──オリテアは悪魔だ。
「──私に魔法少女を殺せと?」
「違います違います!?な、なんちゅー物騒な発想!ユウカさん、あくまでもこれは訓練ですよ?」
「……そうでしたか」
「ユウカさんにはそろそろ変身体を作って貰わないとと思ってまして、変身した魔法少女と沢山戦って貰って……どんな変身をするか、その経験値を元に作成していきましょう」
彼女が、私の事情や心情を何も知らないはずがない。その上で、今日も彼女は笑っている。
PONっとケミカルな色とポップな音と共に出てきたホワイトボードに、オリテアはペンを持って図解を書き始めた。
「変身を一から形成するには、結構な量の魔素が必要です!なので国が管理している魔法少女には、最初に保険代わりとして変身体を作れるだけの魔素を保有する『魔石』が配布されます」
「変身体になる前の魔石がはめ込まれた外装、強化外套と呼ばれるものを使い、魔法少女は変身するのです」
「──だけどそれは本当の『変身』ではありません!!なーにが着ぐるみを着て中でぬくぬくして変身ですか、変身って名前ならちゃんと身体を変えやがれ!…まぁこれも職業化した弊害ですかね……」
──この人にとっては、今の魔法少女への不満なんて山ほどあるのだろう。どれだけ優れた魔法少女も、基礎そのものが間違えていると『オリジン』から言われればどうしようも無い。
それでも、オリテアは毎回望みを込めて話していて、目の前の私にだけじゃなく、魔法少女全員に向けて話しているように感じる。
現代の魔法少女における問題点を全て網羅しているのも、他ならぬ愛によるものだ。
「変身を纏う事と変身する事、その違いはモロに出ます。変身した魔法少女に対して、外套を使ってる魔法少女が幾百人集まろうと無力。有視界戦闘に頼ってちゃ上澄みにはワンチャンも無い」
「──所詮、強化外套を使う魔法少女は、人間の拡張版でしかない存在です」
「つまり!ユウカさんもダークちゃんみたいに変身出来れば、そこら辺に転がってる魔法少女なんてザコ敵そのもの!」
こんなセリフ、普通の人が聞けば憤慨するし魔法少女学に精通した人が耳にすればぶちギレられるだろうなと、人類の叡智の結集をザコ呼ばわりされている事に少し可笑しくなって笑いながら、「それでも」と不安を口にする。
「私はまだ、変身出来ないですし…」
「ふむ、まぁ変身なんていつかは出来ます。しなければいけないのは…そう!デザイン決め!!」
「───」
「デザインを決め、使う魔法に対し変身状態ならどんな付与効果をつけるのか、変身体にどんな能力を持たせるのか!それをユウカさん自身が決めるための訓練です」
「だとしても、魔法少女とは戦うんですよね…?」
「そう緊張しないで下さい、いつかは通る道ですから!」
「……」
──まぁいいか。そう思う。
テレビに映る魔法少女、配信で見る祐奈の姿、街中の広告に、ゲームに、日常に溶け込んだ魔法少女。
憧れて、死ぬほど憧れまくって、羨んでいた魔法少女が今は灰色に見えた。
私の思う魔法少女はそんな弱くない、私の思う魔法少女は不祥事なんて起こさない、私の思う魔法少女はなんでも出来る。
だから、憧れの存在を倒せと言われても、何も感じなかった、感じられなかった。
「──行きましょう、オリテアさん」
「おお、やる気満々!それでは早速〜テレポート!」
■
「……」
視点が切り替わり、2人が飛んだ先はだだっ広いグラウンド。
様々な遊具……いや、一見唯の学校のグラウンドにしか見えない場所には、普通では見られない物々しい設備が多く配置されていた。
どれもこれもマニュアルに書いてあった訓練の為の道具であり、訓練といいつつ一切の器具を使わなかったオリテアの訓練において、逆にこういった一般の器具を見ると物珍しい気分になるユウカ。
「あの」
「オリテア……さん」
「この、人達って…」
それよりも、だ。
それよりも、注目しなければいけないものがある。泥まみれになり、泣き顔で、膝をおって震えている魔法少女が2人、グラウンドで武器を構えていた。
片方の魔法少女は茶髪で、槍を持ってオリテアを睨んでおり、もう片方の緑髪の魔法少女は拳銃を震えた手で握りしめ続けている。
