと理解している。

 

 ラヴィリアは現在二十歳で、【世界騎士団(ワールド・ナイツ)】の中ではガヴリールやノーゼスの次に年長者だ。

 

 そんな彼女は数か月前、同僚でもある妖精(エルフ)の王女ユーファリアにアレンが使う雷殲剣の代償を聞いてから初めて共になった任務で彼を詰問した。

 

 場所は人界大陸の西側にあるインステリア公国の主要都市ビスタ。

 

 当時公国は魔王軍に苦戦しており、他の街を邪眼王ガイヴィスの腹心たる鋼蛾(こうが)族出身の八魔将【死粉のヒューイット】に攻め落とされていた。

 

 残る都市はビスタといくつかの小都市のみという国家存亡の危機が訪れ、各国の王達からの要請でアレンとラヴィリアという二人の【世界騎士】が派遣された。

 

『……アレン、その力。今まで何度使った?』

 

 鋼のように硬く、空を縦横無尽に飛ぶ魔族――鋼蛾族の敵を斬り捨て、首魁であるヒューイットの元へ進む二人。

 

 ラヴィリアは手に持つ刀についた血を払いながら、紫電を纏わせて一際大きな敵を斬り捨てたアレンを見つめた。

 

 心配するラヴィリアに対して、黒衣の騎士は紫紺の長剣を鞘に仕舞い、いつもと変わらない無表情で返答する。

 

『……そんな顔をするな。この身は世界の盾。死など怖くて世界騎士を務める事はできない』

 

『……だが……このままではお前は……』

 

『ラヴィリア。まさか君まで、レオハルトやユーファのように子供染みた事を言わないだろうな?』

 

 アレンが小さく笑った。

 その何でもないような態度を見て、ラヴィリアは口を噤む。

 

 彼は一ミリも怖くないのだ。自分の身を犠牲にする事が。

 

『歴代の世界騎士は魔大陸からの侵略者を撃退し、人類を守護してきた。俺の師匠もそうだ』

 

『……』

 

『その理から逃げるつもりはない。俺は最期まで戦う。この命が燃え尽きるまで、お前達と共にな。それが【世界騎士】の役目だ』

 

 レオハルトやユーファリアはアレンの身を案じて必死に説得しようとしている。

 

 もう戦わないでと。一秒でも長く生きて欲しいと。

 

 その感情は理解できる。ラヴィリアもアレンが好きだから。

 彼は初めて自分の夢を笑わなかった人。

 

 だが一方で、彼女は大人だった。ユーファリアやレオハルトとは違う。

 

(邪眼王ガイヴィスは歴代最強とも噂される魔王。アレンがいなければ、全滅は必須だろう)

 

 ラヴィリアは現実を見据えている。

 それに、彼は自分が何を言おうと止まらない。

 

 きっとこの想いを受け入れてはくれない。

 なら、せめて。

 

『……アレン、私はお前と同じ時代を生きた事を誇りに思う。背中は任せたぞ』

 

 この想いに蓋をして、ラヴィリアは仲間としてただ彼の隣で戦う事に決めた。

 

『ああ』

 

 アレンが首肯し、つつがなく会話を終えた二人は毒の粉が周囲に飛び散る戦場となった都市ビスタの大通りを進む。

 しかし途中でアレンは表情が引きつり、苦しそうに歪めた。口元を押さえて、ラヴィリアから顔を隠すように背を向ける。

 

『……アレン、どうかしたのか? まさか敵の攻撃を貰って――』

 

 瞬間、アレンは口元から何かを吐き出した。

 手の隙間から零れ、地面に散ったのは紅い液体。

 

 間違いない。血だ。

 

『……アレン……!』

 

 ラヴィリアは決心が揺らぎそうになった。

 

 雷殲剣の代償である寿命。それは間違いなく彼の命を削っているのだ。もうどれだけ猶予が残されているのか。

 

『まさかもう寿命が……残り少ない、のか?』

 

 その苦しそうに震える背中を見て、思わず手を伸ばす。

 

『……いや、これは血じゃない。急に身体を動かしたのがいけなかった。インステリアの公王の城でご馳走になったトマの実を使った料理を食べ過ぎただけだ。先を急ごう、これで身体が軽くなってヒューイットと戦いやすくなった』

 

