──なんか、全部どうでも良くなってきたな。
「なぁ優花、課題見してくんねー?」
「……」
「優花?」
「あ、ごめん…いいよ、勝手に見といて」
「おっけー!助かるわ!」
──はぁ、とため息を吐く。今日も今日とて学校に足を運ばざるを得なかった私は、なんでマニュアルを読む時間を学校なんかに取られなきゃいけないのだとイラつき始めて。
学校での友人関係を作る為に、適当な人間に声をかけたものの、特に話すことも無くこうやって便利に使われている。
正直、見られる事はどうでもいい。何も思わなくなった。便利に使われてるのもどうでもいい、特に気にしてない。
自分でやってこいよとは思うが、それよりも今は───話しかけないで欲しかった。関わって欲しくない、私の時間を私が望んでない時間で取られたくない。
常日頃思いはしていたものの、私の時間を作ったとして、それが何かに使われる事が無かった。でも今は違う。
「……」
「……学校も■■■■な」
「…仕方ないかぁ」
あの日に、取り憑かれた。
私は夢中になって、それ以外を蔑ろにしている。
自覚はあるよ、勿論。数分でコレなんだから、続けたらどうなるのかなんて怖くて想像出来ない。
もしかしたら逆に慣れて、飽きちゃうかな?
飽きちゃって、魔法少女に興味をなくすのかな?
「……分かんないし、別にいっか」
明日は明日の風が吹く。
なら、明日、そのまた明日。更にそのまた明日に自分を託し続けていこう。
何がどうなるかなんて誰にも分からないのだから、私は、その時幸せに思える道を歩むだけで、
「──全部、魔法少女以外…■■■■のになぁ…」
きっと、幸せになり続けれると思うから。
■
──2日目。
「こんにちは!今日も遊びに来ました!」
「あら…オリテアちゃん!いつもありがとね。優花、1人じゃ中々外に出ないから…」
「……お母さん…はぁ、とりあえず行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
2日目も、オリテアさんは約束を破らず夕方に迎えに来てくれた。遊ぶ約束をしてドタキャンした友達とは違い、オリテアさんは必ずむかえにきてくれる。
2日目の訓練は昨日と変わらず、かと思いきや、オリテアは私に無理難題を突き付けてきた。
「──自分に?」
「辛いと思いますが、やってみましょう」
──昨日の魔法を自分にぶつけてみろ。
無理難題、昨日オリテアの顔がドロドロに溶けているのを見ておきながら、アレを自分にかけろというのか。
「ちなみに、ユウカさんは仮魔法少女なので…当然抑制機構も備わっていません、意味は分かりますか?」
「……はい、昨日…マニュアルは読んでおいたので」
魔法少女の身体は魔素で構成されていて、血肉が負傷により漏れ出ることも無く、痛覚も抑制されている。
魔法生物は理性の無い獣だ、敗北が死に直結する仕事に安全性を持たせるために、魔法少女は『変身』を行う。
痛覚は更に抑制され、感覚と身体能力は研ぎ澄まされるが、変身状態にある魔法少女の最大の特徴は魔法少女が危機に陥った時にあり、『外付けの命』とも呼ばれる生命維持装置を兼ねていた。
──命の危機に晒された瞬間、外部からの干渉を断つ魔素による障壁が形成され、変身体を犠牲に魔法少女を予め設定された場所へと強制帰還させる脱出装置、それが魔法少女における『変身』。
「まずは腕を溶かしてみましょう、それか他の魔法でもいいですよ?」
「他の魔法…も…出来るんですか…!?」
「そりゃそうですよ、昨日のでユウカさんは魔法をどんな風に使えばいいか認識出来たと思いますし」
「認識出来たって…私は何も考えず、適当に…」
「適当でいいんですよ、適当で出来たって事は適当にやっちゃって大丈夫って事です」
「──じゃ、じゃあ…やってみようかな…?」
「ふふ、なんなら詠唱しても良いんですよ?長くカッコイイ詠唱は好きですか?私は短めの…コレから魔法が引き起こす被害を語る奴が好きです!」
「あ〜…『大海よ、地を埋め全てを飲み込め!』みたいな?」
「それそれ、最近のアニメはクールさと主人公の強さを引き出す為に効率的な詠唱が目立ちますが…短すぎるのも嫌なんですよ、そんぐらいが丁度いい!その点、週刊連載の売れてる人気漫画の詠唱って最高ですね、ホント」
「………」
「分かるわ〜って顔してますねぇ…やはりユウカさんとは話が合う」
「それは……まぁ」
不思議と──心地よい。
