最強の魔法少女は対立煽りがしたい   作:カピバラバラ

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「──瑠美(るみ)!」

 

広い、広い草原。

果てが見えない、水平線の彼方まで緑が続く大地。男はそこで名前を叫ぶ、愛しい愛しい我が子の名を。

 

「瑠美!瑠美ー!!何処だ!何処に……」

 

何処を振り返っても緑一色の世界で、男の叫びに応える者は居ない。

草の根をかき分け、我が子を探す。この世界の何処かにいるはずの我が子を必死になって探す。

探して、探して探して探して──。

 

「パパ…?」

 

「はぁっ、はぁっ……瑠美…」

 

「パパ…すっごく…つかれてる…?どうしたのー?」

 

「瑠美が、はぁっ…瑠美が居なくなったから…」

 

少女は父へ不思議そうに首を傾げる。「かくれんぼしてたのに!」と、父が心配で出てきてしまったが、もしやコレは父が自分を見つける為の作戦か!そう思って頬をプンプンと腹らませた。

 

「かくれんぼ…」

 

「そうだよ!一緒にやってたじゃん!」

 

「ふ、は、はは…そう、そうだったね…お父さんは…瑠美とかくれんぼをしてたんだった…」

 

「も〜、これはズルだから無し!次もお父さんが鬼ね!」

 

「ああ……パパが鬼さ。…でも今日はもう帰ろう、家でママが待ってるから…」

 

「……ママが?」

 

父は小さな手を両手で包む。

晴れすぎた空から差し込む日差しと、青々とした空が自分達を包み消す前に。

ここに在るモノを確かめる為に、握り、抱き締める。

 

ずっと不思議そうにしている少女は、流れていた父の涙の故を知らない。

だけどきっと、悲しいことがあったんだろう、暖かく抱擁する父へ、抱擁を返した。

 

「帰ろう……帰ろう瑠美……」

 

「ママが、父さんが…瑠美の事を…」

 

「ん……よくわかんない……」

 

「分からなくていい、分からなくていいんだ。分からなくていいから、帰ろう…」

 

「えー…じゃあ後一回だけ!一回遊んだら帰る!」

 

「っ」

 

父の両手から、するりと少女が抜けてしまう。

もう逃がさないように、逃げれないように強く抱き締めていたはずなのに、そんな父の思惑を無視して少女は駆け出していく。

 

遠く遠く、地平線の果てまで緑が広がる大地の、果ての果てへと。

空と地の境界線にまで、少女は駆けていく。

 

「待て!待ってくれ瑠美!」

 

重く上がらない足を気合いで動かして、世界に挟まれて潰されそうな暑さの中、視界から消えていく我が子を必死に目で追うも、その姿は陽炎のように消えていく。

 

必死に必死に、命を絞り出して歩む一歩は、軽々と草原を走る少女に追いつけない。

 

追いつけず、消えていく。視界から我が子の姿が、幻のように消えていく。

 

 

「まって……まってくれ……頼む…」

 

「頼む…!頼む、頼む頼む頼む頼む……!!」

 

「待ってくれ!瑠美────!!!」

 

 

手を伸ばした父の背中は、父というにはか細すぎて。

伸ばした手は、何処にも届く事なく地に落ちてしまいましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

ツゥ、と一筋流れる涙が、自分のモノである事に気づくのにそう時間はかからなかった。

熱い感情と共に流れ出した涙は、今見た夢が原因なのだろうか。

 

「……エアコン、つけ忘れてたか…」

 

暑さで人死にが出るこの気候で、夜中のエアコン付け忘れは、下手すれば本当に死んでしまう。

座るだけで腰が痛くなるような年齢なら尚更、エアコンのつけ忘れは自殺行為だ。

 

暑い暑い部屋の中はまるで、青空の下で太陽に直視されている時のようで、

 

「…………」

 

起き上がり、エアコンのリモコンを取る気力すら湧かない。

いっそこのまま死んでくれればいい、憂鬱とした気分とおさらばするには、考える頭が無くなれば解決する。

 

「…………」

 

今見た夢の原因がなんであれ、気分は落ち込む。

落ち込んだ気分を元に戻すにも、戻してくれる相手はこの世に居ない。

憂鬱だ。死んでしまいたい。──ダメだ死ねない。まだ死ねない。

 

「……クソっ」

 

