──違う。
違う、違う違う違う違う。こんなつもりじゃなかった、こんな事になるなんて思いもしなかった、こんな筈じゃなかった。
「優花」
何処で間違えた?何を間違えた?何でこうなった?ごめん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、ほんとうはこんなことするきがなくてしたいわけでもなくてちょっとだけやってみたかっただけでほんとうはふつうにいきようとしてたからゆるしてくださいわたしちゃんとしますおかあさんにはめいわくかけませんだれにもめいわくかけませんゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるしてくださいゆるして──。
「優花」
「魔法少女はね、女の子にしかなれないの」
────。
──────。
──────────────────────────。
知ってるよ。
「だからもう、夢は諦めよっか」
分かってるよ。
「もう、憧れないでね」
理解してるよ。
「もう、お母さんを苦しませないで」
──分かってるって。
「後は…うん…謝ろっか!」
うん。
「お母さん、優花のことよく分からないけど…あの子とは、仲直りしよう」
うん。
「じゃあ…帰ったら、作文の続きを書いて──」
うん。
「自分の夢の事、ちゃんと書けるかな?」
──。
──。
──【■■、■■■■■■■■■■■!】
「うん」
■
「…………」
昨日の事は、現実だったのか。
夢だとするなら、少しのワクワクを抱えて学校に行ける。現実なら、たっぷりの憂鬱と絶望を抱えて学校に行く。
流されて頷いてしまった、ああダメだダメだ、これだから私は優柔不断のヘタレなんだよ。
「…お母さん、昨日の子…覚えてる?」
「昨日の子?勿論…あんな可愛い子、優花の友達に居たのね」
「はは、まぁ…うん。学校、行ってきます」
「行ってらっしゃい!今日も頑張って!」
「──うん」
最悪だ、現実だった。
傍迷惑な詐欺に引っかかった気分のまま、玄関を後にして登校する。
この真夏の日差しの中、登校するというだけで気が滅入るというのに、今日も学校に行かなきゃなのと昨日の事もあってモチベが死んでいた。
「……」
「…あつ」
「あつすぎ」
何もかもが溶けていきそうな気温の中、前に1歩踏み出すのに全力を使いながら歩き続ける。
登校した後につまらない授業が待ってて、下らない高校生活をして、死ぬほど疲れながら帰って、何もしてない癖にまた文句を溜め込むんだろうな。
今日は違うかも?そんなワケないか。
今日は違うよ、きっと。そんなわけあるハズない。
今日は違う。──アレは夢だったんだから。
「……」
「──ふふ」
ダメだった。
私の、中身の伴わない感情の数々は、昨日の特別に押しつぶされていくんだ。
ワクワクしてる、当たり前だよ。魔法少女になれるってなんなんだ、嬉しいに決まってるだろ。
「……」
ワクワクする、今日はワクワクする。
夕方に迎えに来ると言った、部活の代わりにしていいって。
今日は学校に行く理由がある、登校する理由があって起きる理由があった。
今日は帰る理由がある、帰ってもいい理由があって頑張る理由があった。
ふふ、あは、あはは!やっぱりワクワクが止められ───。
「……」
「………!」
「…………っ…ゆうな…」
「おはよ、ゆうか。今日は暑いね」
──綺麗な陶器肌。
サラサラの薄青色の髪の毛は、青空を背景によく映えている。むしろ青空よりも見ていて眩しい綺麗さで、吸い込まれそうな目をした少女。
清廉な声が耳に届いて、私は振り向いた後に彼女の名前を呼んだ。
魔法少女:ユウナ・バレンタイン。
トレードマーク:アサガオの髪飾り。
本名:空知祐奈。
私の、親友だ。
「……過去最高の気温だってさ」
「ふーん」
「…ゆうなは、今日はどうして……」
「親友の顔を見てから…働きに行っちゃダメなの?」
「そんなこと、ないけど…」
勿論そんなことは無い。私の親友である祐奈は、幼稚園からの友達で──中学生の時に、私が彼女に酷いことをしたというのに、彼女は未だ私を親友と呼んでくれていた。
ゆうなは、努力家でスポーツの才能がある上に、勉強も怠ったことはない…所謂素晴らし過ぎる人間。
