──魔法少女とは力である。
与えられた力には責任を、大きな力にはより大きな責任を。
魔法少女とはすべからく自を滅し、公に仕え、秩序を維持し魔法生物の脅威、犯罪者の脅威から無辜の人々を守る。そういう存在だ。
守る責任があるからこそ、魔法少女はその存在を許される。自我を捨ててこそ、完璧な魔法少女であると言える。
自らの夢を捨て、この世に生きる全てを『守る』。それこそが魔法少女の本懐でないし目標だ。今という未来への道を切り開いた『ナンバーワン』がそうだったように。
「…──」
「…」
名を奪われ、世界に尽くすことを求められ、『ナンバーワン』という個体名に敵うよう、前へ歩き続けた彼女のように、全ての魔法少女とはそうあるべきなのだ。
故に人間社会と魔法少女の均衡を常監視し、我欲におぼれた犯罪者共を、社会から除外された者共を排除する。
それが私の役目、それが彼女へのせめてもの償い。
──魔法少女とは、呪いだ。
人類の罪の、象徴だ。
「…──我々は、本当に生まれるべきだったのでしょうか。ナンバーワン」
大言壮語に語った世界秩序の維持。
叶えられていなかったとは断じて口にしない、魔法少女という歪で、人類にとっては猛毒に過ぎない存在をコモディティ化させ、大衆にとっては日常の一部になる程に無毒にしたのだ。
権利を与え、責務を与え、資格を門に、社会秩序を盾に。
あらゆる手段を、あらゆる過程を通り魔法少女はコメディへと。
皆が知らない魔法少女の真実。
──覚えているのは私達だけ。
その果てに魔法少女を陳腐化させた。
いつでも魔法少女になれる、いつでも魔法少女を辞められる、いつでも魔法少女を殺すことができる。
職業になり子供達の夢になり選択肢の一つでしかなくなり、
「────」
「──。あぁ……」
「どうして…こんな…」
──人類の咎は、置き去りにした筈なのに。
見ないようにしていたものに、追いつかれる。追い抜かれる、隣を笑顔で走り抜けられたような、衝撃。
彼女にすれば笑劇に過ぎない事で、余興に過ぎない事で、暇つぶしにしか過ぎない事で、私達古代の魔法少女にとっては、神のような存在が戯れている。
象の玉乗りが如く、この狭い世界は、知性によって広がり狭くなった世界は、彼女にとって退屈なのだろう。
「………」
未曽有の大テロを防げず、記憶を失い目覚めてみればこの有様。
大勢の人間が死亡し、そして蘇生された。人間の命を玩具のようにもてあそぶ姿をよりにもよって『魔法少女』が見せてしまった。
アレが例外だとしても、世界はその姿を見た。見てしまったのなら、浅慮は差別を招く。他の魔法少女にもあの所業を当てはめて、築き上げた魔法少女の社会階級、社会的立場は一晩のうちに失われた。
日本に限った話ではない。今まで潜在化し暴かれることの無かった『危険度』という代物は、日本外の国々の方が肥大化している。
私が太刀打ちできなかった事実が、更に、重くのしかかる。
「──失礼します。No.2」
「…礼拝の時間に何事だ」
「半島支部に来訪者が。マジカルフューチャーを名乗る少女を警備が捕らえたと」
「────」
「──。絶対に不敬は働くな。そして逃がすな」
──最早、挽回は出来ない。
ならばせめて、この身、神の御前に捧げるのみ。
世界は踊る、されど進まず。道化となって朽ち果てるのも、また一つの運命でしかない。この世に真に偉大な者は、
「ナンバーワン」
「見守って、いてください」
彼女、唯一人。
■
「やぁー!久しぶり!」
「………」
「アメリアちゃんも年取ったねぇ…。ナンバーワンは元気にしてる?してるわけないか、あはは」
「────」
「色々大変そうだったからさ、私…お手伝いにやってきました!まぁ、大変にさせたのは私だけど!」
この合瀬が正解にさらなる混沌を生まない事を願っていた、アメリア・ネメシスの想いは見事、打ち砕かれることになる。
見知った顔、見知った声、彼女にとっては『現役』の時代に数度、過労死ラインの苦労を掛けられた相手。
あんなことをするのは一人しかいないと思っていた。思っていた通りにならないで欲しかった。しかし現実は非情。
冷たい鉄格子の向こう、軟禁状態を楽しそうに、愉快気に味わっている少女は紛れも無く──。
「分かっては、いましたが…。貴方でしたか…」
「イエスイエス!です!ヘイト管理大変そうだなーと思ったので、貴方方に全面協力を申し出しに来たわけですが……随分な対応で」
