「お母さん、無自覚美人です」   作:松田義和

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第3話「母、今日も鮮度抜群です」

「今日はね、アジの南蛮漬けにしようと思って」

 

朝のコーヒーを飲みながら、母さんが言った。

それはいい。めちゃくちゃうまい。

問題はそのあとの一言。

 

「ちょっと○○水産まで行ってくるわ。今日は新しい店員さん入ったって言ってたし」

 

「……その情報、いる?」

 

そう聞いた僕の視線の先には、

すでに準備万端の母の姿があった。

 

今日の母は、明るいブルーの薄手シャツに、白のタイトスカート。

シャツの裾は前だけインで、ウエストラインがきれいに見える仕様。

スカートは膝下だけど、歩くたびにぴったりと動きについてくる。

足元はシンプルなパンプス。そして髪は軽く巻いて、後ろでまとめている。

 

──なんだその仕上がり。

魚買いに行くだけだろ?

 

「ちょ、母さん。その服、魚屋で浮かない?」

 

「え?そんな派手じゃないでしょ。清潔感が大事よ、鮮魚売り場には」

 

いやその“鮮度”で目立つの、魚じゃなくて母さんのほうだから。

 

 

店の前につくと、魚屋の威勢のいい声が響いた。

 

「へいらっしゃい!今日はアジがいいよ〜!」

 

母が近づくと、掛け声が一瞬止まる。

そして、若い店員──20代くらいの男が、

氷の山からアジを取り出しかけたまま、完全に動きを止めた。

 

「えーっと……アジ、3尾お願いしようかしら」

 

母がそう言ってショーケースにかがみこむ。

 

……来た。

かがみこみタイムである。

 

シャツの胸元が軽く開き、インナーのレースがちらりと見える。

さらにスカートがぴったりしすぎて、しゃがんだ瞬間にヒップラインが完全に浮き上がる。

 

そのすべてを、真横で捌かれたサバより硬直している若店員が凝視していた。

 

「……あ、アジっ!3尾!ですねっ!」

 

手元を滑らせて氷をこぼしながら、彼はあたふたと袋詰めを始めた。

店主はそんな様子を見て、ニヤニヤしながら僕にこっそり言った。

 

「いいねぇ、お母さん……相変わらず上品だわぁ〜。うちの魚も目利きが効くよ、奥さんに見られると引き締まる!」

 

──いや、引き締まってるのは、母の服のラインのほうですけど。

 

母は全く気づかないまま、笑顔でお礼を言って店を後にした。

 

「今日はいいお魚買えたわ〜。やっぱりお店の人が丁寧だと気持ちがいいわねぇ」

 

──いや、それ、

“魚の目利き”じゃなくて“君のライン”を見てたんだよ。

 

もはや魚屋も“視線の水揚げ場”になりつつある中、

僕は静かに思った。

 

この人、どこで何を買っても、男の心まで“鮮度抜群”で持って帰ってくる……

 

 

 

「今日も魚屋さん寄ってくるわね〜。○○の好きなお刺身、あるといいけど」

 

母はそう言って、日傘をくるりと回しながら出かけていった。

今日は白いブラウスに、淡いブルーのプリーツスカート。

夏の日差しにきれいに映える、いかにも“清楚な奥さん”という雰囲気だった。

 

魚屋の角を曲がったあたりで、すでにお店のご主人が気づいたらしく、

いつもより背筋をピンと伸ばしていたらしい。

 

「奥さん、今日はマグロが入ってますよ! しかも赤身がいい具合で!」

 

「まぁ、そうなの? ちょっと見せていただける?」

 

店先でトングを手にした母は、

鮮魚のパックをひとつひとつ丁寧に見ていたらしい。

それだけでなぜか、他の買い物客が一歩引いて見守っていたとか──

 

そして母が「これにします」と決めると、

店主は当然のようにこう言った。

 

「じゃあ今日はこれ、おまけしときますね!」

 

そう言って渡されたのは、なんと脂の乗ったサーモンの切り身。

しかも量が多い。普通ならそれなりの値段がするやつだ。

 

「えっ、そんな悪いです……」

 

「いえいえ! 奥さんはもう常連さんですから。

ね、これ、サービスです。愛情価格ってやつで!」

 

母はちょっとだけ笑って、「それじゃあ甘えちゃいますね」とぺこり。

 

──それが最初だった。

 

それからというもの、母が魚屋に行くたびに、

何かしらの“サービス”がついてくるようになった。

 

・サザエを2個追加される

・「焼くだけで美味しいから」と銀ダラの味噌漬けが添えられる

・果ては「ご主人にもどうぞ」と言って、アジの干物の詰め合わせまで…

 

「ちょっと、なんだか申し訳なくなっちゃって」

 

と、母は言うけれど、

魚屋のご主人の顔は毎回どこかうれしそうで、

町内でも「あの魚屋、最近やけに親切だよな」とちょっとした噂になっていた。

 

もちろん母は、まったく自覚していない。

 

 

 

 

 

 

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