 しかしその手が背中に触れる寸前で、アレンは心配させないようにか冗談を飛ばした。

 目を瞬きながら、どこか困惑している演技をしてまでラヴィリアを心配させないように徹底している。

 

 最強の英雄として、弱っているところは決して見せられない。

 

 仲間にさえ、弱音を吐く事は許されない。それが人類の守護者たる【世界騎士団】の団長である。

 

 しかし一方で考えてしまう。

 英雄だって、傷つき弱る。

 

 本当は彼を支えて、抱きしめて、労わってあげたかった。

 

『さあ行くぞ、ラヴィリア』

 

『ま、待て、アレンッ。そんな身体で……い、今は休んだ方が……』

 

『もう大丈夫だ』

 

『……大丈夫ではないだろう……! ヒューイットは私に任せるのだッ、お前は皇国に戻れ!』

 

『い、いや、ほんとに大丈夫だから。これに関してはただの食べ過ぎだから』

 

 でも、彼はその手を決して取らない。そんな事は望まない。

 彼は戦場を進む。

 

『……アレン……もしやこの任務、私一人に任せるのは不安か?』

 

『……そんな事はない。だが確実性に欠ける。俺とラヴィリアが行けばこれ以上被害が拡大する事もなく収められる』

 

『……』

 

『現団長は俺だ。この話は終わりにする。行くぞ、ラヴィリア』

 

 仲間である【世界騎士】すらも、アレンにとっては守るべき対象なのだろうか。

 

 黒のマントを翻し、先を急ぐ背中から視線を背け、ラヴィリアは俯いた。

 

 そして結局、その予感は当たる事になる。

 

 彼は最後の最後に魔王から自分達を逃がし、邪眼城に一人残った。

 

――滑稽だ。何が背中を任せたぞ、だ……私はお前の隣に立つ事すらできなかった。

 

 誰よりも守りたい人にずっとずっと守られて。

 あの日、黒炎に飲まれながら満足げに微笑んだ黒衣の騎士の姿が、ラヴィリアの脳裏に焼き付いて離れない。

 

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 邪眼城が崩壊したあの日から一ヵ月が経過した。

 

 人魔大戦を勝利で飾り、世界中が沸いたのも束の間。

 各国で流れた【黒曜の騎士】の訃報は癒えることのない悲しみと涙をもたらした。

 

 万人に好かれた英雄の死に、人々の間では未だ立ち直れない者が多い。

 そんな中、更なる不安に駆り立てるニュースが人類連合の盟主国たる神聖皇国の首都にて広まっていた。

 

『……聞いたか? ユーファリア様が行方をくらましたって……』

 

『……レオハルト様も塔から一向に出ないとか……』

 

『アレン様……まだお若いというのに、何と無情な……』

 

『……【世界騎士団(ワールド・ナイツ)】はどうなっちゃうんだろう……』

 

『また世界会議が開催されて王達の投票によって後任を決める事になるだろうな』

 

『……アレン様の代わりも?』

 

『あの方の代わりなんていないだろ……』

 

『……しばらくは空席のままで良いんじゃないかしら? 戦争はもう終わったんだし』

 

 都市の各地で種族を代表する英雄達の不穏な動向が噂話として囁かれている。

 

 そんな状況を配下伝てに知り、ラヴィリアは憂いていた。

 

 聖都に建つ代々の闘女(アマゾネス)族の【世界騎士】が拠点として使っていた【戦士の塔】。

 

 その一階部分は円形闘技場と繋がっていて、ラヴィリアは空席の客席に囲まれた舞台の上で、無心になってひたすら愛刀を振るっていた。

 

 しかし、ぽつりぽつりと雨が降ってきた為、舞うように美しい素振りをラヴィリアは止めた。

 

「……私にもっと力があれば……こんな事にはならずにすんだ」

 

 灰色の分厚い雲に覆われた空を見上げる。

 

「……なあ、アレン。お前がいないと、我々は一つにまとまる事さえできない。皆、バラバラになっていく」

 

 濡れた深紅の髪を掻き上げながらラヴィリアは悩ましげに息を吐いた。

 

(……レオハルトとは会う事さえままならん。ユーファリアはどこかへ消え、ガヴリールは魔族を憎み魔大陸へ。ノーゼスは何を考えているのか分からん)

 

 六人で笑い合った思い出が脳裏を過って、酷く悲しくなりラヴィリアは閉眼した。

 

