──視線上を埋め尽くすのは、人だ。
人、人、人。どれも間抜け面を晒した、今から起きる事態、巻き起こる未来を欠片も想像出来ていなさそうな顔が並んでいる。
「…はしゃいで降りてきちゃったけど」
浮遊魔法を私はまだ使えない、結局使える魔法はこの前から増えてないし、変身体で毒霧に変化出来るとはいえ……今から、地上を練り歩きながら虐殺する。
──スマホを片手に、ピカピカと光っては割れる空を写している女子高生。自分と何ら変わりない、昨日まで同じ日常を過ごしていたであろう女の子。
まだ隠匿魔法が切れてないのか、目の色彩が分かるぐらい近づいてもなんの反応もない。そしてその顔をマジマジと見つめ、黙考する。
「私が、殺すのか」
想像力、危機感の欠如、現代社会に蔓延る毒に感染していた過去の自分が昨日のオリテアの放送を聞いていたら、その日その足で東京に来て、この子と同じように空へカメラを向けていた。
だから悩む、悩み続ける。大切なのは自分が決めること、自分が、何を望んでいるかを決めること。
「───」
魔法少女になった今の自分になら、触るだけでこの子の命は消えて無くなる。その未来を奪って、地面のシミにして。
「……」
「──気分悪いな」
「うん、辞めよう」
──大切なのは何が正しくて何が良いのか、じゃなくて。
今ここで気分が悪くなるならやめよう、自分が、ただ虐殺を振り撒いても別にいいけど、自分が、必要ないから。
それよりも試したい事がある、魔法少女……というより、特別な存在になれば誰だって気になる事が。
「えっ、キャァッ!?」
「お…解けたのかな…?よし」
──どれだけ、自分が強いかどうか、それを確かめたい気持ちが溢れて止まらない。
「だ、誰!?魔法少女…!?」
「──そうですよ、魔法少女です!」
オリテアを真似て、堂々と。
詠唱に恥ずかしがっていた時とは、真反対の自分を晒す。そこに不快感はなく、羞恥心の欠片も無い。
あるのはただ───楽しい、という感情だけ。
「殺しはしません、人質になってくれますか?」
「えっ、ぁ、えっ」
「ヤバいって愛ちゃん!逃げよ!?」
「いや──人質にします。手を出して」
バーガーショップで放送を聞いてここに駆け出した彼女は、傍にいた友人の声も無視してユウカの前に素直に手を差し出した。
そんな彼女に柔らかく微笑むユウカは、こんな所まで自分の写鏡である相手に心中で苦虫を噛み締めて、
「ははっ、傑作だな…私って、こんな感じだったんだ……」
──馬鹿だな。
そうこの子に思う度、鏡合わせになって跳ね返ってくる。
「っ、あのっ…その…?」
「悪の魔法少女ユウカ!ここに参上!街中でひっそり警備してる魔法少女さん達〜!貴方達が守りたい一般市民は、私が預かりました!」
「なにあの人…」「なんかヤバそうじゃね?」「動画回せ!回せ!」と、何も無い場所から現れた魔法少女に対しざわめき始める。
そして女子高生の手を握り腕を上げそう叫ぶ魔法少女は、目を輝かせていた。
「──あははッ!」
名も知らぬ女子高生──しかし確実に過去の自分の延長にある彼女の手は震えていて、けれど、振り払って逃げようとはしない。周りの人もそうだ。
たぶん現実を理解していない。あるいは理解したくないのだろう。
人は理解しない方が楽なことに直面すると、思考を止める。目を逸らす。止まったまま、自分が何をしなくても解決するまで待つ。
「解放して欲しいのなら、私を倒しに来てください!十秒以内に出てきてくれない場合は──」
「周囲100m以内の人間、全員殺します」
──集団は感情を伝播させやすい。
恐怖は伝染する、集団は集団を保てなくなる、だから、正しい導火線さえあれば日常は簡単に崩れる。
「さて」
「まずは、こんな近くに居て…私を撮っている方から、殺しましょうか?『アシッドウェーブ』」
「ひっ──!?あ、うぇ…?」
「──あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛?゛」
