──サングラスを掛けた、アロハシャツに白衣を纏う不審者がコスプレをした3人の子供を連れて入店してきた。その時点で一瞬、通報するか迷うレベル。
「……」
私は後ろ手で黒電話に手を伸ばしていたし、冷や汗も止まらなかったのだけれど…子供達との会話を片耳に聞いている内にその必要性は無いと思っていたが、
『すまんな、店主。あんま気にしないでくれ』
──流石に、四肢が欠損した少女を担いで戻ってきた瞬間は目ん玉が転げ落ちてしまうかと。
気にしないでくれ、そう言われてコレを気にしない人間がこの世界に居るのだろうか。驚きに包まれた自分の表情を鏡で見れば、その瞳の丸さに猫を想起したと思う。
2人目の不審者は1万円を置いて帰ってしまったし、正直アンティーク趣味で作ったこの店が壊される事態にならないかヒヤヒヤで2人のやり取りを見ていたし。
ラジオに流れてくる速報には、曲がり角の先の十字路で大事故が起きているらしいしで、この異常な空間から外に出たくとも出れない状況に私は置かれていた。
「…………」
……通報とか、するべきなのだろうね。
「………赤いお嬢さん」
「んー?なにー?」
「オムライスを食べた後のデザートは、リンゴの…シャリシャリとしたアイスか、チョコケーキのどちらが良いですか?」
「アイス!!」
「分かりました」
暑い日にはキンキンのジェラート、というのが定番だと考えている。アイスコーヒーも良いかも知れないが、この酷暑でお客が求めているのは暑さと冷たさの落差による舌の上の快楽。
お水も注いでおきましょう、あの不審者にしか見えない人は先程から……連れて帰ってきた少女に付きっきり。無駄に私が手をかけることも無い。
……しかしあの子、明らかに魔法少女だ。目の錯覚でなければ、欠けた腕から血や肉の断面は見えていなかった事、そして表の騒動を考えると確実に厄ネタだ。
──取り敢えず、この人達に媚びを売っておけと私の長年(32年)の経験が告げている。
「「「ご馳走様でした!」」」
「おう!ごっそうさん!席座っとけ!」
「ドクター!私のアイス作ってくれるって!」
「分かってる分かってる。こっちもまだ時間掛かるからゆっくり食べろ」
「うん!」
少女を四人席で寝かせ、何してるのかが気になり過ぎて業務の手が止まってしまう。あの白衣の方が先程から光り輝いているのは、魔法少女が警備作業をしている最中に…魔法生物と出会った瞬間によく似ている。
酷暑のせいで、ずっと目の錯覚が起きているという訳では無いというのなら、私はすぐに通報をするべき…なの、だが…。
「…………」
「──うん」
私はジェラートの材料を計りながら、可能な限り、あのテーブルから目を逸らす努力をする事にした。
けれど、どうしても視界の端に入ってくる白衣の男が取り出した注射器や、謎の小型機械、そして──少女が発する呻き声に意識を取られてしまう。
残念でもなく当然、ここは病院でも警察署でもないただの喫茶店。時代遅れのアンティーク調の、それでも少し古臭いインテリアを売りにしている、のんびりした店。
……のんびりした店の、はずだった。殺すだのなんだの、そういった単語とは無縁の場所。勿論こういった光景とも。
「お客様」
「なんだ、生憎状況を説明しろと言われてもアンタにゃ何1つ分かんねぇぞ」
「いえ。先月から初めてこの店に足を運んで下さった方に、スタンプカードを配っていまして…」
「来店五回目には珈琲が無料になります。是非リピートをと」
「────」
「何か、特別な事情があるのでしょう。何せ人足が少なすぎますから、その『特別な事情』とやらでこの時代遅れの喫茶店の暇を潰して頂けると嬉しいのです」
「………まぁ寄る事があったら、今度はもっとゆっくり休ませてもらう。それまでに潰れないでくれよ」
氷を敷き詰めたボウルから伝わってくる冷たさが指先にじんわりと広がっていく。キンキンに冷えてしまった指は気持ちの良いものでは無いが、大量生産大量消費の社会で、丁寧に手作りを貫き通すというのも下らない拘りに過ぎない。
自分の好きを通す為に、不効率と無意味を繰り返す。例えそれが身内から軽蔑される事だとしても、選択に正解も不正解も無い。
