SCP-001-KV 作:SCP-001-KV
その世界は、争いを止める手段を忘れて崩壊した。
あれから、私はお姉ちゃんに前世のこと、財団のことを話しました。
ブルアカの話もしようか悩みましたが、『この世界はゲームの中なんです!』なんて言ったらSANチェックが入りそうなのでやめておきました。
そんな平穏な日々を送っていた私たちの生活が壊れたのは、例の事件からそう遠くない日のことでした。
「ムガミちゃん……っ!
あっ、あのね……お母さんとお父さんが……!!」
私がパソコンでキヴォトスの情勢を調べていると、突然バタバタと部屋にお姉ちゃんが入ってきました。
いつも猪突猛進なお姉ちゃんが言葉に詰まり、言い淀む様子を見て只事ではないことを悟ります。
私はパソコンを閉じて、静かに続きを促しました。
「──『離婚する』って話してて……!」
「……そう、ですか」
正直に言うと、そこまで動揺はありませんでした。
というのも、私の両親はあまり仲が良くありません。
いえ、正確には、二人が一緒にいる姿はほとんど見たことがありません。
父は仕事の関係で、このアビドス自治区ではなく遠くのミレニアム自治区で暮らしています。
帰ってくるのは年に数回程度ですが、決して私たちを愛していないわけではありません。
毎週、休みには電話をくれます。ただ、それに出るのは私かお姉ちゃんがほとんどで、母は出ようとしません。
前に、お姉ちゃんがその理由を母に尋ねていましたが、母は複雑そうな表情で口をつぐむだけでした。
それを見て、私とお姉ちゃんは自然とその話題を出さないようになりました。
「どうしよう……っ!?
私、パパともママとも離れたくないよ……!!」
「私は……」
私は、どうしたいのでしょうか。
私はきっと、愛されているのだと思います。
しかし、両親は……シキのことを幻覚だと、私は病気なのだと言いました。
シキの存在を信じてくれたのはお姉ちゃんだけでした。
私はシキの存在を信じてくれない両親を、信じ切れませんでした。
そんな感じで、私と両親の距離感は曖昧で微妙なものでした。
家族ではなく、家族未満。そんな言葉が適切でしょうか。
そんな私がグレなかったのは、偏に私を愛してくれた人がいたからです。
「私たちの両親が、離婚せずに済む方法を探しましょう」
私を愛してくれたその人は、私の言葉でぱぁっと笑顔になりました。
少しでも、その愛に恩返ししましょう。
私はまだ、両親への気持ちがわかりません。でも、お姉ちゃんとは一緒に居たいです。
だけど、一緒にいても、お姉ちゃんが悲しい顔をしているのなら意味はありません。
私の、世界一大切な人へ。
私が渡せる、最大限の愛を。
というわけで、祠を壊しました。
「ちょ、ちょっとーっ!!?
ムガミちゃん、どうしたの!?
学校で嫌なことでもあった?
お姉ちゃん、頼りないかもだけど相談に乗るよ!!」
「お姉ちゃんはとっても頼り甲斐がある、自慢のお姉ちゃんですよ。
それと、学校は楽しいですし、友達もいて、先生も優しくて毎日が充実しています」
まぁ、その担任は見た目がロボットなんですが。
この世界というか、学園都市キヴォトスでは大人が大抵人外の見た目をしています。
というのも、キヴォトスの住民は、大人になるとそれぞれの仕事に合った
ちなみに、私の両親も父はロボット、母は二足歩行のフェネックです。
どうやら、これらの
一応、原理としてはまとっている神秘を変質させる……といったものなのですが、本当にそれだけなので逆に説明が難しいです。
『どうやって服を着ているのか?』と問われて、『袖に腕を通して着ている』としか答えられないのと同じです。
「えっと……それじゃあ、どうして祠を壊したの……?」
おっと、考え込んでいて、お姉ちゃんの質問に答えるのを忘れていました。
お姉ちゃんは困惑した様子で私を見ています。そんな姿もかわいいです。
私のお姉ちゃんは天使みたいなかわいさを持つ、世界一で最高で崇高なお姉ちゃんなのです!
「実は、学校でとある噂が流れていたのです。
『願いを叶える祠の噂』が」
「そうなんだ……えっ、じゃあなんで壊したの!?
