アレハ・イーコールとアルク・イーコールは齢二つばかり離れた兄弟である。姉であるアレハと弟であるアルク、両者の親は異なり、実の所血縁上の兄弟では無い。
アレハは真っ赤に燃えるような赤髪で、アルクは落ち着いた黒髪。身売りが常となる貧困層の母親が、別々の父から授かった子供であった。
正義、常識、良識、善性。人である最低限すら削ぎ落とされた環境で、それらを持って産まれてしまうというのはなんとも、残酷にも程がある。そしてその『残酷』は、アレハへと授けられた。
何処で覚えたかも分からない常識で、放任されるアレクへと教育を施した。彼女なりに強欲さや、人間らしさは覗かせていたものの、人が人とすら扱われない環境の中では、最早聖人とも言えるもの。
──美しいものは手に入れる。
──輝かしいものも手に入れる。
──大切にしたいから、誰にも傷つけられたくないから。
ただ、『残酷』が人の良さで補えるものであれば、アレハは今のような結末へと陥っていない。
貧困、貧困、貧困。足りないのは何か、全てだ。
そうなればもう、語るまでもなく。
教えを与え続けた弟が、目の前で獣に堕ちていく。人からものを奪い、殺し合い、嬲り、登り詰める。人社会にあるまじき乱暴さは、アレクが仲間を作れば作るほど増していった。
飢えれば、人は正気を失う。
足りなければ、人は正義を失う。
貧しければ、人は平等を失う。
アレクにとって、唯一の理性はアレハであり、そして唯一『護るべきもの』。身売りをさせる母親を何度も殴打した、こんな地獄に産み落とした父親達に復讐しようとした。無論、アレハにバレないように、
だが隠したい事は暴かれるのが人の常、その姿を見た、人生の中で唯一輝かしい姉は去り、そして運命の日が訪れる。
「んふふふふっ、さて、なんだと思います?」
「ええと。分かっちゃいるけどあんまりにも悲しいので…なんかこう、ハッピーエンドになりませんか?」
「なりませんね〜残念ながら。別に過去に遡って助けろと言われれば……──助けた所で、ここの世界線はどうにもなりません」
運命の日、それはスラムで急激に広がった感染症だ。
薬物や貧困の類いならアレクには拒む力があった、しかし病気は如何ともし難い。金を払えば手に入る、そういうものでも無いからこそ、普段の悪行が巡り巡ってツケとなる。
苦しみ、苦しみ苦しみ苦しみ、苦しみ果ててベッドの上でシミになろうかというその晩、再びアレクにとっての『光』が帰ってきてくれた。
姉であるアレハが、組織の人数分の治療薬を抱えて帰ってきたのだ。それは喜んだとも、心の中にいつも居てくれた理性であり人生を全うする意味そのものが、また自分を救い出してくれた。
──なんて、都合の良い解釈をして、
「──ああ!あれか…なるほどな、そういう顛末に繋がってくんのかよ…!」
「あの、一人で盛り上がらないでよドクター」
「はいはい、あー、中南米で起きたマジックメモリーの実験被害。お前とよく似て疫病関連の能力を持つ魔法少女のメモリーの争奪戦で、あっちこっちクソ程死者が出てんだよ」
「マジック…メモリー…?それと、そんな事件私知りませんよ?」
「当たり前だろ。国が実験と実践兼ねて遊んでたら大火傷したんだ、何処に公表できんだって話。それとマジックメモリーは…オリテアから聞け。そうだオリテア、やっぱ一つのメモリーからの大量複製はとっくに向こうだとやれてんのか?」
「あっちは倫理観ゼロですからね。魔法少女の人権超えて、人間から人権奪い尽くして…劣化品ですけど実現してました。あれ一つで元となった魔法少女の人生何回も陵辱してるようなものなんですけどね」
アレハが行ったのは、『盗難』である。
本来なら彼女が行うはずも無い行為、もしその行動に理由を付けるとするのなら、感染症で苦しむ人々に弟の姿を重ねたか───悪事を目の前で働き続けた弟が、姉に悪影響を与えてしまったか。
感染症のきっかけはマジックメモリーにある。普通の治療ではどうにもならない魔素による特殊な細菌生成、殺意と悪意マシマシのバイオ兵器を止めるには、同じく魔法少女の力しか無い。
結局はメモリーを保有していたカルテルに捕まり、慰み物にされて遊ばれて、人格が破綻するレベルに酷使されてから、『お遊び』でマジックメモリーを注入された。
マジックメモリーの複製は、その分リスクが増える。特に正式な記憶の抽出が終えていない状態のものが持ち出され、各地で複製されたのだから、元となった魔法少女の死の記憶、全ての苦痛に至るまでを追体験してしまうような粗悪品に適合出来る人間は居ない。
精々、壊れた状態で敵組織へと放り投げて感染自爆なんてものが、精々。その中で、僅かな可能性をくぐり抜けた上に──最上級の適合具合を見せたのが、アレハ・イーコール。
「よくもまぁ、こんな状態で弟を助けよう。なんて行動を取れましたね、人の執念とは実に恐ろしい」
「──。シンプルな疑問なんだけど、その…メモリー?の元になった人よりは強くなったりはしないのかな?」
「うーん。時と場合によりますが、基本は無い。基本は、ということはありえもするという事です。今回はそのパターン」
「………私…みたいに…。その子…も、きっと…」
「覚醒って奴?有り得ねぇけどな」
「ドクター、有り得ないモノが目の前に二人居ますけど?」
「…………」
ともかくとして、結果的に弟は救われ、狂い果て自分を忘れた姉の力で規模を拡大し続けたのが『イーコール・カルテル』
『光』が穢され、尚且つ原因の一つに己への心配と配慮、そして自分の行為の結果があると理解した弟にとって、姉の堕落と発狂はどれほど苦痛に満ちたものだったのだろう。
彼は今尚償いを求める。最早取り戻せないものだと分かっておきながら、老い朽ちる体を動かし、不朽の存在、魔法少女となった姉の為に、今日も今日とて彼女が零した善性を受け継ぎ、ハリボテだとしても彼女の『理性』となる事を決めたのであった。
「といった感じです。これが次の目標、マジカルフューチャーの事業拡大!この生意気なカルテルをボッコボコにして、次は海外で名を広めちゃいましょう!」
「────」
ステッキを振り回し、ニコちゃんマークを黒板に描き込むオリテアは、悲壮感溢れる語りで人の人生を『物語』として消費したのにも関わらず、悪びれず潰す、と宣言する。
その姿には流石にドン引き、悪の秘密結社の行く末はお昼に流せる魔法少女アニメでは無かったのか。
「ユウカ絶句してんぞおい。どう考えてもそのテンションで言っていい事じゃねぇだろ」
「人の心無いとは思ってましたけど、そこまでゲス外道だとは…。オリテアって本当に、アレ──だよね」
「濁さないで下さいよ…!?私これでも傷つきやすくて」
「傷つきやすい以上に傷つける奴が何言ってんだか。……まぁでも、その話は当分先になるな。戦力が足りてない、所の話じゃない。どうせお前は俺らに加担しねぇだろうし」
「分かっちゃいます?そうです、はしりの広報には協力しましたが……徐々に私はマジカルフューチャーから手を引きます。独り立ちしてもらう、という感じです」
独り立ち──我々が?
