「お母さん、無自覚美人です」   作:松田義和

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第一話「母、ゴミ出しで男を釣る」

うちの母は──自覚のない美人、だと思う。

 

年齢は四十三歳。

昔の写真を見ると、若いころもそれなりに目立ってたらしいけど、今の方が逆に“完成されてる”感じがある。

肌は白くて透明感があって、髪は肩までのセミロング、自然に巻いた黒髪がやわらかそうに揺れる。

目元の化粧はほんのり、でも笑うとすごくやさしい顔になる。

 

……なんてことをわざわざ息子である僕が語るのもどうかと思うけど、でも事実だからしょうがない。

問題は、そういう魅力を本人がまっっっったく自覚していないことなんだよ。

 

その朝もそうだった。

 

「……おはよ~」

 

と、ふにゃっとした声と一緒に、母さんがリビングに入ってくる。

寝癖の残る髪を片手でかき上げながら、スリッパを引きずって。

着ているのは、薄手のスウェット上下──やわらかそうな杢グレーの生地で、肩は少し落ち気味。

下はジャージというより、裾が絞られたタイプのラフなパンツ。だけど母さんが着ると、なぜか“部屋着”じゃなく“抜け感のあるコーデ”に見えてしまうから不思議だ。

 

朝の光が差し込む窓際、カーテンの隙間から逆光になって、シルエットがほんのり透ける。

肩のラインや、華奢なくびれ、意外と丸みのあるヒップ──息子の僕でさえ一瞬目が止まるんだから、外で見かける人たちにとってはさぞかし…。

 

母さんは、その姿のまま玄関へ向かう。

 

「ちょ、母さん。ゴミ出すのその格好で行くの?」

 

「え?だってすぐ戻るし。だれも見てないでしょ?」

 

──いや、いるよ。がっつり見てるよ、朝6時の人たち。

 

特にうちの隣。会社員の○○さん。

挨拶は丁寧だけど、最近母さんに話しかける頻度が明らかに多くなってきてる。

昨日なんて「○○さん、スイカですか?いいですねぇ」って、ゴミ袋の中身に食いついてたし。どんな会話の入り口だよそれ。

 

案の定、玄関のドアが開いてしばらくして──

 

「おはようございます、○○さん。今日も暑いですねえ」

 

って声が聞こえた。

声のトーンが妙に張り切ってるのが、逆に怖い。

 

しばらくして帰ってきた母さんは、なぜか少し頬を赤らめていた。

手には空っぽのゴミ袋と──名刺?

 

「ねぇ、隣の○○さんって、何の仕事してる人?」

 

「……総務系の会社員。たぶん普通のサラリーマン」

 

「へぇ~、なんか名刺くれたんだけど。趣味で写真も撮ってるって言ってたわ」

 

「……それ、たぶん会社のじゃなくて“個人用”の名刺じゃない?」

 

「え?そうなの?“またご一緒に”って言ってたけど…ゴミ出しを?」

 

──それはゴミ出しじゃない。“チャンス作り”って言うんだ。

 

「母さん、お願いだから服ぐらい着替えてから出てくれって、前も言ったじゃん」

 

「ええ〜、これそんなに変かな?見られるような格好じゃないよ」

 

そう言いながら母さんは、無邪気に首をかしげた。

スウェットの襟元が少し広がって、鎖骨がちらっと見えた。

 

……いやいやいや。

それがダメなんだって。

そういう「本人が気づいてない色気」が、一番ややこしいんだってば。

 

頼むから、自覚してくれ。

お願いだから、もうこれ以上──

 

男を増やさないでくれ……。

 

 

 

 

 




番外編「母、パーカー一枚で男を惑わす」

その日の朝、僕はいつもより早く目が覚めてしまった。
特に理由はなかった。
強いて言えば──いや、たぶん無意識に“母さんが何を着てゴミ出しに行くか”が気になってたんだと思う。

なにせ、二日前のスウェット事件以来、うちの隣の会社員は毎朝窓越しに「偶然」母を待ち構えるようになっている。
というか、あのあと玄関ポストに“写真展のご案内”みたいなハガキまで届いていた。誰の仕業かは言うまでもない。

そして今朝。
僕が洗面所で顔を洗っていると、またあの「ぺたぺた」とスリッパの音が近づいてきた。
鏡越しにリビングから出てくる母の姿が映る──

……ん?

