うちは一族の朝は、だいたい煙い。
火遁の稽古が朝イチからあるせいで、村のあちこちから煙と焦げた草のにおいが漂ってくる。
朝露と土の香りのハーモニー? いいえ、焦がし草と炭のアロマです。おはようございます。
私は、うちは屋敷の朝食の間にいた。
正座して、背筋をぴんと伸ばして、味噌と野菜の汁に口をつける。うん、薄い。やさしい味というより、味の引き算が過ぎた健康食。
「マダラ。漬物を食べろ。塩気を足すといい」
「はい、父上」
漬物──これがまた、異常に塩辛い。
ナトリウムのかたまりみたいなコイツを少し口に入れると、味噌汁が突然高級料亭に早変わりする。
(さすがに塩っ辛すぎんか……血圧爆上げスタイルか)
私はごく自然にそう思ったのだが、言えるわけがない。
目の前にいるのは、我らが父、うちはタジマである。
見た目も態度も、完全にラスボスの風格。笑わない。許さない。逆らわせない。
でもね、私だって女子大生(元)よ?
気が緩んだら、そりゃ出ちゃうよ。ちょっとくらいさ。
それは……その瞬間だった。
「……このままじゃ、うちは一族のレボリュー……なんでもないです、父上」
ピギィ
「…………」
父、沈黙。
目が──目がコワい!! 視線の刀で斬られてる!!
「……横文字を使うな」
「申し訳……ございません……」
(いやでもさあ……今のはほぼ言ってないよね!?レボ……までしか言ってないから!レボリューションかレボリューションズかもわかんないし!)
でも完全に睨まれてた。視線で呼吸止まりそうだった。
背後で弟たちの「うわぁ……まただ」みたいな視線を感じた。
──はい、前世の癖です。申し訳ございません。
•
ちなみに、私が“横文字アウト”の空気を察し始めたのは、もっと幼い頃だった。
まだ2歳か3歳の頃、父の部屋にとことこ歩いていき、きらきらの目で言ったのだ。
「おとーしゃま♡らぶゆ〜♡♡♡」
父はその場でフリーズ。完全沈黙。
従者たちが、「うわ、見ちゃった……」みたいな目で目をそらしていた。
いや、可愛くしてみただけじゃん!? 女の子が親に甘えるの、普通じゃない!?
むしろ、ちょっとしたアイドルタイムだと思ってたよこっちは!!
それ以来、父は私を見るたびに、少し間を置いてから反応するようになった。
たぶん、怖いんだと思う。私がまた“なにか”言うのが。
でも私は反省した。
そう、私は決意したのだ。
(もうヘンなことは言わない。私は、おしとやかに生きるの)
これが、伝説の【お淑やかになってやるわよん計画】である。
以来、私は言葉遣いを改め、行動を正し、なるべく控えめで礼儀正しい“姫”として生きるよう努力した。
茶器は両手で持つ。
食事は音を立てずに。
座るときは、膝を閉じて背筋を伸ばして。
(ほら、ちゃんとしてるでしょ。おしとやかポイントゲット☆)
──でも、ふとした拍子に口を滑らせる。
(だって日本語って便利だけど、横文字のリズム感、恋しくなるじゃん!?)
「エモい」とか「メンタルヘルス」とか、「プリキュア」とか……!
たまにうっかり出るだけじゃん!! なんでそんなに怒るのよ!!
しかも、それに気づいてるのに、父は私を責めたりはしない。
……睨んでくるだけだ。
それが逆に怖いんだよ!!!