「…──全面協力?」
「居ないナンバーワンの穴埋め、私が代わってあげますよ」
ああ、記憶の中通りの
アメリアにとっては、信仰を向ける相手はたった一人であるが、『神』と言わざるを得ない相手も一人存在していた。
死を超越し、異次元生命体の尽くを殲滅、世界全体を敵に回したとて一人勝ちを成せる、最強にして最悪の魔法少女。
──魔法少女『オリジン』。
この世に存在する魔法少女の、頂点に立つ怪物。
それがなんの戯れか、テロ組織を作成した上、こちらに手を貸すと笑顔で告げているのだから、不気味がらない訳もなく、
「大切なのは均衡ですからね。どちらか一方が圧倒するのではなく、激しく混ざり合う混沌の中で私は、対立を求めている」
「──現に、貴方は私を前にして対抗を諦めようとしていた。いけませんいけません、それではあまりに、つまらない」
「っ……」
「守りたいものがあるのでしょう?零したくない想いがあるのでしょう?ねぇ、アメリア」
「貴方があんまりにもつまらないと」
「──私、世界を滅ぼしちゃうかもしれないよ?」
「────」
あんまりにも、あまりに酷い脅しをかけられる。
抗え、抗わなければ、全てを壊す。神話に出てくる理不尽な神様達と、本当にそっくりで弊癖しそうだ。
その脅迫に首を横には振れない、拒絶もできない、逃避もできない、返事も、できない。
記憶の中、彼女とはめっぽう相性が悪かったのを思い返す。いつもふざけていて、傍若無人で、人の気持ちを考えないで、
「返事は、どうしたのかな?」
──いっつも、うっすら私の事が嫌いなんだ。
「──。テロリストとは、交渉しない」
「んー。模範解答。自分に足りていないものが多い事を理解してるのも加点要素。私が無理強いをしないのも理解しちゃってますし、んと、じゃあこうしましょう!」
何を言っても、『こうしよう』へ持っていくつもりだったろうに、いやらしさは変わっていない。
「──イーコール・カルテルをマジカルフューチャーが殲滅します。テロ行為もあれっきり、魔法少女に対立する者として番組に出れる程に健全な、正しく『悪の魔法少女』として活動する」
「各地で潜む真の『悪』の殲滅を功績に、私達は仲良く手を結び合う──んふふふ、どうですか?」
「………………拒否権は」
「あ・り・ま・せ・ん♡」
「…………………………」
ニコニコと悪辣な笑みを浮かべる『オリジン』は、アメリアと自身を遮る鉄格子にふわりと触れて、気が付けばそこには『何も無かった』。
壊された、消された──否、元々彼女らを遮る物は無かったのだと、アメリアは書き換えられた記憶の齟齬に気が付く。
顔を青ざめる暇もなく、彼女に首筋を舐められた。小悪魔のような、可愛らしい表現の裏にどれほどの感情が眠っているのか。
彼女が抱いているのが悪意や敵意でないからこそ、
「……これも、貴方にとっては人類への愛だと?」
「──んふふふふ。勿論」
──本当の本当に、タチが悪すぎるというものだ。
■
人の善意は儚く脆く、人の悪意は根強く強靭。
善行がこの世に残せる影響はあまりに小さく、あまりに短く。悪行がこの世に残せる影響と比べれば、豆粒の様なものでしかない。
乞食で食いつなぎ、権力に頭を垂れるしかできず、日々を砂上の楼閣として過ごすような少女が遂には奴隷の身分へと落とされる。
片やエアコンの効いた部屋で、明日の事など何も気にせずに赤子の面倒を見る母親が、家庭の不平等への不満を口にしながら奴隷の少女へ『餌』を与える。
共に、その最期は魔法兵器によって命を散らす結末であったが、さて。
私は私、貴方は貴方。たったそれだけで対立を続けてきた人類にとって、善とは、悪とは、人類を構成する些細な要素でしかなかった。
悪が未来永劫、悪では無いように、善は未来永劫、善として成立する訳では無い。視点が一つ違えば、全てが違う。
事実、魔法少女奴隷、というものが暗に未発展区域にて広まっていた時代がある。明日の命を繋ぐ僅かな魔素を餌に、魔法少女を操り人形にする。
魔素が枯渇したとて、死ぬ訳でも無い。活動不能に陥るだけで、また新たな引き取り手が『使う』だけの事。
「…………」
──魔法少女とは、ただの力でしかない。
人類に制御出来ない代物でもないし、特別な身分を得たのは近代に突入してからであって、魔法少女になれる子供は相応な『慈悲』を胸に抱いていたからこそ、強大な力を振り回すことは無かったのだろう。