 魔王戦後、ラヴィリアは各塔を訪問したが、会えたのはガヴリールだけだった。

 当然、前のようには話せなかった。

 

 皆、自責と他責の狭間を彷徨い続けている。

 

 だからどこかギクシャクしたやり取りが続いた。

 

(この体たらくで、世界を守る事などできるのだろうか……アレン、お前は今の私達を見てどう思うだろう)

 

『――この世界を頼む』

 

 彼の最期の言葉が脳内で再生され、ラヴィリアは瞳から静かに涙を流した。

 

「……風邪、ひいてしまうよ?」

 

 雨に打たれ続けてしばらく。

 唐突に背後から届いた言葉に、ラヴィリアは微動だにせず返事をした。

 

「……ノーゼス。何の用だ」

 

「鍛錬の邪魔だったかな、ラヴィリア」

 

 【戦士の塔】にはラヴィリアの配下が多数暮らしている。

 身の回りの世話だけではなく、警備もこなす配下達を素通りしてラヴィリアの元まで来れる人物はそう多くない。

 

 ラヴィリアが振り返ると、案の定そこには傘を差して微笑む丸眼鏡をかけた小人族が立っていた。

 

「何の用だと聞いている。一つ言っておくが、私は錬金術の相談には向かんぞ」

 

「……ラヴィリア、僕は【世界騎士】として来たわけじゃない。ただの友人としてずっと泣きべそを掻いている君を心配して来ただけさ」

 

 根っからの武人気質なラヴィリアと研究者気質なノーゼスの性格は正反対だが、不思議と二人は波長が合った。

 

「その言い方、私は子供ではないぞ。彼の死は悲しいが、私は戦士だ。泣く程の事ではない」

 

「……ラヴィリア、強がらなくていいよ。君は気づいていないかも知れないけど、目元真っ赤だよ?」

 

 ノーゼスが苦笑を浮かべて指摘した。

 

 対してラヴィリアはむっつりと口をへの字に曲げながら、

 

「……それで何の用だと聞いているんだ。お前が誰かを心配する事などないだろう。口ではペラペラと他人を案じているつもりでも、本心は違う事を私は知っているのだからな」

 

 腕組みをしながらそっぽを向いた彼女に背伸びしながら傘を差し出したノーゼスは続けた。

 

「友人として、一つお願いしに来たんだ」

 

「……」

 

「……各地でユーファリアの今後の動向について不安視する声が上がっている。理由もなく【世界騎士】が失踪する事は許されない」

 

「……私にあいつを探せと?」

 

「話が早くて助かるよ。可能であれば、聖都に連れ戻して欲しい」

 

 ラヴィリアは瞑目しながら考え込んだ。

 

 ユーファリアは仲間にさえ行先を告げずにこの地を離れた。

 しかしこれだけは言える。

 

 その目的は恐らくアレンの為を思っての事だ。連れ戻そうとすれば、恐らく衝突する事になる。

 

「……なるほど。魔大陸への逆侵攻作戦に否定的な私をこの地から追い払うつもりか? お前もガヴリールと共に魔大陸へ行くと?」

 

「それは違うよ」

 

「……ノーゼス。お前は何を考えている? 私がこの地にいるのは邪魔か?」

 

 その問いにノーゼスはどこか困惑した様子で曖昧に笑う。本心は明かしてはくれないらしい。

 

(……しかし、このままじっとしていても何も変わらないのは事実か)

 

 離れ離れになっていく仲間の心を繋ぎ直す機会だと思えばラヴィリアも決心がつく。

 

「……分かった。私はユーファリアの事を見る。だからノーゼス。お前はレオハルトやガヴリールの事を頼んだ」

 

「……ああ。勿論だ。それとラヴィリア」

 

「……何だ」

 

 言い淀んだノーゼスは丸眼鏡を押し上げ、俯きながら尋ねた。

 

「……言っていなかったが、【世界騎士】のみで邪眼城に奇襲をしかける作戦は僕がアレン君に提案したものだ。それを彼が了承してああなった」

 

「……」

 

「僕を恨んでくれていいよ」

 

 そのまま身体が液体状になって崩れていくノーゼスの姿を尻目に、ラヴィリアは口を開いた。

 

「……私が恨むのは自分自身の弱さだけだ」

 

 

 

 

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