あのね、聞いて。
今、この瞬間の私、マジで超絶緊張してるの。
いや、うちはマダラとしては威厳を保たなきゃいけない立場かもしれないよ?
でも中身は元・理系女子大生、しかも戦争経験ゼロの一般ピープルなんだよ?
明日――いよいよ、戦ですってさ。
え、戦? 何その言葉、古文か何か?
もうちょっと柔らかく「軽くひと揉め」みたいな表現できない? できないんだ? そっかー。
「バトル」だよ、「リアル戦争」ってやつ。
手裏剣とかクナイとか、もはやチョイスが物騒すぎる。
しかもさ、信じられる? 私、手裏剣術を習い始めてから一ヶ月も経ってないんだよ!?
最近ようやく「的に当たるようになりました」ってレベル。
成績で言ったら「2.5/10」くらいのところにいる私が、いきなり実戦って、ねぇ。
義務教育の倫理どこいった。
「マダラは天才だ」とか言って持ち上げられてさ。
ほんと、誰がそんな都市伝説流したの。私は天才じゃなくて“珍才”なのよ。方向性が違うの。
得意分野? 一応、体術と忍術かな。
……あ、いや印は苦手。相変わらず「午」の形が歪むし。
火が出ることもあるけど、気分次第ってやつ。
(※なお、出る時はたまに暴発します。危険物取扱注意。)
ねえ、誰か言ってたじゃん、戦争は準備が大事だって。
「はい今日から実戦、バトルスタート★」みたいなノリ、マジで心臓に悪いわけ。
まだ心の準備ってもんが整ってないのよ!
しかも父上がね?
「お前の初陣は、この父と共にある」とかドヤ顔で言ってきたわけよ。
いや、それ逆に不安しかないんだが。
「じゃあ背中に張りついてていい?」って聞いたらさ、「足手まといになるな」って顔されたし!
それ言われた瞬間の私の顔、完全に“は?”だったよ。
(あーもーほんと……一族って何、運命って何、因果って何)
冷静に考えて、私はただの平和ボケ現代人だったんだよ。
進研ゼミの実戦編でもこんな急展開ないからね!?
はあ……団子食って寝てたい。
……あわよくば、明日ドタキャンにならないかなあ。
「今日の戦、延期になりました~!」って連絡くる感じでさ、
ついでに千手一族と仲良くお花見でも始めてさ、「実は話せば分かるやつらだった」って展開。
(ならねぇよ)
……明日か。
出陣の日の朝。
それはもう、空気からしておかしかった。
ピリピリしてる。ビリビリしてる。なんだろうこの圧力、風呂場でドライヤー使った時みたいな空気の張り詰め具合。
「……やべぇ、何もしてないのに怒られそうな空気だコレ」
ぼそっと呟いた私は、朝から完全にテンションがバグっていた。
いや、分かってるんだ。今日がどういう日かくらい。戦、だもんね。リアルバトル。血で血を洗うガチのやつ。
でもテンションをふざけさせてないと、自我が崩壊しそうだった。
「うちはマダラ、戦に出陣しまーす☆ ってね……あっはっは……は……」
笑い声が喉でつっかえて、すぐ消える。
本来なら、戦支度といえば甲冑で身を固め、髪をきっちり結い上げて――ってイメージなんだけど。
ないのよ。
まず、髪が。バッサリやられてるから。結えないの、マジで。数日前まではゆるくひとつに束ねてたけど、それすらもう幻。
サヨナラ、私のシルエット美。
そして甲冑も、着てない。
うちはの装束。黒地に赤い団扇の文様が入った軽装そして、おまけ程度の胴体への防具――それだけ。
「うちは一族は、俊敏さを重視する」
父上の言葉に納得はしたけど、いやいや、こっちは初陣なんだからもう少しガード固めてよ!?ってツッコミたい気持ちは抑えた。うん、大人だから。10歳だけど。
(でも、今日だけは……私、大人になる)
戦の意味、失うもの、守るべきもの。分かってるつもり。
カエデとヒズマを失ったあの日、私の中の“甘え”は、少し死んだ。
代わりに芽吹いたのは――覚悟。
それが「マダラ」って名前で呼ばれるたびに、心の中で形をなしていく。
「……イズナには、見せられない顔だな、こりゃ」
馬の脇で立っていると、すぐ隣にいた部下――いや、同族の男が、ちらりと私を見た。
「何か?」
「い、いえ、なんでも……。さすが、風格が……」
(あー……またコレだ)
私は、笑った。表向きは凛とした顔でね。でも、内心じゃ思ってたよ。
(中身、女子大生なんだけどな。今はもう“私”って言ってるけど、ほんとは甘い物食べながらアニメ語ってたいんだわ)
でも、言わない。言っても無駄だし。
誰も聞いちゃくれない。
私が何を思ってるかなんて、もう誰にも届かない。
(今日から私は、戦う“うちはマダラ”)
だから――背筋を伸ばして、笑うのだ。
強く見えるように。
森の匂いが、変わった。
湿った土の臭いに混じって、血と油と鉄が混ざったような――何とも言えない、ぞわぞわする臭気が鼻を刺す。
(……戦場の匂いって、こんな感じなんだ)
父上と並んで戦場へ向かうと、前方にうっすらと見えてきた、赤い鎧の影。
千手一族。
その姿を見た瞬間、ぐぐっと胃が縮まるような感覚が走った。
喉がひゅっと細くなって、息がしづらい。
(いや、無理だってこれ。こんなん無理だって。帰ろ? ね? いったん帰ろ?)
