SCP-001-KV 作:SCP-001-KV
その世界は、裁く者を裁ける者がおらず崩壊した。
私はすぐさま姉に駆け寄りました。それによって、道端の砂が巻き上がったことなど、今の私には気にも留まりませんでした。
私の視界に入るのは、ただ姉だけでした。
「お姉ちゃん……っ!!
何があったんですか? どこか痛いんですか?」
「ぐすっ……わから、なくって……!!
わたっ、わたし……ただ、注意しただけなの……っ!!」
私はお姉ちゃんの震える手を両手で包み込み、頷きながら話を聞きます。
お姉ちゃんは言葉をつっかえさせながらも、何が起きたのか必死に説明してくれます。
「そしたら、急に……ぐすっ……苦しみ出して……。
それで……怖くなって、逃げ出してきちゃったの……ひっ、ぐすっ……」
つまり、お姉ちゃんは誰かに何かを注意したら、その相手が突然苦しみ出して逃げてきた……と。
お姉ちゃんが逃げるほどなので、きっと苦しんでいる様子は普通と違ったはずです。
私は普通と違う現象……異常存在に心当たりがありました。
「……お姉ちゃんは、どう注意したんですか?」
「ぐすんっ……『人のものを、勝手に作り変えちゃダメだよ』って……」
「作り変えた?」
「うん……図工の時間にね、粘土で工作したの……。
すごく上手い子がいて……ズズッ……でも、それを他の子が奪って『こうするともっといいよ!』って……。
それで、作った子が泣いちゃって……私が、注意したら……うえぇぇん……!!」
なるほど……もしかしたら、こういうことでしょうか。
わかりやすく、A子ちゃんとB子ちゃんと呼びましょう。
図工の時間、A子ちゃんは粘土で作品を作っていました。
その時、傍にいたB子ちゃんが『こうした方がいい』と勝手にA子ちゃんの作品を作り変えてしまいました。
自分の作品を壊されて悲しくなったA子ちゃんは泣き出しました。それを見て、お姉ちゃんはB子ちゃんにこう注意しました。
『
「……お姉ちゃんはその子を助けたいですか?」
「っ……当たり前だよ!
ダメなことをした子は叱られるべきだけど、苦しんでいい理由なんてないから!!」
私はこの
【
例を出すと、『肉体に○○という臓器があるのは同一性保持権を侵害しているため、即刻没収するべき』といった文章が電波塔から届きます。
それに対し、何もせずに放置していると、数日後にその臓器は体内から消失します。結果、99.8%の確率で死亡するという、とても危険で厄介な
どうやら、この世界ではそんな【
そんな凶悪な
『上告します』、と。
上告というのは、判決に不服がある時、より上の裁判所での裁判を求めることを言います。
それによって、なんやかんや異空間は崩壊、【
「お姉ちゃん、私はそれを解決できる術を持っています。
ただし、代わりに──」
しかし、それを人間に置き換えた場合は。
最悪の場合……いえ、私の予想が間違いでなければ、高確率でそれは起こるでしょう。
「──お姉ちゃんは死にます」
人間の
SCP世界で何度も残酷なものを見てきたからか、私はその言葉を詰まることなく言い切れました。
内心で渦巻く複雑な感情を置き去りにして。
そして、こういう時。
「それで守れるなら、いいよ」
私のお姉ちゃんならそう言うのではないかと、予想できてしまっていたのです。
「お姉ちゃん……私はっ……!!」
本音が喉の奥から今にも零れ落ちてしまいそうでした。
いつの間にか、お姉ちゃんの手を包んでいた私の手の方が震えてきていました。
「でも」
否定形の言葉に、私は思わず顔を上げてお姉ちゃんを見ました。
お姉ちゃんはそんな私の頭を優しく撫でます。
「大切な妹が悲しむ姿は見たくないから、一緒に別の方法を考えよっか。
私が生きたまま、あの子を助けられる方法を」
そんな奇跡みたいな方法、あるんでしょうか。
SCP世界で理不尽な死には何度も会ってきました。その度、折れそうになる心を奮い立たせてきました。