「…誠心誠意努力させていただきます」
──必要なのは、選択の結果を受け入れる事だけ。
どんな選択を取っても正解なのだから、その結果も正解として受け入れるのが、私に必要とされているものだ。
「ちなみにそちらのお客様は何かご注文は?」
「おみず……」
「──承知しました」
■
「空を自由にとーびたーいなー」
夏の日差しに照らされながら、簡単な『駆除』を終えたユウカは、退屈を紛らわせるためにビルの屋上へと登った後───、
「ぅっぁうぁ…」
「はい、魔法少女〜」
鼻歌を刻み、屈強な体格の男を片手に持ち上げステップを刻んでいた。ユウカが愉快げに、楽しげに歌っているのとは対象的に、抱えられている男の表情は真っ青に染まっている。
「みんなが羨む魔法少女と屋上で2人っきりなのに、随分と情けない声出すんですね」
「っ化け物が…!」
一見すれば美少女にしか見えない彼に抱き抱えられれば、心の溝も少しは埋まる筈だが、生憎男にその余裕は無い。
警察含め襲撃を行った仲間を無惨な血肉に変えられては、肝に生えた毛も削げ落とされるというもの。
地面のシミに変えられた者。跡形もなく身体を消し飛ばされた者。自分達ヤクザよりも圧倒的に酷い目にあった魔法少女も居た。
何も無い場所で突然息絶えた仲間は、何も言い残す事なく臓物の欠片になり、泣き叫ぶ魔法少女はその頭蓋を素手で割られ、あの瞬間だけは普段敵視している魔法少女に救いの手を差し伸べたくなった程に凄惨で。
今、自分だけがこの地獄に居続けさせられている事に、先に地獄へ向かった仲間へ文句を言いたくなる。
けれど、この化け物の手の中で脳みそをドロドロに溶かされた奴よりはマシかと目に反抗の意志を宿らせ睨みつけた。
「貴方が弱いだけですよ、人間性を残すのを悪いとは言いませんが、お仲間さんを殺されて動揺していたのは貴方だけです。敵の前で隙を見せれば利用されるのは当たり前、飢えたライオンの前で突っ立ってるのが悪いんです」
「……」
「では、私の右手が痺れて指を離す前に…話して下さい。貴方達は誰の元で働いていて、何をしに、どうして私を狙っていたのかを。私はあの変な銃の効果、パクった奴を貴方に味わわせてあげてもいいんですよ?」
「…………」
「──私、魔法少女になってから日が浅くてですね。訓練の為に常、変身してるんですけど…困ってることがあるんです。例えば、コレ」
「うギャッ…ぁ…!?」
ユウカが指に力を込めると、ミシミシと男の肋骨が側面から指圧され、悲鳴を上げていた。
皮膚を貫通し、骨を直接圧する指に男の血が垂れ落ちる。無心無感情でそれを眺めるユウカは、眉を八の字にして憂鬱そうなため息だけを吐き出して、
「軽く力を入れただけでこれですよ?朝の歯磨きとか、扉の開け閉めとか、壊しまくって怒られてますし…」
「はっ、はっ、はっ…おま、お前…!!」
「何ですか?」
「うくっ…」
「言いたい事があるならハッキリ…っと!」
──力任せに男の右腕をポッキリと折ってしまう。
絶叫を上げる暇も無く、男の口は血で濡れた指先に覆われてしまう。くぐもった呻き声が指の隙間から漏れて、唾液と涙で汚して咳き込む。
まるで割り箸を折る様に男の腕は決して曲がってはいけない方向を向いてしまっていて、飛び出た白い骨が筋繊維を少し纏い情けない言葉を吐いている様にも見える。
「───!!?」
「私だってこんな事……したく…いいや、したかったんですよね!加虐趣味とは言いませんけと、何と言うか…夢の中での出来事を現実でしたかったというか?」
「──────」
「夢や空想の中なら、私は何でも出来て何でも許される。そんな全能感に身を委ねていいのはそれこそ夢と空想の中だけだった」
「心地のいい夢に、浸ることが悪いだなんて…誰にも言わせません」
「私は、貴方の口を塞ぎながら質問に答えろ…そんな理不尽を押し付けることもしないので、答えてください」
「あの時使っていた銃はどんなもので、貴方達がこんな目に会っているのは誰がどんな目的の為に貴方達を『使った』からなんですか?所属は?どうして私がこの場に来ると分かってたんです?」
