SCP-001-KV 作:SCP-001-KV
祠に辿り着いた私は、お姉ちゃんが立て直したそれを蹴飛ばしました。
壊して、壊して。それでも、
「出てきてッ、出てきなさい……ッッ!!!
お前のっ……正体は、わかっているんですから!!」
例えば、『好きな相手なのに意地悪してしまう』と悩んでいたAさんがいました。
Aさんは“愛”するという言葉と概念を忘れ、好きな相手への興味もなくしました。
例えば、『妻が何度も不倫して困っている』と悩んでいたBさんがいました。
Bさんの妻は“食”べるという言葉と概念を忘れ、そのまま亡くなりました。
「誰が、願いましたか……ッ!!?
そんなことを、誰がッ!!」
祠から
その時、ふと青い薔薇が目に留まりました。
昨日変えたばかりなのに、もう水が濁っています。
私は青い薔薇を手に取りました。よくよく観察すれば、その青い薔薇は生花ではなく造花でした。
……それは、おかしいです。
ありえません。
造花が水を濁らせるなんて、そんなことは。
〖──願いました、おんな。
おまえの、となりです、おんな〗
ようやく、
いくら祠を壊しても出てこないのは、祠とは直接関係しなかったからですか。
それは置いといて……隣の、女……?
今の私は一人です。となれば、ここに来た時、私の隣にいたのは……。
「お姉ちゃんが、願ったんですか……?」
〖願いました。
わたくし、みずをかえます、やさしい、ひとの願い、かなえてくれます〗
……水を替えてくれた優しい人の願いだけを叶える、でしょうか。
となれば、たしかにお姉ちゃんはそれに合致しています。
迂闊でした。
ましてや、
お姉ちゃんは
「……お姉ちゃんは、何を……?」
〖おんな、はなれる、いやでした。
願いました、謝る、できない。
できないは、わるいです。
謝る、わすれれば、わるくないです〗
「……っ」
わかってしまいました。
この
感謝を示しただけなのです。
……Cさんは、『両親が離婚しそうなの。きっと、謝れば仲直りできるのに。謝るのってそんなに難しいのかな。どうして、謝らないんだろう』と悩んでいました。
そして、謝るという行為を認識できなくすれば、謝る必要もなくなると考えました。
そうして、Cさんの両親は謝るという言葉と概念を忘れ、仲直りできる最後の方法を忘れてしまったのです。
「……私は、あなたを確保、収容、保護します」
〖かくほ、しゅうよう、ほご。
わかりません。
いいこと、です?〗
「……はい」
〖いいこと、わからないです、わたくし。
願います、いいこと〗
知らないだけなのです。
何がいいことで、何が悪いことなのか。ただ、善悪を知らないだけなのです。
【
母が見せたように、症状を患った者がそのことに気付いた時、眼球の痙攣と直前の記憶喪失が起きます。
本来、その症状が元に戻ることはありませんが……。
「……症状を治すことはできますか?」
〖できる、ます。
ひつようです、じかん〗
どうやら、幸いにもその病は治るものだったようです。
しかし、時間が掛かるとなれば……離婚には到底間に合わないでしょう。
私は小さく頷き、花瓶を持って帰路につきました。
シキが暗闇のなかを先導してくれているため、迷うことはないでしょう。
でも、寒いです。
夜風が吹いて、冷たくて、手が震えて。
でも、手を繋いで温めてくれる人はもう、隣にはいないのです。
──謝れない病。
それは、あまりにも苦い思い出となって心に残りました。
車内は無言です。
最初は話しかけてくれた父でしたが、途中から話題がなくなり無言になりました。
車内に流れる音楽は、昔に流行った曲です。私にとっての昔なので、父にとっては世代の全盛期だったのでしょう。
別れの日、お姉ちゃんは泣いていました。
父と母は険しい顔をしており、そこには必要最低限の会話しかありませんでした。
私は笑って別れました。
お姉ちゃんが最後に見る私の顔は、笑顔であってほしかったからです。
「昼時だし、飯でも食べるか」
「はい。
次に見つけた店に入りますか?」
「そうしよう」
車の荷台には私の荷物が積まれています。
私はこれから、父が暮らすミレニアム自治区にお引越しです。たしか、最先端や最新鋭と呼ばれるものが集まる場所でしたか。
ミレニアム自治区にはミレニアムサイエンススクールという高校が存在します。
そこは研究者や学者の卵が集まる、前世で言う偏差値が高い学校です。
私も財団職員として
ある意味、私には合っている学校なのかもしれません。
そんなことを考えていると、父が車を停車させました。
「ここでいいか?」
「はい」
ぼーっとしていたため何の店か確認していませんでしたが、飲食店ならどこでもよかったので頷きました。
車を降りて店の看板を見れば、そこには紫関ラーメンと書かれています。
紫関ラーメン? 何故だか、見覚えがある名前です。
この店に来るのは初めてだと思うのですが……。
「二名様ねー、お好きな席にどうぞ!」
店主は二足歩行の柴犬でした。かわいいです。
メニューは色々とありましたが、店名と同じ紫関ラーメンを注文しました。
そして、メニューを待ちながら私と父は他愛無い話を交わします。
「……お前も新しい学校では、あのシキとかいうやつの話はしないように」
「えっ?」
突然の言葉に聞き返します。
ロボットの父は顔の液晶にある目を細め、少しだけ俯きながら話します。
「お前の頭が疑われる。
そういう
友達をなくす?
