──その人は、突然現れた。
「こんにちは!」
「──誰ですか」
「魔法少女です!」
「…活動ネームと割り当て番号は」
「魔法少女ですから、そんなものありませんよ」
朝、優花と別れてすぐに彼女と出会い、訳の分からない事を言う犯罪者かと思って武器を構えて、
「空知祐奈さん!貴方には──悪の組織に入ってもらいたいのです!」
「……」
「そして、貴方の夢を叶えてあげたい。祐奈さんのご友人である、明美優花さんの魔法少女化という夢を」
「───貴方」
悪魔のような提案を、されてしまった。
「…とりあえず、私の家でお茶でも飲む?」
「お!話が早い人は好きですよ!あでもお仕事を優先してもらって…」
■
「たっかい茶葉ですね〜…ありがとうございます!」
「……言動の割にはマナーがなってる。習ってた?」
「いえいえ、商売柄、と言うやつです」
対面に座る魔法少女は、美しい作法で紅茶を口にする。
お昼の休憩になってからちゃんと再度足を運んでくれたので、イカれてはいるけれど常識の無い人間では無い。
「さて、さっきの話の続きですが!ウチの悪の組織、ユウナさんのような即時戦力が欲しいんですよ」
私の親友、明美優花。
小さい頃からの幼なじみで、優花は母親から『女の子』のように育てられた男の子だった。
理由はどうせ、優花の顔に離婚した夫の顔が重なるのが嫌だから……とかだろう。下らない。
魔法少女になりたい彼女は、日々を『魔法少女』という夢に捧げてきた。私が音楽家の元に生まれてきて、何の理由も無く音楽家になるのとは違い、自分の意思で夢を抱くその姿に、私は憧れていた。
「入隊する代わりに、優花の魔法少女化、貴方ならそれを現実に出来ると?」
「はい!」
「──駄目。出来たとしても優花の為にならない」
「ふむ、ふむふむ。それはどうしてでしょうか?ユウカさんは心の底から魔法少女になりたがっていたようですが」
「ユウカが望んでいることと求めているものが違いすぎるから」
「ふむ」
「魔法少女はそんなに夢のある、楽しい職業じゃない。ただ今のユウカにはその夢があるから、ギリギリで耐えてる。ずっと崩れそうな精神を保って、生き続けてる」
「──魔法少女になれば、自分の不幸は拭えると勘違いしてるユウカを魔法少女にしたところで、いつかは魔法少女にも飽きると思う」
明美優花は私のヒーローだ。
何も目指さない、何も感じない、全てがどうでも良くて全てが分からなくて、何もかもが意味の無いものに見えていた私にとって。
──心の底から純粋に、夢を語る人は優花だけ。
裕福な家庭に生まれ、毎日を順調満帆に歩んできた自分にとって、日々は昨日を繰り返す虚無のようなもの。
夢は無い、親が決めるものだ。行きたいところも食べたいものもない、毎日が平穏で安寧に包まれている筈なのに、気分は地獄。
『ユウナちゃん!!』
そんな自分にとって、彼女は劇薬過ぎた。物心ついた時から、優花の事で頭がいっぱいになっていた。
誰もが無理と言っても、必死に魔法少女になる夢を諦めない。
親からなんて言われても、自分の道を進もうとする。
私はそんな優花を見て育ったから、胸に理想と夢を備えた人間になれたと思う。
それに、優花が私の足を折ったあの日。
お父さん達が大慌てしていたから、多分あの音楽コンクールに音楽界の凄い人でも見に来る予定だったのかな。
足が折れちゃったせいで出場出来なかったけど、私にとってはコンクールなんてどうでも良かったから、この際優花の様に生きてみようと思って……優花が目指していた魔法少女になった。
優花の目の前で、魔法少女への憧れを汚さないような活躍を見せ続ける。それが私の人生目標であり、夢であり願いだ。
──毎日出会う通学路で、私の活躍を配信で見ている優花が、私の事を褒めてくれる瞬間なんて、最高の幸せとも言える。
「もし魔法少女になっても、人生を変えるものが何も無いと分かってしまったら……」
「そうですねぇ…多感な時期にそんな絶望を感じてしまうと、後々の人生に悪影響です」
「貴方のその、悪の組織は面白いと思うし、優花なら絶対入りたいってはしゃぐだろうけど、それよりも先に…」
「──ユウカは、『自分』を見つけなきゃいけない」
優花が憧れを憧れのままに、夢を少しづつ諦めていったのは私のせいだ。死ぬほど悩んで、死にかけるほど苦悩して、見つけた答えは『返す』事。
だからこの命を、この人生を、自由を与えてくれた優花に返そう。
血の一滴から魂まで、優花が『自分』らしさを見つけて、その果てに叶える夢を応援し続けよう。
どんな形になったとしても、その道中で何が失われたとしても、私の望みは、優花が幸せも不幸も乗り越えた先の、『満足』に至る事だけだから。
「ふむ、ふむむむむ」
「私は正直どっちでもいい。私は優花のためなら優花の願いも打ち砕くつもりでいる。あの状態から抜け出させてあげれるなら悪の組織にでもなんでも入るよ」
「ん〜…ユウナさんは自分でもう夢は叶えちゃってますし…なんかコレ脅しみたいになっちゃうなぁ…どうしましょうか…。というか、随分と素直に話をしてくれますね!」
