世界を守って死んだ(事になっている)最強騎士は自分の影響力を知らない   作:城之内

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第6話 皇国の王と黒曜の騎士

 

 英雄達がそれぞれの想いを胸に過ごす中。

 

 自室の扉窓を開け、バルコニーに出た老人は薄く微笑みながらグラスに注いだワインで喉を潤した。

 

 純白の城から眺める事ができる世界一規律で溢れた美しい都。

 神聖皇国の首都たる聖都ホワイトワース。

 

 降り注ぐ月光と人々の営みによる光が合わさり、白亜の建物が並ぶ街並みが夜であろうと鮮明に確認できる。

 

 【黒曜の騎士】が帰らぬ人となって一ヵ月が経過した。

 この聖都では大々的に行われた国葬が終わっても尚、記念公園に設けられた献花台に毎日大量に花束が用意されている。

 

 世界を守って、黒衣の騎士は死んだ。

 

 その事実に老人――皇王バルトリアス・エイゼラハム・グランスフェルトは笑みを深くする。

 皇王にとって、これ以上ない顛末だったから。

 

「――陛下」

 

 報告の為に入室した聖霊庁長官アデルマリアに呼びかけられ、バルトリアスは振り返った。

 

「何だ」

 

「珍しいですね。随分と上機嫌なようで」

 

「……かつてない程にな」

 

「ご自分が治める国の首都を眺める時、いつも陛下は顔をしかめていらっしゃったのに」

 

「……忌々しい英雄達の塔が視界にチラつくのだから致し方なかろう。王の一存で動かせない兵器等不要なのだ」

 

 聖都には天にも届く程に伸びる六つの塔が一定間隔で建っている。

 皇王の居城たる聖城よりも高く聳え、民衆たちはその塔に向けて感謝の祈りを捧げる。

 

 人類連合の盟主国たる神聖皇国の首都に、人類六種族最強の者が結集した騎士団――【世界騎士団】の拠点はある。

 

「でも、今は違っていらっしゃる。塔を見ても変わらず機嫌が良いなんて」

 

「……当然だろう。儂の悲願である魔大陸侵攻に反対する男が消えたのだから」

 

「……【世界騎士】の方々が真相を知れば、我々はただでは済みませんね」

 

「そう言うお前が最も楽しそうではないか」

 

 アデルマリアは皇王以上に楽し気に笑っていた。

 

「私は陛下と違って悪巧みが成就して嬉しいわけではありません。巨人族の英雄たるガヴリール様が魔大陸への逆侵攻に参加していただける事になって、ほっとしているだけです」

 

「魔女めが。何を抜け抜けと」

 

「まあ酷い」

 

 アデルマリアはくすくすと口元を手で隠して蠱惑的に微笑んだ。

 

 皇王は彼女から視線を逸らし、厳めしい面を崩してバルコニーにある大理石で造られた手すりの上にワイングラスを置き、満足げに月を見上げた。 

 

「陛下。気分が宜しいところ恐縮ですが報告です。アレン様に半ば依存していたレオハルト様とユーファリア様は【世界騎士】を続ける考えはないようです。ノーゼス様とラヴィリア様はこちらに協力する気がなし。魔大陸侵攻時の戦力としては当初の想定通り()を頼る事になりそうです」

 

「……それがどうした。何も問題はないだろう。その為にゲヘナに収容されていたイカれた魔導学者を恩赦で解放したのだから」

 

「……レオハルト様は現状、部屋に籠り続けて生きた屍のような状態だそうですが、もし村の事を知れば激怒するでしょうね」

 

「……アレンも面倒な娘を弟子にした。死んだ後まで、儂の邪魔をしてくれる」

 

 バルトリアスは人類の守護者たる【黒曜の騎士】を常々邪魔に思っていた。

 

 かの英雄は各国の王以上に世論を動かせる。

 世界中に名声が轟く彼が戦争を続けることに難色を示せば、それだけで全てが変わる。

 

 皇王は魔族を跪かせるという野望の為に人生の全てを費やしてきた。

 

 彼が生きていては困るのだ。

 

 だからこそ魔族に協力し、人類から生贄を見繕い魔王を強化した。

 おかげでアレンは雷殲剣の能力を使わざるを得ず、寿命を削ってガイヴィスと相打ちになった。

 