引っ越しをして、友達も何も真っ新になった私に、それを言いますか?
なくすような友達も、もういないというのに。
あなた方が奪ったようなものなのに。
「……はい」
きっと、私が父との対話を諦めたのはこの瞬間でした。
父にとって、シキやSCPの話は私の妄言でしかなく、ただの法螺話なのです。
しかし、一周目からSCPを愛していた私にとって、父のその言葉はとても許容できるものではありませんでした。
誰だって、好きな物を否定されたら悲しいでしょう。
シキが影から現れ、私の頬を舐めてくれました。慰めてくれているのでしょうか。
〖ハカセ、だいじょうぶ?〗
私は小さく頷きました。
前世でもそうでしたが、私の精神年齢は肉体に引っ張られます。
そのため、大人なら耐えられるような小さなショックやストレスが、今の私にはとても大きく感じられます。
だからこそ、できるだけストレスがないよう気を付ける必要があります。
自身の限界を見誤って亡くなった人は、たくさん見てきましたから。
私たちが静かにラーメンを食べていた時のこと、突然勢いよく扉が開かれました。
「強盗だーっ!! 金を出せぇ!!!」
入ってきたのはヘルメットを被った集団でした。
キヴォトスではなぜか、不良生徒は高確率でヘルメットを被っています。
そういう文化があるのかと調べたこともありますが、諸説あるらしく正確な理由はわかりませんでした。
それらの不良生徒、通称ヘルメット団は危険です。
なぜなら、ここキヴォトスでは生徒が当たり前に銃火器を扱うからです。
キヴォトス人は丈夫なので、撃たれてもそうそう死にません。ですが、建物が倒壊したり、そうでなくでも目に当たったりでもしたらとても危険です。
未成年は安全のため銃を持つことが許されていますが、大人は別です。
ヘルメット団に銃を向けられて、店主に抵抗する術はありません。
「出るぞ、ムガミ」
「えっ、でも……」
「助けるのは無理だ。
これは、そういうものだ」
父は席を立って、車に戻ろうとします。
食事代も払わず、店主を助けることもなく。
私は父を追いかけるように席を立ちましたが、後ろ足を引かれる思いで振り向きました。
店主は悲しそうな顔をしていました。
大切なお店を奪われそうになって。
ふと、その時、稲妻が走るように一つの記憶が思い起こされました。
ほとんど反射的に、私は呟いていました。
「……願いを」
〖願う、しますか?
あなたは、願う、しない、おもっていたです〗
本来ならそれは秘匿しておくべきものです。
ですが、おそらく父のもとで【
『なぜ、造花に水をやっているんだ』と聞かれるでしょうし、水が濁っていることに気付けば、奇妙なものだと捨てられるかもしれません。
まだ、私には
いつか、その時が来たら。
「──この店から、“盗”みをなくしてください」
紫関ラーメンという名称に対する既視感。
私はその正体を思い出しました。
ブルアカにおいて、原作にも出てくるお店です。
色々と思い出深いお店ですが、特に印象的な記憶はお金がない生徒が頼んだラーメンに無料でたくさんのトッピングをして、お腹いっぱい食べさせていた姿です。
そんな店主だからこそ、私はこのお店が好きです。
そして、そんな店主だからこそ、【
〖あなたは、いいひとです。
その願い、かなえてくれます〗
その瞬間、ヘルメット団の者たちは不思議そうな表情で辺りを見渡しました。
「あれ、私たち……何してたんだっけ?」
「そりゃ……飲食店だし、飯を食べに来たんじゃねぇの?」
そう言って、ヘルメット団の人たちは席につきました。
ここではまだ、【
だから、私は必ず、ここに戻ってきます。
もう一度、迎えに来ますから。
「お嬢ちゃん、その花瓶は……青い薔薇?」
不思議そうな顔をした店主さんが駆け寄ってきます。
「っ……大切な、花です。
毎日水を替えて、愛情深く育てれば……この子は必ず、応えてくれます。
ごめんなさい、店主さん。
どうか、この花をお願いします……っ」
本来、一般市民を
ですが、今の私には、【
私は店主の顔を見るのが怖くて、逃げるようにお店の扉に向かいます。
「お嬢ちゃん!
俺はみんなから、芝大将って呼ばれているんだ。
──今度、ここに来た時はそう呼んでくれよ!!」
「ッ……はい。
いずれ、また」
私はお店から出ました。
彼は“盗”みの言葉を忘れています。
そのため、私たちが代金を払っていなくても、咎めるという選択肢が思いつかなかったのでしょう。
また、改めて代金は支払いに来ましょう。
そして、次にお店から出る時は、【
謝れない病
アイテム番号:
SCP-004-KV
オブジェクトクラス:
特別収容プロトコル:
【
【
【
説明:
【
【
また、シキの証言によれば、水が濁ると神秘も濁るため危険です。
現在、【