帰れない。
そんなの分かってる。
でも心が、まだ追いついてない。
「構えろ、マダラ。来るぞ」
父上の声が耳に届いた瞬間、空気が裂ける音がした。
次の瞬間には、敵が放ったクナイが、視界の端を鋭く横切っていた。
「っ……!」
思わず腰を落とし、回避。地を蹴る。視界が上下に跳ねた。
(いよいよ、始まる――!)
刹那、父上が地を蹴って前に出る。その背中を見た瞬間、本能が動いた。
「オレも行くぞッ!」
――あ、出たな“オレ”。
考える暇もなく、クナイを抜いて前へ出る。敵が、目の前にいた。少年だ。私と変わらないくらいの年。
目が合った。一瞬、相手の目が揺らいだ。
……けど、動きは止まらなかった。
(来る!)
私は飛んだ。刃を振るった。
金属が肉を裂く、いやな手応え。
(あ……やった……)
血が、飛んだ。赤い霧のように、視界を染める。
「ひっ……」
喉の奥から声が漏れた気がしたけど、聞こえなかったフリをした。
今、止まったら死ぬ。だから、前へ。前へ。
(あれ?なんで……こんなに動けるの?)
私の体が、動いてる。頭じゃない、体が先に動いてる。
次の敵には蹴り、次は手裏剣。印を結ぶ、火遁――
「火遁・豪火球の術!」
火が、敵陣に向けてうねる。
(ああ、なんだこれ――)
心が引き裂かれるようだった。
でも、同時に、血の中で跳ねるような高揚感もあった。
(……やだ、なにこれ。たのしい……?)
「オレ……いや、私は……」
どっちだよ。
どっちの自分が、本当なのか分からなくなっていく。
この感覚、怖い。
でも、体の奥底では、確かに“楽しい”と感じている何かがある。
(これが……“マダラ”が戦闘狂なんて言われた由縁ってやつなのか?)
誰かを蹴散らすたびに、心の奥の“私”が小さくなる。
反比例するように、“うちはマダラ”が、濃くなる。
(やばい、これ……私、原作の“うちはマダラ”に近づいてる……!!)
――でも、それは、悪いことなのか?
イズナを守るために強くなる。
そのためには、戦うしかない。
ならばこの“楽しさ”すら、必要悪ではないか?
(いやいやいやいやいや! ダメ! 感覚バグるから! 冷静になろ!)
そんなふうに頭の中で自問自答してる横で、私の体は戦場を駆け、敵を倒していく。
刃が肉を裂く音、叫び、返り血、焦げた草の臭い――
「ウ、オオオオッ!!」
誰かが叫んで突っ込んできた。
目の前の千手の忍。その瞳は怒りと恐怖とでぐしゃぐしゃに濁っている。
(私だって、怖いんだよ!)