カメラを向けていた男の右腕が、飛来する緑色の液体によって溶解する。実感も無いままに失った右腕を見つめて、骨だけになった後──絶叫。痛みを全身全霊で表して、熱されたアスファルトの上で転げ回る。
実害が出た。その事実は集団に恐怖と現実味を帯びさせ、今までその雁首を並べていた民衆が男の叫び声を皮切りに、走り出す。
──開けている筈の、逃げ場のない都市空間。
野外である外は、今や建物と人という壁によって出口の無い迷路へと変わり果てる。ビルは光を反射し、逃げ惑う人々を照らし出す。そして人々はただ、逃げなければならないという本能だけで脚を動かして、
「がっ、うっ……クソっ、全員上空へ移動しろ!移動でき次第犯人を包囲!人質の救出を優先!」
「了解!」
「……ふうん?」
人波から浮き上がる魔法少女が数人、それを視認しながらユウカはとある違和感に気がついた。
──この状況で、人波に逆らって自分の方向へ歩いてきている人物が数人居る。隠れている魔法少女警察をあぶりだすためにわざわざ人質を取って騒ぎを大きくしたが、同時に浮かび上がらなかったという事は……。
「──オリテアさぁ…絶対変な人達も呼び寄せちゃってるよあの放送…ねぇ君たち、何処の人?」
「………」
「日本人だろうけど、カタギっぽくは無いし」
「……………」
「無言。まぁいっか、どうせ全員相手にするつもりだったし…あ、人質さん!」
「は、はい!!」
「今日という日を忘れずに、宝物みたいな時間にしましょうね!」
──そうすればきっと、これからは。
魔法少女が、貴方の願いを叶えてくれるだろうから。
「全員ッ!前進──!」
「………ヤるぞ、行け」
「───かかって来い」
■
「ねぇドクター」
「どうした?」
「お姉さんの言う通りにしなくていいの?」
街の隅、喫茶店の中で涼しむ四人。
ドクターはオリテアとダーク、ユウカと別れてからすぐさま店内へと駆け込んでコーヒーを嗜んでいた。
「別にいい。アオにも、アカにもクロにも教育に悪い所は見せたくねぇ」
「でも…」
「あ〜…民間人を救えって所か?」
「うん……」
「──自己責任だよ、オリテアがわざわざ犯行声明を『してやった』んだ。これが予兆も無いテロだってなら別だが、正直ここに来てる奴らは軍警除けば馬鹿しかいねぇ」
「でも!お仕事の人もいるんでしょー?」
「……アカの言う通りでは、ある。多分そこはどうしようもなかったから、オリテアと兎野郎も休憩時間に差し掛かってるこの時間帯に調整してんだろうな」
「…兎野郎…それ辞めて、ミーちゃんって呼んでよ」
「あいあい、ごめんよ」
アオとアカに比べ、クロは一段と大人っぽいな。アオはずっと俺にベッタリだったせい、アカは年相応、クロは…そんな2人に挟まれて育ったから、気質が長女に近い。
兎野郎に作った順番を聞いてみたが、まさかのアカが長女で次女がアオとは。
「結局、オリテアが目指してる所は唯の悪の組織じゃねぇ。解散前提で動いてんのが見え透いてんだよ……はぁ…。だから、俺も俺で好き勝手やらせてもらう」
「──アオ、アカ、クロ。お前らはこれから先の未来で何があったとしても、オリテアだけは頼るな。兎……ミーちゃんも本当に危なくなった時だけ頼れ」
「えー?ドクター変なことばっかり言う!私分かんない!」
「……一応心に留めとくよ、でも私達のお母さんはミーちゃんだから」
「私は、えっと…」
「……大丈夫だ、今日どうにかなるって話じゃない。いつか、大変な事があるかもしれねぇから…言ってるだけだ」
最悪──組織の全員を裏切る事になったとしても、この3人には自由な未来を選んで欲しい。
親心が移ったか?自分らしくも無い、3人は魔法生物だ、オリテアが利用する為だけに兎野郎が生み出した私兵。
……にしては、随分と慈しみながら育ててたな。俺も、あいつも、互いに。
「…………」