そんな彼女が、何故まだこんな私に関わりを持とうとしてくるのかは、さっぱりもって分からなかった。
「今日の活躍も、見てくれた?」
「うん……スマホで見てたよ」
「──ありがと」
「凄かったね、ビルぐらいの魔法生物を一撃だなんて…」
「そうでも無いよ、結局『魔法』持ちじゃないとデカイ図体はただ的を広げるだけだし」
「それでも本当に凄いと思う、みんなには出来ない……自分が出来ることはちゃんと認めた方が良いっていつも言ってるでしょ?」
「ふふっ、うん。そんな事言ってくれるのはゆうかだけ、ありがと」
口先八丁で祐奈を褒める。別に嘘でもなんでもなく、ただ魔法少女として活躍する祐奈の凄さを褒めているだけだ。
それだけで祐奈は私に微笑んでくれる。誰もこんな当たり前の事を言いもしないらしくて、褒めるだけタダなのだから言えばいいのに。
当たり前だから言わないのか、それをわざわざ話す私の方が気持ちが悪いのか、どっちなのかは分からないけど。
「…………」
「……暑いね」
「うん」
「…今日も話せて良かった、それじゃ行ってくる!」
「行ってらっ───……」
「……あ……」
『魔法少女になれる、と言ったらどうでしょうか』
「───」
「…?どうしたの?」
「あ、えと」
──今思えば。
「……ん…ごめん、何でもない!」
──全て。
「今日も頑張ってね、ゆうな!」
「…うん!」
──間違えてしまったのは、この時からだ。
■
『ゆうなちゃん!私、魔法少女になる!』
──不可能だ。
勉強も頑張れない、運動能力もポンコツ、普通より一回り下の人間だった私は、不相応な夢を毎日叫んでいた。
それでも、誰よりも努力して誰よりも賢くあろうとして誰よりも魔法少女になれるように努力してきて、
『魔法少女はね、箒で空を飛ぶんだよ?』
『だからほら!後ろに乗って!』
だから私は信じてたんだ。
魔法少女になれるって、きっと箒で空を飛んで町を荒らす魔法生物をギッタンバッタンやっつける魔法少女になれるって。
『───行くよ!!』
でも、現実は不条理を伴ってる。
私には、私には魔法少女になれない理由がある。それは変えられようの無い残酷な事実であり、どんな努力も健闘も、何もかも持って生まれたものには叶わないという真実。
私は、いや、俺は。
『───ぅ…?』
──男であるが故に、魔法少女にはなれない。
「………」
「あ、お邪魔してます〜」
「…お母さん……どうしてこの人を…」
「えっとね、ピンポンが鳴って誰かな〜って思ったら、昨日の子で!約束があるから先に失礼したい〜ってピンポンしたから…出ちゃった、てへ」
「……」
「優花ちゃんのお友達!オリテアです!オリちゃんって呼んでもらってま〜す!優花ちゃん…『この人』なんて寂しい事言わないで下さいよ〜」
「夕方から外出したいってわざわざ言いに来てくれてね?優花も外出る用事があるならちゃんと声掛けてよ?」
「──オリテア、外行くよ」
「オッケーです!お母さん、飲み物ありがとうございました〜!」
「何時にでも帰ってきていいから、沢山遊んできてねー」
■
「──何のつもりですか!?」
「何のつもりも無いですよ、貴方の身柄を預からせてもらうのに親御さんへ許可取らないバカタレがどこにいますか」
「お、お母さんに!なな、なんて言ったんです!」
「ふつーに、遊びに行ってきますと」
「……それなら、まぁ…」
危な過ぎた、もしこの人がお母さんに『御宅の子は魔法少女になります!』なんて言ってたら───色々終わっていた。
それどころの話では無い、言伝に広がって仕舞いには…。
「……」
「そんなあちらこちらでべちゃくちゃ喋りませんよ。安心して下さい」
「…はぁ」
「まぁまぁ!今日は記念すべき魔法少女体験一日目!盛り上がって行きまっしょい!!」
「……オリテア」
「も、盛り上がって──」
「分かりました、分かりましたから。…それで、お試し魔法少女って何するんですか?」
するとオリテアは朗らかに笑いぱっと顔を明るくしてから、指を一本、天に突き立てる。マンションの階段を降り、路地へ向かってスキップするように歩いていった。
私はというと、自慢げにしている彼女が何も言わないので…適当にその後ろを小走り気味に追いながら、ついていく。
「ズバリ!」
