世界を守って死んだ(事になっている)最強騎士は自分の影響力を知らない 作:城之内
時は少し遡る。
アレン・ノーシュが邪眼王を討った直後。
魔王の遺言通り、凄まじい爆発が起きた邪眼城は大陸中に破片を撒き散らして四散した。
結局その爆発に巻き込まれ、盛大に吹き飛ばされた黒衣の騎士は瓦礫の一部と共に大陸のどことも知れぬ場所に墜落した。
爆発の余波は地震となって広がり、地上にも被害をもたらした。
しかし、超至近距離で爆発に巻き込まれたアレンは全くの無傷だった。
かつての仲間達が病んだり、悲壮な決意を抱いたり。
はたまたどこかの国の王が悪だくみをしている事など露知らない黒衣の騎士は奇怪な植物が生えた森の中で叫んだ。
「――完璧に成功したッ、邪眼城で一人になって死んだふり作戦! 殉職というこれ以上ない完璧な引退劇! しかも相手は魔王! 伝説になって死ぬ俺かっこよすぎるッ!」
普段、理想の騎士としてクールでかっこいい言動を心掛けてきた彼は人の眼がない事で色々と解放した。
「いやー、毎日毎日人の眼を気にして英雄的な振舞いするのマジで精神的に苦痛だったよ。任務は毎回頭と実力がおかしい犯罪者共を捕まえたり、魔大陸から攻めてくる強力無比な魔族や魔獣達の対処だったりで、失敗したら国家存亡レベルの敵ばかりで肉体的にも辛いしさ。絶対あと数年続けてたら禿げてたね。間違いないわ」
地面に胡坐を掻いて座り、頭を抱えながら早口で愚痴るアレン。
辺境の森の中で、尚且つ周囲一帯に人の気配が皆無だったため、アレンは心の内に溜まっていた闇を放出していた。
世界騎士の仲間達が見たら失望する事間違いなしの光景だが、生憎とここにはいない。
唯一、彼の素を知る相棒はいるが。
「――『世界を頼む』とか決め顔で言っておったな、アレン。あの瞬間、わらわ吹き出しそうになったぞ」
突如として森の中に可愛らしい声が響く。
アレンの腰のベルトに差していた紫紺の長剣――【雷殲剣アスモデウス】が光の粒子と化した。
粒子は再び収束し、人型になって再構築されていく。
露になったのは紫紺の髪を左右二つお団子状にまとめた可愛らしい幼女である。
まろ眉が大変愛らしい。
剣が人になるという常軌を逸した光景には驚かず、アレンは若干苦笑しながら返答した。
「なんかノリで言っちゃったよね。かっこいいかなって思って」
「ノーゼスあたりが深読みして勘違いしてそうじゃ」
幼女となった雷殲剣――アスモデウスは遠い目をしながら片手に持つ日傘をくるりと回した。
久しぶりに人型になれたからか、上機嫌に森の中で深呼吸する幼女。
アレンとしてはあの言葉をどう深読みするのか分からないので首を捻る。
彼女は振り返ってアレンの困惑を眺め、面白そうに瞳を細めた。
「……それはそうとアスモデウス。やっぱり君の能力を発動する時の代償が寿命を消費するって嘘はマジで効果的だった。もしそれ以外だったら死を装えなかっただろうし」
「そうじゃろうそうじゃろう。全てわらわのおかげじゃ」
「勿論感謝してるよ。そもそも本当の代償が性的興奮なんて言えるわけないよね。こちとらクール系のキャラで通っているのにイメージぶち壊しだよ」
アレンは至極真面目に告げた。
「そうじゃな、あの同僚達に真実を言えば間違いなく幻滅されるじゃろう。【黒曜の騎士】等と謳われているが、正体はただの【性騎士】じゃったと馬鹿にされるかもしれん」
「いや、君の能力のせいだから。何で俺が悪いみたいな言い方? 俺自身はそこまで性欲に支配されてないから」
「……本当かのう?」
そう告げたアレンの顔をアスモデウスはジト目でじーっと眺める。
人目を盗んで夜の街に繰り出そうとした事は確かに数え切れないくらいあるが、全て未遂で終わっている。
コホンと咳払いしたアレンは早々に話題を変えた。
「というかさ、魔王が最期に興味深い事を言っていたけど。アレなんだったんだろ」