珈琲は良い、俺がこの世界に産まれる前からあったもので、唯一至高だと褒め称えるものがコレだ。
珈琲が作られた当初は、さぞドブの様な味だったのだろう。異次元生命体との戦争を終えて、以前の文明が根こそぎ消滅したとなれば尚更、今この手に握られている小さなカップに容れられた珈琲が美しく見える。
「………」
ビールも、タバコも、人間の全ての技術は過去の積み重ね。人間という種族が残す美しさだ。
人類そのものが未だ発展途上───の、状態で、オリテアは言わば完成品。
それ以上が何も無い、それ以外も何も無い、この世の全てを1か0でしか感じれない化け物が何の因果か、酔狂な事を始めちまった。
「───はぁぁ…」
外では、騒ぎが起き始める。オリテアかダークかユウカか、それとも全員か、戦闘を始めたんだろう。
オリテアに頼まれたものの、俺は民間人の救出なんてする気は無い。ダークとユウカがヤバくなれば回収するだけで、それにあの2人が危機に陥っている姿なんか想像つくかよ。
ダークとユウカも基本的な魔法少女の物理攻撃が効かない上に、普通の魔法少女が泡吹いて倒れる性能のオリ魔、特にダークは身体の制限が無きゃオリテアにも届く可能性がある。
だからわざわざ俺が危険な人混みの中歩いて、助けに行く必要性は無いって事だ。騒ぎが収まるまでここで飯でも食っておくのが一番良い。
「なんか食べるか?」
「食べる!私コレ!オムライス!」
「コーヒーゼリー…食べたいかも」
「かき氷、ドクターと一緒に食べたい」
「オムライスコーヒーゼリーかき氷、ね。──すんません!」
今の時代モバイルオーダーも無い店なら、そりゃこんな騒動の中でも客足が無い訳だ。
VRだの水槽に浮かぶ脳だの、魔法少女専門でやってきたからそっち系は理解が浅いが、こんな時代に注文を直接聞く形式は珍しいな。
いや──今の俺にはこうじゃなきゃ外食も出来やしないのだが。個人データが政府に握られてる以上、下手にコンビニやら飲食店でモバイル決済すると足がつく。
俺の足取りを追えなくなった瞬間から、奴さん血なまこになって俺の身柄を探してるからな。
「…………」
──面接の時に兎野郎へ出した要求は叶えられていた。
オリテアの分身体が家族に常に警護している、何があろうとオリテアを欺いて奴らが瑠美達を殺せはしない。
「…………ため息しか出ね〜!」
恩がある、大恩がある。どれだけの迷惑を掛けられても、俺はあの2人に恩があって、心の底から感謝を告げている。
──だから、出来る限り。
出来る限りを尽くそう。それが求められていなくても、どんな結果になったとしても、全身全霊を尽くす。
「──ドクター」
「ん?」
「誰か、来てる」
「誰かって、普通に客……じゃ、なさそうだな?その様子だと」
「うん」
クロの魔法生物としての勘か、ここに来ようとしている相手はどうやら穏便に済む相手じゃないらしい。
いくら何でも嗅ぎつけるのが早すぎるが、何かミスしたか?
「……──」
して、ないよな。
「────クソっ」
して……ない、なら。
「お、久しぶりだな川畑!マスター、そこの人の隣の席、失礼してもいいかな?」
俺が失踪してから始まったオリテアの放送、2つを結び付けて目当てをつけ、速攻でここに来れるぐらい頭が回る奴が居るのは知ってる。
知ってるが───会いたくは、無かったぞ…!
「岡野…テメェ…!」
「本当に久しぶりだね、優希。──会いたかったよ」
「俺らが注文した奴が来るまでは何もすんなよ、せっかくの珈琲がクソ不味くなってんのに、これ以上マズメシ食いたくねぇ」
「じゃあ僕も珈琲を1つお願いしようかな?まっ、珈琲なんて元々不味いものに『不味くなる』なんて表現、正しくないと思うけど」
──ベルを鳴らして店内に足を踏み入れたのは。
「──失せろカス野郎。その子供舌治して出直せ」
昔、俺が居た研究所で娘の瑠奈を失う原因になった相手であり、共に魔法少女という存在の研究をしていた、元親友の岡野光汰だった。