でも、死なないで解決するなんて、考えたこともありませんでした。
いえ、考えないようにしていたんです。
そんな方法……方法が……あっ。
「……お姉ちゃん、もしかしたら上手くいかないかもしれません。
でも……」
「うん、私はムガミちゃんを信じるよ」
お姉ちゃんの言葉を受けて、私は立ち上がりました。
財団職員の
しかし、今の私はこの世界で生きる、ただの
まだ、
まだ、私たちは負けていません。
私は【
私たちは自宅に帰り、二階にある共同個室をいくつか整えました。
そして、適当な人形を人に見立てて置きました。
「これより、裁判を始めます」
お姉ちゃんの言葉で裁判が始まりました。
といっても、何か変化があるわけでもありません。あくまで、裁判を行うという体裁が必要なだけです。
「判決文を読み上げます──」
お姉ちゃんは同一性保持権を侵害している、といった旨のことを話します。
本来の【
ですが……。
「──異議あり!」
その前に、私は異を唱えました。
「たしかに、被告人の起こした行動は決して肯定されるべきものではありません。
しかし、被告人はまだ小学四年生です。
間違いを起こしては反省し、また間違いを起こしては反省する……そんな年齢です。
今回の事件もそんな成長過程で起こった間違いの一つに過ぎず……間違えたからこそ、今後被告人が同じ間違いをすることはないでしょう」
一生償っても足りないような過ちならまだしも、今回のは本来『ごめん』と謝って『いいよ』で終わるような事件だったはずです。
それにSCPが干渉したせいで、ややこしいことになっているというだけで。
「故に、被告人には情状酌量の余地があると断言します。
以上を持って、私は被告人を──」
上告ではお姉ちゃんを守れません。しかし、放置していれば被告人を守ることはできません。
両方を守る方法……私に思いついたのは一つだけでした。
「──弁護します」
〖──異議あり〗
「「っ!!?」」
私でもお姉ちゃんでもない声。もちろん、私の陰に潜むシキでもない声が場に響きました。
どうやら、何事もなく終わる……なんて、そう上手くはいかないようです。
〖加害者には罰が必要です。
それが、生存権が存在する上で最も大切な規則です〗
「あな、たは……」
お姉ちゃんがその声に問い掛けます。
私はその時、声の雰囲気から既にその正体を見破っていました。
しかし、本来であればその声は……
実際、シキの声は私以外に聞こえません。
だから、私はたまに独り言をブツブツ言っているやつという汚名を着せられているのですから。
〖──私は検事として、弁護人の主張に反対します〗
【
〖罪人は罰がなければ助長します。
それにより、被害者は教室での生存権を失います。
『目には目を、歯には歯を』……被告人からも生存権を奪うべきだと主張します〗
予想外の展開を受けて、私は苦い顔をするしかありませんでした。そんな私をお姉ちゃんは心配そうに私を見ています。
大丈夫です。私の心はこの程度では折れません。
私は脳内の思考をまとめながら口を開きました。
「……裁判長、発言の許可を」
「は、はいっ! ムガミちゃん、発言をどうぞ」
そこは弁護士じゃないのかと内心でツッコミを入れます。
ですが、よく考えれば小学四年生のお姉ちゃんに厳密な裁判を求める方がおかしかったかもしれません。
「加害者に刑罰が必要だという意見は間違っていません。
しかし、行き過ぎた刑罰はそれこそ加害するのと変わりありません。
被告人の行動が、被害者が教室にいる権利を侵害している行動であるとまでは言えないため、あなたの主張する意見は過剰だと言わざるを得ません」
久しぶりに頭を働かせている感覚がします。
死を直に感じて頭の働きが鋭くなる感覚、前世で経験した以来ですね。
一つ、私にとって有利なのは、裁判長が私のお姉ちゃんということです。これは決して、自分に有利な判決を下してくれるというわけではなく、あくまで公平な裁判を期待できるという意味です。