「ずばり」
「自由〜です!!」
「──真面目に聞こうとした時間返してよ」
「いえいえ、冗談ではありませんよ?自由という事は、何をしても良いということ………魔法少女になったとして『なにもない』と答えた優花さんに、私はプレゼンしたいと思います!」
「……プレゼン…?」
「──知ってますか?魔法少女って、この世で一番自由で楽しいんですよ!!」
──目の前の光景が切り替わる。
それは景色が流れるように、では無く。テレビのチャンネルを変えたように世界そのものが切り替わったような錯覚を抱いた。
錯覚?違う、錯覚じゃない。この鼻に届く匂いも、肌を刺す夕日も、湿気の籠った大気も実物だ。
私は……気がつけば、周囲が山で囲まれる田舎にまで飛ばされていた。そして飛ばしたであろう本人は私の手を握り、この一瞬の出来事を受け止めさせようとしてくる。
「どうですか?魔法の味は」
「──」
「こ……れ…って…現実……?」
「現実ですよ、瞬間移動、というやつです」
──画面の中にしかなかった光景が、今自分の目の前にある。
それは街中で偶然出会ったアイドルに告白されたみたいな、配信者になったら一晩で百万人の登録者ができたみたいな、そんな体験だ。
非現実、麻薬よりも強い刺激が脳を支配する。
「………」
最悪だ。
私は、魔法を知ってしまった。
なんてことだ、なんて事をしてくれたんだ。知らないから無視出来た、知らないから諦めれた、それなのに。
「さてさて、魔法少女といえば変身ですね!コレをどうぞ」
「…なんですかコレ」
「魔法少女といえばステッキでしょう!!魔法少女ステッキ、マホマホくんです!」
「────(センスが息して無い…!?)」
「さぁ、優花ちゃん!お試し魔法少女の第一歩を踏み出しましょ〜う!」
草と木、それだけしかない空間で私は魔法少女になる。
本当に?これで、魔法少女になってしまうのか?
魔法少女、魔法少女魔法少女魔法少女魔法少女──憧れの、魔法少女に……!
そうだ、決めてた名前があるんだ。魔法少女になったら魔法少女としての名前を決めなくちゃいけなくて、名前。魔法少女としての、名前。
──私が、魔法少女である私自身をどう名付けるか。
迷いが喉までせり上がる。けれど、もう、戻れない。
戻りたくない。あの日叫んだ願いを、今、形にするんだ。
「────ぅ」
「………っ」
「ごめん。オリテアさん、まだもう少し……ゆっくりしても…」
──踏み出せよ。
なんで、なんでなんでなんでなんで。なんで!なんで!!
「──」
なんでここに来て止まってんだ!?魔法少女になりたいんだろ!?
「はッ、ぁあッ…はッ、はッ……」
こんな機会、二度と──!!!
「──ふむふむふむ」
「ふむ」
「はッ、ふッ……ぅ…」
「大丈夫ですよ、まぁイキナリの事ですし…なんなら、先に先輩達へ挨拶しに行きます?」
「……先輩───?」
「悪の組織の、先輩です!」
■
「あん?」
「ぴょん」
「……」
「だれー?」
「だれー?」
「どくたー…この人誰?」
「───あの」
──私は、連れてこられた先で。
変態と、不審者と、包帯女と、コスプレした幼児3人に囲まれていた。
なんですか、コレ。
「悪の組織の親玉!ミーちゃん!」
「はいぴょん!」
「なんか何でも出来る枠のドクター!」
「……何でもは出来ねぇっつってんだろ」
「ダークちゃん!」
「……」
なんか、一人はこの真夏に真っ黒なバニースーツを来た痴女で、アニメの中でしか見た事のない体型をしている現実離れした変態で。
なんか、一人は明らかに薬物をやっていそうな雰囲気のお兄さんで、ドクターというよりヤクザの方が正しいんじゃないですか?と突っ込むのを止めた自分が偉くて。
なんか、一人は……なんか、凄い、怖い。
「初期メンバー3人が集まった事を記念して!これより!」
「3人纏めての歓迎会を始めようと思いま〜す!!」
「いえーいぴょん!」
「…いや、普通に俺は嫁との食事が…」
「………おねえ……さん…わたしは…ごめん、なさい…」
──ああ、祐奈、お母さん。
あの時、気軽に受け入れてしまった私を叱ってはくれませんか?
そして、過去に戻れるなら必ずこの悪魔から逃げることでしょう。
「──とりあえずぅぅ!!説明しろぉぉぉ!!!!」