「うっ、ぁぅ…ぁっ…ぁ…」
「──3」
ユウカが男の首を鷲掴みにして、下を見れば気絶してしまいそうになるほどの高度に宙ぶらりんになる。
「──2」
ユウカの足元がジュウジュウと音を立てて、毒で融解していくのを絶望に染まった目で男が視界に捉える。
「──1」
思考は、絶望、空虚、失意が上塗りを続けているせいで、飛び散った単語を整頓している暇は無い。
神経を焼かれるような痛みが、脳にニトログリセリンを突っ込まれたような痛みだけが反響して──涎が食いしばる歯の隙間から垂れ落ちるより先に、言葉を吐いた。
「ぜー」
「分からない゛!!」
「……」
「わからない、わがらないッ…俺、俺はッ゛…何も知らされていない……」
「へぇ?」
「……おれは、唯の半グレで…依頼主の名前も…中東のマフィアだってのは言ってたが、それ以外は…!」
「ふむ、そうですか…」
「……」
「……よし!コレ持ち帰ってオリテアに調べてもらおーっと」
「ぁ…?」
──男の視界は、真っ逆さまに。
感じる重力、足先に登っていく血液。頭がどんどん冷たくなって、息も何もかも、男は出来ずに落ちていく。
気絶しそうになる意識が、痛みによって引き戻されてはまた遠のいて、この世の全ての苦痛を受けているのではないかという錯覚をし始め数秒。
頭蓋の中身を地面にぶちまけて漸く、男の思考は暗闇に落ちた。
「……」
「あーあ」
「こんな事平気で出来るようになっちゃったな。せめてあの薬物で楽にさせてあげてからの方が良かった気も……まぁいっか」
それから、頭に思い浮かべるのは自分の手で殺害した相手の数々だ。
正直に言うと、余裕過ぎた。ユウナとの極限の戦いの後では何もかも余裕に映るのやもしれないが、それで余裕を持って戦えた。
まず自分より身体能力が高い魔法少女が居なかったこと。そして自分のオリジナル魔法に対応出来る相手が居なかったこと。自分の一撃は必殺で、相手の攻撃は無効化なんてヌルゲーにも程がある。
「でも、やっぱり実戦は全然違う。変身の強さもオリテアの言う通りだし……東京警察の魔法少女って連合所属の人より結構強かった気がするんだけど、片手間で戦えたし」
語るまでも無く、損害無し。
自分が強いのか弱いのか分からなかった状況からすれば、この経験も貴重な代物だ。
「…………」
「オリテア!終わったよ!」
耳元に手を当てて彼女の名を呼べば、オリテアに直接声を届けられる魔法を事前に掛けられている。
オリテアは──私とダークの経験値稼ぎにこの騒動を企画したと言っていたけれど、少々雑が過ぎるのではないか、と思う。
宣伝、実戦、一石二鳥を得る為に色々準備をしていたのだろう。ならこんな街中じゃなくても何処かの施設でも良かったのではないか?
「……うーん」
何にせよ、顔はこれで売れている。悪名は私が殺した人間と魔法少女の数だけ轟く事になるだろうし、ユウナも見てくれたら嬉しい。
配信を見る側から、する側に。いつまで経っても届かない夢に辿り着いてみれば、案外悦びの方が訪れている。
虚しさも、苦しさも何も無い。あるのは走り抜けたいという、人生への望みの炎。
行き着く所にまで行ってしまった後にも、私はこのビルから覗く情景を同じように眺める事は出来るのだろうか。
「……」
「出来る!迷わなくていいってやっぱり凄いや、こんなに気力があるのも久しぶりだし!何処までも走り続けよう、死ぬまで、死んでからも……──」
──そう告げたユウカの頭上に、影が走る。
人間大の影が、両手を伸ばし背伸びをしていたユウカに被さった。
「ならここで死ね」
冷たい声で言い放つ暗殺者は、冷めた刃を握り締めていた。
ユウカが背伸びをするまで、文字通り影も形も、気配も無かったというのに突如現れた魔法少女。
首を傾けて目尻に映る敵を視認し、悟ったのは手遅れだということ。全ての行動が間に合わない。
魔法少女の姿形は影に覆われ、まるで暗闇を見つめているようなものだった。察するに、転移に関する魔法だろうか。大量のノートを作ってまで魔法の分析を続けてきた、所謂『オタク』であるユウカにとって、脳内検索をすれば余裕で魔法の正体が分かる。