•
そんなわけで、私の朝は、今日もスリル満点の“睨まれ回避”から始まった。
でもその数時間後、私はもっと恐ろしいものに捕まることになる。
それは──
兄だった。
それは昼過ぎのことだった。
私は、縁側でのんびりと干し柿を食べていた。
うちはの屋敷の裏庭は風通しがよくて、木漏れ日がちょっと気持ちいいスポットだった。
弟たちはそのへんで虫を追いかけたり、葉っぱを投げて遊んだりしていて、まさに平和の極み。
私はというと、木の枝に腰かけながら、柿の甘さを味わっていた。
「う〜〜ん、世界平和〜〜〜」
このまま、ずっとこうして生きていたい。
火遁?修行?戦争?知らん、私は団子と干し柿を愛する村のマスコットキャラでいきます。
──だが、そうは問屋が卸さなかった。
「なあ、マダラ」
声をかけてきたのは、兄だった。
ああ、うん、知ってたよ。
今日、なんか視線感じてたし。後ろでずっと空気が重かったもん。
でも認めたくなかったの。平和ボケした私をそっとしといてほしかったの。
兄は口元を引き締めたまま、私を見下ろす。
「火遁・豪火球の術、教えるから」
「いやです」
秒で断った。目も合わせずに断った。干し柿に全集中。
兄の眉がぴくりと動く。
「理由を聞こうか」
「火が怖いからです!!」
「嘘だな」
「そうだよ!! 嘘だよ!! 正直、火遁ちょっと楽しいよ!! でもね!!」
私は立ち上がり、全力で叫んだ。
「戦なんて出たくないのおおおお!!!」
弟たちが、ビクッと肩をすくめる。
遠くの方でカエデが「また姉さん叫んでる……」とつぶやいたのが聞こえた気がする。
「お前、前に“強くなりたい”って言ってたじゃないか」
兄が真顔で言う。
「それは願望だから!!!」
私は叫んだ。
「決意じゃないの!! いい!? 願望と決意は違うの!! 七夕で『プリキュアになれますように』って書いたことあるでしょ!? あれ、なりたいけど本気じゃないじゃん!! それと一緒なの!!」
兄、完全に呆れ顔。
でも引かない。手を伸ばして、私の腕をつかむ。
「……行くぞ」
「やだああああああ!!」
私は駄々をこねた。全力で。
地面に寝転がってバタバタと暴れ、草を巻き散らかしながら叫んだ。
「イヤだってばあああ!! 私、女の子!! 女の子だよ!? 花と団子と干し柿と乙女の幸せを望んでるだけなのに!! なんで火を吹くの!?」
「お前が強すぎるからだよ」
「その強さ、バレないように生きてるんだよぉぉぉお!!!」
兄は無言で、私の腕を引っ張っていく。
──連行開始。
弟たちは、その姿を縁側から見ていた。
「マダラ姉さん……行っちゃった……」
「行っちゃったね……」
「姉さん……強く生きて……」
三人並んで、手を合わせていた。
もうこれ、完全に送り出されてるじゃん。
•
歩きながら、私は兄に尋ねた。
「ねえ、どうして私なんかに、火遁なんて教えようと思ったの」
兄は、少しだけ間を置いてから言った。
「お前が、女の子だからだよ」
「……へ?」
「戦に出ずに済むように……もしものために、力を持たせておきたい」
「……」
「豪火球の術は、うちはの忍びが“一人前”とされる技だ。
だからこそ、これを身につければ、お前は“必要以上に出番を与えられない存在”になれる。逆に言えば、誰もお前に下手な指示は出せなくなる」
「……それ、矛盾してる気がするんだけど」
「いいんだ。俺は、お前が戦に出なくてもいいように、できることをしたいだけだ」
私は、その言葉に少しだけ胸がじんわりした。
(ほんと、兄さまは優しいなあ)
……でも、その優しさが、今この瞬間、私を火遁地獄へ連れてってるんだけどね!!!
兄の不器用な優しさが、時として一番しんどい。
でも──
(ありがとう、兄さま)
なんて思ってること、ぜっっっったいに口には出さないけど。
湖は、静かだった。
集落の外れにある、古くから“修行場”として使われていた場所。
湖面には朝の陽が差し込んで、きらきらと小さな波紋を描いていた。
岸辺には竹が生い茂り、風が吹くたびに葉が擦れる音が涼しげに響く。
(ああ……風流……。帰って団子食べたい)
そんな気持ちを胸に抱きつつ、私は湖のほとりに立たされていた。
兄が立ち、私の前に構える。
「よし、まずは印からだ」
出た、印。
マダラ(私)は、印が苦手である。
というか、前世から手先が不器用だった。
包丁すらまっすぐに切れなかった私に、十二支を使った複雑な指の組み替えができるわけがない。
「ほら、まずは寅からだ」
「はいはい、トラ、ウサギ、タツノオトシゴ、ヘビ……午!!」
「タツノオトシゴじゃねぇよ。辰な」
「うるさい、集中してるの!! 午ッ!」
ボンッ!!!
「ぎゃああああああ!!!!」
私の足元から火花が吹き出した。
湖の一部がモクモクと蒸気に包まれる。
前髪が焦げた。ちょっとパッツンになった。
「……暴発だな」
兄が真顔で言った。
「知ってた!!!!」
私は思わず地団駄を踏む。
「印とかさぁ! そもそもあんなゴチャゴチャしてるのが悪いんだよ!!
寅とか午とかさ、手の形似てるんだよ! 間違えるに決まってるじゃん!!
