やっばい。マジでやばい。
いや、語彙力どうしたって感じだけど、本当にそれしか出てこない。
今日中にレポート3本提出しなきゃいけないのに、終わってるの1本だけ。締切は24時。時計は23:14。
この時点で勝負は決してる。デュエルスタンバイ以前に私の人生がターンエンド。
「……なんで私、理系行ったんだろ……」
そりゃ親が「理系の方が就職強いぞ〜」って言ってたし、なんか周りもそんな感じだったし。
高校のとき、数学でちょっと点数取れたからって勘違いしちゃったんだよねぇ〜〜〜〜〜〜。
──というテンションのまま、私はPCに顔を擦りつけながら、必死にレポートを書いていた。
テーマは「タンパク質の熱変性と可溶性について」──
知るかボケ!!!!!!
どんなに頑張っても出てくるのは「やばい」「詰んだ」「もう無理」「なぜ生まれた」などの名言ばかり。
自分の将来に真っ赤なバツ印を刻みながら、私は気合いとカフェインだけでキーボードを打ち続けた。
──しかし、限界は突然やってくる。
ガクンッ──
「……ん?」
次の瞬間、私はキーボードではなく、“地面”のような感触の上で目を覚ましていた。
(あれ、私……さっきまでキーボードと愛を育んでたはず……?)
しかし、目の前にあるのは天井──それも、木目が走る“和室”の天井だった。
(えっ、旅館? いや、あの梁の感じ……なんか時代劇みたい……?)
頭が回らないまま、私は身を起こそうとした。
動かない。
正確には、動きづらい。異様に重い。関節もゆるゆる。力が入らない。
(……これ……赤ちゃん特有の、あれだ……)
そして、耳に届く声は──
「……マダラ様、お目覚めか」
えっ、今なんつった?
マダラ? マダラって、あの? うちは? アノマダラ??
とりあえず、声を出してみる。
「アゥゥアア」
(ここどこやねん)
はい、滑舌終わってる〜〜〜〜!
声も高いし、言葉も出ない。これは完全に、赤ちゃんあるある。
もう詰みですねこれ。異世界転生、ありがとうございます。チートスキル? ないです。前世知識? 役に立ちません。
でもね、分かったんですよ。環境的に、どうやらここは“うちは一族”の本拠地らしい。
明らかに忍っぽい人たちが出入りしてるし、聞こえてくる会話が明らかに『NARUTO』のそれ。
そして、周囲の人々が私を呼ぶ名前は──
「マダラ様」
おいちょっと待て。
てめえ、冗談だろ? 私が、うちはマダラ? あの原作ラスボス?
しかも……私、どう見ても女の子なんですけどぉぉお!?
はいここ! 異聞・女児化転生コース入りました〜〜〜!!!
ってどこのテンプレ展開だよ!!
──けど、実際、そうだった。
私は「うちはマダラ」として転生していた。
けれど、原作とは違って“女児”として。
しかも前世は、根性も知識も中途半端な、女子大生。
この先どうすんの……って思ったけど、もっとやばいのは“異物感”だった。
数年が経ち、私は2〜3歳くらいになっていた。
少しずつ言葉も出るようになってきた。
でも、完全に油断していた。
「おとーしゃま♡らぶゆ〜♡♡♡」
父、困惑。
うちはタジマ(ガチ厳格お父さん)、完全に無表情でフリーズ。
その場にいた従者の顔が、見ちゃいけないものを見たようにヒクついたのを私は見逃さなかった。
(あ、これヤバいやつだ)
でもね、無意識だったのよ……。
前世でスマホと戯れていた女子大生としては、父に甘えるノリってこう……キャラ寄りになるというか。
「ふぁざー♡ぎぶみーはぐ〜」
「……誰に教わった、その言葉」
「…………」
やばいやばいやばいばい。これはマジで一族会議案件!!
私は決意した。
(よし、お淑やかになってやるわよん計画、ここに発動)
そこからの私は変わった。
言葉遣いはしおらしく、声も控えめ、動作もゆっくり。完全に姫ムーブ。
おとーしゃまの前では手を膝の上にちょこん。
兄弟の前でも笑顔を絶やさず、品のあるお姉ちゃんを目指した。
完璧だった。
……完璧だった、はずだった。
「ねえマダラ姉さん、前に『メンタルヘルス』って何?」
「あと『スタバは甘え』ってどういう意味?」
……ちょっとだけ、名残が残ってた。
でもセーフ! 彼らはまだ小さかった。物心がつく前だったのだ。
黒歴史はなかったことにされる! 消去! フォーマット!! イレースメモリー!!!
