死神海賊は白日に溺れる   作:紳爾零士

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1.葬儀屋『グローディ・ロイス』

「…。」

 

鼻から息を吸い、口から息を吐く。

口から息を吸い、鼻から息を吐く。

…人はそれを呼吸と呼ぶ。

 

街は静かで夜すがらに。

酒を片手に煽りつつ、今夜の宿を探している。

 

夜は海賊にとっても、海軍にとっても、市民にとっても平等に訪れる。ただし、彼だけはずっと囚われていた。

 

今日も路地裏で腰を落ち着かせ、息を吐く。楽な仕事ではないのに、賃金はクソの役にも立ちやしない。飛んでしまえばとも思ったが、デメリットの方が大きかった。名前も知らないような小さな街でただ、その日を生きるためにパンを一つとミルクを一つ。それを喰らいながら誰かの捨てた新聞を読み漁る。…それだけの日常だった。

 

時間は夕刻。

今日も、新聞を片手にその日のミルクとパンを食べようとしていた。…ところがだ。

 

「ここも…か。」

 

轟轟と燃える建物。目の前をうつらうつらとちらつく明かり。戦火は広がり、声が響く。男の声はまさしく蛮族だ。海から上がってきたのだろう。

 

子供も老人も女も男も関係ない。

 

こうなればただ海軍が来るのを待つだけ。

 

「…住みこごちがよかったんだけど。」

 

そう言いながらため息を吐く。真っ黒なツバの大きな帽子を思いっきり被り、その場を後にしようとする。

 

…ふと、その光景が目に入った。

 

たった1人。緑の髪の少女が幼子と手を繋いで走っていた。

 

「…あの歳なら幾らだろうね。」

 

その後ろからは海賊たち。自分には関係ないとその場から立ち去ろうとする男。しかし、その様子が目に焼きついて離れない。

 

幼子は小さなワンピースに身を包み、何度も転んだんだろう…傷だらけだった。しかし、腕は全くと言っていいほど傷がついておらず、必死で妹を守ったのだろう。そして、黒煙を撒き散らす大火災。命すらも危ぶまれる。…生きていてもここが故郷なら帰る場所など毛頭ない。

 

「キャァァァッ!!」

 

…そして、追いつかれる。

利用価値のない子どもに対しても女であれば利用価値を見出すのが海賊というものだ。禿げた奴らはその子を完全に慰み者として見ている。

 

男は何か…硬い何かを引きずりながら少女を追いかけた。

 

海賊たちは少女を取り囲んでいた。

赤ん坊が泣き叫ぶ。痩せているもの、太っているもの…多種多様だったが、その目は完全に少女を商品として見ていた。

 

「ヒッヒッヒッ。お姉ちゃん、可愛いねえ?俺たちの船に乗せてあげるよぉ?」

 

「いやっ!?やだっ!!離してっ!!」

 

…船に乗れば一生男たちの世話係、乗らなければここで一生の幕を閉じることとなる。少女にとって現状は最悪だった。目の前が崩れた瓦礫じゃなければ。この場所が孤島じゃなければ。…だが、妹をおいては逃げられなかったのだ。

 

「〜♪」

 

…その鼻歌が聞こえるまで少女は泣き叫んだ。絶望の元に。

 

男たちは怒りの声を叫ぶ。倒壊した家の壁を一閃。

 

何者かが壊して此方へと迫り来る。

 

「何者だッ!!」

 

「…海賊らしい海賊だ。それで居て、聞く言葉も陳腐。」

 

「何者だって聞いてるんだッ!!」

 

言葉と共に放たれる凶弾。白煙を上げる銃口と発砲音に妹はびっくりして泣き出す。

 

男はそれを見ずに弾丸を避けた。

 

「最近の挨拶は尖ってるね。」

 

「ッ!?」

 

男はそう言いながら海賊たちの背後へと立つ。先ほど発砲した海賊は胸に灼熱感を覚える。背後から貫かれたナイフから垂れる血液。

 

海賊は口から血を流しながらその場に倒れ伏した。

 

「なっ!?テメェ!?いつの間にッ!!」

 

「この娘たちを人質にされちゃ面倒だ。リスキーだけど鎌は使わない。」

 

「チッ!!上等だッ!!殺してやッ!?」

 

ナイフを抜いた瞬間、喉元が一気に裂かれる海賊。

 