「ユウカが言ってたの、一時の感情に振り回されていい。その時その時を自分で、自由に生きればいいって。だから貴方の面白そうな話も聞きたかったら、聞く」
──親の呪縛から私を解き放ってくれたのはまさに、優花のこの言葉だ。音楽一家の元に生まれて、運命すら親に決められる私にとって、その励ましは天命のようにも思えた。
「……」
「……よし!ならばその憂いを治しましょう!貴方の願いを叶えるには、ユウカさんを私が何とかその現代病から救い出すことが一番みたいですし?」
「出来るの?貴方に」
「いいえ、私だけではどうにも」
「──だから、ユウナさん。貴方の力もお借りしたいです!!」
随分と可愛らしい悪魔だな、と思った。
人の願いの為に心を尽くして頭を働かせる、願いを曲解せず、正しい形にしてから叶えようとする。
悪魔との取引は大抵悪魔側が得をする場合が多い、それは悪魔が自分の利益を求めているからで、
「…気が合うね、魔法少女さん」
何の対価もなく、願いをただ叶えたいと叫ぶその姿は、本当に魔法少女のようだった。
勘ではあったけど、私は優花を彼女に託してもいいと思う。私の勘は外れたことが無いし、優花にも褒められている逸品。
「私も、最初から貴方に手を貸す…いや、利用するつもりでいたからさ。せいぜい私の優花の為に頑張ってね」
「物怖じしませんね〜、ユウナさんなら私との実力の差は理解してると思いますが」
「それが?」
「ふむ!いいえ特に何も!」
この子がどんな化け物で、どんな事をしようが優花を傷つけないなら関係無い。世界が引っ掻き回されようが、何も問題は無い、それで優花が魔法少女に憧れ続けてくれるのなら、何も。
「1つ質問があります、ユウナさん」
「何」
「──世界の全てと、ユウカさんを天秤に掛けられますか?」
「…はぁ、馬鹿にしないで。そんなのユウカが満足する方を選ぶ方に決まってるでしょ」
「ふむ…!なるほど。貴方はユウカさんの為に、ユウカさん自身を殺すことも出来る…と?」
「ええ。あの子が私に殺されて、それ以上の満足は無いって経験を出来るなら」
「…その返事の内容が逆でも変わらないでしょうし、分かりました」
「──貴方の願いを叶えましょう。明美優花、彼の心の病を治し!その上で自分を見つけさせ!人生に希望を授けましょう!!」
「そして」
「「──魔法少女への憧れは、失わせない」」
「…んふふふ?言葉を返すようですが、私と貴方は…随分と気が合うようですね!!」
──本当に唐突な出来事だった。
誰もが戸惑う急スピードで、魔法少女が現れて、私の願いを叶えるというのだ。でも、そんな人生を変える『唐突』を優花の手で一度経験した事がある私にとって、何の心配も無い。
それは私の願いを叶える為ではなく、私の『願いそのもの』である優花を、満足させてあげるために。
「栄えある悪の組織入隊式!おめでとうございま〜す!!特に贈呈できるものはありませんけどね!」
「そして、私と貴方以外、3人目の存在は誰にも知られる事はありません」
「それではユウナさん!──存分に、十分に、ご自身の願いの為、その身を私に捧げ、そして明美優花の為、我が悪の組織に入隊する事を誓いますか?」
「──誓う。私の全てを、ユウカに捧げる」
「んふふふふ、表には知られない悪の組織の幹部ってのも、いいですね!!」
──こうして私は、魔法少女と契約を結んだのだった。
「…あ、後ユウカの事は私の方が知ってるから、基本的に私がプランを立てるので」
「計画書はこっちで用意するし、貴方は舞台だけ整えておいてね。あとコレ、一番良い案は『お試し魔法少女』とかでユウカを釣って───」
「──えぇ…何この人…」
■
「……………」
そして、今に至る。
優花が嫌がること、したい事、夢見てたこと、そして現実とを向き合わせ、あの魔法少女から一旦の追放を聞いた時には心が踊った。
全てが予想通りに、計画通りに進んでいるのだとすれば。
──必ず、この帰り道で、私は。
「ダーク。今日もお疲れ様、ちゃんとご飯食べておいてね?」
「ん……ばいばい、ユウナ」
「バイバイ、また今度」
まだもう一押し足りない、まだ、ユウカの心を砕いて自分を見つけさせるには、本音を引き出すには足りていない。
どれだけ怒っても、どれだけ悲しんでも、すぐに消えてなくなる優花にとって、本音なんて吐き出せたものでは無い。
──なら、私が吐き出させよう。優花が、優花らしくある為に、全てを受け入れるのが、私の役割だ。
「………」
夕日が沈む中、変身体になり飛ぶ準備をする。
私が帰ろうとする素振りを見せれば、必ず、必ず───。
「─────ユウナ」
ほら。
私を、呼ぶ声が聞こえる。
「こっちを、向いて」
言われる通りに振り向いて、私は賛美の声が漏れかけた。
──ああ、すっごく、いい顔をしているものだから。
「っ…なんでッ!笑ってるの…っ!!」
──優花が、私の事を憎しみを持った目で見つめた時。
ついつい、笑みを零してしまった。