惜しげも無く自分の好きなものを語る、高校じゃこんな話題を一言でもあげれば『男の癖に魔法少女に没頭してる気持ち悪い』奴になってただろうし、実際にそうなっていた人も見た。
好きなものを語るのに、何かを気にする必要がある自分が残念で仕方なかったというのに、
「………」
「…『果てを見よ、終わりを告げよ』」
惜しげも無く、何も気にする必要も無く、こんな恥ずかしい詠唱を唱えられるのが、こんなにも楽しかったなんて。
「『シムーン』」
──微細な風がステッキから靡く。
シムーン。死の風、毒の風。その名前が表す通りに、ステッキから吹いた風はユウカのステッキを握っていない左腕を腐らせた。
「ッ──!?!?!?」
凄まじい激痛が、神経の1本1本に爪を立てて音を鳴らす。むき出しになった筋肉を爪楊枝で削っていくような、気が緩めば一瞬で気絶死するであろう痛みが駆け巡る。
痛みによって、地面に倒れ込み鼻血を垂らす。痛みという電気信号を無限に送られる脳みそがパンクしそうになって、脳みそを取り出して洗われている気分になる。
血肉は出ない、それか溶かしているのか、ぐちゃぐちゃになりすぎて分からない左腕は、何と何が混ざっているのか。
ピンク色の変なものと、白い骨が見えた気がする。色んなものが降り混じった液体が、左腕だったものが滴り落ちる。
痛い、痛いけど溶かせた。凄い、魔法が、昨日みたいに何回も練習しなくても出せた。
「ァぎッ…ぅ…」
「ふむ」
グズグズになった左腕だったものが、ぼとり、と地面に落ちるのを、無感情で見つめていた。
心に到来したのは安心で「良かった」と口から漏らしたユウカを見て、オリテアはにんまりと笑いかけ、
「──毒、好きなんですね」
「あ、あはは…その、一昔前『毒が結局最強!』って思ってた時がありまして…」
「分かりますよその気持ち…!物語の毒使いって大体…なんか効かない体質だったり変な理由で無効化されたりしてますけど、アレって決まったら相手をワンパンで殺しちゃうせいで、展開上の都合が悪いだけだと思ってますし!」
「オリテアさん…!分かってくれます!?あの、あの…普通に風に乗せて放ったり水に混ぜたり、そうするだけでも強いと思うのに…わざわざ注射とか、暗殺とかにしか使わないのなんなんですかね!?」
「んふふ、そうですよね!自分が使ったらもっと上手くやれるのに!って奴多すぎー、って感じです」
──左手が溶けたというのに、私はそれすら気にせずオリテアとの話に没頭する。
異臭が立ち込め、魔法の風の残りが右足に当たり再び激痛が走っても、何も気にする事はない。
涙と鼻水で顔面が酷いことになっているというのに、私の中にあるのは興奮と喜び、楽しさだけで、
「魔法少女、楽しめてますか?」
「──うん!」
「ふふ、良かったです。私のプレゼンはまだまだ続きますよ!早速身体を治させて頂いて…」
最早、自分は魔法が使えて当たり前だと、そう思い始めるようになった。
──私は、魔法少女になったのだから。
──私は、幸せになれるんだ。
■
──3日目。
──ホントのホントに、全部めんどくさくなってきた。
「優花」
いや、前からめんどくさかったのだけれど、オリテアと出会ってから余計にめんどくさい。
学校に行く足取りが重い。起きるのはめちゃくちゃ早くなったけど、学校に行くのがダル過ぎて心が折れそうになる。
非現実的で死ぬよりも酷い思いをした昨日よりも、更にコレは私の心を挫いてくる。
──昨日のは昨日ので楽しかった。痛くても、苦しくても、目指す先があった。
「ここは赤線引いといてね、それでー…」
でも、ここには何も無い。私が求めているものが何も無い。
登校も下校も、行き道も帰り道も。
「ねぇ優花、テストの範囲って知ってる〜?」
友達と呼んでいたものも、近々始まるテストへの勉強も。
「──おかえり、優花」
昔から世界は嘘つきだと思ってた。
自由に選択肢があるように見えて、その実何処まで羽ばたけるかの限界は決まっている。努力して、高校に入って、ちゃんと真面目に頑張って、大学に入って、大人になって───そういうのが求められているものだ。
その中でも、産まれ持ったものは変えられない、変わらない。それを一番実感しているからこそ、怠惰が思考の一抹にある事を嫌悪する。
嫌悪していた、のに。
今は、めんどくさい。捨ててはいけないものは、別に捨てていいものになった。
「こんにちは!」
「っ!!お母さん!遊びに行ってくる!」
「ちょっと優花…!昨日みたいに遅すぎたら怒るからね!オリテアちゃんも、早めに優花を返して貰える?」
「───…」
