──7日目。
「………」
悪の組織第一支部にお泊まりをして、2日目の朝。
「………」
久しぶりに、一睡も出来なかった。
ユウナを怪我させて数年。
魔法少女を諦めて数年。
全部が妥協と諦めになってから数年。
安心して眠れるようになったのは、たった1週間前から。
「………」
お母さんがご飯を作る。
「今日もありがと!美味しいね!」
「そう?頑張って作った甲斐が有るわ〜」
それを心の底から喜んだ事は無い。
食べる為に食べて、生きる為に食べて、感謝をしている筈なのに、私の心には虫が巣食った。
──どうでもいい。
そんな虫が、今も脳髄を駆け回っている。どうでもいいと考えてる自分に嫌気が差して、自分で自罰を繰り返す。
「………」
友人やネッ友と毎日を過ごす。
「明日の課題めんどくさー、ユウカは凄いよね、ちゃんと毎日やってきて」
「次のシーズンは何のキャラ使おっかな〜?ユウカは何か使いたいのある?」
それを心の底から楽しんだことは無い。
ゲームが好きだ、友達と会話するのが好きだ、1人は嫌いで、1人になると永遠に苦しさを口の中に貯めてしまうから、1人を忘れる為に誰かと触れ合う。
──分からない。
思考の病は未だに完治せず、魔法少女を諦めたその日から脳みそを蝕んで止まない。
私は、彼女らと、彼らと、誰かと接し合う事を求めていたのだろうか?
別に、孤独でも問題は無いというのに。自分で自分を殺してしまうから、妥協した。
「………」
なら、祐奈は?
祐奈は、私の『何』になる?
どうでもいい訳が無い、分からない筈が無い、私の中の祐奈は、私の夢そのものだ。
──魔法少女になれなかった私の為に、ユウナは音楽家の夢を諦めて私の夢を継いだ。
私にとって、魔法少女という願いが全てだ、魔法少女という願いを妥協して、諦めたから全部が灰色に見える。
自己陶酔、反抗期、厨二病、色んなもので私を飾っていい、飾った上で──。
「………」
夢を、継がれてしまった苦しみは、誰が精算してくれる?
──お母さんに諦めろと言われたよりも。
──友達に無理だと言われるよりも。
──社会に不可能だと言われるよりも。
──世界に駄目だと言われるよりも。
「ユウナ」
私は、私の願いが『誰か』を通して叶おうとしている事に、我慢ならなかったのです。
私の夢が願いが想いが、私の全てというのなら。
私は、私の全てをあの子に奪われたんです。
──例えそれが逆恨みで、例えそれが理不尽な憎しみで、例えそれが親友だとしても。
私は、それが赦せなかったんです。
■
──7日目。
今日も朝ごはんをみんなで食べて、昼ごはんの買い出しに今回は1人で向かい、ミーちゃんに褒められながらドクターとゲームをして遊んでいた。
訓練はまだかな、次は魔法少女の変身体をちゃんと考える時間だな。
──昨日は休んだから、今日はいっぱい頑張ろう。
そう思いながら、私はいつもの訓練場所に向かいました。
「………」
「おはようございます!ユウカさん!」
オリテアはいつも笑顔だ。
満面の笑みは張り付けたようなものじゃなくて、本当に毎日が楽しそうな人間のする笑み。
あんな力を持っていれば、毎日楽しいに違いない。何でもできて、何でも叶えられる、そんなのが楽しくないはずありません。
「今日は魔法少女生活1週間!それを記念してユウカさんにもお知らせがあり──ません。残念ですが今日もお休みです!」
「……またですか?」
「いえ、明日も、その明後日もです」
──そして、満面の笑みを浮かべてる理由もきっと、悪魔の様な理由なんだろう。
少しの間、一緒に居て。
オリテアがどんな存在かは、僅かに分かった気がする。
気まぐれで、気分屋。邪悪で、善良。
人を救い人を殺す。願いを叶え願いを奪う。
邪神の方がまだマシだ。悪役に弄ばれて死ぬならまだマシだ。
オリテアに、善意も悪意も何もかもを操作されて、全てを奪われながら生きるのよりはずっと。
──あの時、あの瞬間、魔法少女2人を見殺しにした時。
その刃が、自分に向くなんて欠片も思ってなかったから。
「……え?」
「お試し期間はこれで終わりですからね、仮入隊も終了、ということで!」
「は、はい?仮…?」
絶望、それが具現化したら、多分オリテアと同じ姿をしている。
──『特別』の崩壊は唐突に、私は紡がれていく言葉の数々に、涙が止まらなかった。