そんな疑問の顔に応えるように、オリテアは両手の指の先を重ね目を瞑る。胸の内にあるビジョンを吐き出す為にタメを作り、そして、
「力無き者は、全てを奪われる」
「………」
「私らしくもありませんが、どのような未来を描くにしろ、ある程度の力は必要です。お昼の番組に独占放送するにも、我々はテレビ局の首根っこ掴んでやらせる。そういう覚悟が求められます」
「一応、年齢的にはおばあちゃんなので!色々『暴力』にまつわる不祥事は山ほど見てきました、その残酷さと、もたらす結果も。夢を目指す為には、貴方達は備えなければならない。あらゆる悪意に晒されても、あらゆる暴力に襲われても、自らを確立できるほどの力を」
「………そっ…か。そうだよね、世界と戦うんだもん」
「んふふ、そう心配せずとも──ミーちゃんを通してある程度はサポートし続けますよ」
大暴れから数日経って、普段通りの様子に戻ったユウカは自らの悪行を、そのアレクという人物の顛末と重ね見る。
犠牲者はオリテアの力で元に戻ったとはいえ、映像には残っている。それが希望だったから何も不満は無いが、オリテアが離れるというのならばこれから先、犯したミスと罪の数が、大きなカルマとなって溜まっていく。
「そうだ、離れるって言っても何処に?また、いつもみたいに願いを叶えに行くの?」
「──あー。えー、あはは、はい。まぁ、うん、ゲホッゲホッゲホッ」
「……おい!兎!お前の主ぜってぇ良くない事考えてるよな!?なんとかしろよ!!」
「うっせぇぴょん」
オリテアと壮絶なお小遣いジャンケンタイマンを繰り広げ、見事未来予知の魔法により敗北し魂が抜けていった抜け殻兎は、不躾に返事をする。
居残りが確定している彼からすれば、何をするか知っていようが興味が無い、ひたすらに苦労が増えるだけの虚無。
──ああなんて悲しい子、と言いかけるオリテアを鬼の形相で見つめ、
「心配せずともドクター達はミーが守るぴょん。それと、主が離れるにしてもアオアカクロ、ダークが育ちきってからぴょん」
「そりゃ助かる。子守りしたままカルテルと勝負、なんて全滅ルートまっしぐらだ」
「魔法少女は多少グロくても良いですが、性的な描写はNGです!そこは任せてくださいよドクター!」
「…………」
それで、おおよかった安心だ。と喜べる相手なら良かったが、残念ながらドクターの目の前に居るのは暇つぶしでこんな組織を作る京楽主義者、口では何とでも言えるが、瞬間瞬間の衝動でどんな行動を取るやら。
──マジカルフューチャーは魔法少女になりたい子供を受け入れる、それ自体の方向性を変えないのであれば、カルテルなんて危なっかしい組織とぶつかり合いを求める理由は察しがつく。
毒を操るユウカ、不定形の魔素物質を操作するダーク。両者ともアレハ・イーコールが使えるであろう魔素型細菌を操る魔法を見て更なる成長を期待すると共に、二人だけには過酷な実戦を経験させ続ける。
させ続けて、どうする。
「…段々と掴めてきたぞ、お前の事」
「おお!それはそれは光栄の極み、まぁ、貴方達からすれば結構先のことになるので、ごゆるりと」
「…………ほんとクソ野郎だなテメェは」
──オリテアの意図を完全に測るのは難しい。
今考えるべきは、レベル1の魔法少女二人をどのようにオリテアは育てるのか。顎に手を置いて思考するドクターを尻目に、オリテアは切り出した。
最も、その内容は酷く非現実的なものだったが、今更だ。
「な、の、で!」
「ダークちゃんは学校に!」
「ユウカさんは出張and出張、目指せ海外出張!」
「ドクターは新しく参加希望する少女達の指導!」
「皆さんには、それぞれ更なる高みを目指し、レベルアップしてもらいましょう!マジカルフューチャーの未来は明るいぞ!レッツらごー!」
「「「────」」」