季節は、春から夏へとうつろっていた。
この世界の“春”は、どこか懐かしい匂いがする。
燃やした草の香り、湿った土、川のせせらぎと、それに混ざる煙の匂い。
忍びたちが火遁の稽古をしているせいか、常にどこか焦げたような風が流れていた。
けれど、私はこの空気が嫌いじゃなかった。
この頃の私は、すでに幼児というより子供扱いされる年齢になっていて、簡単な体術や火遁を教えられるようになっていた。
女の子であっても容赦なく。
一族の中では、“女”であることに意味などなかった。
生まれた時点で、うちは一族である。
それが全てだった。
•
それでも、私の生活は平穏だった。
朝は雑穀粥と味噌を使った汁。
昼は干し肉と野草を入れた握り飯。
夜は炙った魚や鹿肉、塩だけの味付けが基本だった。
「超うす味ヘルス食だなあ……いやまあ、この世界じゃ当然だけど」
それでも時々、村の子供たちの誰かが良い成績を収めたり、大人が戦果を挙げたりすると、家の中に「ご褒美」が出ることがあった。
今日は、まさにそんな日だった。
私は縁側に立ち、小さく手を叩いた。
「カエデ、ヒズマ、イズナ。おいでー」
バタバタバタッと、足音が近づいてくる。
「どうしたの? マダラ姉さん?」
「今日はね、お菓子があるよ。ほら、三色団子。一人一品ずつね」
「やったー! 久しぶりの団子だー!!」
「マダラ姉さん太っ腹!」
「団子より、マダラ姉さんの笑顔の方が甘い〜♡」
「お前それ、誰に教わったんだコラ」
私は笑いながら弟たちに団子を配った。
日が傾き始め、草の匂いが強くなる。
虫の音が、耳の奥でリズムを刻みはじめた。
この時間が、私は一番好きだった。
私は弟たちの姉であり、同時に、上にはひとり、兄がいた。
彼は多くを語らない。感情表現がとても下手だ。
でも、たまに一緒に体術の型を見せてくれるし、団子のときは黙って1個残してくれる。
分かりやすい優しさではないけれど、私は気づいていた。
──でも、たぶん、彼は私に“バレてない”と思っている。
それがちょっと可愛い。
彼は私の動きに最初から気づいていた。
火遁を軽々とこなす私を、黙って見ていた。
そしてある日、そっと頭を撫でながら言った。
「お前は、強いな」
それだけ。
でもその言葉が、私は嬉しかった。
言葉にされなくても、伝わってくるものがあった。
•
そしてもう一人、私に大きな影響を残した人がいる。
母だ。
──私は直接、母の記憶を持っていない。
彼女は、四男・イズナを産んで亡くなったという。
けれど、父がたまに語る。
「お前の母は、美しい蝶のような人だった」
厳格な父が、そう口にする時だけは、なぜか目を伏せていた。
兄が言うには、母は戦で疲れ切った男たちにとって、静かな風のような人だったらしい。
(……会ってみたかったな)
私は、部屋の柱に止まった白い小さな蝶を見つめながら、ふとそんなことを思っていた。
蝶は、何も語らず、ただ静かに羽ばたいて飛んでいった。
この頃の私は、ようやくこの世界の空気に馴染み始めていた。
少し前までは、「巻物ってなんかかっこよくね?」とか
「爆弾持って忍び歩くとか、完全にテロリス……あっダメだ、やめとこう」とか、心の中でツッコミを入れていたのに。
今は、風の音に、火の気配に、誰かの気配に、すぐ反応する自分がいる。
変わったんだと思う。
でも、それでいい。
私は私だ。
前世でどう生きていようと、今この世界で私は、“うちはマダラ”として生きている。
……まあ、今のところ一番大事なのは「自分の身」だし、正直戦争とか興味ないし、
弟たちが無事でいてくれればそれでいいっていう、超自己中心的なクズ思考は否定できないけど!
でも、家族のことは、心から大切に思っている。
兄のことも、弟たちのことも、父のことも、会ったことのない母のことも。
誰にも殺させたくない。誰にも壊されたくない。
だから私は、強くなる。
バレないように、目立たないように。
でも、確実に。
•
うちはマダラ?
あぁ、そうだったわね、それが“私”だったわ。
でも気にしてない。
私は、私だから。
その名前がどうなろうと、どんな運命に向かっていようと。
──私は、ちゃんと、私として生きるだけよ。
この戦乱の世で、ちょっとばかし、派手にね。
このおかしな主人公に最初だけ付き合ってやってください。
後からシリアスやるんで!