「んー……んふふ、なんだと思います?」
「………」
「私の、訓練相手…」
「大正解です!そうです、ユウカさんは今からこの子達と戦ってもらいます!」
──それは、オリテアの暴虐を『生き残らされた』2人だった。
完成に心が折れ、その姿を見て萎えてしまったオリテアによる再利用。
「事前にどんな攻撃をするのかの情報をあげちゃってもいいんですが、ユウカさん…要りますか?」
「──必要ないです」
「グッド!それでは私は退散します、後ろから見とくのでご自由にー!」
彼女が去った場には、ユウカと2人の魔法少女だけが残される。
ステッキを握り締めるユウカを見て、涙目になりながら嗚咽を漏らす魔法少女は、ユウカへと声をかける。
「フーッ…フーッ…──あな、あなたも、あの化け物に……脅されて……?」
「……違いますよ」
「っ──ならどうして…!?」
「……」
「話…はなしが、話が通じるならこんな事辞めさせてよッ!!なんで、なんでこんな……ぅえっ……ぅ…ぁ」
「……はぁ」
「──私達の事っ、助けてよぉっ!!?」
なんとも、受け入れ難いものか。
人生を捧げるぐらい、憧れていた存在が。
全てを賭けるぐらい、求めていた存在が。
泣きながら、自分に助けを媚びる姿なんて、見たくなかったな。
許せない、受け入れたくない。
──こんなもの、■■■■。
「ならー!その子に戦って勝ったら解放しますよー!」
「──!!」
「勝ったら…かい、ほう…?」
遠くから聞こえる救いの声に、2人の魔法少女は生唾を飲みながら、覚悟を決めた。
倒す、それか殺す、そうしなければ解放されないというのなら、そうするまで。
確かな意志を持って立ち上がり、ユウカへ武器を向ける魔法少女。
「ごめん…だけど…貴方には…!」
「構いません。私も殺す気でいくので」
「ッ!──行くよ!」
「うん!」
敵意を迸せながらも、一手目は後方へのステップだ。ユウカは飛び退いた2人を見て、拳銃はまだしも槍すら届かない間合いに逃げるのはどうかと思いつつ、ゆっくり歩み寄っていく。
「──」
余裕を見せるユウカに対して魔法による光弾を放とうとする2人は、魔法陣を手の平へと浮かべ、タイミングを合わせ攻撃を仕掛けた。
魔法少女の戦闘における基礎は、身体能力強化による肉弾戦、魔素を使い放つエネルギー弾、浮遊と魔素を使って形成した武器による空中戦又は地上戦。
エネルギー弾……魔弾をユウカの足元へと放つ事でグラウンドの地面が爆散し、1人は空中に、1人は地上にて武器を構えた。
巻き上がった土埃の中、空中で槍を構える魔法少女は己の武器の性能を把握していて、弾丸と違い『伸びるまで』一直線上を突き進む自分の槍ならば狙いを外す心配は無いと目を細める。弾丸以上のスピードで伸びる槍は、一度伸ばせばその後に縮ませる手間があり、戻り際を魔法生物に掴まれた事もある。
地上にて拳銃を構える魔法少女は、身体能力強化による拳銃の反動の抑制をこれまでに鍛え続け、片手銃による連射を実現している。しかしどこまでいっても命中率は自分の力量であり、空中戦ではマトモに当てられない。
互いに互いの後隙を補う攻防一体にて、謎の魔法少女の次の一手を伺っていた。が、
「ッ…いッ…たぁ……!」
「ぇ…?」
「あれ…」
土埃が晴れて現れたのは、失った両足を抑えて悶える姿だった。
痛みによって地面に胃の中をぶちまけて、薄黄色の刺激臭を放つモノがグラウンドの地面へと染み込んでいく。
涙と鼻水で顔周りは凄惨で、唇を噛み締めて血まで流していた。
「……血…?」
「そ、んな…まさか……普通の、人間?」
「ッあッ!違うっ!私は、魔法少女……だ!!」
その言葉通り、失った両足を形成しながら立ち上がる少女を眺める2人は混乱していた。
敵意が萎え、自分の選択に迷いが混じる。
「ッ…やるしか…ない!ごめん…必ず、アイツの事は本部に…!」
「黙れ!今は私が敵だろ!?目を離すなよ!!」
「……!」
ユウカがステッキを振りかざし、地上に立つ拳銃持ちへ向け、緑色の塊を投げ放つ。
「『アシッドウェーブ』!」
「──なっ」
教科書には到底登場しない、毒々しい色をしたあからさまな危険物の到来に、ユウカの様子に目を取られていた魔法少女は避けるのが遅れる。