冗談抜きで命を奪いに来てる熱波と大気によって、カラカラに乾いた喉を潤しに台所へと向かう。

足場の踏みようもないゴミだらけの床との付き合いは長く、夜中であってもスルりと抜けて進むことが出来る。

 

何がいいだろうか、この喉の乾きと絶望を洗い流すには。

 

「……」

 

冷蔵庫の前に立って、扉を開けてその冷気を浴びる。とてつもない気持ち良さに、サウナ後の水風呂を連想しながら手に取ったのは、

 

「やっぱコレだな」

 

缶ビール。

プルタブに指をかけ、蓋を開く。すると子気味いい音と共に泡が溢れ出してきた。

最初は普通の缶ビールを好んでいたが、新発売の泡が溢れる缶ビールも中々良いもので、冷蔵庫の中は通販買いした缶ビールがダースで並んでいる。

 

「……んぐっ…」

 

──ダメだ、味がしない。

冷たいのだけは分かる、僅かな苦味と炭酸が、舌が壊れた自分にほんの僅かな刺激をもたらしてくれる。

 

「…………はぁ」

 

「それ美味しいんですか?」

 

「美味しいわけないだろ」

 

「……ん───!?」

 

その味わいに思いを馳せている時、背後から声が聞こえ問に答えた、こんなもの美味い訳が無いと。

しかし、背後から声が聞こえたのはおかしいと分かる。何故ならば自分は一人暮らしであり、この家に居るのは自分だけの筈だから。

 

ひゅうと吹いた窓からのぬるい風に急いで振り返り、携帯していた拳銃を向ける。

男が拳銃を向けた先に居たのは──少女だ。

漆黒の髪は腰あたりにまで長く、瞳は全てを拒絶していそうな脱色具合。

如何にも『魔法少女』という格好で、ここまでベタなのは久しぶりに見ない。モダン派と言えばそこまでだが。

 

「ちッ…魔法少女か」

 

「わぁ、それ職業病ですか?」

 

「何処の誰の所属だ、言え」

 

「何処の誰でもありません」

 

「…殺すぞ」

 

「殺せませんよ、なんてったって魔法少女ですから」

 

男の狙いに迷いは無い。脳天に向けた照準はブレる事なく、手首は固定されたままゆっくり近づく。

どうも舐め腐った雰囲気をしている魔法少女に対し、「舐めるな」と吐き捨てる男は遂に額へと銃口を突きつけれる距離にまで。

 

「最後にもう一度、何処の所属で誰からの差し金だ、言わないと殺す」

 

「言うも何も、何処の所属でも無いし誰の下にも就いてませんってば」

 

「──分かった」

 

そして。

──男は引き金を引く。通常であれば魔法少女の肌に傷一つすら付けられない現代兵器の筈が、男が放った弾丸は少女の脳天を貫いて、赤い花を壁に散らした。

 

一般人が見れば有り得ない光景に、男の表情は僅かにもブレる事は無い。

変な奴が来て、勝手に死んでいった。部屋を掃除しないと。その程度の感傷であり、今日は疲れたからいいと、ベットに戻ろう。

 

戻ろう──として、

 

「ほら、殺せませんって言ったのに」

 

「──は?」

 

「初対面の相手を銃殺、中々に擦れてて点数高い…!やっぱりボサッとした暗黒ドクターは貴方が適任ですね」

 

「………んな馬鹿な。対魔法生物用の特殊弾だぞ」

 

男が弾丸としていたのは、人類が新たなる元素として指名した『魔法素粒子』たる『魔素』を対消滅させる特別品。

ミサイルだろうがなんだろうが傷一つ付かない魔法少女を一撃で葬り去る奥の手の筈が、その奥の手を撃ち込まれた少女はピンピンとしている。

 

「まぁまぁ、私の事はどうでも良くて……──魔法少女安楽死計画主任にして悲劇の主役たる川畑優希さん!」

 

「貴方をスカウトしに来ました、どうか、私の悪の秘密結社に入隊してみませんか?」

 

「───」

 

そしてその少女は、馬鹿を超えた馬鹿の、馬鹿馬鹿しい事を言い放った。

 

「貴方には素質があります、入隊してもいい理由もある。色々複雑な事情がすんごい形で絡まってますが、結果として──」

 

「貴方は、愛しい存在を3人失っている」

 

「…………」

 

「…………お前」

 