どうせならBLE〇CHの鬼道みたいに、“破道の三十二・蒼火墜”って言って霊力出したい!!」
「横文字を使うな」
パシッ(紙扇ヒット)
兄の手には、いつの間にか紙でできた扇子があった。
うちはの家紋入り、地味に上等っぽいやつ。
「……使ってないわ!…いや、BLEACHバリバリ横文字だわ。」
一人でノリツッコミしてる私に、兄は無言で紙扇をしまった。
そして、ため息をつく。
「……お前の言動、たまに本当に意味がわからない」
「それはこっちのセリフ!! なんで私が火を吹かなきゃいけないの!? 女の子なんですけど!? 魔法少女でもないのに!?」
「前世の話か?」
「っ!?」
私は一瞬黙った。
(……やば、うっかりすぎた)
おそらくだが、兄と一緒にお昼寝とかをしてた時、寝言で言ってたパターンだな。「むにゃむにゃ、レポートがぁおわらなぁいぃよぉぉぉ」とか「ともち〜ん、遅刻したぁ、むにゃむにゃ」とか「前世はぁ、華のだいがくせぇいだったのにぃ、むにゃむにゃ」などなど。
こんな意味がわからんことを言ってるのに兄はそれ以上は何も言わなかった。
ただ、また静かに私の指の形を確認し、隣で手本を見せてくれた。
空気呼んでくれる兄、Loveだぜ。
そして、それを見て、頑張って印の形を思い浮かべる。
私はもう一度印を結び直す。
「寅……卯……辰……巳……午……未……申……酉……戌……亥……」
「……どうした?」
「今、印の順番全部言ってみた。
何も覚えてなかったから、もう呪文みたいに覚えるしかないかと……」
「それでいい。繰り返すうちに、身体が覚える」
(はぁ〜〜〜……プリキュアなら変身一発なのになあ……)
私はふと空を見上げた。
夏の空は広くて、雲が静かに流れていた。
(この平和な景色に火を吹き込むなんて、どうかしてるよ)
それでも私は、また印を組んだ。
少しずつ、兄の動きと同じ速度で。
「──火遁・豪火球の術!」
ボッッ……!
今度は、手のひらの前に小さな炎が浮かび上がった。
赤くて、丸くて、ふわっとしていて……たった数秒で、すぐに消えた。
でもそれは、確かに“火遁”だった。
「……!」
私も兄も、思わず同時に息を呑んだ。
兄が、ほんの少しだけ、口元をほころばせる。
「やればできるじゃないか」
「……ふふん、当然でしょ。誰だと思ってるのよ、“うちはマダラ”様よ?」
(……と強がったけど、正直ちょっと嬉しい)
けど、ここで調子に乗ったら終わりだ。私は知ってる。
漫画でもドラマでも、こういう“調子に乗った次の瞬間”って絶対なんか起きる。
だから、黙ってる。
でも──内心、少しだけ、ぽわっと暖かいものが灯っていた。
それが火遁のせいなのか、兄の優しさのせいなのか、わからないけど。
──ぽっ、と灯った火の玉は、すぐに消えた。
けれど兄は、じっとその場で私を見つめていた。
その目に宿るのは、いつもと違う光だった。
「……今の、お前のチャクラか?」
「うん、たぶん」
「自然に出せたな。印も……ズレなかった」
兄の声に、わずかな驚きと、ほんの少しの誇りが滲んでいた。
その“誇らしい感情”を、彼が口に出すことはまずない。
けど、わかる。
だってさっきの兄、5ミリくらい笑ったから。気のせいじゃない、絶対。
……それがちょっと嬉しかったのが悔しい。
「ほら見たことか。私、本気出したら一発よ」
「うん」
「なんで素直に認めるの!? もっとこう……嫉妬しろよ!」
「お前に嫉妬しても仕方ない」
「はあ!? それどういう──」
「……ただ、惜しいな」
「何が?」
兄が、頭をかかえながらぼやいた。
「印の順番と形さえ綺麗なら……あとはもう、完成してるのに……」
──始まった。兄の“グチグチモード”である。
「お前、寅と巳が逆になるし、午はほぼ毎回ズレるし、癖で勝手に未まで行くし──」
「未を愛せ! 未にも価値を見出せ!!」
「……どうしてそう、印を素直に受け入れられないんだ」
「だって!! そもそも印ってさぁ、やたらごちゃごちゃしてんじゃん!?
