──夕日を背にして、馬鹿げた事を言い放った馬鹿を正座させ、私はだだっ広い平野にて頭を悩ませる。
オリジナル魔法を作る、その無茶難題さをこの人は本当に知っているのだろうか?
「ふぅ……」
「──すみません、やっぱりオリジナル魔法とか馬鹿ですか?」
「シュン…」
「あの、貴方がやるなら分かりますけど、魔法学と魔法少女全般の知識が頭に入ってる状態で、オリジナル魔法を覚えさせるのってどれだけ難しいと思ってるんですか???」
「私が頑張りますよぉ…」
「──じゃあその『頑張る』方法を言ってみてくださいよ」
「勿論実戦形式で──!」
「論外」
馬鹿の教育法だ、隣の子も困惑してばかりで、到底訓練と呼べるものではなく、ただの無茶振り。
魔法は精密機器なようなもの。今からしようとしているのは、工場で作られたAKよりも子供が作る輪ゴム銃の方を強くしろ、そんな無茶振りなんだ。
「主〜!お茶とマニュアル持ってきたぴょーん!」
「ぅぅ…助けてミーちゃん、ユウカに虐められてる…!」
「あっそぴょん。ダークちゃん、気分は悪くないぴょん?麦わら帽子似合ってるぴょん!気分が悪くなったらすぐ言うぴょんよ」
「うん」
「ユウカちゃんも、主の方針は一見荒唐無稽に感じるぴょんけど、主はちゃんと君たちのレベルに合わせた訓練をしてくれるから、今は全肯定してあげれるぴょん?」
「……唯一マトモそうな貴方がそう言うなら」
格好は別として、ミーちゃんさんは余りにもマトモ過ぎた。外に出る前に私の肌へ日焼け止めと虫除けスプレーを振りかけてくれたし、ダークさんに麦わら帽子を被せたのは彼女だ。
その蠱惑的な肉体に比べて、余りにも精神性がマザーなミーちゃんさんは、ここでの唯一の心の寄りべと言える。
「取り敢えず、ユウカは変身してみてぴょん」
「……」
「何も考えなくていいぴょん、魔法少女は自由で、その自由さは君にも伝播する」
「──魔法少女である間は、君の苦悩を取り払ってくれると思うぴょん」
「…分かりました、いきます」
到着時に渡されていた魔法のステッキ。一昔前のおもちゃ屋に置いてそうなチープなステッキ。どう使えばいいか分からないソレを握り込み、念じる。
──何も考える必要が無い…か。
大層な事を考える必要は無い、何も、今ここに居るのは偶然の産物で、オリテアが適当に見つけた人間がいるだけ。
考えない考えない考えない考えない、自分は誰でもない人間で、この瞬間から魔法少女になるだけ。
「──!」
「……」
「…なんか変わりました?」
「おめでとうございま〜す!この世界で初めての、特別で純粋な魔法少女に3番のりでーす!ちなみに1番は私で2番はダークちゃんです」
「変身とかしないんですね…」
「それも自分でメイキングするんですよ!教科書通りの強化外套なんかじゃなくて、全てメイキング自分の変身を!」
「──」
オリテアは嬉々としてユウカの手を握る。
全ては自分の手中にあるのだと、何一つ型にハマらない魔法になって欲しいと。
加えて、どんなイメージを盛り付けてもいいと語る。強さ、可愛さ、凛々しさ、怪物風でもいいし、ホラー基調でもいい。
必要なのは嘘をつかないこと、自分の性癖に、自分の求めるものに正直になること。
「ダークちゃんは…今日は服装決めだけです!まだまだ身体の治癒は終わってませんから」
「……お姉さん……ワガママ言っても…大丈夫ですか…?」
「ふむ?」
「──早く、魔法を使わせてください。私はレンカに殺される為に、レンカに殺されるに相応しい強さになるんです」
「だから、早く」
「───」
きょとん、として顎に置いた手を止めたまま、オリテアはフツフツと悦びが腹から湧き上がってくるのを感じる。
素晴らしい情熱だ、なんて高い志だ。私は見誤っていた、そんな顔をしながらダークのイヤリングに手を触れる。
「強く」
「強く、イメージして下さい。ダークちゃんの最強を、ダークちゃんが目指したい姿を」
その言葉を受け、ダークは瞳を閉じた。
その暗闇の中、心に灯した彼女の光を思い浮かべる。ダークにとっての最強は、自分が苦戦する魔法生物を片手間に殲滅出来る存在だ。