遅れるといっても0.1秒未満の判断であり、日々を肉体強化に専念させていた彼女にとって避けるのは容易い。
──目を見張ったのは、緑色の塊が落ちた後の地面だ。
「───」
溶解。
少しでも掠っていれば、自分が地面に広がるシミになっていたかもしれない。
「ぅ」
「あ、あああああっ!!」
「ま、待って!シイナ!」
その事実に狂乱し、ユウカに向けて発砲を繰り返す魔法少女は、相棒の静止も無視して撃ち続ける。
空でその様子を見ていた魔法少女は悩み続けていた、あの化け物は『倒せたら』と言っただけであり、殺せとは言ってない。
撃たれる度に血を吐いて蹲る少女を目前に、追撃を加えられることも無く。
「─────ぁえ」
「───ぅ?」
その優しさとも言える油断が、致命傷になる。
「ハヤテ!?」
敵を目前にした優しさは傲慢と油断でしかなく、『自分なら殺さずに倒すだけに収められる』と、ある種高を括っていた魔法少女は顔面の半分が溶けて無くなった。
何をされたのかも分からず、強化外套の安全装置が全壊し、魔石による肉体の補修が行われるも……オリテアによって改造された外套は、脱出機能が取り外されている。
「ごれ゛で……っ…ざんきは、ないっ゛!」
「な、なに…今の…?」
「『シムーン』゛ッ!」
ユウカのオリジナル魔法の1つ、無色無臭の毒風が両者に襲いかかる。
風に乗せられた分、空中に居た魔法少女の方が先に被害を受けてしまい、落下していく彼女を受け止める為に拳銃を捨てて駆け出していく。
「ハヤテ!!」
変身体の能力を発動して、足首に噴出口を作り出す。魔素の噴射による急加速によって、意識を失いかけている相棒を受け止めにかかるのを──。
「……げほっ…」
「……確かに、こんなもの、オリテアさんは怒るに決まってるか……下らなすぎる」
冷めた目で、ユウカは見ていた。
変身体でやる事がソレか、と。
確かに機動力を上げる事は大切だが、それくらいなら素で持っておくべきだし、変身状態の能力にする程のものでも無い。
何より、現実的過ぎてつまらなかった。
「……欠点を埋めるためにそうしたのか、力量的にそれぐらいしか出来なかったのか、知りませんけど」
つまらない、面白くない。くだらない──最早、どうでもいい。
「…………」
ゆっくりと2人の落下地点へ向かっていく。
まだ二つの魔法しか使えない自分ではあるが、たった二つだとしても使い方で何百もの選択肢があるのだ、日々魔法少女に憧れ続けてきたというのに、一つの魔法の使い方を固定化するのは実につまらない。
無限に発砲できる銃は一瞬良いな、とも思ったが、そこにリソースを吐くくらいなら私は身体能力強化に全振りするだろう。
「『アシッドウェーブ』」
コレも、最初は溶解させる毒?を吐き出すだけのものだった。
それも今は、別の使い方がある。
「クッソ……お前ェ!!」
シイナと呼ばれた魔法少女は、空中でステッキから放たれる毒のウォーターカッターを、外套による噴射を使った方向転換で躱し続けるが、抱えた相棒の重さによって少しずつ被弾が増えていく。
武器は両手が塞がって呼び戻しても使えない、どうしようも無い状況で、突然ピタリと攻撃の手が止んだ。
「───っ?」
「多分ですけど貴方、身体能力強化に自信があるんですよね?」
「…………」
「その人を置かせてあげます。地面に張っていた毒の風も解除しますし、私に殴り勝てたら……負けを認めてあげますよ」
「…分かった。嘘は…」
「つきません。それで勝っても下らないですし」
「…………」
下降する魔法少女に、先程のような突然の肉体の溶解は見受けられない。
本当に魔法を消した様子で、こんなチャンスは無いと相棒をグラウンドの隅へ置き、ユウカの元へ向けて歩いていく。
幸運。僥倖だと思い、拳に力を込める。
どうやら敵は肉体強度が人間のままなのか、簡単に身体を破壊されていた。
加えて痛みも感じるらしい、なら、あの化け物から2人で逃げる為にも、あの化け物の存在を皆に伝える為にも、心を鬼にして殴り続けよう。
泣いて謝って、どれだけ喚き散らかしても、負けを認めるまで。
「ふー……!」
「いつでもどうぞ」
