「お母さん、無自覚美人です」   作:松田義和

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第13話 「母、ラジオ体操に参加 する」

ちょっと運動不足かしらね〜」

 

母がそう言い出したのは、7月のある朝のことだった。すでに朝からじりじりとした陽射しが差し込む季節。普段は朝食の準備で忙しい時間だが、その日はやけに早起きだった母は、白いTシャツに薄手のカーディガン、ベージュのクロップドパンツというラフな格好に日除けの麦わら帽をかぶり、「ちょっとラジオ体操に行ってみるわね」と軽やかに家を出ていった。

 

「ラジオ体操って、あの公園のやつ?」と僕が聞くと、

「そうよ〜。○○公園のあれ、まだやってるんですって」

 

母が向かったのは町内会が毎年やっている恒例のラジオ体操。参加者の多くは高齢者が中心で、若者はほとんど見かけない。母もどちらかといえば「見守り役」的な雰囲気で参加するつもりだったらしい。

 

──しかし、事態は想像以上に早く進んだ。

 

翌日。

 

「……なんで、こんなに人がいるの?」

 

僕が母に付き添って公園に行ってみると、前日よりも参加者が明らかに増えていた。昨日は20人ほどだったはずの輪が、今日は倍以上。しかも明らかに“層”が変わっている。50代60代の男性、いつもは町内会に顔も出さなかった隠居風の人たち、さらには明らかに“仕事前に寄りました”というスーツ姿の会社員風まで。

 

「え、こんなに人来るの珍しくない?」と僕が声を潜めて言うと、

「昨日○○さん来てたじゃん? あの姿見て“明日から行く”ってLINEきたわ」

「俺も3人に“明日の公園、○○さん来るらしいぞ”って回ってきた」

 

噂の中心──僕の母。

 

確かに、白Tシャツに薄手のカーディガン、首筋に汗を一筋垂らしながら体を伸ばす姿は、正直、僕から見ても「やたら絵になる」。笑顔で「いーち、にーい」と伸びをするたび、なぜか周囲の男たちがピリッと背筋を正していた。

 

「昨日のあの笑顔、やばかったよな」

「なにあの柔らかい肩甲骨の動き……」

「あと、最後の深呼吸のときの上向き加減……!」

 

僕は耳を塞ぎたくなった。

 

数日後、町内会が用意していた体操カードがまさかの品切れ。追加印刷が決まり、印刷所が朝からフル稼働する騒ぎに。

 

そして週末、ついには“観覧目的のギャラリー”まで現れた。

ベンチに座ってコーヒーを飲みながら体操を見守る紳士風、スマホ片手に「実況」している近所の若者、わざわざ双眼鏡で覗く爺さんまで出現。

 

一方で、当の本人である母はというと──

 

「なんだか今週、すごく体が軽いのよねぇ〜」と上機嫌。

 

「人が増えた? そうかしら? まぁ、朝は気持ちいいからね〜」

 

まるで自覚がない。だからこそ、破壊力があるのだと僕は確信した。

 

母の魅力は、天性の天然であり、しかも無敵だった。

 

そしてその日も、麦わら帽を少しだけ傾けて、母は晴れた空の下で深呼吸をしていた。

 

──町の朝は、今日も騒がしい。

 

 

 

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