私の手が動いた。クナイを、首筋に。
もう何人目かなんて、覚えてない。
ふと視界に、タジマの姿が見えた。
「……あの人、まだ前線にいる……っ!」
あれだけの敵を相手にしてるのに、ブレないその背中。
誰よりも先頭に立ってる。
私は、父上に追いつけるだろうか。
それを考えた時、思った。
(――ああ、私、ちょっと悔しいって思ってる)
そんなふうに感じてしまった自分が、少しだけ怖かった。
戦が終わった。
いや、正確には“終わらされた”というべきか。
どちらが勝ったか負けたか、そんな明確な線引きは存在しない。
ただ、“これ以上やっても得るものがない”と両陣営が悟ったから、幕が下ろされた。
(……今さらだけど、私、めっちゃ生きてるじゃん)
体中が泥と血と汗でぐしゃぐしゃになってるのに、まだ動ける。
手の中のクナイは、刃こぼれして錆びついてる。
あれだけのことをしたのに、私、ちゃんと立ってる。
息は上がってるけど、心臓はまだ、ちゃんと打ってる。
「……オレ、初陣で、戦果挙げたのか……?」
ぽつりと呟いたその言葉が、草の匂いと一緒に空に消える。
怖い。怖いはずだった。
人を斬る感触なんて、感じたくなかったはずだった。
だけど今、私の胸の奥にあるのは――
(……怖いけど、それだけじゃない)
高揚感が、ある。
怖いのに、まだ戦えると思ってる自分がいる。
血の匂いに酔いながら、「もっと動ける」とか思ってしまった。
そんな自分が、怖い。
(ああ、やばい……。うちはマダラ菌に感染してしまってる……!)
私はただの元・女子大生だった。
物理のレポートで白目むいてたような、戦争とか絶対無理だった、そんな人間だった。
なのに今、敵の動きがどうだとか、殺気の流れだとか、チャクラの感知だとか――
ぜんぶ“体で覚え始めてる”。
(……どうしてこんなことになったのよ……)
誰かに、そう問いかけたくなった。
「――マダラ!」
その声に振り返ると、父・タジマがいた。
鎧の隙間から血が滲んでいて、ところどころ傷も見えたけれど、彼の姿は堂々としていた。
「よくやった」
その言葉に、胸の奥がチリッと焼けた気がした。
「……ありがとうございます、父上」
口ではそう言ったけれど、どこか、自分じゃない誰かがしゃべってるような感じ。
(オレ……いや、“私”は、これでいいの?)
気づけば、誰かの期待に応えるような形で、私は“戦果”を挙げた。
周囲の者たちは私を見て囁く。
「やはりあの子が次期族長にふさわしい」
「父譲りの才だ」
「今後が楽しみだ」
(……期待に応えてしまった私が、今、一番怖い)
その夜、タジマは屋敷の奥、誰もいない書院で一人、火灯しの明かりを前に膝をついていた。
墨がすっかり乾いた硯に筆を置いたまま、ただ、じっと外を見ている。
目を閉じれば浮かんでくるのは、今日の戦場での“マダラ”の姿だ。
(……あいつは、戦えていた)
動きに迷いはなかった。
相手の術にも、怖気づくことなく立ち向かい、戦果を挙げた。
まだ十歳。
だというのに、大人の忍びを何人も倒した。
(……本当は、出したくなかった)
ずっとそう思っていた。
最初の妻との間にできた、最初の子。
女として生まれたが、あまりにも才があった。
だから“男”として育てる決断をしたのは、私自身だ。
だが、それでも……あの時の幼い声や笑顔は、今も忘れられない。
(“おとーしゃま”……か)
一時期、マダラがそう呼んでいた。
あの頃の奇妙な言葉づかい、異様なまでの勘の良さ。
異物のように思える一方で、不思議と放っておけなかった。
(もう戻らない。あいつは……あの戦場で、“本物の忍”になった)
マダラは、きっと気づいていないだろう。
戦の最中、一瞬だけ、笑っていた。
敵を倒した時――ふっと、口元が緩んだ。
あれは、戦の中で“愉しさ”を覚えてしまった者の顔だった。
(だからこそ……恐ろしい)
あれほどの才を持ち、あれほどの精神をもっている。
だが、それは時に、破滅を呼び寄せる。
(マダラ……どうか、お前は間違えるな)
祈るような想いを込めて、タジマはゆっくりと筆をとった。
次なる戦の布陣――否、マダラを次期族長とする準備を書き記すために。
(これが正しい道とは限らない。だが……それでも、行かねばならぬ)
タジマは、墨を含ませた筆先を紙へと下ろした。
彼の手は、僅かに震えていた。
戦が終わり、集落に帰ってきた私は、まっすぐに――イズナのもとを目指した。
弟と再会できた、それだけで少しだけ胸が熱くなった。