私たちも、離婚しないでって願ったら……っ」
「いえ、うまい話には裏があるものですよ。
よくよく聞けば、願いを叶えた人々はその願いを曲解して叶えられていたのです」
胸糞悪い話なので、お姉ちゃんには伏せますが。
例えば、『好きな相手なのに意地悪してしまう』と悩んでいたAさんがいました。後日、Aさんはその人に意地悪をしなくなりました。
なぜなら、Aさんの恋心は消え、その人のことをどうでもいいと思うようになったからです。
例えば、『妻が何度も不倫して困っている』と悩んでいたBさんがいました。後日、Bさんの妻は不倫しなくなりました。
なぜなら、Bさんの妻は一切の食事を取らず亡くなったからです。
「おそらく、この祠も
シキやお姉ちゃんみたいに、性質を理解すれば上手く使えるかもしれません。
それで離婚がなくなるかはわかりませんが……」
「やってみなきゃわからないもんね!
うん、やろうっ!!」
どんな時でもお姉ちゃんは前向きです。
そんなお姉ちゃんが輝いて見えると同時に、お姉ちゃんの傍にいると私まで輝けるような気がします。
「……でも、祠を壊すのはあんまりよくないと思うよ?」
「うっ、それは……ごめんなさい」
「かわいいから許す~っ!!!」
私よりお姉ちゃんのほうが何千倍も可愛いと思います。
祠を壊したら怒ったSCPが出てくるのではと考えていましたが、その予想は外れてしまいました。
私は何の
しかし、残念ながら収穫はゼロでした。
最初は一緒に調査していたお姉ちゃんですが、途中で飽きたのか、壊れた祠を立て直したり、濁りかけていた花瓶の水を入れ替えたりしていました。
ちなみに、花瓶には青い薔薇が一本挿してありました。たしか、花言葉は『夢叶う』や『奇跡』だったでしょうか。
そして、諦めて帰宅した私たちを待っていたのは──
「ま、まってよ……っ。
だって……まだ、私……!!」
「もう、決めたことなのよ。
この仲を直す方法なんて、何も、どこにも存在しないの」
──記名された離婚届けと、それを市役所に届けようとする母の姿でした。
お姉ちゃんが焦っているのを、私はどこか他人事みたいに見ていました。
結局、私と両親が家族未満から脱却する前に、彼女たちは離散してしまうようです。
私は正直、それでも構いませんでした。お姉ちゃんが悲しむのは心底、本当に、マジで嫌ですけど……。
「でも、まだ一ヶ所だけ書けていないの。
あなたたちの親権を、どちらにするか」
「えっ……どういう、こと……?」
「つまり、私たちが父のもとへ行くのか、母のもとへ行くのか……選ぶ必要がある、ということですよ」
それでも、私はお姉ちゃんと一緒に居られるのなら、それでよかったのです。
「ムガミちゃん……ごめんね、私……。
……間に……合わな、かった、ね……っ」
「いいえ、それは私の責任でもあります。
お姉ちゃんだけが悪いわけじゃありません」
本当に、それだけでよかったのです。
ただ、一つ、後悔をするのなら……。
「あのね……私、パパも、ママも、大事で……。
……離れ離れになるのは、嫌で……」
私がそのことを、ちゃんと直接、お姉ちゃんに伝えていなかったことでしょうか。
だって、まさか。
そんな未来が来るなんて、考えてもいなかったのです。
「だけど、大事だから……。
──私とムガミちゃんは、ここでお別れにしよっか」
「……ぇ?」
私とお姉ちゃんが離れ離れになる、そんな未来なんて。
微塵も、これっぽっちも、頭の中になかったのです。
これからも当たり前に、お姉ちゃんと一緒の日常が続くのだと、そう信じて疑っていなかったのですから。
「パパも、ママも、独りは……寂しいよね。
私も、寂しいけどっ……どっちも大切で、独りにはできないから……!」
お姉ちゃんの両目から涙が零れます。
少しだけ支離滅裂なお姉ちゃんの言葉は、それでも私に理解させるには充分でした。
──私とお姉ちゃんは、ここでお別れです。
それがお姉ちゃんの望む答えなら……。
それが一番、お姉ちゃんが悲しまなくて済む答えなら。
私はお姉ちゃんのために、それを選びます。
「……私も、同じ気持ちです」
私はそう言って笑顔を作り、目を逸らしました。
だって、気付かないフリをしたかったから。
お姉ちゃんは両親の身を案じていたけど……そこに私の名前が出てくることは一度もなかったなんて、そんな事実。
……私は、気付きたくありませんでした。