名付けるなら──『影渡り』。無条件の転移を持つ魔法少女は、オリテアを除いて存在しない。警戒を続けていた自分に気取られずここまで近寄る手段は、恐らくは影。
たった数秒、高々数秒。その少しの時間をたっぷりと分析に時間を費やして、これから訪れる運命を待ち受けた。
「ぁ───?」
「はい残念っと、全部手遅れでーす」
そう、これからこの子に待ち受ける運命を、間近で観察する。
何もかも手遅れ、この魔法少女の行動は何もかも間に合わない。刃を首に届かせる事も、私の命を絶つ事も、逃げる事も。
四肢の神経が硬直した魔法少女は、殺虫剤を掛けられた虫と同じようにバタついて地面に落下する。
「なんっだ……コレっ…ぐっ、ヘブンズ……キャンディの…!」
「ずーーっと私の戦い方を見てたんですかね、こんな魔法ならあの乱戦中に仕留めに来ればいい……私の行動を分析して、近接戦が脆いと思って襲ってきた」
「──ですが残念!私、毒使いなんです!」
──ユウカは自身のファイトスタイルに悩みを抱いていた。
もし、その悩みを見通してオリテアが実戦を勧めたとするのなら、感謝をするべきなのかもしれない。
『アシッドウェーブ』は絶望的な弾速が故に遠距離戦、中距離戦に向かず、『シムーン』もそれをカバー出来る性能では無い。『レッサートラップ』は実の所射程距離が4m程しかない上に、『シムーン』によって自分の魔力が行き渡った空間にしか発動出来ない。
つまるところ身体能力強化が上回る相手には、遠中近において微妙な選択肢を強要される残念魔法少女。
「っ、かハッ──!?」
「隙を晒してのカウンター。時代は情報戦!ですよ!」
血反吐を吐く漆黒の魔法少女には、自分に起きている事が理解出来ていない。自身の魔法『
魔法を発動した気配も無く、依頼したヤクザが血あぶくを吐いていた無色無臭の毒も使われていない、筈。
だというのに、自分は今血を吐いて地面に倒れていた。
「それと…ヘブンズ…キャンディ?あの魔法薬物、そんな名前だったんだ」
「───」
「おお、もう喋れないくらい弱ってる…こんな危険な薬物、人間にも魔法少女にも使っちゃダメじゃないの?」
「な………ぜ……」
「なぜ?…ああ、何でこんな虫コロリみたいになってるかって?」
「……」
「私よりずっと強そうな貴方が、どうしてこんな事になってるか。不意打ちをしなくても真正面で勝てる筈の貴方がどうして」
ユウカが三日月の如く口を笑わせて、唇を自慢げに震わせれば───。
「私、毒系魔法少女なので!」
「─────」
答えになってない、と怒りを口にする前に、暗殺者は力なく倒れる。
身体を蝕む毒は、肉体を溶解させる酸による仕業でもなく、皮膚を溶かす無色無臭の薬物によるものでもなく、魔素を破壊する魔法でも無い。
自分に打ち込まれた薬物による、『人体を内部から破壊する』イメージをユウカが抱けた事で産まれた四つ目の魔法。
「今日も最高の一日に…私が、自分の手で…出来た」
「うん。やっぱり魔法少女になって良かった、それを毎日毎日、確認していかないと」
「強くなって強くなって、なり続けて、ユウナに勝つ為に」
四つ目の魔法『ドロップアウト』。
男への尋問の際、足元で地面を溶かしていた毒は従来の代物では無く、新しく生み出したモノ。打ち込まれた薬物の成分をそのままに、内臓と脳味噌を破壊し尽くす毒物を生成し操る魔法。
液体から気体に、気化した毒を常に纏うことの出来るこの魔法は、今までの全ての魔法の性質を有しているハイブリッド。
「真正面から不意打ちをかましてやる完全なカウンター戦法!自分に毒が効かないのって便利すぎるな〜!」
「──さて」
「いちばーん情報を持ってそうな貴方は、ちゃんと持ち帰って尋問させてもらいます、ね」
「悪の組織らしく、地獄を見せてあげよっか」
──神に祈れるのなら、両手を合わせ全身全霊で祈っていた。
今にも消えそうな意識の中、動かない両手にたっぷりの憎しみと悔しさを込めても、どうしようも無い。
だから、出来るのはただ、心の中で神に祈ることだけだった。