なら、魔法生物如きは相手にならない。自分はそういう魔法少女であり、自分を殺せるのは魔法少女だけ。
その思考に何一つ不純なものは混ざらない、ただ不純そのもので形作られた純粋な思考。
「ふむ……!!」
「っ…ダーク…さん…!?」
「…ぴょん、これは流石と言わざるを得ないぴょん」
──自分の意思で治さずにいた、魔法を使い失った右手から黒いヘドロの様なものが溢れ出す。銀城恋歌に対する殺意と愛の混合物が、ダークの身体を覆い尽くす。
その姿を見て、目を白黒させるユウカとは裏腹に、「ぴょん」と感心した声を漏らすミーちゃんは、悦びに耐えきれなさそうなオリテアを抑え干渉を断つ。
数秒して、ヘドロの中から変身を終えたダークが生まれ落ちた。その衣装は──。
「レンカちゃんと真反対、最高だよダークちゃん。君は悪の組織に誰よりも適性があったんだね」
「…………私は、これしか…知りませんので…」
黒薔薇姫とでも呼ぶべきか、麦わら帽子を被り黒いワンピースを着て、車椅子に乗った少女の姿は一変し、黒いドレスに大きな黒薔薇を飾り付けたものに変わっていた。
「素晴らしい、素晴らしいよ。今!私が求めていたものが目の前にある!!」
「主!もう、悪役過ぎるぴょん。ドクターのマッド要素を全部引き受けたぴょん?」
「……ふぅ、ありがとうミーちゃん。落ち着いてマニュアル通りいこうか」
「ぴょん!」
ダークの表皮が崩壊し、黒いヘドロが漏れ出るのをオリテアが塞ぎながら2人へ黒いノートを手渡す。
ノートの表面にはデカデカと、修学旅行の栞のように『魔法少女つよつよ計画!』と馬鹿らしいフォントで述べられていて、
「……『魔法を使う時は、繊細なイメージを逆に捨てる』……なんですかコレ」
「悪の組織式、魔法少女特訓マニュアル!です!」
「ミーなりに、主の魔法の使い方を噛み砕いて書いてみたぴょん。習った教科書の事はひとまず忘れるぴょん」
──魔法少女はどうあるべきか?
厄介オタクの私としては、煌びやかで憧れを持っている存在であるべきと再三叫ぶけれど、今はそうはいかない。
何せ──魔法少女は『兵器』でもある。趣味に全振りした魔法少女が、警察や軍隊、連合に属する魔法少女とぶつかり合って、残る結果は蹂躙だ。
つまりは『強く』あるべきだと言える。現代の魔法少女は強く、強く、より強くあるべきで、だからこそ才能と基礎がものを言う。──なら私はその真反対を行こう。
そこで出番なのが、『オリジナル魔法』。版権と商標登録されていない、資格を持たなければ使えない魔法少女個人の特別な魔法。
それぞれの国に数人しかいないオリジナル魔法持ちは、基礎スペックそのものがずば抜けている上に……初見殺し、一手必殺を繰り出せる国毎の最終兵器。
「という訳でして、その基礎をすっ飛ばしてオリジナル魔法を作れば、どんな格上にもワンチャンあるって事です」
「──無限初見殺し。教科書に脳を乗っ取られた魔法少女の目を覚まさせてあげようではないか!!……そういう教育方針なんです、ウチ」
「主は最強ぴょんけど、それでも一回痛い目見てるぴょん。誰にも知られていない、自分だけの手札を作るのはそれだけ大切だって事ぴょん」
「「…………」」
ダークは手元にいつも蟲駆除の為に使っていたグニョグニョの棒を取り出す。
透明色だったそれは、今は真っ黒に染まっているが……機能は変わらないだろう。
「これ……を…変えればいいんですか……?」
「むむ、ちょっとダークちゃんには難しい話か。ミーちゃん!先にダークちゃんにはお勉強させてらっしゃい!」
「はいですぴょん!少し向こうに行くぴょんよ、ダークちゃん」
「…は……い」
ダークが乗る車椅子を押し、林の向こう側へと消えていく2人を尻目に、オリテアがユウカへ視線を向け指を指す。
それはこの『訓練』の時間に、同じ感情を持っている相手を指さして、キラキラと目を輝かせている少女そのものだ。
「ふふん!ユウカさん!」
「──性癖、出しちゃいません?」
「……ぅ」
「昔ノートに書いた魔法を!一度は思い浮かべた夢想を!ネットに垂れ流す妄想を!現実にする時が来たんです」