けれど、その感情の後ろには、冷たい現実がちらついている。
「……兄さん」
声が聞こえた。
振り返ると、そこにいたのは、戦装束のままのイズナだった。
――兄さん。
その呼び方が、あまりにも自然で、私は何も言えなかった。
(私、もう“姉さん”じゃないんだ)
それは、覚悟していたことだった。
あの日、髪を切られ、装束を変え、声の出し方さえ矯正された。
だが、いざ弟の口からその呼び名を聞くと、胸のどこかが、きゅっと締めつけられた。
「……よく戻ってきたな、イズナ」
私は努めて低く、兄らしく言ったつもりだった。
でもその声が、ほんの少しだけ震えていたのは、自分でも分かった。
イズナは静かに、私に近づいてきて――
「……兄さん。生きててくれて、よかった」
そう言って、ぎゅっと私の胸に顔を押し付けた。
(ああ……こんなふうに抱きしめるの、久しぶりだな)
私はそっと腕を回し、弟を抱きしめた。
かつて、カエデとヒズマと4人で並んで眠ったあの夜。
おびえて泣いていたイズナを、私はこうして抱きしめた。
「私たちは、生き残ろうな」
その言葉は、震えていた。
けれど、しっかりと胸の奥から出たものだった。
「……うん。兄さんも、俺も、絶対に」
イズナの声は、あの日よりも少し低くなっていて、それがなんだか切なかった。
(子どもって、こんなふうに成長するんだな)
そう思った瞬間、私はふと、口元が緩んでいることに気づいた。
戦場で笑みがこぼれた時とは、違う感覚だった。
これは、ただ、温かいだけの笑みだった。
けれど、その温もりすら、今の自分には贅沢なものに感じてしまう。
(オレ……いや、私……もう、“姉”じゃないのか……)
思えば、もう“女”であることを演じる必要すらなかった。
周囲は誰も疑わず、誰も詮索しなかった。
だが、私の中ではまだ、“マダラ”と“わたし”が、揺れている。
この戦で、私は“マダラ”として確かに戦った。
誰よりも冷静に、誰よりも機敏に、そして――誰よりも楽しんでいた。
(戦うことが楽しいなんて、思っちゃいけなかったのに)
震える指を、そっと握る。
あの感覚を忘れないように。
でも、思い出したくないように。
「……イズナ」
「ん?」
「お前だけは、絶対に死ぬなよ」
私がそう言うと、イズナは少し驚いたような顔をして、それから――
「……うん、絶対に生きるよ、兄さんと一緒に」
まっすぐに答えた。
(こんなにも素直で、まっすぐで、優しい弟を……守るって、決めたんだ)
そうだ。
この命を使うなら、そのために使いたい。
血で汚すためじゃない。
弟を――愛する家族を守るために。
夜が更けていた。
月は高く、静けさが湖の水面に落ちている。先ほどまでの戦の喧騒が嘘のように、ここは別世界のようだった。
私は、マダラは――
足元の水に石を落とし、ぽちゃん、と音がしたのをぼんやり眺めていた。
「……ああ、戦って、こういうもんなんだね」
ひとりごと。
私の声は、誰にも聞こえないはずの小ささで、水面に溶けていった。
戦った。
殺した。
褒められた。
でも、虚しかった。
(それでも、あの瞬間――楽しいと、いや、全身でいや心から愉快だと感じ取ってしまった)
クナイを投げた手の感覚。
火遁を繰り出した時の温度。
敵を斬った時の、あの生々しい音と重み。
血の匂いに混じっていたのは、私自身の高揚だった。
(どうして……)
こんな世界に、染まりたくなかったのに。
殺し合いに悦びを感じるなんて、人としてどうなの。
でも、体は知ってしまった。
戦いの中で、自分が“活きていた”という感覚を。
「……マダラ化してるよ、私……」
目を伏せて、濡れた手を見つめる。
あの血はもう洗い流したはずなのに、まだ焼きついて離れない。
「戦争なんてクソだって、あれほど思ってたのに」
胸の奥がじわじわと軋む。そう、これは恐怖だった。
「私」が失われていく恐怖。かつての女子大生としての自分が、戦場の獣へと変わっていく。
(私は、まだ、あの子でいたいのに)
これからはあまり意識して戦に望むべきじゃないな。このままだと、私が私じゃなくなる。
この時、気づかなかった。
自分自身に対してあの子とまるで憧れてる様子で言ってる時点で彼女は既に昔の自分では無いと自ら公言していることに。
彼女は、あの頃の女子大生でない。
うちはマダラだ
これは、マダラ菌に侵されつつありますね。でも、安心して。日常パートに戻れば少しリセットされて普段のちょっぴり頭おかしくてらしい前世ちゃんになりますよ。たぶん。きっと。おそらく。maybe。