「お母さん、無自覚美人です」   作:松田義和

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第2話「母、八百屋のハートをもぎ取る」

母さんが「今日は特売日だから」と張り切る日は、僕にとってはちょっとした緊張日でもある。

 

というのも、スーパーや商店街は“母の魔力”が炸裂しやすい危険地帯だからだ。

しかも今日は、僕もついて行くことになってしまった。冷蔵庫のプリンを食べた罪で。

 

「いい?買うのは卵とピーマンと……あとナスが安かったら買うわよ」

 

そう言って母さんは、玄関の鏡でさっと髪を整えた。

 

今日の格好は、白の五分袖カットソーに、明るいオレンジのロングスカート。

やや伸縮性のある柔らかい素材で、動くたびに身体のラインがほのかに浮かぶ。

胸元は詰まっているけど、しゃがむと前かがみになってしまう──あの“あぶない角度”の服だった。

 

しかも足元は、白のサンダル。

母の肌は焼けていないせいで、光が当たるとやけに艶っぽく見える。

 

「……その服で行くの?」

 

「え?動きやすいし、涼しいよ?」

 

いや、問題は“動くと見える”ことだって。

 

そうして着いたのは、近所のスーパー。

野菜コーナーの前、しゃがみこんでナスの山をじっくり見定める母。

 

──その瞬間、事件は起こった。

 

スカートがふわっとなって、前かがみの角度が絶妙に深くなり──

後ろを通った買い物カゴの男が、完全に立ち止まった。

 

見た。絶対、見た。

 

「……母さん、立って。今すぐ立って」

 

「え?まだナスの傷み具合チェックしてるのよ」

 

「もういいよ、買おう。全部買おう。ナス大人買いしよう」

 

そして次は商店街。

母さんは昔ながらの八百屋に入ると、ピーマンを手に取りながら小さくつぶやいた。

 

「うーん、もうちょっと安かったら買うんだけどなぁ……」

 

それはほんとに、聞こえるか聞こえないかくらいの、独り言だった。

 

──だが。

 

「奥さんっ!今日だけっ、特別に100円でどうですかい! いや、90円でいいや、うん!」

 

八百屋のおじさんが声を張った。

おまけに、なぜか袋いっぱいのトマトも無言で詰めはじめている。

 

「えっ?でもそんなに…買ってないのに…」

 

「いやいやいやいや!奥さん、なんか、目が涼しい!風が通る!」

 

いやそれは多分、前かがみになったときの胸元の話だ。風の話じゃない。

 

しかもその場面を、僕は背後から目撃していた──

母が袋をのぞきこむように前かがみになったとき、シャツの首元からインナーが…いや、それ以上が一瞬見えた。

それを真正面から受けていた八百屋の店主は、たぶん今、恋に落ちた。

 

「奥さん、いつでも寄ってくださいねっ!次はスイカも冷やしときますから!」

 

「まあ、親切ねぇ〜。おいしかったら、また来るわね!」

 

──その笑顔を返すんじゃないよ。

その笑顔が一番ヤバいんだってば。

 

帰り道、僕は買い物袋を肩に提げながら、言った。

 

「……母さん、ああいう店主に変な期待持たせるのやめたほうがいいよ」

 

「え?なにが?」

 

「“なにが”じゃなくて…自覚ないのほんと怖いから」

 

「でもほら、安くなったんだからいいじゃない♪」

 

いやもう、母さんが値切ったんじゃない。

“チラ見せで”値引かせたんだよ。

 

知らず知らずのうちに、

野菜と一緒に、男の心まで奪っていく。

 

僕の母は、今日も無自覚に最強だった。

 

 




番外編「母、差し入れで狙われる」

それは、日曜の午後だった。

僕がリビングでスマホをいじっていたら、インターホンが鳴った。
ピンポーン、っていう軽い音と共に、母が台所からひょいっと顔を出す。

「ちょっと出てくれる?」

「え?誰?」

「なんかね、袋持ってる人だったけど……あら、もしかしてあの八百屋さん?」

その一言に、僕の中の警戒ランプが一気に点滅する。

──あの八百屋?
こないだ母さんの“前かがみ”と“胸元チラ見せ”で完全に打ち抜かれてた、あの店主?

僕が玄関に出ると、案の定。
商店街の八百屋「みどりや」の店主が、笑顔で紙袋を抱えて立っていた。

「いや〜どうもどうも!これ、奥さんにちょっと……夏野菜、取りすぎちゃって!」

「え、あ、そうですか……」

受け取った袋は、やたらと重く、しかも丁寧に冷えたタオルまで添えられていた。
もはや“商売”というより“手作りお中元”だった。

母がリビングから出てきたのはそのとき。
今日の服装は、ノースリーブの白ブラウスに薄いカーキの麻パンツ。
裾が柔らかく揺れて、風をはらむと腰のラインがやけにくっきりする。
しかも、ブラウスの袖ぐりがゆるめで、腕を上げたり振り返ったときに、チラッと脇の内側が見えるような、いわゆる“油断ならない角度”のやつだ。

「まあ!こんにちは、こんな暑い中わざわざ…」

笑顔で受け取る母。そのとき、ふと腕を上げて髪を耳にかけた。

その瞬間、袖の隙間から一瞬だけ──
見えてはいけないものが見えた気がした。
下着の肩紐、じゃない。その下の、もっとやわらかい色が……。

そして、その視線の直撃を受けた八百屋のおじさんは、
その場で0.3秒ほどフリーズしたあと、謎の敬礼。

「いえっ……あのっ、奥さん、またいつでも……!ええと、トマトも!いいの入りますんで!」

あきらかに動揺した足取りで帰っていく店主を見送りながら、僕は心の中で思った。

──これはもう、完全に“差し入れ”じゃない。
“アプローチ”だ。

母さんは、台所で袋を開けながら、

「あら〜ピーマンも入ってる。あの人、ほんとに親切ねぇ」

って言ってたけど──
母さん、ピーマンのことじゃない。
ピーマンは手段、目的は母さんだよ。

ほんと、お願いだから。
袖ぐりの広い服を着るときは、もうちょっと……対策して。

このままだと、今度は桃とかメロンとか持って来かねない。
それはそれで助かるけど、母さんの“無自覚チラリズム”は──

今日も、恐ろしく破壊力が高かった。

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