「…後悔しないでよね…!」
「はいはい」
かなりの数の弾丸を打ち込んだというのに、敵はまだ余裕がありそうだ。
なればこそ、やはり殴り合いはこちら側の有利でしかない。気絶には回復もクソも無く、ノックダウンさせた時点で勝てる。
ステップを刻み、どう見てもど素人の体捌きの少女は、両腕を顔面の前で組みガードを構える。ただそれが効果を発揮するのは、武道の心構えがあるものだけだと飛び交って───。
「──ぐぁっ!?」
「………馬鹿ですか?」
顎に目掛けて放った拳は、ユウカに触れるより先に、手首から先が溶けて無くなった。
魔法は解除した筈だ、とユウカを睨みつけるも、返ってくるのは呆れ顔で、魔法の発動を担っていたステッキから魔素の反応も感じ取れないのに腕が熔けている。
よくよく見れば、相手側の腕も溶けていて、
「有利な状況を手放したのは、貴方達にチャンスを与えたわけではありません」
「私が見ていてつまらないから、辞めただけです」
「腕が…ぁぅっ…!?」
「毒使いの『毒』要素って、ほんと舐められがちですね」
前のめりに殴りかかったせいで、その勢いのままユウカへと倒れ込む魔法少女は、表皮がジリジリと焼かれるような感覚に襲われる。
「く…そっ…!」
──間違いなく毒だ、でもこの至近距離で魔法の発動を見逃す筈が無い。なのにさっきのハヤテみたいに──、
「はい、終わり」
「──!?」
そして。
「ひっ、あっ、ああ、あ………」
「………」
ユウカに抱き締められた彼女は、全身が溶けて消え去っていく。
「さようなら、私の憧れ」
「ぁ───」
消えて消えて、溶けさって、
「はーいストップでーす!2人ともの外套破壊を確認!お疲れ様でしたーユウカさん!でも…殺しちゃダメですよ!」
「ぅ…?ぁ…れ…?」
「──オリテアさん」
何事も無く、魔法少女は目を覚ます。
■
「…………」
「そんなムスッとしないで、今回は実戦訓練とデザインの観察が本目的ですからね!どうですか?カウボーイ風と戦乙女風のデザイン…私的にはどっちも露出が少ないと遺憾の意を表明したいですが」
「それ、オリテアさんの趣味じゃないですか…」
「趣味全開で何が悪いんです!」
──リポップ、とでも言うべきか。
「ひっ…わた、私…なんで…」
全身を溶かされた筈の魔法少女は、無傷のままグラウンドに寝そべっていた。
「うーん、あんまり…ですかね。テレビとか配信とかでもよく見てますけど、露出を除いたら今のところミーちゃんさんが1位ですし」
「む!!ふふ、ふふふ、ふふふふふ…そうですかそうですか……ミーちゃん、可愛いですもん」
「……なんで自慢げ?」
「んふふふふ…ともかく、最後のは良かったですよ!!よくもまぁビルを片手で解体出来る相手に肉弾戦を申し出たものです、悪の魔法少女としても様になってました」
「……殴り合いするなら、結局私に触れなきゃなので、有利なのは私だと思いますが…」
「ううむ、クレバーですねぇ…最初からずっと、毒で作った偽の腕を用意していたのも、ほんと評価ものですよ?継続して魔法を使うのって初心者の内は疲れるし」
オリテアが「さぁ帰りましょう!」と声を上げ、幾つもの負傷を無理矢理誤魔化していたユウカを抱き抱える。
お姫様抱っこの形で持ち上げられ、恥ずかしがるユウカを他所に、オリテアはユウカの衣装ばかりを考えていた。
自身が考えた衣装を1位と褒められれば、誰だって喜びを噛み締める。そうだユウカにも、スケスケでエロエロ、クール可愛いドスケべーな手製の変身体を贈ってみようと、
「ユウカさん!露出って多めがいいですか?それとも少なめ?」
「──はい?え、私普通に自分で自分の衣装は作りますけど?」
「……………ソンナコトイワナイデヨォ…」
「どうせ癖に従った衣装しか作らないでしょ?見てましたよ、毒で服が溶けてるのをガン見してた所」
「─────」
「…すけべ」
「ウッ!!!」
──物の見事に、迎撃されたのであった。
「はぁ…帰りますかぁ…」
「……あ、そこの2人はもう消えて構いませんよ」
「ぁえ」
立ち去る前に、絶望を抱えていた少女を2人は花となって消えていき、断末魔も無く、
──その後のグラウンドには、何も残されていなかった。