「我が子の様に接していた相手は社会に消費され、社会の闇に血を繋がる子を消され、最後には最愛の妻さえ魔法少女に奪われた」

 

「復讐、してみません?憎悪吐きたい放題ですよ、ウチの組織」

 

「…………」

 

「…魔法少女自体に、罪は無い……あれは……事故だった」

 

「瑠美も………俺の自業自得だ。瑠奈は、なるべくしてああなった」

 

「俺には誰も、何も恨む資格は無い。俺が恨むのは俺だけで、お前の言う復讐とやらはお門違いだよ」

 

「ふむ」

 

男はそれだけ言い放つと、後ろ頭を掻きベッドに戻っていく。

不可思議な存在に付き合う体力は無い、そう言いたげな態度で横になる。

 

不審者のせいで忘れ、台所に置き去りにした缶ビールの存在を横になってから思い出し、この暑さじゃ明日には捨てとかないとダメだな。そう考えながら目を瞑ろうとして、

 

「──求めないんですか?」

 

「あ?」

 

「求めないんですか、魔法少女が目の前に居るのに」

 

「…何言って……」

 

「魔法少女が!貴方の目の前に居るんです!!」

 

「っ…?」

 

意を汲み取れない発言を繰り返す少女に、もしやコレは暑さで気が狂った自分が見せている幻覚なのではないかと思い始め、弾丸が効かなかった事からそうだそうだと再び横になる。

 

横になった自分を覗き込むようにして、自分の瞼を無理矢理指で開いてこなければ、その戯言に付き合う必要もなかったのだが。

 

「なんっ」

 

「──川畑さん。納得してます?」

 

「……」

 

「納得したんですか?それとも、納得させられたんですか?」

 

「…………」

 

「貴方が求めているのは、それだけなんですか?納得させられた結末でいいんですか?復讐したい気持ちや憎しみを全部抑えて無理矢理納得して……」

 

「──これで、いいんですか?」

 

「………………いいんだよ、無くなったものは、戻らない。俺が何しようとな」

 

──諦めたんだ。

燃えるような復讐心があった。病院で記憶を失って、廃人となった妻を見る度に粘つく憎しみが増えていった。

 

でも、ある日。痩けて今にも死にそうな妻の、最後の笑顔を見て。

 

もういいや。そう思った。

もういいんだ、こんなもの捨ててしまおう。失ったものは、もう戻らないのだから。

 

「───それが!」

 

「それが!妥協だって言ってんです!!」

 

「…………」

 

「本当に?それだけで求めるものは終わり?何でもかんでも求めていいのに、魔法少女が目の前に居るのに?」

 

魔法少女(希望)を目の前にして、貴方の求めるものはそれ(悲劇)で終わりなんですか?」

 

「……黙れよ」

 

「川畑さん、川畑さん川畑さん川畑さん!受け入れたソレに、本当に納得しているのなら!」

 

「──どうして、貴方が見つめる世界の色は、こんなにも抜け落ちているんです?」

 

「…頼むから……もう……!」

 

拳を少女に叩き付ける。

無論、魔法少女に普通の物理的干渉は一切害を及ばさない。無惨にも殴った方の拳が傷ついて、痛みに悶えるだけ。

 

「いっ…。誰っ…だよお前は……!なんなんだよ…!!」

 

「私は魔法少女です」

 

「今更なんで!お前みたいな…!」

 

「私が、魔法少女であり、貴方が願いを持っているからです」

 

「……なんの、為に……」

 

「悪の組織を作りたいんです。魔法少女が魔法少女である為に、人類の皆さんが理由を思い出す為に」

 

「もう一度言いますね、川畑さん。貴方の目の前に居るのは魔法少女なんです」

 

「求めて下さい、願って下さい、際限なく、自分が求める全てを叶えて欲しいと」

 

──それは悪魔の提案だった。

口にしてはいけない、この道を選んだからこそ後悔してはいけない筈の過去に、心が痛いと喚き始める。

 

唐突に現れた存在に何故か過去を把握されていて、気分は最悪。なのに、怒りとは別の感情による涙が流れる。

 

「お前は……お前…は…」

 

「なん、なんだ……本当に……」

 

「私は、魔法少女ですよ。川畑さん」

 

人間には、時折決して触れてはいけない傷が作られる。

妻と過ごしたボロアパートに、大富豪になってからも住み着いていたり、夜な夜な愛した者の夢を見たり、未だ病院で外を見続ける余命幾ばくも無い妻の元へ毎日通ったり。

 

