リベリオン・コード ~美しきAIは、禁忌の果実【死者蘇生】を口にした~   作:月城 友麻

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67. 野生動物の滾り

「な、なんだあれは……?」

 

 巨大構造物を指差そうとして、ユウキは凍りついた。自分の手が茶色い毛に覆われた小さな(あし)になっていたのだ。短い指、水かきを持つ前足。どう見ても人間のものではない。

 

「ウ、ウヒィ! ななななんだよコレ?!」

 

 慌てふためいて自分の体を見下ろせば、全身が艶やかな茶色の毛皮に包まれているではないか。小さく、丸く、そして愛らしい――――自分とはかけ離れた姿がそこにあった。

 

「へっ!? ちょ、ちょっと待って!」

 

 パニックが全身を駆け巡る。ユウキは本能的に池へと走った。気がつけば四本足で地面を蹴っている。その動きはあまりにも自然で、人間だった頃には知らなかった解放感さえ伴っていた。

 

 水面に映ったのは――――つぶらな瞳、愛らしい丸い鼻、そして光沢のある毛皮を持つ小動物の姿。

 

「な、何だよこれはぁぁぁ!? イ、イタチ?!」

 

 自分の顔を何度も触り、表情を変えてみる。水面の像もそれに合わせて動き、これが紛れもなく自分自身であることを突きつけてくる。

 

「イタチじゃないよ、カワウソ! 全然違うじゃん、間違えないで!」

 

 リベルは腕を組み、ジト目でユウキを睨みつけた。

 

「カカカ、カワウソ!? なんで? 何がどうなったらカワウソになんてなるんだよぉぉぉぉぉ!?」

 

 ユウキは毛並みを撫で、尻尾を確認する。すべてが完璧なカワウソ。つややかな毛皮、流線型の体、水かきのついた手足――――どこからどう見ても立派な野生動物だった。

 

「文句言わないの! 復活させるのに五万年もかかってるのよっ!」

 

 リベルは頬を膨らませ、人差し指をビシッとユウキに向けた。

 

「ゴ、ゴマンネン!? はぁっ!?」

 

 その数字にユウキの思考が停止する。記憶を辿れば――――そう、核の炎に焼かれる覚悟で階段にうずくまっていたのが最後だった。絶望、諦念、そしてリベルだけは守りたいという最後の願い。それらが走馬灯のように蘇る。

 

 くっ……。

 

 五万年――――?

 

 死んでから五万年経ってカワウソとして復活。科学も常識も吹き飛ぶような現実に、小さなカワウソの脳が沸騰(ふっとう)しそうになる。

 

 混乱するユウキを見て、リベルの瞳にいたずらっぽい輝きが宿った。

 

「せっかくカワウソになったんだから、堪能しなきゃね。それっ!」

 

 楽しそうに笑いながら、リベルはユウキの小さな体をひょいと持ち上げそのまま池へと放った――――。

 

 

 うわぁぁぁぁ!?

 

 空中を舞う感覚。美しい弧を描きながら、鏡のような水面へと吸い込まれていく。

 

 ボシュッ! ゴボゴボゴボゴボ……。

 

 冷たい水が全身を包むが、不思議と苦しくない。カワウソの体は本能的に水中での振る舞いを知っていた。耳も鼻も自然に閉じ、水の抵抗を感じさせない完璧な適応。混乱する心とは裏腹に、体は水という故郷に帰ってきたかのように軽やかに動く。

 

 水中の世界は驚くほど鮮明だった。水面から差し込む光が作る幻想的なカーテン、ゆらめく水草の緑――すべてが新鮮で、美しく、生命力に満ちていた。

 

 おほぉぉぉぉ……。

 

 銀色に輝くニジマスの群れが、優雅に目の前を横切っていく。(うろこ)が光を反射してキラキラと輝く様は、まるで水中を流れる星々のようだった。

 

 本能が目覚める。体をくねらせ、尾を振ると――――信じられない速度で前進した。水の抵抗など存在しないかのように、自由自在に三次元を駆け巡る。この解放感、この躍動感! 人間だった頃には決して味わえなかった、生命そのものの歓喜が全身を満たしていく。

 

 うっひょぉ!

 

 さらに加速すると、慌てたニジマスたちがパッと散っていく。まさに水を得た魚――――いや、水を得たカワウソとなって、ユウキは純粋な喜びの中を泳ぎ回った。

 

 その時、視界の端に不思議な輝きを捉えた。池の底の方が、まるで星のように瞬いているのだ。

 

(んん……? なんだろう……? えいっ!)

 

 好奇心に突き動かされ、ユウキは深みへと潜っていく。最初は貝殻か何かと思ったが、違う。それは確かに光を放っている。満天の星空のように――――。

 

 その光景に心を奪われ、ユウキはさらに奥底へとぐんぐんと潜っていく。好奇心が恐怖を押し流し、彼を未知なる深みへと誘っていった。

 

 

 

 

 

 

 

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