「……ああ。神聖皇国から生贄がどうたらと」
魔王はあの瞬間、随分と焦っていた。
アレンを混乱させる為に言った苦し紛れの嘘の可能性が高い。
「もし事実だとしたら、まるで皇国側は世界騎士達が負けるのを望んでいたみたいじゃな」
「……俺たちが負けたら世界は魔族に支配されてたんだよ?」
「じゃが現に邪眼王はノーゼスが事前に立てていた予想以上の強さだったはず」
アレンはしばらく黙り込んで、
「……考えても仕方ない。皇王に直接聞きたいけど、もう世界騎士辞めたからなぁ」
アレンは言ってから自らの黒のマントを肩から外した。
邪眼城の超爆発に晒されたのにマントには傷一つない。
雷殲剣と共に、このマントもアレンを象徴する装備の一つだ。
【
このマントを着ていると、空気を足場にして空を走れる。疑似的に飛べるのだ。
邪眼城が爆発して超高度の天空に放り出されても死ななかった理由の半分はアレン自身の頑丈さと、もう半分はこのマントのおかげである。
しかし、もう役目は終えた。
英雄としての装備は目立つ為、二度と使うつもりはなかった。
アレンは今までずっと身を守ってくれたマントを仕舞う為に、騎士服の内側に手を入れた。
むんずと掴み、取り出したのはジタバタ動く
それもただのカエルではない。
翡翠の光沢を持つ綺麗なカエルだ。
両目の部分にアクアマリンのような宝石がハマっている。
アレンのペットの一体である
魔獣と対を成す、気に入った人類に気まぐれに手を貸してくれる精霊獣の一種だ。
「おお、ボヨちゃんッ、久しぶりじゃな! お主はあの黒い蜥蜴とは違ってやっぱり可愛いのう!」
アスモデウスが眼を輝かせて巨大ヒキガエルを撫でる。
こうなるといつも長い。
中々愛でるのを止めない彼女を強引に引き離し、アレンは自らのペットに願った。
「ボヨちゃん。このマントと天使の杖を身体の中に収納してくれ。代わりに変声の仮面と盗賊王のマント、それとアスモデウスの代わりになる剣を頼む」
「ゲコッ」
それに比例して口も大きくなり、ボヨはそのまま大口を開けてマントをむしゃむしゃと飲み込んでいく。
精霊獣は魔力生命体である。臓器や血液はないし、ボヨの体内は異空間に繋がっている。際限なく物を収納でき、取り出せるのでアレンは見た目はともかく重宝していた。
収納の仕方は完全に捕食だし、取り出すときは嘔吐だが、別に汚れてはいない。
アレンは要望通り自らのペットが苦しそうに吐き出した仮面と茶色のマント、それから
余程近い知り合いでなければ、これで正体が露見する事はない。
「これから新たな人生が始まるんだ。このままの装備じゃ一発でバレるだろうし変装しないとね」
適当な言葉を発声して声の調子を確かめたアレンはボヨちゃんの腹をモミモミして遊ぶアスモデウスに肝心な注意事項を話す。
「あと名前も変えよう。アレンという名前はありふれているけど、万が一がある。これから俺の事はアレンではなくノワールと呼ぶように」
「……またかっこつけて」
「一応設定はこんな感じ。人魔大戦に参加していた傭兵ノワール。しかし膝に矢を受けて傭兵稼業引退を決断し、療養できる村を探している。顔の仮面は魔獣から受けた傷を隠す為のもの。どう? 徹夜して考えた設定なんだけど」
「そんなしょうもない事で徹夜するな。そもそもわらわの事はどう説明するのじゃ?」
「俺の妹」
「……わらわとお主、全然似てないぞ」
「仮面で顔隠すからバレないよ、大丈夫」
半眼でツッコミを入れつつ微妙に楽し気なアスモデウスを横目に、アレンは胸を高鳴らせ立ち上がった。
「それじゃあ人里を目指そう。良い感じの小さな村を見つけたらそこに定住してスローライフだ」
「……別に文句はないが、周囲に人の気配は全くしないぞ。そもそもここどこなんじゃ?」
「……知らん」
邪眼城の爆発に巻き込まれ、どこまで吹き飛ばされたかアレンも定かではない。
もしかしなくとも迷子である。