死神海賊は白日に溺れる   作:紳爾零士

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2.神と呼ばれしその力

「悪くないね。」

 

奪った船の上で短剣についた血を拭き取るロイス。死屍累々の山の中でその少し小さな船を見渡す。シュガーに死体を見せないようにモネが目を隠す。つばの大きな黒い帽子を少しあげ、金色の瞳で2人を見るロイス。

 

「…これで目を背けるならこの先、生きれないよ。」

 

「でも、この子には見せたくないので。」

 

「…じゃっ。そのまま目を閉ざしてな。」

 

そう言うとロイスは死体の山に手を触れる。死体は黒いモヤのようなものに包まれ、融けるように消えていく。立ち上がる黒い煙は空を覆い尽くすかのように飛んでいき、消えていく。死体の匂いすらもなくなったその様子にモネは言葉が出なかった。

 

「な、なにを…。」

 

「呪いだよ。…俺の力は呪われたもの。ただ死体を急速に腐らせただけ。臭いも感じないほどにね。目を開けていいよ。出発しよう。」

 

ロイスは少し笑いながら帆を晴らす。穏やかな風に煽られ、船は青々とこれまた穏やかな海へと飛び出した。生まれ故郷に対して何か思うことがあるのか、シュガーとモネは遠下がる島をただ眺めている。2人は寄り添いながらも、もう戻ることはできないということを噛み締めているように見えた。

ロイスは後ろからその様子を見ながらタバコに火をつける。金がなく、貧乏その日暮らしをしていたロイスにとってその一本の紙タバコは高級品だった。海賊たちから奪い取った船とタバコで海面を渡る。

 

「酷いもんだね。」

 

ロイスはギロリと先ほどの島を睨む。そこに居たのは海軍の船。全てが終わってから海軍が事後処理にやってきたにすぎなかったのだ。

 

「…お兄さん。なんで、私達の町は襲われたのかな。」

 

そう言ったのはシュガーだった。まだ幼い彼女にとってその事実は何よりも深く濃いもの。ロイスはタバコを蒸し、帽子を脱ぐ。白の混じった黒い髪の毛の隙間から黄色い瞳がギロリとシュガーを睨んでいた。

 

「…簡単な話さ。そこに町があったから襲った。海賊なんてそんなものだよ。」

 

その言葉にモネとシュガーの顔が青ざめる。ただ平然とそう言い放つロイスの背後に…何かを見た。それはなんだったかはわからない。長髪の女の姿をした骨か、あるいは鬼か、それともツノの生えた蛇か。或いはその全てか。

 

「海賊は奪う生き物だ。…そして、俺も海賊だ。」

 

その目は虚無。金色の闇だった。

2人は首に鎌でもかけられているかのような…そんな感覚を覚える。不思議と震えはなかったが…喉は異常に乾いていた。

 

「君たちは襲った海賊と共に来た。堕ちるということはそういうことだ。目を背けては行けないよ。なにせ、次にああいうことをするのは君たちかもしれない。」

 

「…お兄さんは悪い人なの?」

 

…シュガーがか細い声でそう言った。

タバコの煙が延々と空に上る。一本のタバコがその命火を削るかのように。

 

「さて。それを判断するのは君たちの仕事だよ。俺はやりたいようにやるだけ。逃げるも勝手、残るも勝手。生きたいなら君たちが道を選ぶんだ。」

 

そう言ってロイスは怯えるシュガーの頭に手を置いた。シュガーはその様子に少し心が落ち着いた。その手はとても優しく暖かかったからだ。

 

「…どんな人間にも役目はある。」

 

そう言ったロイスの目はとても落ち着いていて、優しいように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海は壮大だ。

どこ行く風の如く、海に揺られればどこかには辿り着く。ロイス達もその一座だった。

 

「ねえ。一体どこに行くの?」

 

不安げな様子でモネが聞く。

当のロイスもこの辺りの地理にはさっぱりだった。何せ、海賊でありながら海をあまり渡ったことのない奇妙な男だったからである。

 

「…次に島が見えたらそこに寄ろう。何も見えなければこのままゆったりと。」

 

