「お母さん、無自覚美人です」   作:松田義和

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第6話「母、まさかの消防署デビュー」

その日の午後、僕はいつも通り、リビングでアイスを食べながら動画を観ていた。

まるでこの時間が永遠に続くかのように、平和な時間──だった。

 

「カチッ……ボンッ」

 

軽く破裂するような音が、キッチンの奥から聞こえてきた。

 

「○○〜、ちょっと来てくれる?」

 

母の声が、少しだけ不安げだった。

 

キッチンに入ると、ガスコンロの火が明らかにおかしい。

小さな青い炎がチリチリと揺れて、まるで風前の灯。

なんとなくガス臭さもある気がする。

 

「これ、普通じゃないよねぇ」

 

母は眉をひそめて、火元から少し距離を取った。

 

「ガス会社に連絡しよっか」と母がスマホを手に取る。

けれど、土曜の午後。

コールセンターは「対応が遅れる可能性があります」とのこと。

 

そして、なぜかその流れで「念のため消防署にご相談を」と言われてしまう。

 

「火事じゃないのに……来てくれるのかしらねぇ」

 

電話口で母が控えめに状況を説明すると──

 

「すぐ点検に伺います」

 

ものの10分後、家の前に真っ赤な消防車が停まった。

 

 

ガチャ。

玄関を開けた母は、ちょっと気まずそうに笑っていた。

 

「すみません〜、ちょっと火が変だっただけなんですけど……」

 

その瞬間、到着した隊員三人のうち、

先頭の若い隊員の表情が、すっと柔らかくなった。

 

「お怪我がなくて何よりです。点検させていただきます」

 

母が「どうぞ、靴のままで大丈夫ですよ」と優しく促すと、

その声に合わせるように隊員たちが丁寧に家に上がってきた。

 

「お暑いでしょう。冷たいお茶でもよかったら」

 

母が出した麦茶を受け取ると、

全員、揃って「ありがとうございます」と深く頭を下げた。

 

なにその、完璧なチームワーク。

 

僕はリビングの隅で成り行きを見守るしかなかった。

 

火元の点検はすぐ終わった。

結果としては、“一時的な圧力低下”とかいうもので大事には至らず。

 

けれど。

 

「奥さま、落ち着いて対応されてすごいですね」

「いやぁ、うちの母なんて火が変だとすぐパニックですよ」

 

なぜか母の“判断力”と“対応力”が大絶賛されていた。

 

「いえいえ〜、ただ慌ててもしょうがないですからぁ」

 

母はいつも通り、笑顔で答えるだけ。

でもそれが、逆にプロの心を撃ち抜く。

 

──そして帰り際。

 

隊長らしき男性が、ポケットから名刺を出してこう言った。

 

「何かあれば、すぐこちらにご連絡ください。火のこと以外でも、何かあれば」

 

……“火のこと以外”て、なんだ。

 

 

翌週のこと。

なぜか近所での消防パトロールが急に増え、

町内会で行われる防火訓練も、うちの前の通りで行われることが決まった。

 

「最近、地域の防災意識が高まってるのね〜」と母は感心していたけれど、

僕には見える。あの名刺の効果だ。間違いない。

 

誰よりも火の扱いに気をつけていたはずのうちの母が、

まさか“火をつける側”になるなんて──

 

予想外にもほどがある。

 

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