「うちは一族プライドエレベス……やめとこ」
父上の目線を感じ、すんでのところで止まった。えらい。これはもう、成長と言っていい。
3歳で横文字全開、「おとーしゃま」期を経て、5歳で“お淑やかになってやるわよん計画”を立て、
そして今、9歳にして横文字自粛率――なんと70%達成。
これはもう、自分で自分を褒めていいやつでしょ?
──だが、父上の目は鋭い。
(ちょっと! 今私、3割しか出してないですよ!?)
だが、通じない。父上には「“意味不明な単語”が7割も消えた」ことが分からない。
むしろ、逆に心配されていた。
「……あやつ、本当に嫁にいけるのか……」
と、口には出さずともそんな顔をしている。
それなりに真剣に娘の将来を案じている父の横で、私はと言えば──
「父上、訓練に……出たいです」
言っちゃった。
兄がいなくなってから、心に灯った“あの火”──
三度目の正直。今度こそ、本気で守るための決意。
「ふむ……」
父上の目が鋭くなる。
あ、しまった。出たい、じゃなくて参加したい、って言うべきだったか。
あの目は……やっべぇぞ。
……けど、父上は何も言わずに天井を見つめた。
静かに、過去を思い出しているような瞳だった。
(もしかして、うちの一族の訓練で、私が初めて火遁習得したときのこととか思い出してる?)
(もしかして、あのときの木刀試験で男子を3人吹っ飛ばしたときのやつ?)
──思い出すな!!!!
「……訓練に出るだけなら、よかろう。戦に出すつもりはない。絶対に、ない」
一拍置いて、そう言った父上に、私は思わず「あっぶねぇ」と小声で呟いた。
だが──すでに遅かった。
これは、フラグというやつではないのか?
私はオタ女子。そういう展開、知ってる。物語ってやつは、そういうこと、してくる。
(やばい、やばいやばいやばいやばい)
私は自分で言い出したくせに、急に震え始めていた。
「うん……やる、やるよ。やるけど……できれば来世でお願いしたかったかなって」
そう、今ならまだ引き返せるかもしれない。
兄が押してくれた背中は確かにあったけど、今こうして振り返ると──
「兄、背押すの早すぎだよ……!」
あれ、あれはテンションのせい。涙の感動フィナーレの錯覚。まるで卒業式のあとに誰かに告白して「やっぱ違うな」ってなるやつ。
でも、言っちゃったもんは仕方ない。
私はこうして、訓練の場に向かうことになる。
──そう、これは9歳の頃の話である。
訓練場に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。
――いや、実際には何も変わってないんだけど、私の胃だけが猛烈にきゅるるんしていた。
だって怖いじゃん?ここ、筋肉で会話する人たちしかいないし。あの、「はい!」の声で耳壊れるレベルの世界ですよ?
「……おっ、マダラじゃん」
あ、やべ、見つかった。
訓練場の奥、木刀を振ってた少年――
確か名前はナニガシ。いや違うな、シバカレタ? 違う。…ああ、そうだ、ハンゾウくん。
昔の訓練で私が軽くやっただけなのにボッコボコになって、泣きながら帰ってった男の子である。
(うわぁ……めっちゃこっち睨んでるやん……)
私は目を逸らした。逸らしたが、既に時遅し。
「へぇ〜? 今日は女の子らしく可愛く訓練ごっこしに来たのかよ?」
あ、うん、言っちゃったね。
テンプレ発動。
「……あらぁ、ご無沙汰ねハンゾウくん。元気してた?」
一応お淑やかモード発動してみたけど、語尾に棘があるのは多分気のせいじゃない。
「今日は前と違うぞ。俺、成長したんだからな。今度こそ、泣かせてやるからな!」
言ったなコイツ。
(成長したならよかったねぇ〜〜!じゃあ私、ちょっと帰っ──)
「おいマダラ。ちょうどいい、ハンゾウと手合わせしてこい」
父上ォォォォォ!!
えぇ、やりましたとも。
──が、結果はご想像のとおりである。
「ぐふっ……! ま、また……うごけ……」
「おほほほほほほ♡」
それはもう、丁寧に。
おしとやかに、優雅に、木刀で殴打して差し上げました。※ルールの範囲内です!
途中、派手にズッコケてしまい印の練習では午を2回ほどズラしたけど、豪火球は寸前で口にチャクラを溜めすぎて口の中がスースーしたけど、最終的には、
「マダラ姉さん、マジ強ぇ……」
「もう、誰も逆らえないね……」
という弟たちのありがたくもありがたくない賛辞を頂くほどには、私はやった。
ちなみにハンゾウくんはそれ以降、私の目を見て喋らなくなった。
たまに話しかけると「お、オゥ……」って言って足早に逃げていく。なぜだ。
――そんなこんなで、私は正式にうちはの訓練に参加することになった。
もちろん、まだ戦場に出されるわけではない。
父上もそれだけは絶対に許さないだろうし、私も出たくない。命は惜しい。
でも。
ほんの少し、ほんのちょっぴりだけ、私は「強くなること」への抵抗が薄れていた。
(兄上……見てる?)