「そんな時に──我慢なんて、勿体ないですよ?」
■
「──恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!あーー!恥ずかしい!!」
「いいじゃないですか、やっぱり私達気が合いますな!」
「うるさいうるさい!もぅ……見ないで……土に埋めて……」
何もかもが、オリテアの思惑通りだった。
誰も見てない、自由にしていい、全部吐き出しても大丈夫。そんな甘言を耳元で囁かれ続け、ユウカはつい心を開いてしまった。
誰にも明かさないでいた──魔法ノート(黒歴史)。その中の魔法を実現しようとしてしまって、
『ア、アシッド!ウェーブ!!』
見事に、不発したのである。
『『───』』
『最高ですよ!ユウカさん!』
『うぎゃぁぁ!!見るな!黙れ!あー!あー!あーー!!!』
「……ムッスー…」
「なんで拗ねてるんです、格好良かったですよ」
「……出なかったじゃないですか」
「出なかった…あ、『ポイズンウェーブ』?あれ、アシッドでしたっけ」
「──」
「あはは、分かりましたって。わざわざ口にしませんから……取り敢えず、これで初期段階は終わりです」
先程、現代の魔法少女は強くあるべきだと語った……だが、どう『強くあるべきか』は話していない。
それは『効率』だ、行動の引き算を極め効率を追い求める事こそ彼女達にとっての強さ。
偶然にも、魔法少女の強さの進化は人類の殺意の進化によく似ていた。
効率良く殺すためにどうすればいいのか。
敵を確実に殺すために何が必要なのか。
少しでも早く多く殺せる武器はないか。
広範囲に、的確に、正確に、確実に、どんな硬いものも、どんなに生命力溢れるものも、殺し切る為にどうすればいいのか。
魔法少女も同じように進化していく中で、幾つかの要素を失ったのである。
代表的なのは──詠唱だ。私はかっこいいからやってたが、『再現』をした連中は、そこに絶対的な必要性を見出せなかった。
研究が進み『これ必要無くね?』となった人類は、魔法少女から詠唱の必要性を抜き去ったのである。
「──…抜き去ったのであるじゃねーよ!!」
「詠唱は!魔法少女の鉄板でしょ!?なに省いてんの!??」
「……という感情でして」
「……」
「お、分かるけど共感してるって思われたくないって顔ですね!」
「心を読まないで貰えます!?」
「まぁまぁ、現代ではアイドル営業以外で使われなくなった詠唱を、我々は積極的に使っていきましょう」
「それでは反復練習!アシッドウェーブ!ステッキ振って!」
「あ、あしっど……」
「声が足りない!アシッドウェーブっ!もっとステッキ振る!」
「あしっどウェーブ……!」
「腹から声出せェィ!アシッドウェーーブッッ!!!」
「う…アシッド!ウェーブ!」
──殺してくれ。
最早そう考える程の生き恥。ユウカにとってはむかしむかし作った黒歴史を、無理矢理開かされて大声で叫ばされている。
「はい、アシッドウェーブ!」
「アシッドウェーブ!」
──頼むから殺してくれ。
この恥ずかしさをなんと呼ぶべきか。どうとも呼ぶ事は出来ない。本当にこれで魔法が使えるのか?使える訳が無いだろ!
「もいっちょアシッドウェーブ!!」
「アシッド!!ウェーブッ!!」
──もう嫌だ。
恥ずかしい、恥ずか死、恥ずか死ぬ。誰かが聞いてたらどうするんだ、誰かがこんな無様を知ってしまったらどうなる。
誰かが、誰かがこんな自分を知った時、羞恥心で死んでしま──。
「ユウカ」
「──」
「誰も、いませんよ。ここは、私とユウカだけの空間です」
「…………」
「──楽しんで下さい、もう、過去に想いを押し込めるのは辞めていいんです」
「貴方は、魔法少女なんですから」
「……あ」
──思えば。
自分が、自分らしい事をしたのって、あの時以来……これが初めてか。
ひょんな事を考えた時に、身体の底から気持ちの良い感覚が巡り渡って、
「うぇ──!?」
「お゛ー、でばびばべ!ばびっぼべーぶ!゛」
──ステッキの先から出た緑色の塊が、オリテアの顔面をドロドロに崩していた。