本来の【
故に、原作では法律的な視点での主張が認められることはありませんでした。
「また、生存権というのは健康で文化的な最低限度の生活を営む権利であり、それと同一性保持権が関係することは基本的にありません。
たしかに、被告人の行いは罰されるべきしょう。
しかし、その罰を決めるのは裁判所ではなく、学校であるべきです。
改めて、私は被告人の無罪を主張します!」
そう私は宣言し、お姉ちゃんに視線を送ります。
それを受けて、お姉ちゃんは改めて【
「検事さん、何か反論は?」
〖……なぜ?〗
【
〖私は……あなたのために存在します。
あなたが悪い行いだと、罪だと判断したために、私はあの者に罰を与えるべきだと考えました。
なのに、なぜ……あなたは許そうとするのですか?〗
その問いはお姉ちゃんに向かってのものでした。なので、私は口をつぐみます。
お姉ちゃんはその難解な問いに考え込む動作を見て、ゆっくりと口を開きます。
「私は……どんな罪でも、許したいって思ったら許していいと思うんだ。
もちろん、その相手が反省もせずに過ごしてたらムカーって来ることはあるけど……私は誰であっても改心することを願っているし、改心してくれるって信じたいから」
〖……なぜ?〗
再び、【
それに、お姉ちゃんは笑顔で答えました。
「だって、そんな世界で生きてるって思えたら……。
──空がすっごく、きれいに見えると思うから!」
その時のお姉ちゃんは、室内なのに太陽の光を一身で受けているように見えました。
きっと、そう感じたのは私だけではなかったのでしょう。
〖……異議、なし〗
そう言って、光がお姉ちゃんに吸い込まれていきました。
おそらく、【
これでもう、【
「【SCP-003-KV】を確保、収容、保護しました」
小さく私が呟き、大きな声でお姉ちゃんが宣言しました。
「判決を下します!!
被告人は自分の行いに反省し、被害者に対して謝罪すること。以上!」
そうして、裁判は終わりを迎えました。
ふぅ~、これで一件落着……いえ、ちょっと待ってください。今の判決だと、もしかして……。
「お姉ちゃん、その判決だと謝るまで苦しみが続くかもしれません!
すぐ被告人……じゃなくて、その子のところに行って事情を説明し、謝罪させましょう!」
「えっ、あっ、やっちゃった!!?」
最後まで締まらないまま、私たちは慌ただしく家から飛び出ました。
このドジで美人でかわいくて性格もいいお姉ちゃんがブルアカ世界ではモブなんて、全く信じられませんね!
要素だけなら原作キャラに居てもいいくらいだと思いますが……。
残念ながら、
まぁ、原作キャラじゃないということは、危険な目に遭う可能性が低いということでもありますから。
アビドス自治区で一番多いのは砂漠での遭難死ですが、いくらドジなお姉ちゃんでも流石に大丈夫でしょう。
その後、私たちが見たのは既に和解している二人でした。私たちが言わずとも、既に謝罪を済ませていたのです。
そう、元からこれは裁判所が関わるような話ではなかったのです。
『ごめん』と謝って『いいよ』で終わる……そんな、単純な話だったのです。
間違って、反省して、謝って、許されて。その繰り返しが子供を大人に形作っていくのだと、私は改めて感じました。
「ムガミちゃん……っ!
あっ、あのね……お母さんとお父さんが……!!」
しかし、そうして形作られた大人が持つのは、決して良い側面ばかりではなく──
「『離婚する』って話してて……!」
──悪い側面も持つものです。
もしも、この時……どちらか片方でも█れたら……。
█るという行為を認識できたのなら、その結末は変わっていたのかもしれません。
なんて、梔子ムガミの法螺話でした。
弁護します
アイテム番号:
SCP-003-KV
オブジェクトクラス:
特別収容プロトコル:
【
【
説明:
【
【
具体的な力の内容に関しては、現在調査中です。