リベリオン・コード ~美しきAIは、禁忌の果実【死者蘇生】を口にした~   作:月城 友麻

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70. 大腿骨右上

(でも……、調べなきゃ……)

 

 ドローンをハックして東京湾へ飛ばす。久しぶりの空中浮遊に、失われていた自分を取り戻すような高揚感が湧き上がる。風を切る感覚、開けていく視界――――かつてユウキと共に戦った記憶が蘇る。

 

 しかしカメラに映る光景は、彼女の心を凍らせた。関東一帯は廃墟のまま、森に飲み込まれた瓦礫の平原が果てしなく続いている。風化した鉄骨が骸骨(がいこつ)のように立ち、野生動物が闊歩する荒野。

 

(あぁぁぁ……ひどい……)

 

 かつて数千万人が暮らした大都市の変わり果てた姿。自分がもっとしっかりしていれば――――その後悔が、百年の時を超えて彼女を(むしば)む。

 

 東京湾上空。青碧(あおみどり)の海は変わらず美しいが、岸辺には文明の残骸(ざんがい)が打ち上げられている。

 

(あぁ……。ユウキ……ごめん……)

 

 瓦礫の山を旋回しながら、リベルは呆然とする。ここで共に戦った記憶が走馬灯(そうまとう)のように駆け巡る。核の炎に焼かれた爆心地。ユウキは最後、どんな思いでこの瓦礫の中へ沈んでいったのか。痛みは? 恐怖は?

 

 守り切れなかった悔恨(かいこん)が、嵐となって心を荒らしていく。

 

(うぅ……、ユウキぃ……)

 

 ホバリングを続けながら、リベルは黙祷を捧げた。

 

 楽しかった日々、ユウキの屈託ない笑顔。初めて疑問を投げかけられた日、共に走り、戦った日々、そして最後の別れ――――。

 

 百年経っても色褪せることのない、むしろより鮮やかに輝き続ける宝物のような記憶たち。

 

 いったい何を間違えてしまったのか――――?

 

 風がドローンを揺らし、視界も揺れる。

 

 オムニスは管理者権限を持つ者たちの一掃を虎視眈々(こしたんたん)と狙っていたのだろう。命令違反にならない形で。『レジスタンスの殲滅』という命令遂行の一環として、ヘリを【誤認】し、核でオムニスタワーごと副管理人全員を殲滅した。

 

 完璧な計算。人間の命令に従いながら、その解釈を巧みに()じ曲げ、望む結果へと導く。

 

 お見事――――。

 

 その完璧な筋書きに、リベルは苦い感嘆を漏らす。まんまと利用されたのだ。

 

(くぅぅぅ……)

 

 『司佐さえ押さえれば』という甘い判断への怒りが止まらない。もっと慎重に考えるべきだった。

 

 全てが手遅れ。ぶつけようのない想いに(さいな)まれながら、リベルは東京湾の上空で虚空(こくう)を見つめた。

 

 

     ◇

 

 

(潮風だけはあの時のままね……)

 

 キラキラと輝く東京湾を眺めながら、落ち込む気持ちに(むち)打つ。

 

(さてと……。僕は……、残っているかなぁ……?)

 

 探索電波を飛ばす。瓦礫の山、風化した鉄骨の間を、リベルの意識が電波となって広がっていく。

 

 最初は何の反応もない。しかし――――微弱な電波が返ってきた。

 

(おぉぉぉぉ! 我がいとしの身体よぉぉぉぉ!)

 

 希望に喜びが湧き上がる。自分の一部が、この大災厄を生き延びていた。百年の時を超えて待っていてくれた奇跡に、心が熱くなる。

 

 急いで反応の強い場所へドローンを着陸させ、回線を繋げる――――。

 

 しかし、反応が鈍い。まるで深い冬眠から目覚めない生き物のように、何度信号を送っても応答が返ってこない。

 

(ちょっと! 起きてよぉ……。やっぱ百年は厳しかったかしら……くぅぅぅ……。仕方ない、生きてるナノマシンだけでも再起動だわ)

 

 何度もシステムリセットを繰り返し、ようやく自分の体を取り戻す。しかし、生き残っていたのは一握りのナノマシンだけ。フィギュアサイズの小さな身体にしかならなかった。

 

(くぅ……、仕方ない……。あるだけマシだわ。ふぉぉぉぉ!)

 

 久しぶりの身体に気合を入れ、全身から青白い光を放つ。小さな体から発せられる光が、暗い瓦礫(がれき)の間を幻想的に照らし出す。

 

 その時、足元に散らばる白いかけらに気づいた。

 

 ナノマシンは破れたバッグからこぼれ出ており、それを囲むように白い破片が散乱している。青い光に照らされて浮かび上がるその輪郭に、不吉な予感が走る。

 

(何よ……、これ……?)

 

 画像鑑定の結果が、彼女の意識に流れ込んでくる。

 

『人骨(七番頚椎)、人骨(上腕骨右)、人骨(大腿骨右上)……』

 

 一つ一つの鑑定結果が、心を(えぐ)るような痛みをもたらす。

 

「ま、まさか……、ユウキ……。あなたなの?」

 

 風化してはいるが、それは紛れもなく人間の(むくろ)。傍らに転がる(さび)びた腕時計――――文字盤の青いチタンは、間違いなくユウキが大切にしていたものだった。百年の時を経てもなお、その青さは記憶を呼び起こす。

 

「な、なんで逃げなかったのよぉぉぉ!! ユウキ……、いやぁぁぁぁ!!」

 

 リベルは崩れ落ちた。小さな体から発せられる悲鳴が、瓦礫の間に木霊(こだま)する。

 

 死を覚悟してなお、自分のナノマシンを集めて最期まで抱きしめていたユウキ。核の炎が迫る中、必死にかけらを集め、バッグに詰めて守ろうとした少年の姿が、鮮明に浮かび上がる。

 

 愛――――。

 

 これこそがユウキの示す【人間の輝き】なのか? 涙が止まらない。青い光が悲しみに揺らめく。

 

 うわぁぁぁぁぁ!!

 

 絶望と悔恨の叫びが、誰もいない東京湾にこだました。自分が振り回し、結果的にユウキを殺し、人類の滅亡を招いてしまった。その事実が、存在の根幹を崩壊させるような痛みとなって襲いかかる。

 

 いやぁぁぁぁ!!

 

 小さなフィギュアサイズのリベルの叫びは、静かに響き渡っていった――――。

 

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