「あれ、最初に言った事覚えてませんでしたか?ユウカさんは適当に選ばれ、そして魔法少女になっても何をするか分からないでいる。それだけと申されたので、一応仮入隊という提案を致しましたが…それもここまで」
「───」
その時の私の感情を、どう表現したら良かったのか。
結構、仲良く頑張ってたと思うんだけど、
「っ、幾らなんでも唐突すぎませんか…!!」
「出会いも唐突でしたし、別れも唐突になるのは至極当然です」
「でも、魔法のステッキを渡してくれたじゃないですか…!私、魔法が使えて!魔法少女も、倒して…!なんで、こんな急に突き放さなくても──」
「ステッキは回収しておきました。皆さんには昨日の晩に明日お別れだと伝えてます」
「わ、わたし、私が抜けたら、悪の組織は」
「いや別に新しい人見つけに行きますよ、ユウカさんみたいに魔法少女になりたいって人はごまんといますし」
「え、ぁ」
何もかもが真っ白になった。
視界も、頭も、味覚も、聴覚も、ありとあらゆる感覚が麻痺して、今すぐにでも死んでしまうんじゃないかってくらい心臓がバクバクして。
「ユウカさんにとっては中々良い1週間だったのではないでしょうか!こちら側としても、次の新人の予行演習として……」
「は、入ります!入らせてください!!魔法少女になりたいんです、悪の組織に……」
「──ユウカさん」
「それ、貴方の願いじゃありませんよね?」
──オリテアは、残酷な真実を突き付ける。
その言葉を聞いた瞬間、怒りに任せて怒鳴り散らそうと思った。でも出来なかった。
今までやったことがないから、出来なかったのか、喉に詰まった言葉が空白だったからなのか。
「願、い…じゃ、ない?」
「なに言って…そんな、オリテアさんが!!一番近くで見てたじゃないですか!!」
「私が、私がッ!どれだけ魔法少女になりたいか!!」
「いえ?一番見てるのは私じゃないですし、それにユウカさんは魔法少女になった後、何もしませんでしたよね」
「何も!?何もって…私ちゃんと訓練して…!」
「心の底から魔法少女になりたいと願う人が、なんで訓練でしか魔法少女にならないんです。なんで、日常で魔法少女にならなかったんですか」
「────」
ぐうの音も、出なかった。
あんなに憧れていた魔法少女になっておいて、学校から逃げ、母親から逃げ、責任から逃げて。
──これが、魔法少女の姿か?
「私という存在を目の前にしておきながら、いつでも魔法が使えるステッキを手にしておきながら、日常という枠組みからは絶対に外れないようにしていた」
──やめて。お願いします、もう言わないで。
「知ってますよ、貴方の心の中で色々煩わしいものがあるのを。──どうして、それをユウカさんは魔法で解決しなかったんです?」
──ごめんなさい。
「魔法少女ですよ?ユウカさんは、魔法少女なんです。夢を、願いを、希望を叶える存在なんです。無茶を言うようですが、貴方は1週間の夢に没頭しているだけの唯の学生でした」
「1歩、何処かで『自分から』道を歩めば良かった。自由にしていい筈が、自らの手で自分を縛りあげている」
──それ以上は、もう。
「そんな貴方は、魔法少女になんてなれません」
私から全てを、夢も願いも希望も、奪おうとしていたのは、結局私であることに、未だに気が付けず。
「────」
いつの間にか私は、自分の家の前で佇んでいた。
■
『ユウカぁっ!!良かった、良かったぁ…!何してたの!?何処にいたの!?あの子と関係のある事なの!?』
『……ううん、今はそれよりも…──おかえりなさい。無事で良かった、とにかく、今日は休も?』
「……」
「……」
「───っ」
「急……過ぎでしょッッ…!!」
「なんで!?なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでッッッ!!!」
「意味わかんない意味わかんない意味わかんない意味わかんない意味わかんない意味わかんない意味わかんない意味わかんない意味わかんない意味わかんない意味わかんない───!!??」
「私の、私の願いは魔法少女に……なんでっ……魔法少女になりたいだけなのに……!なんで、なんでこんな苦しいおかしいよこんなの!!!」
一度手渡された、『特別』という甘い毒を受け入れ私は、すっかりその虜になってしまった。
これはいくら何でも無い、無さすぎる。ドクターともミーちゃんともダークともアカアオクロとも、全然、全然全然話せてない!
1週間!?たったの、たったの1週間で……なんで……ッ!!