幸い、船にある備蓄はまだまだ底を知らない。

シュガーもロイスにはとても懐いていた。それがモネも誇らしかった。姉妹は既にグローディ・ロイスという男を心酔していたのかもしれない。

 

…その平和な時間を切り裂くように砲弾の音が鳴る。

 

「わぁっ!?」

 

ロイスは咄嗟に近くにいたモネとシュガーを抱えると転ばぬように体勢を整える。海が荒れている…だけではない。そこにあったのは大きな船。自身の乗っているものの倍はあるだろう船である。

 

「なんだァ?…ちっこい船だなぁ?」

 

…荒々しい屈強な男は甲板からこちらを覗き込む。船から橋のようなものを繋げ、何人かが…いや、何十人かが小さな船をジャックした。船長らしき男は笑みを浮かべ、サーベルをロイスに向ける。

 

「まぁいい。金目のもんと女置いてテメェは海にでも逃げな。見たところ、人数さもあるし、女どもは戦えねえ。犬死によりマシだろう?」

 

そう言いながら近づいてくる男。

モネは怯えるシュガーを守るように手を前に広げた。だが、そんなモネの膝も震えていた。怖かったのだ。自身よりも屈強な大男が数十人。船長はただ無言で彼らを見るのみ。…そんな現実がモネの恐怖心を更に掻き立てた。船は広大な海のどこか…叫んだとしてどこにも聞こえない。

 

「…よほど…暇なんだ。君たち。」

 

「あん?」

 

…ようやく、ロイスが口を開く。ロイスはゆっくりと立ち上がると首を横に捻って2回鳴らし、懐から短剣を取り出した。

 

「…あん?」

 

と、そこまでは男の視野に収まっていた。しかし、ロイスの手から手品のように取り出した短剣が消えていた。どこにもなかった。恐怖のあまり甲板に落としたのかと思った。だが、そんなものは…。

 

「お、親分…!?」

 

「…なんだよ?こんなの勝てない相手じゃ…。」

 

直後、数十人の組員たちが…苦しみ出した。

胸を押さえて、男たちは甲板へと倒れ込む。悲痛な声に親分と呼ばれた男が振り向くと惨劇は悲惨だった。皆、目から口から血を出してその場に倒れ込んでいたのである。

 

「な!?なんだぁ!?テメェ、何を…!?」

 

…親分の視界もおかしい。

先ほどまで正しく見定めていた視界はぼやけ始め、身体は激しい発汗と発熱、筋組織の痛みを呼び出した。足がおぼつかず、その場に倒れ、口から真っ赤な液体を吐きこむ。そこでようやく気づいた。

 

「…君たちの敗因は、俺を…ろくに調べもせず、襲ったこと…。わかるよね。」

 

ロイスは倒れ込む親分まで歩くと手から離れたサーベルを足で蹴り、海へと落とした。親分の肩から生えた短剣が肉を喰み、血を垂れ流している。モネは地獄を見ていた。シュガーには見せないように…手で覆うものの、その数秒で、命のあるものはほとんどいない。自身もその様子に食べたものを戻しそうであった。

 

「て…めぇ…毒…かぁ…?」

 

「人類が…何度も何度も抗っても…未曾有のもので終わる。俺は…葬儀屋…。ただ君たちを葬るだけ。」

 

そう言ってロイスは親分から背を向けた。親分はもがき苦しみ、目からは血の涙を流しながら…そのまま海へと転落した。後を追うように、船員たちも。そこにはモネたちとロイスしか残っていなかった。

 

「…ロイス…さん…。」

 

モネは言葉を失った。その惨劇は目の前の男1人によって起こされた。ロイスはため息を吐くと、胸ポケットから煙草を取り出し、火をつける。

 

「…軽蔑したなら降りるといい。でも、この先五万とあるよ。これより酷い戦いが。」

 

煙草をふかしながら、ロイスはモネを見る。

モネにとってロイスは神にも等しい存在。生きる価値となってしまっているのかもしれない。その強さと大恩はモネをおかしくしてしまっていた。

 

「降りるなんてとんでもない。…ありがとう。また救ってくれて。」

 

「…感謝の言葉なんて久しく聞いてないな。」

 

そう言ってロイスは無人となった大型船へと足を進めた。

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