没作品置き場   作:高丸

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サクナヒメ蒸気機関編①

「……水を、煮立てるんじゃ」

 

沸いた茶をぼんやり眺めながら、サクナがぽつりと呟いた。

その意味不明な発言に、隣のココロワは作業の手を止めて、ぱちりと瞬く。

 

「……えっ、水……ですか?」

 

「そうじゃ。“湯気”、つまり“蒸気”の力を使うんじゃよ」

 

唐突すぎる言葉に、ココロワは思わず眉をひそめる。

だがサクナはおかまいなし。作業台に転がっていた木製の歯車をつまみ上げ、くるくると指先で回しながら、いつものように“何かが見えている”目をしていた。

 

「鍋に水を入れて火にかけると、湯気が出るじゃろ?

 あれは、ただの煙じゃない。“力”なんじゃ。見えぬが、すごい力がそこにあるんじゃよ!」

 

言葉の熱に、ココロワの視線がすっと細くなる。

 

──それは、“知っている”者の語り方。

転生者・サクナヒメにとって、“蒸気”とは神秘じゃない。

すでにかつて、世界を動かしていた“道理”なのだ。

 

「水が蒸気に変わるとき、大きさが一気に何百倍にも膨れ上がる。その時に生まれる圧力が──そのまま動力になるんじゃ!

 

その力をな、筒に閉じ込めて、行き場をなくした蒸気を“風車のような羽根板”に当てて回す!」

 

サクナは歯車を弾きながら、まるでそれがすでに目の前にあるかのように語る。

 

「それを歯車につなげて、その回転で──

色々あるが、たとえば円柱状に切り出した砥石をぐるぐる回す! 刃物を押し当てれば、勝手に研がれる!」

 

ココロワの目が、ぱちっと開かれる。

 

「……それ、力をかけずに……刃を研ぐ装置……!?」

 

「そうじゃ! “自動で回る砥ぎ機”じゃ!!」

 

サクナの言葉に、ココロワの頭が一気に熱を帯びる。

ぱたんと筆を取ると、彼女は紙束の上に夢中で線を引き始めた。

羽根車。軸。歯車。蒸気の流路。

 

「蒸気を筒に閉じ込めて……圧力を逃がさず……回転に変えるには……」

 

呟く声がどんどん速くなる。

 

「熱された水が蒸気に変わって……羽根車を回し……排気を管に流して……冷やして戻す!

 再利用できる! 無駄がない! 効率がいい! 圧力の制御さえできれば……」

 

興奮で声が重なる。

ココロワの瞳はもう、完全に“発明の目”に切り替わっていた。

その速度と情熱に、サクナが思わず目を見張る。

 

「ふひっ……サクナさん、それ、たぶん可能です!

密閉と排気さえうまくいけば、回転の維持、できると思います!!」

 

「流石発明神ココロワじゃ!一を話せば十を生む。

その頭の回転の速さには感服するわい」

 

サクナがガッツポーズで跳ね上がる。

 

「しかもその技術、様々なことに応用可能です!無限の可能性を持ってます!」

 

静かに笑ったココロワの手元では、すでに図面の第一草案が描かれはじめていた。

 

「待て待て、羽車式はまだ早い!部品の加工が追いつかん…まずはこっちじゃ!」

 

サクナは近くの木箱を引き寄せて、筒状の器に見立てると、丸めた布を中に押し込んだ。

 

「“往復機(ピストン)”の出番じゃ!こうして密閉した筒に蒸気を送り込む。すると中の“押し板”が、蒸気の圧力でぐいっと押し出されるじゃろ?」

 

ごとり、と木箱が前へ動く。

 

「これが“往復運動”──押して引いてを繰り返す。

 それを歯車や軸をずらした柄(クランク)につなげれば、回転運動に変えられるんじゃ!」

 

「でも……押されるのは分かりますけど、戻すのは……?

蒸気で“押す”だけでは、往復機は行きっぱなしでは?」

 

「鋭いな! よくぞ気づいた!」

 

サクナがにんまり笑い、手元の木の棒と紙筒を使って即席の模型を作り始めた。

指先でそれを押し動かすと、筒の横にあいた二つの穴の前を、交互にふさいだり開けたりした。

スライドバルブである。

 

「蒸気を送り込むだけじゃダメなんじゃ。

ちゃんと、入れるときと、抜くときを決めんと、動きが止まるんじゃ」

 

「……はい、でも……それ、どうやって……?」

 

サクナはにんまりと笑って、さっきの板を動かして見せる。

 

「この板で、穴の前をずらしながら、

 押し板の棒と細い腕木(リンケージ)で繋げてやるんじゃ。

そうすると、動く“板の弁”が、中の押し板と息を合わせて動くんじゃ。

押し板が前へ進めばこれも動き、戻れば逆へ──自然と“蒸気の通り道”が切り替わる!」

 

「つまり……板の動きで、蒸気の通り道を操る……?」

 

「そうじゃ!

 “動く板の弁(スライドバルブ)”が、中の押し板(ピストン)と息を合わせて動くんじゃ。

 そのおかげで、押して・抜いて・押して・抜いて──がずっと続く!」

 

「ふひっ……なるほど……まるで、息を吐いて吸うように……」

 

ココロワは目を見開き、小さく息を呑む。

サクナは歯車の軸を指で弾いた。

 

「それを軸をずらした棒に繋げ、歯車につながれば──止まらぬ回転が手に入る!」

 

「すごい……これなら“蒸気を生かした動力”が……完全に成立します……!!」

 

ココロワは急ぎ、紙を引き寄せてピストンの断面図を描きはじめた。

図面の中で、筒の両端に設けられた“蒸気口”と“排気口”、そしてピストン棒が、次々と配置されていく。

 

「これ、今までの全てを過去にするほどの大発明ですよ!!!」

 

ココロワの声が震えるほど高まる。

その図面の上には、歯車と圧力と知恵が織りなす、まさに大革命の設計があった。

 

「わはははは! どうだすごいじゃろ!!」

 

サクナが両手を広げて天井を仰ぐ。

 

「凄いなどという次元ではありません!! 貴方は天才! 大天才です!!!」

 

ココロワも負けじと机をバンッと叩き、神速で線を引き足していく。

 

「……問題は、この複雑極まる機構をどうやって形にするか、じゃが……」

 

サクナが図面をじっと見つめ、唇を噛む。

 

静寂。

だが、次の瞬間──ふたりの視線が同時に交差した。

 

「「……まぁ、ヒラヌイ(様)ならなんとかするじゃろう(でしょう)」」

 

その場に風が吹いたような、決定的な空気。

二人とも、すでに確信していた。

 

あの鍛冶神ならば──

この“蒸気機関”、必ず形にできる。

 

ココロワが笑う。

サクナが笑う。

 

そしてふたりは図面を抱え、工房を飛び出した。

 

──世界が、回り始める。

 神の手を離れ、蒸気の力で──確かに、確かに。

 

 

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