「母さん、その格好で行くの……?」

「え?なに?」

母は首をかしげながら、ゴミ袋を手に持っていた。
部屋着なのか外着なのかも判然としないような、薄手のジップアップパーカーを一枚羽織っただけ。
下は──見えない。
というか、パーカーが太もも中ほどまでかかっていて、まるで“ワンピース”みたいなシルエットになってる。

「ちょ、下、履いてるよね?」

「え?ショートパンツだよ?ほら」

そう言って片足を軽く上げる。たしかに、かすかに裾が見えた……けど、それはもう見えないも同然。
しかも足、すっごい白くて細い。肌がなめらかすぎて、朝日を反射してるレベル。

「お願いだから、そのまま外行かないで……!完全に“部屋着のまま寝起きで来ちゃった”感あるから!」

「ええ〜?この前のスウェットより全然涼しいし……今日暑いし……」

「違う、涼しいじゃなくて、“涼しげ”じゃなくて、“見えてる風”なの!わかって!」

でも母さんは、まるで反省の色もなくサンダルをつっかけて、玄関を開ける。

「行ってきまーす。すぐ戻るから~」

──その声の軽さと、足元の無防備さ。
どっからどう見ても「誘惑の朝」。

慌てて僕が後を追ってカーテンをめくると、案の定。
あの隣人──○○さんが、シャツ姿でポストに「偶然」何かを入れているところだった。
タイミング完璧すぎて、もはやホラー。

案の定、

「あ、おはようございます○○さん!今日も暑いですねぇ」

って声が聞こえてきて、
その数秒後、○○さんが「わあ…今日はまた…」と絶句したのがしっかり聞こえた。

そのあと、母さんが帰ってくるなりこう言った。

「ねぇねぇ、○○さんに“よかったらモデルやりませんか”って言われたんだけど、どういう意味かな?」

──いやもう、こっちが聞きたい。

頼むから母さん、
その服は“たまたまそうなった”んじゃなくて、もうほぼ武器なんだよ。

無自覚で街を歩くのは、もうやめてくれ……。


番外編「母、夏風にめくられる」

その朝、僕は玄関のほうから母さんの歌声が聞こえたことで目が覚めた。

「ふんふ〜ん♪ 今日も暑くなりそうねぇ〜」

窓から射しこむ日差しはすでに夏本番。
セミの鳴き声と、扇風機の低音がじわじわ耳に届く。
でもそれより気になったのは、さっきからスリッパの音がやけに軽やかなこと。

僕がリビングに顔を出すと、ちょうど母が出ていくところだった。
ゴミ袋片手に、いつもの朝のルーティン。だけど──

「……ちょ、母さん……」

目が覚めた。

まず、上は白のリブタンクトップ。
肩が完全に出ていて、鎖骨と肩甲骨がすらりと浮き上がってる。
しかも生地がやや薄くて、朝の斜めの陽射しを浴びたせいか、下に着てるインナーのラインがうっすら透けて見えている。

下は、淡いベージュのロングスカート。
透け感のある素材で、裾が軽く風をはらんで揺れている。
一見エレガントなんだけど──風が吹けば、そう、“ふわっ”とめくれる危うさを秘めた布面積だった。

「……それで行くの?」

「え?だって今日は暑いから〜。風もあるし、涼しくていいのよこのスカート。ふわ〜ってして」

そう言いながらくるりと回る母。
スカートがひるがえって、足が太ももまで見える。
一瞬、何も履いてないんじゃないかとヒヤッとしたが、よく見れば短めのペチコートが入っていた。が、しかし、それも「見せない前提」で作られているのだから、風が吹けばすぐアウトだ。

「母さん、風あるってわかっててなんでそれ選んだの……?」

「え?風があるからこのスカートにしたのよ?気持ちいいじゃない?」

──“気持ちいい”って、そういう意味じゃない。
むしろ“気まずい”の間違いじゃないのか。

案の定、母が玄関を開けて外に出たとたん、軽い風がビューっと通り抜けて──

「きゃっ、ちょっと!」

ふわっとスカートが浮き上がる。

母があわてて押さえたその向こう、斜め向かいのアパートの二階の窓がすばやく閉まる音がした。
間違いない、誰か見てた。
というか、毎朝母を観察してるやつ、たぶん増えてる。

そして、今日もまたあの声が響いた。

「あ、おはようございます!今日もお綺麗ですね」

隣の○○さんである。
名刺を渡し、写真展に誘い、今やゴミ収集時間に合わせて待ち伏せする勢いの男。

母さんは気づいてない。
さっきのふわりと舞ったスカートの、その“奇跡の瞬間”を──
あの人が逃さなかったということを。

「ねぇ、○○さんが“風も味方につけてますね”って言ってたんだけど、どういう意味かしら?」

──もう……頼むから、ほんとに……

夏の風すら、母さんの味方ってことなのかもしれない。
でも僕にとっては、敵そのものだ。



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