どれがどれか分かりづらいし、スピード勝負なのにめっちゃ手順いるし、
体術とチャクラと記憶力と指の器用さ、全部必要とか……どんな嫌がらせよ!?」
印に対して全否定した、本日二回目。
「忍びに必要な力だ」
「くぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」
私は全身で地団駄を踏んだ。風流な湖のほとりで、世界一珍獣な動きをかましている女児がいた。
「どうせならON○PIECEみたいにゴムゴムのガトリング砲と打たせてよぉぉおおお!!!腕が伸びればわざわざ立ち上がって物を取りに行かなくて済むんだよ!日常生活に必須だわ!」
「また横文字……」
パシッ。
またも兄の紙扇が私の額を優しく叩いた。
「……今回は言いました。!」
はい、よろこんで。受け入れます。
しばらくの沈黙のあと、兄がぽつりと呟いた。
「……火はな、強いが、扱いが難しい」
「うん」
「だが、お前の火は──あの時の母さんに、少し似てた」
「……!」
「優しくて、でも芯がある。周囲を焦がす火じゃない。誰かを照らす火だ」
私は、思わず兄の横顔を見た。
兄は前を向いていたけど、その目は少しだけ細められていた。
「だからこそ、俺はお前に火遁を教えたかった」
──やめてくれ。そういうセリフはズルい。
私の中で「うわあああ優しいじゃん!!好き!!」という女子力感情が暴れたけど、
表情はあくまで涼しげな“うちはの姫”のままでいる努力をした。えらい。
「……ありがと。でも、使いたくはないな」
「……そうか」
「火が出せたら戦える。でも、戦いたくないんだよ」
「……知ってる」
私は、そっと湖の水面を見た。
私の映る顔は、笑っていなかった。
風にそよぐ髪だけが、ふわりと揺れていた。
•
──印ができた。火が灯った。
それでも私は、できることなら“この力を使わないまま”生きていきたかった。
けど──
この世界は、そんなに甘くないことも知っている。
帰り道、空はすっかり朱に染まっていた。
うちはの村の空は、どこか重い。
遠くに戦火の煙が立っているせいか、夕焼けにもかすかに灰色が混ざって見える。
それでも、私はその空を少しだけ好きだった。
(……まるで、私みたいだなって思う)
穏やかに見えるけど、どこか煙たい。
赤く染まるけど、それは夕陽じゃなくて火遁の残滓みたいで。
綺麗なんだか、怖いんだか──
よくわからないけど、目を離せない。
•
兄と並んで歩く帰り道。
私たちはあまり話さなかった。
でも、それが心地よい時間だった。
道端には、虫の声。
藁葺き屋根の家々から、夕餉の香り。
煙が上がるのは、囲炉裏か、焚き火か。
でもどれも、温かいもののはずだった。
(……戦なんて、なければいいのに)
私は心の中で、何度もそう呟いた。
•
屋敷に戻ると、弟たちが玄関に集まっていた。
「姉さん!!」
「おかえり! どうだった!?」
「火、出た!? 火、出したの!?」
「え、ちょっと焦げくさくない!?」
うるさい。
でも、ちょっとだけ嬉しい。
私はぷいっと顔をそらしてから、そっと一言だけ告げた。
「……秘密」
「え〜〜〜〜っ!!??」
弟たちは大騒ぎしたけど、私が何も言わないと分かると、しょんぼりしながら散っていった。
(ふふ、かわいいやつらめ)
•
部屋に戻ると、母の形見の鏡があった。
蝶の文様が彫られた、手のひらサイズの銅鏡。
磨かれているけど、少しだけ曇っている。
私は、それに映る自分の顔をじっと見つめた。
(私、いま、少しだけ“うちは”っぽくなってるかな)
そんなことを思った。
でも──
それでいいのかは、まだ分からない。
「私は、私のままでいたい」
呟いたその言葉は、誰にも届かない。
でも、私の中には小さな火が灯っていた。
それは、誰かを焼く火じゃない。
誰かを照らせるような──
あるいは、自分自身を守るための、小さなあかり。
「豪火球、撃てたからって……戦に出るつもりはないから」
そう口に出してみた。
それは、誰に向けた言葉でもなくて。
でも、たぶん“私自身”に対する宣言だった。
•
夜、空を見上げると、星がいくつか瞬いていた。
この星の下に、うちはの者がいて、千手がいて。
争いがあって、血が流れて、命が消えていく。
その現実は、変わらない。
でも──
(せめて、私のまわりだけでも、守れたらいい)
そう思った。
そのためなら、この力も……少しだけなら。
……使っても、いいかもしれない。
•
──私は、強くなりたいと思った。
でもそれは、誰かを倒すためじゃない。
誰かを、守るために。
できることなら、火を使わないまま笑っていたい。
でも、もしも必要なら。
その磨いた刃を私は見せることになるかもしれない。
何故兄が前世発言をしたか?それはだな…あまりにも妹の寝言から横文字もしくは現代人しか通用しない単語が口から漏れたからです。そして、すげえ肝心な前世発言もお昼寝の時に兄が目撃してしまったからです。弟たちがたまに「エモい」「草」ってなあに?してくるのはそのせいです。