 全て当初の予定通りである。

 

 勿論、最初は最強の英雄たるアレンを自らの野望に協力させるべく、あらゆる手を尽くして懐柔しようとした。

 

 魔王軍八魔将の半数を倒し、魔王討伐の目処が立った二年程前。

 

 バルトリアスは聖城の一室に【黒曜の騎士】を招いて豪勢な食事を用意し、一対一で夕食会を行なった。

 

『……儂の夢は魔大陸を管理下に置く事。魔族を支配すれば二度と対立は生まれない。その為にはお主の力が必要だ。報酬は何でも用意する。金銀財宝か、古代遺具(アーティファクト)、はたまた上等な美酒か。それとも女か? お主も年頃。あの欠陥品(アリアーネ)とは比較にすらならない美姫を用意しよう。どうだ?』

 

 世界各国の盟主を務める大国の王からの申し出に対して、英雄の返答はどこまでも無欲さを感じさせるものだった。

 

『……どれも俺には過ぎたものだ』

 

『遠慮はいらん。儂の持てる力全てでお主の望みを叶えて見せよう。さあ、何が欲しいか申してみ――』

 

『有給』

 

 アレンは食い気味にそう告げた。

 バルトリアスは眉を顰める。

 

(ん? ゆうきゅう? 有給と言ったのか? この戦時下にまさか人類の守護者が何を馬鹿な――)

 

 皇王の疑念を他所に、アレンは咳払いをしてから続けた。

 

『言葉が足りなかったな。俺が欲しいもの。それは()()に続く平和だ』

 

 どうやらバルトリアスの早とちりだったようだ。

 

 望むものと言われて、最初に口にしたのが永久の平和とはどこまで聖人なのだろう。

 しかし、そんな答えをバルトリアスは求めていない。

 

『その為には皇王よ、魔族との対話こそが重要だ。魔大陸へ侵攻するなどもってのほか。それではより多くの血が流れる。多くの憎しみが生まれる』

 

 アレンはどこか必死に言葉を募らせた。

 

 皇王に考えを改めさせるためなのか。とにかく必死さを感じる。

 だがこの瞬間、バルトリアスは決定的にアレンと袂を分かった。

 

 耳障りの良い理想論など必要としていない。

 

 【黒曜の騎士】はやはりどこまでも高潔で、どこまでも愚かだ。相容れない。

 

 それから皇王は魔族側と接触し、秘密裏に罪人達を輸送して邪眼王に捧げた。

 強化した甲斐あって、魔王は黒衣の騎士と相打ちになってくれた。

 

 まさに最高の結末である。

 

「――ようやくだ。長年の夢がついに叶う。あの魔導学者に伝えるのだ、最終調整を急ぐようにと。その為に必要な物は遺跡から届ける」

 

「かしこまりました。我らが陛下」

 

 至福の時を噛み締め、皇王は皺だらけの顔で口角を上げた。

 直後、室内に慌ただしいノックの音が鳴り響く。

 

「――陛下、緊急時ゆえ、ご無礼をお許しくださいッ」

 

「……どうした、騒々しい」

 

 アデルマリアと顔を見合わせ、バルトリアスは盛大に顔をしかめた。

 入室してきた純白の隊服を纏った皇王直属の精鋭――皇王特任騎士団(シークレット・ガード)の一人が緊迫した表情で跪いた。

 

「……ほ、報告します。大監獄島ゲヘナが何者かの襲撃を受け、壊滅! 収容されていた元魔王軍八魔将――《反魂》が脱獄いたしました‼」

 

「……は?」

 

「多くの罪人が死体となって発見されましたが、何人かは混乱に乗じて脱獄に成功した模様です!」

 

 大監獄島ゲヘナ。

 そこは一国を揺るがすレベルの犯罪者が収容された超危険な監獄。

 

 当然、警備体制も盤石なものだったはず。

 

 有頂天だった皇王のテンションは急速に落下し、怒りから奥歯を強く噛み締めた。

 

 大理石の手すりを握力で握り潰し、粉々に破壊する。

 

 人魔大戦終結に伴い、多くの国々が歓喜に包まれる中、届いた凶報は各国に強い不安をもたらす事だろう。

 

 

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