「まぁまぁお母さん──別に危ないことなんて、してないですから大丈夫ですよ、ね?ユウカさん?」
「うん」
オリテアの声は、いつもみたいに軽やかで。胸に溜まったヘドロの様な感情をも取り払う心地良さがあった。
彼女の笑顔はまるで私の心の底を覗き込むみたいだ、夕焼けに染まる玄関口から、彼女は私を見ている。
「ほんと?本当に危ないことしてない?」
「…危なくないよ。楽しいだけ」
──この楽しいは、お母さんには分からないだろうな。
確かに楽しい。昨日、左腕がドロドロに溶けたあの瞬間だって、痛みよりも魔法を使った感動と楽しさで頭の中がキラキラして、世界が初めて私に微笑んだ気がした。
それに比べれば、学校の教室や、友達のくだらない話や、お母さんの過保護な声、教室のざわめき、教科書のページをめくる音、先生の退屈な声。
全部、全部全部全部、全部が、まるで私を魔法の世界から引き剥がす鎖の様に感じる。
私の楽しみを理解できないのなら、せめて邪魔しないでくれ。
「行きましょう、ユウカさん」
「───うん!」
■
──4日目。
「…おい、どういう事だよコレは」
「ひっ」
「……」
今──私は、いつもの悪の組織第一支部にて、顔が怖いお兄さんとダークちゃん、そして私の3人で食卓を囲んでいる。
ミーちゃんさんが運んできたのは、マーガリンとトーストで、ダークちゃんには流動食らしきものを渡し、「ごゆっくり」と去っていった。
私は3日目も同じく魔法の練習と、肉体へ魔法を使うことでより繊細なイメージを抱く特訓をしたのだが。
「なんでユウカが居る、朝の7時だぞ?学校はどうした」
「その……私がオリテアさんにお願いして…」
「──化け物、ちょっとツラ貸せや」
「知りませーん!私はユウカさんの意志を尊重したまでで〜、別に強制してませんし〜?」
──私は、3日目の帰り際に、ついにとあるお願いをオリテアにしてしまう。
『──迎えに来る時間を朝に?』
それは禁断の1歩、してはいけない歩み。
いつもミーちゃんさんに連れられていくダークさんは、毎分毎秒ここに居る、そして魔法を練習している。
ズルい、と思う気持ちや凄い、と思う気持ちは僅かにあって、何より傍に居る競争相手として闘志を燃やしていた私は、何が邪魔なのかハッキリさせることにした。
──まずは、学校での時間。
魔法で分身を作って誤魔化す事も可能らしいけど、オリテアの手を借りてまでする事じゃない。
そこまで気にしてる訳でもないし、どうでもいいから。
「……チッ」
舌打ちをするドクターとは、初日以来の再開だ。ドクターは私がここに来る頃には、晩御飯を家族と食べに帰るらしく、滅多に顔を合わせられなかった。
こうして顔と顔を合わせてみると、やはりインテリヤクザにしか見えない。クマとやけに良いガタイに羽織った白衣が不釣り合いで、お世辞にも似合っているとは言えるものではなく。
「ダークちゃんとユウカちゃんが中々に頑張ってくれてまして、おかげさまで1日分予定が空いたんですよ」
「歓迎会も出来なかった事ですし、アカアオクロの世話は私とミーちゃんがしときますので、3人は親睦を深めてみてはどうかなーっと」
「勘弁してくれよ…」
「なんてったって、ここにいるのは未来の悪の組織、その大幹部の3人なんですから!胸張って下さい!」
「…………俺を抜いたら平均年齢14の大幹部、ね」
「ではでは私はこれにて!」
──3人が残された場は、気まずい。等で済む雰囲気では無い静けさが支配していた。
ドクターは「せめてあのバカ、話しやすい話題ぐらい振っていけよ」と天を仰ぎ、今の子供に対する接し方を必死に模索する。
「あ〜…」
「……その、なんだ」
「…」
「──アニメとか見るか?」
──残念ながらこの男。科学者としては天才的であるが、父親、しいては一個人としては、絶望的なまでに会話のセンスが無い。
苦し紛れに放ったその一言も静寂の中に消えていき、「あはは…」とユウカに愛想笑いをされたドクターは限界を迎え、両手を組み天を仰ぎ拗ねてしまった。
「その…ドクターさん」
「……」
「ドクターさんと、ダークさんに聞きたい事があって…」
「…ダークで…いいよ……」
「…!うん、えっと、2人はどうしてここに…悪の組織なんかに入ろうとしたのかなーって…」
ユウカが切り出した話題は、中々に親睦を深めるというには踏み込みすぎるものだ。
それでも、薄々ユウカの未来がどうなるかを感じ取っていたドクターは、タバコの代わりに加えていた棒付きキャンディを取って咳払いをする。