なんだか寝れなくて、私はリビングでぼーっとしていました。
私とお姉ちゃんは相部屋で、普段は二段ベッドで眠っていました。
だけど、今日はなんだか寝付けず、何をするでもなくリビングに座っていました。
その時、階段を降りる足音が聞こえました。
一瞬、お姉ちゃんのものかとも思いましたが、足の軽さからして違います。
「あら……ムガミ、まだ起きていたの?」
「……はい」
二足歩行のフェネックである母は私を一瞥し、台所に行ってしまいました。
私は再び、ぼーっとしました。
すると、カタッと音が鳴って私の目の前にあった机に何かが置かれました。そこには、二つのコップがありました。
横を見れば母がいて、私の分までお茶を淹れてくれたのだとわかりました。
「……ありがとうございます」
「ううん、私がしたかっただけだから」
結局、あの後の話し合いで私は父のもとへ、お姉ちゃんは今まで通り母のもとで暮らすことになりました。
おそらく、母とこうして一対一で過ごすのは、今日が最後になるでしょう。
私は何も言いませんでした。
決して母を責めているとかそういうわけではなく、ただ、何も話題が浮かばなかったからです。
「……私、いい親になれなかったわね」
「えっ……?」
だからか、母が先に口を開きました。
そして、出てきた言葉の重さに、私は呆気に取られることしかできませんでした。
「憧れていたのは……こんな未来じゃ、なかったのよ。
でも、私には……私たちには、これが限界だったみたい」
「……」
『はい』とも『そうですか』とも言えず、黙り込みます。
その言葉に何と返せばいいのか、わかりませんでした。
天真爛漫でちょっと空気が読めないお姉ちゃんなら、こんな時でも言いたいことがすぐに出てくるのかもしれません。
でも、私はお姉ちゃんのようにはなれません。
どちらかと言えば陰気な方ですし、誰かと何かをするより一人の方が気が楽です。
だからこそ、私は財団職員の仕事が肌に合っていたのだと思います。
「でも……あなたを愛していたことは本当なのよ。
あなたたちは私の天使で、宝物で、とても……とても、大切で愛しかったの」
母は私に微笑みかけます。
その時、視界が揺らぎました。その波を無視して、私は口を開きます。
「っ……なら、なんで!!!」
予想以上に大きくなった自分の声に驚きます。
何とか抑えようとするのに、私の内から溢れ出る激情と一緒に止まる気配がありません。
「──なんで、お姉ちゃんを悲しませるようなことッ!!?
あなたたちが離婚しなければ、お姉ちゃんは悲しむことなんてなかったのに……!!
今日も、明日も、明後日も……笑って暮らせたのに、なんで……っ、どうして……ッ」
口から声が上手く出せません。
目から垂れた水分が口の中に入って来て邪魔でした。
喉を酷使したわけでもないのに喉の奥が痛くなって、苦しくて。
ポロポロと溢れ出るそれが邪魔で。
「離婚するなら、どうして結婚したんですか!
結婚したのに、なんで喧嘩して、仲が悪くなって……なんでっ……!!
“謝”れば、よかったじゃないですか……『ごめんなさい』って、お互いが“謝”るだけで、それだけで……っ!!」
それだけで、変わった未来があったかもしれないのに。
そんなに、難しいことでしょうか。
『ごめんなさい』の一言は、そんなに難しいでしょうか。
自分でも支離滅裂になっている自覚はありました。
それでも感情を抑えきれなくて、私は母を睨みつけようと顔を上げ……。
──きょとんとした表情の母と対面しました。
「……あやま、る?」
まるで、母はそんな言葉を初めて聞いたみたいな顔をして。
「なにかしら、その言葉?」
本当に、そう言いました。
「…………はっ?」
思わず、口から吐息が漏れました。
きっと、今の私はそんな母以上にきょとんとした表情をしていたと思います。
“謝”る。その行為を。
たった、それだけの行為を母は……いえ、きっと、父も。
──認識、できなくなっていたのです。
「あや、あ……ぁ、あ……ッ?」
突然、母はそんな声を漏らし始め、その顔から感情が抜け落ちます。
無表情になった母は眼球を左右に激しく動かします。まるで、痙攣したみたいに。
私は怖くなって、母から離れるように立ち上がりました。
しかし、母のその奇妙な動作は五秒ほどで終わりを告げました。
不思議そうに私を見た母は、こう言いました。
「あら……ムガミ、まだ起きていたの?」
私は家を飛び出しました。