その日、うちは昼ごはんを作る気力がなく、なんとなくダラダラしていた。
「ねえ、たまにはデリバリーにしようか。ピザとか食べたい気分じゃない?」
母がそう言いながら、スマホで注文を始めた。
「マルゲリータにしようかなぁ〜。あ、ハーフ&ハーフってできるの?便利ねぇ」
いや、便利だけど……そのまま君が対応するの、やめてほしい。
うちのインターホン、画質良すぎるんだよ。
──そして40分後。
ピザ屋のバイクが家の前に停まった。
「ピザーラでーす!」
玄関から聞こえる元気な声。
僕が出ようとしたその瞬間、母がのんきに言った。
「いいわよ、私が行くわ。ちょうど冷えてきたし、ちょっと動きたかったの」
今日の母は、グレーのリブニットにストレートジーンズという超シンプルな格好だったけど──
ニットはややフィット感があり、特に胸元のラインがはっきり出るタイプ。
ジーンズも母の細い腰回りを綺麗に拾っていて、カジュアルなのに妙に色気があった。
僕が静止する間もなく、母はパタパタと玄関へ。
「はーい、お世話さま〜。あら、暑かったでしょう?」
──その瞬間、僕はテレビを消した。
音じゃない、気配で事件を感じた。
モニター越しに見えたのは、20代そこそこの青年配達員。
一瞬、袋を受け渡す手が止まった。
そして目が、完全に母にロックオン。
「い、いえっ!全然っ!あの!……あ、暑いっすね、今日も!」
……語彙力、どこ行った。
「ありがとね〜。あ、ちょっと待って、おつりが……」
と、母がかがんで財布を取りに屈んだその瞬間──
ニットの胸元が、ぐっと開いた。
それをモニター越しに見ていた僕は、テレビより臨場感あるシーンに固まるしかなかった。
数十秒後、ようやく母が戻ってきた。
「なんか、すっごい元気な子だったわね。最後に“またぜひ!”って言ってたわ」
「……“またぜひ”って、ピザ屋が言う言葉じゃないんだけど」
「え?そうなの?」
──ちがう。
それ、次の注文のことじゃない。
“あなたに会いたい”の“またぜひ”だよ、母さん。
後日、
僕が一人で注文したとき、偶然また同じ配達員が来た。
そのとき彼が言った言葉。
「え……○○さんって、ご在宅じゃないんすか……?」
その目に浮かんでたのは、
**“ピザより会いたかったのに”**という、はっきりとした失望だった。
後日また別の焼かれたピザ屋
その日、日曜の昼下がり。
僕はリビングでゲームをしていて、
母はキッチンで洗い物をしていた。
そんな中、インターホンが鳴った。
「ピンポーン♪」
画面には、ピザの保温バッグを持った若い配達員の姿。
「○○さーん、ピザでーす!」
……ピザ?
僕も母も、頼んでいない。
「え? 頼んだの?」
「ううん、頼んでないよ?」
母は首をかしげながら、玄関へ。
しばらくして戻ってきたときには、すでにピザを受け取っていた。
「え、なんで受け取ったの!?」
「名前も住所も合ってたし……間違いじゃないって言うのよ〜。
それに……ほら、おいしそうじゃない?」
にこっと笑って箱を開ける母。
中には、チーズたっぷりのマルゲリータとガーリックバターのポテトがセットで入っていた。
「それ、誰が頼んだか分からないやつなんだよ!? 怖くない!?」
「でも、ちゃんと領収書にも“サービス品につき無料”って書いてあるし……」
──いや、それはそれで怪しいだろ。
翌日。
なんとなく気になって、配達元のピザ店に電話して確認してみた。
「あの、昨日の午後に無料のピザが届いたんですが、なにかのキャンペーンとか……?」
すると電話口のスタッフが、微妙に動揺しながらこう言った。
「えー……それ、おそらく……“常連さま特別優待”ということで……はい……」
──常連? 母、ピザ屋にそんな通ってたっけ?
その日の夕方。
母に聞いてみると、あっさりこう返された。
「ああ、そういえば……2週間くらい前に、庭先で草むしりしてたときに、
ピザ屋の配達の人が迷ってて、道教えてあげたのよ〜。そのとき少し話して」
──それ、まさかの“感謝ピザ”!?
「感じのいい人だったわよ。大学生くらいかしら?
すごく礼儀正しくて、『助かりました〜!』って笑ってた」
その笑顔を母の“無自覚美人パワー”で受けたら──
そりゃチーズ2倍のピザも焼かれるわ。
しかも、箱の裏にこんな手書きのメモがあった。
「この前は本当にありがとうございました!暑い中お疲れさまでした!
よかったら召し上がってください!」
……これはもう、確信犯。
そして母は、そんな気配すら気づかず、
「なんか申し訳ないから、次はちゃんと注文してみようかな〜」なんて言っている。
こうしてまた、“誰も頼んでないのに届く好意”が、
母を中心に静かに連鎖していくのだった。