「うう゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛うッ゛……」
「嫌だ、嫌だよ、戻りたくない゛っ゛……。なんで……ぁあ゛ッ゛……クソッ、なんで…!!」
「好感度稼いだよね!?私、めちゃくちゃ魔法少女っぽい事して!!おつかいして、ダークとも会話して、ドクターにお酒買っといてあげてッ!」
「暇な時はアカ達の面倒見てたのにッ──」
「ぅ、ぅあ゛っ…くそ゛っ゛…く゛ぞっ、なんで……ぅ゛ぅ゛ぁ゛ぁッッッッ゛!!゛」
こんなに苛立ってるのに、枕に顔を突っ込んで、誰にも聞こえないように音を律してる。
こんなに泣き喚いているのに、頭の中は冷静で母親に見られないかだけを考えている。
こんなに苦しんでいるのに、明日になればケロッとしてしまいそうだ。
それはダメだ、それは許されない。私は、私はこの後悔と苦しみを人生全てに降り注がせないといけない。
そんな軽いものじゃない、私の願い、私の想い、私の全てはそんな寝たら治る軽いものじゃない。
「ぅあ゛ぁ゛ぁ゛゛ッッッ゛ッ!!!!」
「ぅ……はァっ、ハァッ……」
──なのに。
──なのに、どうして。
──もう、気分は落ち着き始めてるのか。
「……どうして」
「……」
「なんで、なんでコレが願いなんかじゃないって言うの……」
「私の、全部。私の───」
その後も。
ずっと喚いて泣いて、叫んで苦しんで。
泣いて泣いて、泣き果てて涙が枯れるまで泣き続け。
疲れて、寝てしまいました。
■
──平穏で安寧の日常。
それは、私がずっと生きてきた日常。
「…………」
「なんで…」
1日経って、ゆっくり寝て、起きて。
そして心の中をまさぐってみると、分かった事がある。
「なんで、もうこんなに…」
──あんなに特別な1週間も、どうでも良くなっていた。
「辛く、ないんだ…」
涙はポロポロと流れ落ちる。
それは、もつ魔法少女になれない苦しみじゃなくて、どうして今苦しくないかを問う涙だった。
「なんで……!!」
「──優花〜!起きてる〜?」
「────」
「…………っ」
「……うん!起きてるよー!」
──平穏で安寧の日々。
また始まってしまう、呪縛の日々。苦しみしかない、救いが無い日々。
なのに。どうして。
そんな事を言ってるのに、私は。
『心の底から魔法少女になりたいと願う人が、なんで訓練でしか魔法少女にならないんです。なんで、日常で魔法少女にならなかったんですか』
この呪縛を、断ち切ろうとはしないのか。
──平穏で安寧な日々に戻る。
それはいつも通りの日常で、いつも通りの絶望で、何も変わらない、私が何を経験しようが一つたりとて変わらない日常。
唐突過ぎた、急すぎる、いくら何でも。
でも、明日、また明日、そのまた明日になった時。
私は、この1週間を、特別として覚えておけるだろうか?
■
『ユウカっ!心配したんだよ!?テスト日になっても影も形も無いし、誰に聞いても何も知らないって!!』
『とりあえず……何ともないんだよね?良かったぁ……っ、そうだ。今日は地理と社会、国語のテストだからはいコレ!』
『ジャジャーン!ユウカに見せてもらった宿題の内容を集めて、テスト範囲の予習帳にした奴!』
『いつもありがとね、ユウカ。付け焼き刃にしかならないかもだけど、コレ……見て、テスト頑張ろ?』
「…………」
ありがとう、助かった、大好き、これで大丈夫。
友達への善意に、私も善意で返した。
──でも、私の中身は何も満たされなくて。
「……」
辛かった、なんでか分からなかったけど辛かった。
冷静に誰が何をして自分がどうなって辛くなったかを、いつもは頭の中で冷静に考えているのに、ぼーっとして。
テスト中も、ぼーっとして、せっかく見してもらったノートの、あの時間も全部無駄にした。
──辛かった。
朝起きて、辛かった。
歯を磨いて、辛かった。
お母さんの声を聞いて、辛かった。
登校して、辛かった。
友達の温かい声を聞いて、辛かった。
ノートを見せてもらって、辛かった。
何もしてないのに、辛かった。
下校中も、ずっと辛くて───。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……………………」
「帰りたくない」
「──帰らないと」
「勉強して、テストの予習して」
「学校行って、帰って」
「ご飯食べて、寝て」
「起きて──学校行って──……」
「学校に、行って……」
「行って……なにすんの?」
「これから先、生きてくの?このまま?」
「──このまま?」