我慢ならなかったのは、きっと──彼女自身の誇りだ。国は暗黙の了解として手を出さず、普及していく魔法少女の『有効活用』に、原初の魔法少女は怒り狂った。
「────」
あの怒りを忘れてはならない。あの憤怒を軽視する事は赦されない。故にこそ、人類と魔法少女の折衷案を取り続けてきたのだ。
偶像化、職業化はそれぞれ『魔法少女』のブランドを守る為。共通した認識として、魔法少女が『公職』であり高い権威を手に入れていれば、民衆は彼女らを穢さない。
最低限だった、それぐらいしか出来なかった、それだけなのに人類は前に進めたのだと勘違いしてしまった。
「──罪と罰。ですか」
以前、彼女の事を天秤や振り子と例えた事がある。
人類が『悪』の道へ、罰を背負わされる罪の道に進みすぎた時、彼女はその揺れ幅を戻す様に混沌をもたらす。
『別れ際に、一つ。貴方に言っておく事があります』
『──ナンバーワンの事は忘れなさい。信仰は良いものですが、本来それはあの子に背負わせるべきものではない』
『慎みを、持つべきなのですよ。アメリア』
「…………」
「慎み……っ、ぁ、ぁあああああッ…!!」
──怒りのままに、自室の物という物に剣を振りかざす。アメリアにとっての変身機構、変身の為の貴重品を叩き付ける。
何が、慎みを持てだ、と。分かっている筈だ、知っている筈だ、この愛を、燃え盛るような想いを。
「がァッ──!!」
慎みを持てるのならそうした、こうする事でしか正気を保てなかった。人類という種に消費されていく彼女を目の前にして、尚も人類を守る立場に立つ意味を理解している癖に。
「はぁッ、はぁッ……ふーっ……」
「…超えねば、ならない。前に進まねば…前に、前に──」
「私達は!もっと前へ!!全てを飲み干してこその!人類であろうッ──!!」
より高度な魔法運用を、より深淵に近づいた人体実験による魔素の結晶化を、なりふり構っている暇なんてものはとうに失っている。
彼女が、罰が追いつけない程早く前へ、深く前へ。
罪なんて置き去りにして──空の果てまで、我々は飛んでいけるのだ。あの魔法少女如きに遮られ、旅立つ権利を奪われてなるものか。
人類は、この星一つで満足できるほど謙虚では無いのだから。
「ぅ……うぅ…ぅあ…ぁ…ぅ…」
「だ、誰か、誰かいないのか…誰か……」
「──。早く薬を……──薬、薬は、何処に……一人に、私を一人にしないで…。痛い…っ、痛い、痛い痛い痛い痛い痛いっ……!!誰か……!誰でもいいからッ…早く……」
アメリアは激しい痛みに頭を抱えながら、壁を何度も叩く。彼女が求める薬ならば眼前に、テーブルの上に用意されているというのに、それすら気が付かず何度も、何度も何度も。
「──あーあ」
──漸く扉は開かれ、アメリアの自室に訪れたのは、
「……オカノ!」
「薬、ちゃんと飲んで下さいって言ったのに。何か急用でもありましたか?みんなが頼りにしているNo.2。これじゃ誰も、見てくれませんよ」
「ぁ───」
「嫌、いやっ、イヤイヤイヤイヤイヤッ!!」
「…………はぁ」
岡野光汰は目の前で、駄々っ子のように叫びをあげるアメリアにため息をつく。薬なら、彼女自身握りしめているというのに、ここまで壊れていては仕方がないと、口元へ光り輝く結晶を運ぶ。
──魔素結晶体。通常の魔法少女への治療薬として処方される代物だが、今口にしたのは高純度高密度の結晶。普通ならば、発狂して壊れてしまうような危険物を、アメリアは精神安定剤として使用していた。
「ぁぅ、ああ…ぁ…」
「…落ち着きました?」
「……ぁ、ああ。醜態を…見せてしまったな…」
「構いませんよ。一番苦しいのは貴方ですし」
「……」
甘い言葉を囁く彼の目に、光は宿っていない。
慰めも、慈愛の欠片も籠ってはいない空虚な言葉を吐けば、彼女は安心する。感情的な結論ではなく、機械に対する処方のように接している。
内面がどうであれ、彼女に最も必要なのは安心だけで、それ以上でもそれ以下でもない。
「オカノ。頼みたい事が、ある……」
「──例の魔法少女に対してですね」
「……そうだ。以前から魔法少女体への干渉研究は君に一任していた、そして見事、例の成果を挙げた君になら…──もっと、大きな事案を任せられる」
「ふむ」
「頼む。人類を更なるステージに、更なる高みに……押し上げる為に」
「──その命、捧げてくれ」
「──了承致しました」