「お母さん、無自覚美人です」   作:松田義和

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最終話「母、アテナと呼ばれる 〜星矢、覚醒のとき〜」

夏の終わり、商店街の夏祭りの翌日。

空は高く、蝉の声もどこか遠くなっていた。

 

母さんは、朝からソファでのんびり針仕事をしていたのだけど、途中で「糸が切れちゃったのよ〜」と、ふわりと立ち上がった。

 

「ちょっと手芸屋さん行ってくるわね」

 

日傘を片手に、足元は白いサンダル。

リネンのワンピースは風をはらんで軽やかに揺れ、淡く焼けた首筋に光が差していた。

 

相変わらず、本人はまったく気にしていないけど──

僕から見ても、本当に目を引く人だった。

 

それから20分後。

 

スマホにメッセージが届いた。送り主は、魚屋の兄貴。

「○○さんが変なヤツに絡まれてる。××路地。急げ、ペガサス」

 

──……は?

 

ペガサスって何!? と思う間もなく、僕は玄関を飛び出していた。

 

 

現場に着いたときには、すでに騒ぎになっていた。

 

人だかりの中心で、路地裏に母さんが立ちすくんでいる。

目の前には、どう見ても酔っぱらいの男。腕を掴もうとする仕草に、母が一歩下がったその瞬間──

 

「その人に手ぇ出してんじゃねえぞォォ!!」

 

怒声が飛んだ。

飛び出したのは、八百屋のオヤジ。

手にしていたスイカが粉々になる勢いで地面に叩きつけられる。

 

次の瞬間、ピザ屋の兄ちゃんがバイクを止めて路地に突っ込んできた。

肩で息をしながら、「間に合った……!」と呟く。

 

そして最後に飛び出してきたのは、見覚えのある魚屋の兄貴。

迷いもなく酔っぱらいの襟首をつかみ、壁に押し付けていた。

 

「てめぇ、○○さんに何してやがんだ」

 

母は驚いた顔のまま、手にした日傘を胸に抱えていた。

それでも僕を見つけると、ほっとしたように笑った。

 

「……ほんと、来たのね。あなたって、いつもタイミングがいいわ」

 

──いや、違うんだ。僕だけじゃない。

この騒ぎを聞きつけて、近所の人たちも続々と集まってきていた。

 

交番の警官が遅れて駆けつけ、酔っぱらいを取り押さえたとき──

彼は静かにつぶやいた。

 

「アテナは……俺たちが守る」

 

「……はあ?」

 

思わず口に出た僕の声に、警官はにやりと笑った。

 

「お前もだ、ペガサス」

 

「いや、だからペガサスってなん──」

 

「○○さんの息子だろ。沙織さんの」

 

周囲の顔が次々と頷く。

PTA仲間のパン屋の奥さんも、図書館の司書のおばちゃんも、なぜかスーパーの主任も。

 

「この町の人たちはな、みんな知ってるんだよ。

あの人が、どれだけ俺たちの心を救ってくれてたかって」

 

「勝手に救われてたんだよ」と魚屋の兄貴が言った。

 

「店に来て“このイカ、ツヤツヤしてるわね”って笑ってくれるだけで、なんか、今日もがんばろって思えた」

 

「回覧板渡してくれたときの“いつもありがとう”が、何気に沁みたんだよ」

と、向かいの酒屋のじいさん。

 

「……ええと、なにこれ?町内劇?」と母さんは笑ってる。

 

それでも、その目には、すこしだけ涙が滲んでいた。

僕はその横顔を見て、なにも言えなかった。

 

だって──僕だけは知っている。

 

この町の誰よりも、母が誰かに「優しくするのが当たり前」で生きてきたことを。

疲れていても、悩んでいても、決して他人にそれを見せなかったことを。

その姿を、僕だけはずっと見てきたんだ。

 

僕の名前は──星矢。

 

僕はペガサスなんかじゃない。

けど、あの人を守れるのは、きっと僕しかいないんだ。

 

だから、全員が口々に「青銅聖闘士」だの「黄金魂」だの意味のわからんことを言ってても──

 

「……まあ、いいか」

 

僕はゆっくりと母の隣に立った。

母がそっと僕の腕をとる。

 

「もう大丈夫よ。あなたも、みんなも、来てくれてありがとうね」

 

その言葉に、静かな拍手が起きた。

 

どこからか、夏祭りの名残のちょうちんが風に揺れた。

夕日が路地裏をあたたかく染めていた。

 

──終わり。そして、伝説の始まりだった。

 

 

【天然美人母さんと僕の日常】

 

── 完 ──

 

この町と母との、小さな奇跡の日々は、

これからもきっと続いていく。

 

そして、何度でも思い出すだろう。

母が笑っていた夏の日の風を。

 

ご愛読ありがとうございました。

 

──スタッフ一同(……というか、僕ひとり)

 

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