それに慄いた海賊の仲間もナイフを抜くも、ナイフは手から外れていく。それどころか…持っていた手の指は空中分解のようにバラバラと落ちていくのである。

 

「あがっ…!!」

 

「だ、誰なんだよッ!?なんでッ!?」

 

海賊たちの目が殺意から恐怖に変わる。男の金色の目が海賊たちを捉える。引き摺り込まれそうなほどに金ピカの…宝石のような目。波打つ黒髪から見えるそれが不思議と海賊たちの心の奥底を掴んで離さない。

 

「…単純明快。海賊なら欲しいものを奪う。定石でしょ。…あと、俺の名はグローディ・ロイス。海賊だよ。」

 

そう言って彼…ロイスはナイフを海賊たちの眉間に投げつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのままロイスはくるりと半回転。少女たちの方を向く。よく見れば妹はまだ子どもだが、姉の方は15か16…売ればそこそこの値段がつくほどだった。

 

「あの…ありがとう…ございます…。」

 

目の前の惨劇を見ても姉は毅然に感謝を述べた。その言葉に初めてロイスの口元が歪む。

 

「気にしなくていい。アイツらが目障りだったんだ。」

 

バッと妹の方へ目線を送る。妹の方は泣きじゃくりながらもロイスに怯えた様子だった。いや、ロイスというよりも海賊にである。姉とは違い、妹は年相応。短めの青緑の髪が熱風に揺らぐ。

 

「これからどうするの。」

 

ロイスがそう言葉を紡いだ途端、姉の顔が暗くなる。考えてなかったわけじゃない。焼き壊れる瓦礫と街の中でどうやって生きたものか。親が生きていないことも昔住んでいた街がすでに住めないことも…目の前の景色が教えてくれていたのだ。

 

「住む場所も、頼れる人も居ません。みんな死んでしまいました。…生き残ったのは私とこの子だけ。…だから、お願いがあるんです。この期に及んで不躾なのは承知でお願いが。」

 

少女は妹から手を離し、地面に膝をつく。そこからの想像は容易だろう。…土下座である。歳にしては豊満な胸を潰しながら、額を地面に擦り付けている。

 

「…私はなんでもします。妹と私を連れて行ってくれませんか…!!」

 

ロイスはなおも表情を崩さない。

鉄仮面のようなその顔にしばしの緊張が訪れる。

 

「連れてくってどこに?」

 

「えっ?」

 

それは姉の予期していない答えだった。

一瞬2人の時間が固まる。

 

「残念ながら、今目の前にいるのは…君たちの嫌う海賊だよ。」

 

淡々と告げられるそれに動けない少女。

その金色の目は少女の怯えを感じ取っていた。僅かな死線、されどただの殺意ではない。ロイスは海の厳しさを知っていた。のうのうと辺境の街で生きていた少女が軽々と生きていけるような場所ではない。かと言って荒廃したこの地が何かを生み出すわけもない。…その温度を感じない声はただ少女たちを案じていたに過ぎない。

 

「…船もアイツらに破壊されてしまった。家もない。俺だって途方に暮れている。君たち2人を養うほどの力はない。」

 

「…それでも、貴方は私たちを助けてくれました。…何か御礼を…。」

 

「御礼…か。」

 

その言葉を聞いてロイスの目が輝く。

左目を覆うモノクルの先の濁った目以外は。優しくも口元が緩む。

 

「君、ご飯…作れる?」

 

「え?…か、簡単なものなら…。」

 

「そう。…まともなもの、食べてないんだ。…作って。」

 

小首をかしげるロイスに少女の目がキラキラと輝いた。役に立てることに対して希望を見出すその手は妹を決して離さない。ロイスはじっとり見渡すと。

 

「そう。先ずは船と食糧。…こいつらのを奪おう。そこからは…まぁ、決めていこう。」

 

「はいっ。」

 

少女は妹と笑い合う。

絶望の中に見えた一筋の希望。例え、今香る匂いが灰であっても、目の前の光が眩いばかりに輝いていた。それが海賊という道であっても。

 

「…で?君たち名前は?」

 

「私はモネ。この子は…。」

 

「…シュガー。」

 

モネ()はしっかりものだった。まだ幼いだろうに、彼女は妹を守るのに必死だ。シュガー()は引っ込み思案なようだ。姉を盾にしてルイスから身を隠す。少し声も掠れ、小さなように見える。

 

「…そうか。」

 

ロイスは首をこきりと鳴らし、そのまま船を探し始めた。

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