──多分、コイツもその内、全部をここに注ぎ込むようになる。なら、少しくらいは譲歩して話してやるか。
「また難しい話題を…まぁいいが…。俺は一応復讐するためにだな、目的は家族を守る為に、だが」
「──あっさり話してくれるんですね」
「そりゃな。俺ら全員、あの化け物に誘われた立場だ。だったらいつかは…お互い、全部知られ合う関係になる」
「それが今でも構わない。つーわけ」
「………」
「復讐、ですか」
「ああ」
「……誰かを、殺したいって思ってるって事ですよね…」
「勿論」
「どうして、そんな事をしようと?」
「──奪われた全てを、奪われたその苦しみを奴らに返す為に」
「……なら、貴方の…オリテアさんへ願った事って」
「──家族を生き返らせる事、だ」
「………!」
──本当は、この下卑た感情は捨てたい。
悲しくて、哀しい事があったんだろう。それを今私は聞いて、心の底からこの人の幸せを願った。
そして思う。人の話を真剣に聞いて、真剣に感じとったのは何時ぶりだろうと。
今、私は消費しようとしている。ドクターの人生の暗く辛い思い出を消費して、『こんなにも普通の人とは出来ない特別な話をした』と噛み砕こうとしていた。
「ユウカは」
「…私は、まだ何も」
「ほ〜…?」
「まだ、何も無い。何も無いから…ここに来て、『今から』始めたいって思ってて…」
「苦労するぞ、お前」
「…分かってますよ。あ、ダーク…ちゃんは?」
ちびちびと流動食を飲み込んでいた、小鳥みたいな可愛さを持つダークが顔を上げる。
うーんと、えーとと、自分に問い掛けられたモノへの返事を必死に考える様は、2人して愛おしいと思わせられる姿だ。
悩みに悩み、どれを答えにするのかを熟考した上で……ダークは口を動かした。
「私、は…知りたい、から……」
「知りたい?」
「理由が、知りたい」
「──??」
「だから、ここに居て、お姉さんに助けて貰わなかったら死んでたから…私は、ここが好き」
──華やかに笑う姿を見て。
ああ、黒薔薇をモチーフにしてるのに、浮かべる笑顔はなんて向日葵みたいなのかと、その麗らかさに目をつぶってしまいそうになる。
「オリテアさんが言ってた…レンカって言う人と関係が…?」
「レンカ…。レンカ…は、私の…運命の人です。好きな人。私を、殺しに来てくれる人」
「──!??」
「レンカ…銀城恋歌か…?その右手も、そいつに関わりがありそうだが…」
「これは…これは、レンカへの、愛です。レンカへの、私の愛」
「──なるほどな、だったら治せねぇわ」
──その後も。
思ったよりも麗らかな彼女と、思ったよりも人当たりのよいドクターとの会話は弾んだ。
いつもなら、数時間に感じる数秒の会話が、数秒に感じる数時間になって。
いつもなら、自分を絡みとる鎖でしかない人間関係が、今だけは自分の心を温める居場所になって。
いつもなら、何も感じない筈の笑顔のにらめっこが、凄く凄く、幸せに感じるようになって。
それは、私が魔法を使った時と、同じ幸せのように感じたのは、気の所為なのかな?
■
──5日目。
『優花!』
『学校から電話が来たの、優花が学校に来てないって』
『…ねぇ優花、もし嘘をついてるのなら、正直に言って?あの子に悪いことされてるんでしょ?』
『優花は、あの子と遊んでから変になってる。あの子が優花に何かしたのよね……だから学校も勝手に休んで…」
『──優花、正直に…話せる?』
「…………」
ずっと、嘘をつかされてきたのに。
何が、正直に話せる、だ。
『優花!良かった…!心配したんだよ、急に学校休むから何かあったのかなーって、しかもテスト日直前に』
何が心配した、だ。そんな事思ってないだろ、別に私の事なんてどうでもいいんだろ、本心は違うって顔しときながら心配したとか言いにくるな。
迷惑だ、声をかけるな、イライラする。
私はお前に何もイライラさせてないんだから、私をイライラさせるなよ。
『──優花』
───。
──…。
─────。
「ユウカさん?」
「っ…?」
「ぼーっとしちゃってどうしました?」
「あ、う、うん……ごめんなさい…」
「ふむふむ、どうやらモヤモヤしているご様子!なら、早速今日の訓練内容を発表しちゃいましょう!」
「──実戦訓練です!私監修の元、ユウカさんには悪の魔法少女として、実戦形式の訓練を受けてもらいましょう!」
「………実戦?実戦って……」
「んふふ、ふふ、ふふふ…モチのロン、悪の組織の魔法少女は魔法生物の退治なんてしませんよ?」
「──お相手は、魔法少女です」