ボロボロのハンゾウと木刀を眺めながら、私は天を仰いだ。
少し前のことをふと思い出した。
朝夕に漂う空気が、夏から秋へと変わっていた。
焚き火の煙に混じる、落ち葉の焦げる匂い。
そして、風に揺れるススキの穂。
訓練場の片隅、私は今日も火遁の練習をしていた。
(ふぅ〜……はぁぁ……出ない……)
焦げ臭いのはススキのせいじゃない。たぶん私のせい。
豪火球の術、それはうちはの“成人”を示す技。
出来れば一人前と認められ、出来なければまだ半人前。
しかも、口にチャクラを練り、火に変えて吹くなんて、超高難易度。
私にとっては、前世の有機化学よりムズイ。
あれ? いや、どっちもわけわかんないって意味では同じか。
「おい、マダラ。印、逆」
兄の声が飛んでくる。
「え? あっ……間違えた……未のあとに午……じゃなくて、午がズレた!爆発する!わあぁぁっ!!」
「……だから言っただろ……」
兄のハリセンが優しく私の頭をぺしっ。
「横文字使うな」
「だってぇ、“ミスった”って“未のあと午”で言ったのに分かってくれなかったじゃん!」
「だからって、“BLE〇CHの鬼道なら番号で打てるのに”はやめろ」
「“プリキュアに変身するのに印いらないのに”もアウトか?」
「アウトだな」
「カミセンで殴る兄ぃ、優しい♡」
「……お前、もうちょっとおしとやかになれないか」
兄が呆れて頭を撫でてくる。私はほんの少しだけ照れたふりをして、言った。
「……なってるでしょ、一応、私なりに」
兄はしばらく黙って、ため息をひとつだけ吐いた。
秋は嫌いじゃなかった。
風は冷たいけど、虫は減るし、空気が澄んで空が綺麗に見えるし、あと――
焼き芋がうまい。
弟たちが落ち葉を集めて遊ぶ様子を見ながら、私は火遁の練習を続けた。
兄は言う。
「お前、火遁の才能はある。印ができれば、すぐにでも完成だ」
でも、私はまだ午が怖い。
午ってなんかズレやすいのよ! 手が小さいからか? それともトラウマか?
(兄……私、強くなるって言ったけど、怖いよ)
それでも、やると決めた。
だって、三度目の正直。
そして、あの時の兄の言葉。
「強くなれ、マダラ。お前が、家族を守るんだ」
風が吹いた。
少し赤くなった木の葉が、ふわりと舞って、私の火遁の練習に巻き込まれて焦げた。
「……あ、出た」
兄が驚いた顔をした。私もびっくりした。
でも、たしかに今、火が出た。
小さい、小さい火球だったけど――たしかにそれは、火遁・豪火球の術の原型だった。
「……兄、今の見た?」
「……ああ」
「私、天才かも!」
「……午はズレてたけどな」
兄がハリセンを軽く振り上げた。私は素早く距離を取る。
「横文字言ってないもん! 今日まだ3回目!」
「十分だ……」
私は秋風の中でくるくると舞った。
火の粉と、落ち葉と、そしてちょっぴりの笑顔を巻き込みながら。
それは――この世界で、ほんの少しだけ“自分の足で立てた”気がした瞬間だった。
焚き火の煙が、秋の夜に静かに溶けていく。
弟たちは腹いっぱい焼き芋を食べて満足そうに寝転がり、父上は家の奥で何やら書類を広げていた。
私はというと、火の前で丸太に座り、手をかざしながらぼーっとしていた。
すると、隣に兄が静かに腰を下ろす。
相変わらずの無表情だが、どこかやわらかい気配をまとっていた。
「……今日、火、出たな」
「うん。あれ、多分本当に火遁・豪火球の術の……なんか、序章って感じ?」
「また横文字か」
「序章は許して。すっごく日本語だから。たぶん……」
兄はそれ以上言わず、火を見つめた。
私もそれに倣って、しばらく無言で焚き火のゆらぎを追った。
「兄さま、さ……」
「ん?」
「私さ、ほんとは強くなりたくなかったんだ」
「……知ってる」
「えっ、知ってたの? じゃあ何で火遁とか教えたの?」
「お前が“自分で選んだ”からだ」
「……あー……。うん、まあ……勢い、だったんだけどなあ」
「……でも、言ったろ。“選んだなら、背負え”って」
私は火の熱がじんわり伝わる手のひらを見つめながら、言った。
「兄さまが居なかったら、たぶん私、今もずっと逃げてたと思う」
兄は少しだけ目を細めて、焚き火の明かりで揺れる私の横顔を見ていた。
「俺は……お前には、穏やかに生きてほしかった」
その言葉に、私は少しだけ口を歪める。
それは笑ったのか、泣きそうだったのか、自分でも分からなかった。
「ありがと。でも……うちはの娘として生まれたからには、ね」
「お前、やんちゃ息子だろ」
「娘だよぉ〜!せめて女の子でいさせて!」
兄はくっと喉の奥で笑った。めったに聞かない声だった。
たぶん、本当に笑ってくれたのは、幼い頃ぶりだったかもしれない。
「……心配してるんだ、父上は」
「え?」
「お前の“将来”。言ってた。“あの子は急に変な言葉を口にする。意味が分からん。結婚できるか心配だ”と」
「ひ、ひどくない!? 結婚できるもん!その気になれば!」
「うちの男子で、横文字ベラベラの女を嫁にもらいたい奴がいると思うか?」
「……うぐっ」
私は火に向かってふて寝の姿勢で膝を抱えた。
「でも、父上が“たまに横文字を我慢してるようだ”って言ってた。珍しく成長だと褒めてたぞ」
「……え、ほんと?」
「ほんと」
「うわぁ……父が私を褒めたなんて、太陽が爆発する前兆かしら……」
「その発言が横文字だ」
「ギリギリセーフですッ!!」
兄が立ち上がる。もう寝るのかと思いきや、ふと火に薪をくべて、こう言った。
「なあ、マダラ」
「ん?」
「お前の“強さ”が誰かを守るものなら……それでいいと思う」
私は少しだけ、目を伏せた。
兄の背中が火に照らされて、いつもより大きく、遠く感じた。
「……ありがと」
その夜、私は久しぶりに夢を見た。
前世の、パソコンに顔を突っ込んで寝落ちした自分――じゃなくて。
真っ赤な火の中、兄と一緒に笑っている夢だった。