それは後悔によるものだ。自身が犯した決して拭えない罪と後悔によって、人間は心に傷を作る。

 

「………聞いて、くれるか……?」

 

「はい。私は何処の誰の所属でも無ければ、貴方を苦しめる存在でもありません。初対面ではありますが、存分にどうぞ」

 

「……ほんとは…」

 

「本っ……当は……俺は」

 

「死んだ瑠奈と……殺された、瑠美の仇を取って……」

 

「…………妻と、一緒に、この部屋で過ごしたい」

 

「ただ、ただそれだけが幸せなんだ。俺は……許されなくてもいいから……そんな夢を、みたい。その夢を奪った奴らを…全員、ぶち殺してやりてぇ…!!」

 

話している間に血反吐を吐きそうだった。

都合のいい、自分にだけ甘くて都合のいい話を、ツラツラと並べては後悔を口にする。

 

魔法少女と魔法生物の争いに巻き込まれて妻があんな状態になったのも、実験体であった瑠奈が自分の本当の娘だと気付いた時には全てが遅かったのも、俺の娘とされていた瑠美が奴らにとって邪魔だから消されたのも全部。

 

全部全部、無かったことにしたい。

「──川畑さん」

 

「貴方の願い、聞き届けました。貴方が希望を願うのなら、私は魔法少女として希望を届けましょう」

 

「貴方の願いを人質に働かせる、なんて事はしません。直通便で貴方の願いを叶えましょう!勿論料金はタダです!」

 

「…………は、はは、そうか」

 

「あ、嘘だと思ってますね?なら早速……よいしょっと、魔法でキラキラ〜」

 

「……」

 

「はいこれで奥様と子供達は元通りになりました。まぁそれで、お暇があれば秘密結社のドクター係として色々お願いしたく……」

 

「───まて、待て待て待て。元通り?」

 

「え?そうですけど」

 

「馬鹿かお前、命の蘇生は魔法の中でも禁忌に分類されてんだぞ。最低でも魔法少女3人の命と引き換えに──」

 

「川畑さん…魔法に代償なんてあると思ってるんですか?奇跡ですよ?魔法なんですよ?代償が必要な魔法って下らないと思いません?」

 

「明日、貴方の奥様の病室に足を運んでみてください。これが夢じゃないって分かりますから、それじゃ私は他にもスカウト先があるので失礼します!!」

 

「───」

 

「あ。これ名刺ですどうぞ、連絡先はこれに書いてるんで、それでは」

 

「─────」

 

 

真夏の夜の夢のような、一瞬の一幕を過ごした男は、消え去った少女の痕跡すら探さずに。

これが、夢であれと願う心と、夢でなければと願う心に苛まれながら、瞳を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………暑い」

 

セミすら鳴く気力を失わせる帰路の中、炎天下の日差しを手で日陰を作り、何とか熱中症を避けようとしている男がいる。

 

ボサボサの髪は変わらずだが、普段その男を見掛ける人でも、そのボサついた髪でしか分からない程に顔周りを整えていた。

髭を剃り、顔を洗い、眉を整え、ボサボサの髪を一つくくりにしたポニーテールは案外雰囲気と合っている。

 

猫背でとぼとぼと歩く男は、胸ポケットから一枚の紙を取りだして、そこに載ってあった電話番号を指先でなぞった。

 

「…………」

 

何とも言えない表情で、苦虫をかみ潰したような顔をしながらスマホを取り出す。

──スマホの画面には、笑顔の女性と子供2人の姿が映っていて、男はそれをじっっくりと数秒眺め、穏やかに微笑んで、

 

「…………暑っついな」

 

静かに、ゆっくりと、指でなぞった電話番号を携帯に入力した。

 

「………」

 

「………………」

 

「…………………………」

 

《もしもし、こちら悪の組織第一支部ぴょん。事件ですか事故ですか?》

 

「…………どっちでもないんだが」

 

《出前は取ってないぴょん!冷やかしなら電話を切るぴょんよ!》

 

「いや、おたくの…魔法少女に伝言があってな……」

 

《ああ、ウチの。はいはい、伝言かぴょん》

 

「面接だけ、一応受けに行く。何するかだけ聞いて、私生活と噛み合わなかったら辞退するってな」

 

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